116.悪役令嬢の夫の“家族”
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ルイス視点です。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで54歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
閲兵式当夜—
エリーの機転で、俺は皇妃陛下の元に、第五皇子と第四皇子を預けてきた。
俺が注意するよりも、“色々と”教えてくれるだろう。
それでも、この若い皇子達にはこういった事を繰り返して欲しくはなかった。
人心が離れていく。
今の皇帝には、皇妃や側近が気づく範囲でフォローしているので、保っているのだ。
「第五皇子殿下、第四皇子殿下。
皇帝陛下の“ご命令”ならば、命をかけても実行しなければなりませんが、今回のような“お勧め”や“提案”程度なら、従う必要はありません。
もう一人、皇帝陛下に諫言できるような方にも相談した上で、やった方が安全です。
皇帝陛下には“こういうところ”が、おありですので、社交界デビューされた帝室の大人なら、お気をつけた方がいい」
俺が受けた南部のあの紛争時に受けた“命令”は、『絶対に事態を収拾させろ。前回の二の舞はするな』だった。
『敵に勝利し事態を収拾しなければ、生きて帰るな』と言われたも同然だった。
君主の“絶対に”には、それだけの重みがある。
“あの人”は、それが分かっていない。
「あの、ルイス閣下。“こういうところ”って、どういう意味でしょうか?」
第五皇子が確認してくる。
「人で“遊ぶ”ところ、人の気持ちが皇妃陛下の“解説付き”でないと分からない、といったところでしょうか。
高位な方々にありがちです。
国難に際し、心を鬼にすることもなく判断し命令を下せるので、国を保つには素晴らしい方です。
ただ仕える者達は苦労しますね。
『国のためにやれ』と言われて実行しても、どれだけ悩み苦しみ傷ついたかは、分かってはくださらない。
聡い者は慰労されても、心がなければ気づきます。
名誉も褒賞も空虚に感じるほどです。
まあ、割り切ってしまえば楽です。
ただ非常時ならば当然かもしれないが、あの方は平常時にも、こうしてなさるのです。
そういう意味です。
あまりなさると、皇妃陛下も側近もフォローできず、堅固な城の“蟻の一穴”になりかねない。
まあ、我々、帝国騎士団が潰しますけどね。
それも本来は不要な負担です」
「………………」「………………」
この後、俺は馬車の中では無言で通した。
送り届けた先の皇妃陛下が、きっちり説明したのだろう。
翌日、詫びの手紙が届いた。
出仕したエリーにも、きちんと“皇子流の謝罪”をしたらしい。
その教えを忘れなければ、いずれ“賢王”と呼ばれる者になるだろう。
エヴルー騎士団は閲兵式を終えると、祝いの場を設けつつ、一部の団員は速やかに通常体制に戻った。
帝都邸騎士団棟での祝いの場に参加させず申し訳なかったが、前もって命令していた者達は、“緊急道路”を通り、先行してエヴルー領 地 邸へ戻る。
立場のある者は、祝賀会に出席し、帝国騎士団を始めとした、各家騎士団の者と交流しておく。
帝国騎士団とは、例の“抜け道”の対処を通じて不要なくらいだが、“外向き”へのアピールは有効だろうという判断は、ウォルフと一致した。
「お前も騎士団長らしくなってきたな」と言われたが、まだまだだ。
何よりの楽しみだった祝いの場に参加できなかった一部の団員には、命令時、慰労したが、エヴルー帰還後もしなければ、と思う。
これもウォルフから学んだことだ。
閲兵式翌日、エヴルー騎士団本隊は、“緊急道路”までは各隊が時間をずらし、少人数で帝都を出た。
入都と同様、帝都を退去する際、前例の他公爵家の騎士団は行進してきたが、敢えてしなかった。
これは、エリーと話し合った結果だ。
『エヴルー騎士団を知ってもらうには、帝都に来る際と閲兵式のパレードで充分だ。
帝都民の生活や経済活動に、エヴルー“両公爵”家は配慮している』
という内情を、商会を通じて流せば、帝都民の好感度はさらに上がるだろう、という意見だった。
俺はすぐに同意した。
こういう考えができるのは、人心掌握を学んだ王妃教育の成果なのだろう。
素晴らしい“顧問”という名の参謀役だ。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
閲兵式から二日後に、帝国騎士団本部に出勤し、挨拶回りをする。
最初はもちろん騎士団長のウォルフだ。
「エリー閣下の機転は大したものだ。
家臣達の注目を浴びる中、あそこまでされれば、陛下もああせざるを得ない。
見栄っ張りだからな」
「エリーは『雰囲気を読まずに、無茶振りされてやむなく』と言ってました。
目立ちすぎるのも嫉妬を呼ぶ、と。
俺もそう思います」
「まあ、貰えるモンはもらっておけ。
あれは、帝室重代の宝剣だぞ。
陛下は、『やり過ぎたか』と未練を見せていた」
ああ、それで、あの“悪戯”か。
しかも自分じゃなく、子どもをけしかけやがって。
ったく、あんなモン頼んでないんだよ。
叩き返してやりたい。
『保管費が予備費を食う』と、エリーが苦笑いしていた。
それでもびくともしない財政は、エリーの手腕に寄るところが大きい。
前婚約者は、本当にバカな事をしたものだ。
そういうのを抜きにして、誰にも渡さないけどな。
俺にとっての一番の宝はエリーだ。
「レプリカ作って、『お気持ちだけで充分です』は有りですか?
あんなモンと引き換えに、なんか言ってこられても困る。
却って迷惑です」
「無理だな。あの見栄っ張りはやらない。
皇妃陛下にしっかりお説教されたようだから、さらにやらないだろう。
宝物保管担当が動転してたそうだ」
「保管方法の確認のために挨拶に言った執事長が、『くれぐれも』を10回以上言われたと言ってました。
まあ、貰いっぱなしにするつもりもないし、研ぎにも出します。
ただ、エリーが国宝級の宝剣なら、いっそのこと、帝立美術館に管理を委託してはどうか、って言ってるんです。
どう思われますか?」
「ほお」と、ウォルフは目を細める。
「なかなかの良手だ。
陛下の未練もかなり落ち着くだろう。
帝室所有の美術品や工芸品も、入れ替えで展示しているはずだ。
お前の奥方は本当に、知恵と戦争の女神・ミナヴァの生まれ変わりだな。
帝国に来てくださって助かった。
万一、王国と戦争でもしてたら、かなりの領土を奪われたな」
「戦争は回避するでしょう。
最後の外交手段で、人的資産にも経済的にも、割りが悪すぎると言っていました」
「王国の王妃教育は凄まじいな」
「あのバカの代わりに帝王教育も受けてます」
「エヴルーを独立させるなよ」
「する気はゼロどころか、マイナスです。
エリーの本当の望みは、領地でのスローライフだったんです。
今でも『落ち着いたら、“社交界の珍獣”になるのが目標』だそうです」
「“社交界の珍獣”?」
「『エヴルーから滅多に出てこないので会えない』という意味で、“珍獣”です」
「ブフッ、クックックックッ……」
ウォルフの笑い上戸が始まった。
それこそ滅多にないが、始まると長い。
しばらくして復活する。
「お前の奥方、サイコーだわ。逃すなよ」
「誰にも渡しません。
では、そろそろ失礼します」
「おう、そうだ。エヴァからお前にだ」
渡されたのは、胡桃入りマフィン他の焼き菓子が入った紙袋だ。
「閲兵式のお疲れ休みに、だそうだ」
宝剣よりも、思いやりのこもった、このマフィンの方が何百倍も嬉しい。
「本当に素晴らしい奥方ですね」
「誰にも渡さんぞ」
ウォルフは人懐っこく笑うと、「挨拶、ご苦労」と俺を送り出した。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
招待していた主な役付きへの挨拶回りを終え、参謀部の部屋に戻ると、書類の山が待っていた。
嫌がらせもかなりある。
今までは甘んじて受けていたが、戻せるものは戻す方針に変えた。
エリーと過ごす時間を作るためだ。
昼食は食堂で食べる。
主に下の者との交流のためだ。
エヴルー騎士団を団長として預かるのだ。
他公爵家騎士団団長である当主で、現在、帝国騎士団に属している者はいない。
エリーの伯父であるタンド公爵も、まもなく退団している。
俺も退団すべきか迷ったが、話し合いで、『この強みを活かさない手はない』とのエリーの意見だった。
「離れる時間ができて寂しいけど、一緒の時間はその分、仲良くしようね」
そう言った時の、健気さと可憐さと、はにかむ可愛さと言ったら、例えようがなかった。
本当に天使だ、天使。
エリーと過ごす時間を少しでも増やすため、俺は集中して、書類仕事を片付けた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
おかげで夕食に間に合い、大満足だ。
クレーオス先生も、その人柄もあり、祖父のような、友人のような親しみと安らぎを覚える。
先生から俺の知らない頃のエリーの話を聞けるのも、とても嬉しい。
俺の遅番や、残業で一緒に食べられない時も、エリーひとりでないことは、勝手な独占欲で寂しくもあるが、ありがたくもあった。
今夜のエリーは楽しそうに、ぬいぐるみの納入の話をしてくれる。
ぬいぐるみは俺も見たが、女性や子どもには受けそうだ。
あの“犬型クッション”は、正直気に入らないが、俺がいない寂しさを紛らわせようという可愛さに免じて許している。
しかし、ぬいぐるみの箱にまでこだわるとは、細かい心遣いだ。
「マーサのお手柄なのよ。厚紙工芸を勧めてくれたんだもの。
林業が主産業の一つのお家だけど、紙製品も盛んなのよね。
色々相談して、また新しいものを生み出せたらって考えてるの。
皇妃陛下も皇女母殿下も、特注でご注文されたいと仰ったので、手紙でお知らせしておいたわ」
「儂も拝見したが、なかなかのものじゃ。
つい衣類の整理箱を注文してしまったんじゃよ」
「エリーやタンド公爵夫人のおかげで、“中立七家”が上手く回ってて助かってる」
「せっかくのお付き合いなんですもの。
ただね。例の“三毛猫”、皇女母殿下のこだわりがとても強くて、時間がかかりそうなの。
ちょっとね……」
エリーの表情が少しこわばった後、微笑む。
不安に感じるのは当たり前だ。
「エヴルーにいる間は、タンド公爵夫人に任せるといい。
あの“三毛猫”の担当は、二人にしておいた方が絶対いい。
やれやれ、“抜け道”ですっきり終われると思ったが、そういう訳にもいかないか」
「“アレ”と皇太子殿下を別物に考えるしかないわよね。
私もそう、言い聞かせてるの。
でも出来上がったら出来上がったで、皇女母殿下の私室にいそうだから、気にしないに限るわ。
誤飲防止に目を刺繍にできただけでもいいのよ?
なるべく同じ色の宝石や貴石なんて言われたら……」
俺の愛妻の顔色が少し青白くなった気がした。
何ものからもエリーを守りたい俺は、つい強い口調で言ってしまう。
「それは絶対にタンド公爵夫人にやってもらおう。
皇女母殿下も色んな人と交流した方がいい。
エリーに依存されたら大変だ。
俺だけでいい」
エリーの頬が薔薇色に染まる。
本当にいつまでも初心で可愛い、俺の最愛だ。
「儂もルイス様の意見に賛成じゃよ。姫君。
少しずつ距離を置いた方が、お互いのためじゃ」
「えぇ、ただハーブ調合師の月に1回の出仕は、逃げられそうにないでしょう」
「それもお心がお元気になれば、もっと間隔も開けられるじゃろう。
一番は…。おっと。これは無神経じゃ。失礼した」
「クレーオス先生、なんですか?遠慮なく仰ってください」
「う〜ん。あんまり言いたくないんじゃが……」
「大丈夫です。クレーオス先生が酷いこと、仰るはずもないでしょう?」
「本当にお気に召されるなよ。天の思し召しじゃ。
ご懐妊されれば、皇女母殿下も無理は言えまいて」
エリーの顔が真っ赤になった。
本当に可愛い。
懐妊・出産という命がけの大事を、軽々しく言ってはいけないが、ウォルフからも指摘されていた。
王国で訓練を受けたエリーが自分より弱い者を、“反射で護ろう”とする件だ。
もっと二人っきりで過ごしたかったが、子どももメリットが大きい。
何よりエリーが産む子だ。
絶対に可愛いに決まってる。
「……確かにクレーオス先生の仰る通りですわ。
でも悪阻の期間とか、仕事に支障が出てしまいそうで……」
「それこそ危機管理の演習じゃよ。
アーサー殿や、ここの執事長、行政官や補佐官達、タンド公爵夫人と、体制作りをしておくべきじゃ」
「エリー、俺もそう思う。
あんまり口に出したくはないが、病気や事故もある。
“滅私奉公癖”を矯正する、良い機会だ」
「そうね、危機管理の点からは、現状は確かに改善すべきだわ。
きちんと構築します。
ありがとう、クレーオス先生、ルイス」
「姫君。皇女母殿下のハーブ調合も、侍医殿達に少しずつ任せてはいかがじゃな?
門外不出にする気はないんじゃろ?」
「えぇ、ハーブをエヴルー特産にするためにも、代表的なものは広めたいと思ってるくらいです。
侍医の方に引き継いでいただくのは、良い策ですわ。
ありがとうございます、先生」
「儂も是非、教えに与りたいの。
例の光り茸の研究のためにもな」
「光り茸ですか」
そこからは、クレーオス先生の独壇場だ。
初心者にもわかりやすく、時折ユーモアも交える話を楽しく聞く。
俺の“本当の家族”は帝室ではなく、エリーやウォルフ、クレーオス先生、そしてこのエヴルー家の人間達だ、としみじみと思った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
この『悪役令嬢エリザベスの幸せ』の世界を借りて、
夏季の期間限定企画「夏のホラー2024」「テーマはうわさ」に参加させていただいています。
夏っぽい、怪談仕立てのお話です。
【ここだけの話】
https://ncode.syosetu.com/n7906jj/
台風のためか、蒸し暑くなってます。
残暑お見舞い代わりに、よかったらお楽しみください。
ヽ(´ー`)
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想など励みになります。
よかったらお願いします(*´人`*)