117.悪役令嬢の親友と噂駆逐計画
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※日常回です。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで55歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「あら、もう4月なのね」
手帳を見て気づく。
帝国に来て、丸2年が経っていた。
月日の流れは、楽しくて充実していると早いものだ。
今ではかなり客観的に思い出せる、あの王立学園の1学年後半からの2年半は、本当に1日1日が長く感じた。
ルイスに聞いても、去年のように睡眠中もうなされたりしていない、と言う。
ふうと安心したら、ふんわりと包み込むように抱きしめてくれた。
本当に優しい私の旦那様だ。
今年はこだわりを感じず、無意識のまま、過ぎていった三月だが、ソフィア薔薇妃殿下とメアリー百合妃殿下にとっては、異なるだろう。
遥かな故国のあの王城の後宮にいる、二人の親友を想い、手紙を書いた。
定期的なお父さまへの手紙にも、必ずお二人へのサポートをお願いしている。
私が前婚約者から心を踏みにじられ、王妃陛下からも人間扱いされず、『国を保つ“装置”から抜ける』と決心し、お父さまと計画を練った時にも、くれぐれも頼んだ。
お二人を娘のように守ってほしいとの希望を、できる限り、叶えてくださっている。
お父さまがソフィア薔薇妃殿下へご機嫌伺いに行った際、フレデリック王子に癒されることもあるそうだ。
『エリーの生まれたころを思い出す』と書かれていた。
ソフィア薔薇妃殿下からは、『フレデリックのあやし方が慣れていらして驚いた。アルトゥール様より全然お上手よ』とあった。
お父さまは、“慈愛深い宰相”というイメージ保持のため、孤児院を訪問されたりする。
乳幼児の扱いにも慣れていた。
いないいないばあも平気でされる。
視察前日、鏡に向かって練習されていた時は、さすがにびっくりした。
本当に真面目で、やる時はやる、カッコいいお父さまが大好きだ。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
4月になり、我がエヴルー公爵家帝都邸のサロンで、お茶会を開いた。
招待客は、“中立七家”の当主夫人とお子様がただ。
お子様は年齢別に別れ、使用人達が早速、試作品を含めた“学遊玩具”で遊び相手を務めている。
各々の乳母や侍従もついているので安心だ。
当主夫人達は、紅茶も味わっていただいたが、ハーブティーにも興味津々だ。
特に美肌関係で、すでに愛用されているタンド公爵夫人である伯母様や、友人のノックス侯爵家当主夫人のアンナ様のお肌に注目している。
パーラーメイドが、ワゴンに試飲のハーブティーをいくつか用意し、皆様の意見を聞かせていただいた。
また専属侍女兼美容担当のマーサに指示し、ハーブを用いた、色んなタイプの化粧水や乳液、クリーム、日焼け止め、ヘアオイルなどのお試しを勧めてみる。
マーサの説明に聞き入っている姿は真剣だ。
いつものことだが、貴族女性の美しさへの追求に費やす熱量はすごい。
空気と目の色が変わるもの。
マーサの製品説明に質問を重ね、手の甲で試してみたりされている。
ただ主目的はここからだ。
当主夫人がたには別室に移っていただき、丸いテーブルを囲んでいただいた。
“学遊玩具”の報告会と進捗確認の会議だ。
「以前から進めさせていただいていた、“学遊玩具”に、カトリーヌ嫡孫皇女殿下とマルガレーテ第一皇女殿下、『両殿下ご愛用』の使用許可が正式に下りました」
「まあ、ありがたいことですこと」
「おめでとうございます」
自然発生的に起こった拍手は、とてもありがたい。
補佐官が書類を配り、使用料は利益3%であることも伝える。
皆様、さすが公爵家と侯爵家、高位貴族の当主夫人らしく、別の意味も正しく理解してくださっていた。
「下手なものは作れませんわね」
「両殿下のお名前にかかってきますもの」
「両殿下だけでなく、帝室と私達“七家”の評価にも関わってまいりますわ」
きりっと引き締まった空気の中、私の説明は続く。
「仰る通りです。
この“七家”が手がける“学遊玩具”は、お二人のお名前に恥じぬよう、安全と高品質を大きな目的に据えたいと考えています。
私たちは、マルガレーテ第一皇女殿下の乳母、兼教育係を仰せつかっております。
マルガレーテ殿下のために、現在の幼児用玩具よりも、より安全に、楽しく、そして学べるものをという方向性で、試作品の製作をお願いしてきました。
ご協力、誠にありがとうございます」
私はここで右手を左胸に当て、騎士礼を取り、皆様に感謝を表す。
「今回、お集まりいただいたのは、新たな試作品の報告とお試し、意見交換でございます。
“学遊玩具”の有意義な発展のためにも、率直な感想やお考え、発想を、是非、お願いいたします」
私は別のテーブルに置かれている、持ち寄られた試作品を、手に取るように勧める。
先日、第五皇子殿下と第四皇子殿下に納入したぬいぐるみもあった。
タンド公爵家を中心に開発した木製の“かずかぞえ”は、数家の特産や技術が関わっている。
色鮮やかな塗料で塗られた木製の部品が10個ずつが、10段の金属製の棒に連なり、動かせるようになっている玩具だ。
10段の棒は、美しい木目のしっかりとした台に固定されている。
木の部品は、段ごとに色も形も違えていた。
「これは、どのように遊ぶものですの」
タンド公爵夫人である伯母様が説明し、他の夫人がたを前に実演してみせる。
「この木の部品は、金属棒に貫かれていてすべります。
一つ、二つ、三つ、とこのようにすべらせて、片方の端に寄せてまいります。
これだけでも、部品同士が当たって出す音や、動き、木の部品の触感、鮮やかな色、などで、目で耳で肌で、楽しめます。
さらに、乳母など遊び相手の大人が導くことで、一から百まで、数が数えられるのです。
皆様、どうぞ、実際に触れて遊んでみてくださいませ」
「確かに、10個で10段、100個ありますわ」
「一緒に遊ぶ者の誘導次第で、足し算引き算が、自然と楽しんで覚えられます。
そこからの生活での応用は無限大ですわ」
「なるほど。数と数えることに関心を持たせますのね」
「はい、さようでございます。
こちらは、小型の木琴です。
まずはシンプルなものを2パターン用意しました。
木目の美しさを際立たせたものと、音階ごとに塗料の色をカラフルに変えたタイプです。
美しい音を出すように、木材も厳選しました。
ぜひ、鳴らしてお試しください」
伯母様のお誘いに、夫人がたも童心に返ったように、遊んで楽しんでいる。
他にも、文字を色とりどりの布カードに、アップリケで縫い付け、文字の発音を促したり、『単語』にするもの、
帝国の地図を凹ませた金属板に、型抜きした地方をはめ込んでいくパズル、
厚紙工芸でできた、大きな箱に、色とりどりの小さな箱を入れていく“重ね箱”、
りんごの木に、“りんごの花”や“りんごの実”を紐で通して完成させる“紐通し”など、さまざまなものが並び、主に担当した当主夫人が説明していく。
皆様が雰囲気に慣れてきて、感想や意見も飛び出してくる。
「この“紐通し”、よくできてますこと。木に花が咲くのが可愛いわ」
「木に花や実を結ぶのもいいですが、単純に色んな動物や花に、紐を通してパレードみたいにできませんこと?」
「まあ、それも賑やかで面白そうですわ。動物の親子や仲間達とか」
アンナ様がここで思い付かれたようで、嬉しそうに提案する。
「紐通しで刺繍はどうでしょう。
最初から穴を開けている厚紙や木板に、順番通りに色んな色の紐を通していくと、紐が花になったり、犬や猫になったりとかするんですの。
簡単でいいんですわ。
子どものものですから、わかりやすさを優先して」
「まあ、楽しそう。刺繍の図案と原理は同じですものね」
「そう。そうなんですの。
刺繍が子どものおもちゃになるなんて、思いもしませんでしたわ」
そこから触発されたのか、別の侯爵夫人も楽しそうに話す。
「積み木風の紐通しもよくありませんこと?
細い木の棒に、穴の開いた積み木を通していくんですの」
「棒を1つから、2つ、3つと増やしていくと、面白そうですわ。同じ形の積み木にするとか」
「それはお片付けも学べるんじゃございません?」
「厚紙工芸での箱に、おもちゃの型抜きで位置を決めるのも、お片付けを遊びにできますわよね」
「この、ふにゃあとしたぬいぐるみの材料で、全く別のものを作れませんか。
編み物の小さなクッションで重ねていくのも楽しそうですし、それに鈴を入れても音がしますでしょう?」
「ボールにするのもよくありません?
布製のものと、握った感触も違いますもの」
「おままごとセットやドールハウスなど大きなものは、もう少し先でしょうから、計画を立てて、“七家”で行いませんこと?」
色んな意見が飛び出してきて、補佐官がメモを取りまくっている。
この意見やアイディア集は、後日書類にまとめ、各家に送ることにした。
ここで休憩を取り、焼き菓子とハーブティー、果実水やミント水を楽しんでいただく。
和気あいあいとなった空気感が嬉しい。
「皆様、お疲れ様でございます。
ぜひ、癒されていただきたいと、皇妃陛下から頂戴したものがございます」
「皇妃陛下から?」
「まあ、なんでしょう」
皇妃陛下からの下賜品ということで、いっせいにざわめく。
伯母様は予想がついたのか、ゆったりと見守っていた。
「こちらでございます」
ここで、私がカトリーヌ殿下とマルガレーテ殿下の姿絵を皆様に披露する。
最初に印刷されたうちの一枚だ。
各々、鈴蘭と蘭の小さな花束の刺繍を散らした、淡いペパーミントグリーンのベビードレスを着て、ソファーに並んで座る、カトリーヌ・マルガレーテ両殿下が描かれていた。
そっくりなおふたりは、同色のレースのヘアバンドをして、ご機嫌でにっこり笑っている。
「まあ、なんて可愛らしいんでしょう」
「本当ですわ」
「お揃いのドレスもお似合いですこと」
「愛らしくて、ずっと見てられますわ」
少し落ち着いたところで、皆様に提案する。
「皇妃陛下から、皆様方にもご用意がございます。
後ほど1枚ずつお渡しいたします。
ところで、この姿絵を“学遊玩具”の普及に用いてもよい、とのお許しもでておりますの」
「普及に?」
「はい。率直に申しますと、販売促進用の『姿絵配布』をお許しいただけました。
値段を定め、それ以上お買い上げいただいた方に、この姿絵をお渡しするんです」
「つまり、この姿絵を、“おまけ”にする、ということですの?」
「はい。簡単に言えば、仰った通りです」
「恐れ多くはございませんか?」
「皇妃陛下には、この姿絵の可愛らしさで、例の“陽の皇女”“影の皇女”の噂を駆逐したい、というお気持ちが非常にお強いのです。
『”学遊玩具”をお買い上げいただければ、“鈴蘭の皇女様”“蘭の皇女様”の姿絵を差し上げます』と、広めるのはいかがでしょう?」
私の提案に、当主夫人達は顔を見合わせる。
「“鈴蘭の皇女様”“蘭の皇女様”……」
「よろしゅうございますわね。この絵にピッタリですわ」
「“鈴蘭の皇女様”“蘭の皇女様”、是非、広めたく存じます。
“陽の皇女”“影の皇女”なんて、あんまりですもの」
「本当に。マルガレーテ殿下のおためにもならない噂です。
噂を歪めて、マルガレーテ殿下がカトリーヌ殿下をイジメている、といった風聞にもなりかねませんわ」
「本当に。噂はどう転ばされるか、分かりませんもの。
早めに潰しておきたい皇妃陛下のお気持ち、理解いたしました」
最終的に、“七家”の皆様、全員に同意いただける。
「賛成いただきありがとうございます。
“学遊玩具”が売れれば売れるほど、“鈴蘭の皇女様”“蘭の皇女様”も広まっていくと存じます。
また先の予定ですが、“学遊玩具”の販売のため、こういった計画もございます……」
後日、伯母様に、「エリーは商会長としてもやっていけそうね」というお褒めの言葉を頂戴したのだった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
充実した帝都滞在も終え、エヴルーに戻った。
帰還直前の良い知らせは、例の閲兵式で下賜された国宝級の佩刀の管理を、帝立美術館に委託できたことだ。
思わず、『ばんざ〜い』と声をあげ、万歳ポーズを取り、マーサから叱られたほどだ。
だってエヴルー公爵家は維持管理費がかからないし、帝国民は、帝室の国宝級の宝剣を鑑賞できるし、皇城の宝物担当官は安心できるし、いい事尽くめじゃないですか。
さらに、いい知らせが届いた。
メアリー百合妃殿下が、ご自身のご懐妊を手紙で教えてくださったのだ。
ソフィア薔薇妃殿下が、比較的早く懐妊・出産されたため、同じ改革派閥の心ない人達から色々言われたことは想像できる。
気が強いメアリー百合妃殿下も、傷つくこともあっただろう。
ソフィア薔薇妃殿下と支え合っていってほしいと切に願う。
私はエヴルーで作ってもらっていた、懐妊中の横に寝やすくするための抱きクッションを、メアリー百合妃殿下の懐妊祝いに贈ることにした。
もちろん、黒い犬型ではありません。
普通の縦長クッションです。
今回は少しカーブを付けてみました。
ソフィア薔薇妃様には、羊のぬいぐるみ、6点セットを、『フレデリック王子殿下の遊び相手に』と送った。
繋ぎ目なく編んだタイプと、手足が動く型紙タイプの、小型と中型を、計4種類、
手足が動くタイプで、フレデリック王子殿下の誕生時の身長と体重に合わせた大型を、二つのタイプで、計2種類、合わせて6点となった。
手足が動く小型と中型には、羊につけるベルのような音が出る鈴を入れている。
のどかな音が響く、ソフィア薔薇妃殿下の部屋に、安定期に入ったメアリー百合妃殿下も遊びに来て欲しい。
そして、「まあ、こんなものを送ってきたんですの。私のところには……」などと、和やかに楽しく過ごしてほしい、と二人の親友を想い、羊のような雲が浮かぶ、エヴルーの青空を見上げた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
この『悪役令嬢エリザベスの幸せ』の世界を借りて、
夏季の期間限定企画「夏のホラー2024」「テーマはうわさ」に参加させていただいています。
夏っぽい、怪談仕立てのお話です。
【ここだけの話】
https://ncode.syosetu.com/n7906jj/
蒸し暑い日が続いています。
残暑お見舞い代わりに、よかったらお楽しみください。
ヽ(´ー`)
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想など励みになります。
よかったらお願いします(*´人`*)