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10.悪役令嬢の謁見

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—



エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。

ここで11歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。


※今回は長めです。



 紛争勝利記念の皇城祝賀会当日—


 ここにくるまで色々ありました(遠い目)。


 ノリノリのルイス殿下相手に、公爵邸の大広間で、式典の予行練習したり、ダンスを合わせたりした。

 ルイス殿下は意外にも気遣いの人で、式典の歩幅もきちんと細かく合わせてくれる。


 ただ、ダンスは力が強すぎる。

 力技の動きや遠心力とかが半端ない。そこもお願いして調整すると、かなり踊りやすくなった。


「驚いたな。こんなに踊りやすいのは初めてだ」


「ルイス皇子殿下が加減してくださったおかげですわ」


「いや、エリザベス嬢が工夫してくれたからだ。

女性に負担はかけたくない。

ましてや君は式典があるんだ。まだあるなら、遠慮なく言って欲しい」


 あんなに子どもだったのに、大人になっちゃって。

 でも言ってることは確かなので、ご厚意に甘えて、王妃教育のダンスに従い、ご協力をお願いしました。

 ついてきてくれて、ありがとう。



 伯母様のお心遣いか、練習の後は、ご苦労様でしたのお茶会だった。

 いや、()らないって思ったけど、仕方ない。


 話題はもっぱら、私についてだ。

 婚約についてから、王国や王家について、好きなことや、この国でやりたいことまで。

 釘を刺しまくりつつ、情報公開は少しずつが基本だ。

 王妃教育で知ったこと、ペラペラ話せないもの。


 何度も聞かれたのは、アルトゥール殿下への気持ちだった。


「もう過去のことです。故国の王族のお一人。

父が支えるべきお方です。私には何もできません」


「10年以上婚約してたのに、あっさりなんだね」


「それは、された事がされた事ですし?

ルイス皇子殿下、ご存知ですか?

失恋の痛手やその後の捉え方などは人各々ですの。男性女性関係なく。

貴族女性は別れた後も嘆き悲しむと、お芝居の筋書きや恋愛小説などにもありますが、人によります。

私は婚約解消のお話し合いで、伝えるべきことは伝え、前を向くと決めました。

あの方に元臣下としての気持ちはあっても、それ以上の感情はございません」


「その伝えるべきことって言うのは?」


 私は思いっきり冷たい眼差しを向ける。


「……悪い。口がすべった。君の大切なプライバシーだ」


「お考えを改めてくださって、ようございました」



 こんな調子だったが、最後の練習の日—


 昨日は花束を持って来てくれた。

 ルイス殿下の大きな右手に収まるような、可愛らしいハーブの花束、タッジーマッジーだ。


「皇城の庭師に頼んでたんだ。君はハーブが好きだから、この方がいいかなと思って」


 お詫びと言いつつ、プレゼントの瀬踏(せぶ)みもあったので、徹底的に潰しておいた。

 しかし、花に罪はない。

 爽やか、かつ甘い香りが漂う。

 つい素直な笑顔で受け取り、香りを楽しむ。


「ありがとうございます。ルイス皇子殿下。

何よりの贈り物ですわ。嬉しゅうございます」


 ルイスを見上げると、口許を押さえ、耳がほんのり赤くなっている。

 今日も黒のスーツだし、暑かったのかしら。


「……だったら、よかった。練習しようか」

「はい、ありがとうございます」


 客室に飾られたタッジーマッジーは、皇城に出発するまで、私の心を慰めてくれた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 私とルイス殿下の入場は、最後に近い。

 後ろから数えて、4番目だ。


 伯父様が心配し、公爵家の入場まで、側にいてくれていたが、伯母様に引っ張って行かれた。


 控え室には、皇帝陛下と皇妃陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下、第二皇子殿下とその婚約者令嬢など、錚々(そうそう)たる顔ぶれが揃っていた。


 皇帝陛下から序列順に、お辞儀(カーテシー)しながら、ご挨拶すると、皇妃陛下からはさっそくハーブティーのお礼を言われる。

 今までで最高値の猫を(かぶ)っておく。

 ルイス殿下との差引きマイナスは、できるだけ小さくしておきたい。


 こんな中、知り合いがいた。

 外遊で王国にいらしたこともある、皇太子殿下だ。



「こうしてお目にかかる日が来ようとは。人生、分からないもんだね。ラッセル公爵令嬢。

いや、もうすぐエヴルー卿か」


「帝国の(きら)めく北辰(ほくしん)たる皇太子殿下、帝国の(かぐわ)しい薔薇(ばら)である皇太子妃殿下に、ご挨拶申し上げます。

エリザベス・ラッセルでございます。

遅くはなりましたが、ご成婚おめでとうございます。

この度は若輩ながら、叙爵くださることとなり、深く感謝いたしております」


「うん。そういうのいいから、ルイスをよろしくね。

コイツ、まだ婿の貰い手が決まってないんだ。

だったらって、今回で叙爵しようと思ってたのに、全力で断ってくるしさ」


 相変わらず、気心が知れるとフレンドリーになるが、これ以上、どう『よろしく』しろと?

 私が聞きたい。


「兄上、いえ、皇太子殿下。どうかそれぐらいで……。

エリザベス嬢が困っています」


「外交の時、殖産興業に目を輝かせて、質問されても見事に対応、切り返してた貴女が“困る”ねえ。

まあ、エヴルー領をよろしく。期待してるよ」


「はい、承知いたしました。帝国のためにも、領民のためにも、奮励努力いたします」


 次に挨拶した第二皇子殿下は、初対面だが、挨拶しても雰囲気が冷えている。いや、ルイス殿下とか。

 婚約者の侯爵令嬢は、やや戸惑っている雰囲気だった。幸いなことに、この方は、“天使効果”とは無関係だ。


 第二皇子は側室腹で、皇太子殿下とルイス殿下は皇妃様腹だ。

 おまけに数ヶ月違いの誕生日で、兄とはいえ同い年だ。

 その弟が表立ってはいないが、戦果を上げた。

 良い気持ちはしないだろう。

 二人のご側室は今回はお出ましせず、第四、第五皇子はデビュタント前で、成年とみなされず、今日はいない。


 入場前にすでに疲れたが、ルイス殿下が気遣ってくれる。

 部下に慕われるのも、こういうところがあるからだろう。

 うん、いい(おとこ)だね。

 王国では、騎士団の訓練にも参加したから、上官の部下への配慮の有無で、士気に大きな違いが出るのは、肌で知っている。


 私も頑張ろう。ルイス殿下に恥はかかせられない。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 皇族としては、最初の入場だ。

 それなりに目立つ。


「帝国の輝ける星たるルイス第三皇子殿下、並びに、エリザベス・ラッセル公爵令嬢のご入場です」



 エリザベス・ラッセルという名前は、今夜でお別れだ。

 不意に感傷が襲いくるが、心底に封印だ。

 開かれた扉から、ゆったりと入場する。


 丹田に力を込め、マーサが金髪を美しく結い上げてくれた頭から、ドレスの裾まで神経を使い、ルイスのエスコートを受け優雅に歩く。

 黒い夜会服姿のルイス殿下も場慣れしていて、堂々としたものだ。


 マダム・サラの工房によるドレスは、着心地が良く見事な出来栄えだ。

 緑のグラデーションに、トップスを彩るは、繊細なレース、そこに咲いてるかのようなカモミールの刺繍。


 歩くたびに、金色の麦穂が裾で揺れる。

 エメラルドとダイヤモンドもシャンデリアの光に美しく輝く。

 太陽の下、麦畑に吹く風を浴びているようで、気持ちがいい。


 会場からの注目を浴びても、伯母様の心遣いのドレスに、お父さまの気持ちのこもったエメラルドのパリュールが、背中を押してくれる。


 それに王太子の元婚約者として、いい意味で場慣れしていた。

 おかげさまで入場も無事に終え、指定の位置に立つ。


 三組の皇族方の入場を終えると、紛争勝利記念式典の始まりだ。


 身分の順で、叙勲または叙爵・陞爵(しょうしゃく)されていく。

 皆、誇らしげだ。

 遺族であっても、亡き夫、亡き父のため、この場だけかもしれないが、胸を張っていた。


 そして、恥ずかしながら、最後に私の謁見と叙爵だ。

 帝国の繁栄を体現し、威厳と豪奢(ごうしゃ)に溢れた装いの皇帝陛下の御前に進み出て、儀礼官の言葉を聞く。


「エリザベス・ラッセル公爵令嬢。

この度、エヴルー女伯爵に叙し、エヴルー伯爵領、及び、エリザベート・エヴルーの名を授ける。

帝国のため、忠心を尽くすように」


「エリザベート・エヴルー。

帝恩を(たまわ)り、恐悦至極にございます。

(つつし)んで、(うけたま)ります」


 定型文のやり取りも、自分のこととなれば感慨深い。

 前に進み出て、皇帝陛下より任命書を挟んだ革の書類挟みを、(うやうや)しくいただく。

 元の位置にまで、優雅に見えるよう、後ろ向きに歩き、侍従に従い、私はタンド公爵夫妻の元へ行く。


 この後、皇帝陛下の短めだが、心に響くお話があり、皇太子殿下が、乾杯の挨拶をする。


 グラスに注がれるのは、シャンパンだ。

 通常は赤ワインだが、血の連想を避けたのかもしれない。

 芳醇な香りと軽やかな気泡に、うっとりしつつ、皇太子殿下の「乾杯!」のお声に、あちこちから「乾杯!」の声が聞こえ、出席者はシャンパングラスを掲げて、賞味する。

 うん、とっても美味しい。


 楽団の音楽も始まり、ここからは歓談の場だが、まずは、皇帝皇妃両陛下のファーストダンスだ。

 実に優雅で、息もぴったり。

 周囲からも、「素敵だこと」「お二人ともいつまでも仲睦まじくいらっしゃる」などと、感嘆の声が聞こえてくる。

 貴婦人達は、ファッションリーダーでもある皇妃陛下の装いに釘付けだ。


 二人のご側室がいるが、皇帝陛下は皇妃陛下に寵愛を注がれていると言われている。

 何せ、長男、三男、五男の母君なのだ。

 ご側室はお一人ずつ、次男と四男。

 皇帝陛下もお疲れ様です。


 次は、皇太子皇太子妃両殿下。

 実に華やかでいらっしゃる。まだご成婚1年の新婚で、その甘い雰囲気が伝わってくる。

 控室でもでれでれでした。


 豪奢なシャンデリアの下、どちらも出席者から、盛大な拍手を浴びる。

 この後は、ダンス、歓談と別れる。

 私は、伯父様と伯母様にくっついて、公爵家エリアで、歓談の輪に溶け込もうとする。

 たとえ、人物紹介の嵐でも。

 貴族年鑑と騎士団員幹部リストに、目を通しておいてよかった。


 伯母様と伯父様は、挨拶に来た方々に、私を紹介してくれ、お祝いの言葉を頂戴する。

 お礼を申し上げると同時に、ご家庭、もしくは領地のお祝い事を一言添える。

 これも王妃教育のおかげだ。知識に関しては、努力は裏切らない。

 あ、でも大元に、ものの見事に裏切られたんだった。

 と、過去過去過去。

 目の前の方々に、貴族的微笑で対応していく。


 ドレスやパリュールを()めてくださる方も多く、その度に伯母様が、マダム・サラのセンスと私の着こなしを()めてくださる。


 なるほど。これでWin-Winな訳ですね。無理を利かされた分を、広告で取り戻す、と。


 とあるご夫人がそのマダム・サラから聞いた、と話題に上げる。


「エリザベス嬢、いえ、エヴルー卿から『ドレスの調製でご負担をおかけして』と、とても美味しいお菓子を、お針子達に行き渡るほど差入れされたとか。何よりお気持ちが嬉しいと仰ってましたよ」


「お忙しい中、ご都合をつけてくださったので、ほんの気持ちです。お疲れの時には、甘味が一番ですもの」


「まあ、本当にお優しいことですのね。公爵夫人」


「えぇ、さようでございましょう。自慢の姪なのです。

ところで……」


 微笑の下、友好関係を着々と築いているところに、ルイス殿下が現れた。

 予想通り、周囲のご令嬢達の視線を一斉に浴びる。

 ここまで、伯父様・伯母様、ご挨拶客の方々により、ガードされてきたのになあ。

 やっぱり踊らなきゃだめだよね。

 帝国でのデビュタントだし、これも領地のためだ。


 エヴルー卿は、ダンスの一つも踊れない。

 王国の王太子に婚約解消されて当たり前だ。

 なんて言わせませんとも。



「金の花のようにお美しいエリザベート嬢。

貴女の帝国でのファーストダンスのお相手をする名誉をいただけますか?」


 皇子様が皇子様らしく、見事なボウアンドスクレープで申し込んでくれる。


「帝国の輝ける星たるルイス第三皇子殿下。

名誉あるお誘い、誠にありがとうございます。

謹んでお受けいたします」


 深く優雅なお辞儀(カーテシー)で応え、ルイス殿下にエスコートされる。

 ダンスフロアになっている、中央へゆったりと進み、互いに挨拶した後、ワルツに合わせて、踊り始める。


 しっかりホールドしてくれて、本当に踊りやすくなった。

 真珠が施されたウエストから、Aラインに広がるスカートが、金の麦の穂波を連れてくるようだ。


「楽しそうでよかった」


「楽しいですもの」


「このダンスも?」


「もちろんですわ。本番で楽しまなければ、練習が勿体無いでしょう」


「本当に綺麗だ。君に似合う、サファイアを贈りたかったよ」


「まだ父の愛に包まれていたいのです。色々とありましたので。ルイス皇子殿下も素敵ですわ」


 そうなのだ。自分のカフスとネクタイピンをエメラルドでいいかとルイス殿下に聞かれ、速攻、叩き落とした。

 私が全方位な嫉妬を受け、社交的な籠城に追い込まれてもいいのか、と尋ねて、断念させた。

 ルイス殿下には、はっきり伝えることが肝要だ。

 それでも伯母様に尋ねていたが、「まだ早いのではないかしら」とやんわり言われていた。


「とりあえずは順調?」


「今のところは」


「この後、皇妃陛下に連れてこいって言われてるんだ」


「…………それはご命令ですよね」


「ごめ「謝らないでくださいませ。エヴルー領のこともございます。

ただ一つお約束を。伯母様の元に、必ず送り届けてくださいますか?」


「わかった。誓うよ」


「かしこまりました」


 ワルツの音楽が終わり、互いに礼をする。

 拍手をいただく中、ルイス殿下は私をエスコートしながら、皇妃陛下の元に連れて行く。

 衆目を浴びるのには、慣れている。

 堂々と、優雅に、凛として、前を向こう。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 皇妃陛下にお辞儀(カーテシー)と共にご挨拶をすると、笑顔で迎えてくださる。

 皇帝陛下のご寵愛が自信と地盤を生み固め、より美しい表情と装いを生み出している。

 同性の自分から見ても、実に魅力的な方だ。


「エヴルー卿。今夜はおめでとう。

ルイスの相手までしてくれて、ありがとう」


「帝国の麗しい月である皇妃陛下に、もったいないお言葉を頂戴し、身の誉でございます。

ルイス皇子殿下は、臣下を思い遣ってくださいます。

まだ慣れぬこの身に、お慈悲を(たまわ)ってくださいました」


「ふふふ……。ルイスのダンスも上手くなったと見ていたのよ。エヴルー卿のおかげでしょう。

とてもお上手だこと。

そうそう。以前、院長様を通じていただいたハーブティー。同じものを頼みたいの。

よろしいかしら」


「誠に恐れ入ります。侍医の方々のご意見はいかがでしょうか」


「大丈夫よ。確認したわ。体質改善には良さそうなので、逆に勧められたくらいよ」


「かしこまりました。ありがたく贈呈させていただきます」


「あら、正当な対価は払ってよ。長く使いたいの。体調管理も皇妃の大切な勤めですもの」


 ここまでのやり取りを聞いていた周囲が、小さくざわめく。



 私のハーブティーが、皇妃陛下の御用達になった。

 それも贈呈ではなく、対価を払う取引相手だ。

 しかも侍医のお墨付きで、皇妃陛下の将来的なご愛飲も確定した。



 ありがとうございます、皇妃陛下。

 一生を捧げます。



 心中は感極まったが、皇妃陛下の1分は重い。

 公式では秒刻みだ。

 帝室儀礼に(のっと)り礼儀正しく御前から下がると、深呼吸を静かに繰り返す。


「エリザベート嬢でも、緊張するんだね。お疲れ様」


「人間ですもの。ご存じでした?」


「もちろん。実に魅力的な女性だ。今日のドレスもパリュールも、貴女の魅力を惹き出してるよ。

マダム・サラとラッセル公爵閣下がうらやましいくらいだ」


「父とマダムには、ルイス皇子殿下のお言葉を、しっかり伝えておきますね。

それではお約束通り、伯母様の元へお願いいたします」


「了解。皇妃陛下とのことは公爵夫人にも報告しないとね」


 それでも、今回の紛争勝利の立役者の一人だ。

 進むたびに声をかけられ、多少歓談してから、また進む、の繰り返しだ。

 私は横で貴族的微笑を浮かべ、貴族年鑑と騎士団員幹部リストを頭の中でめくりながら、適切な受け答えを繰り返す。


 一組の騎士団関係のご夫婦と短い歓談を終えた後、人の間を進んでいると、背後から、嫉妬の眼差しよりも強い、怪しい気配がした。憎しみに近い視線だ。


 私がさっと身を(かわ)すと同時に、ルイス殿下が私を(かば)い、ひらりと前に出ていた。

 背中で私を守ってくれている。

 その腹部から下は、赤ワインでびっしょりだ。


「ル、ルイス殿下?ま、誠に申し訳ございません!」


「マギー伯爵夫人。酔いが回られたかな?足元がおぼつかないようだ」


「は、はい。さようで……」


「休憩室で休まれるといい。

そこの君。タオルをくれないか?黒にしといてよかったよ」


 警備の騎士に連れられて、マギー伯爵夫人が会場を出ていく。私に対しての眼差しには、抑えられた複雑な感情が見え隠れしていた。

 酒精は人の自制心を緩める。出来心だろうが、最悪の結果になった訳だ。

 複数の給仕が、夜会服の赤ワインの汚れをタオルに染み込ませて取っていく。


「エリザベート嬢の美しいドレスに、被害がなくてよかった。いや、エスコート中に汚されたら、騎士の名折れだな」


 ルイス殿下が周囲に聞こえるように独りごつ。

 つまりは、私に手を出すということは、自分から反攻されるか、恥をかかせるということだ、と言っている。


 周囲のご令嬢達は、「なんて素敵なんでしょう」「あの身のこなし、お強いのは評判の通りですのね」などと、さえずっている。


 そこに伯母様と伯父様が現れた。

 騒ぎを聞きつけたようで、伯母様が私を抱きしめ、身の安全を確かめるように、両腕をさする。


「エリー、無事なようね。本当によかったわ。

あなたが騒ぎに巻き込まれたって聞いて、心配で……」 


「殿下。この匂いは赤ワインですかな」


 伯父様は、絨毯に広がるシミと、ルイス殿下から漂う赤ワインの強い香りに、何があったか、察知したようだった。


「まあね。酔いで足元がふらついたご夫人がいてね。

エリザベート嬢も自分で見事に避けてたんだが、その前に私が動いてしまってたんだ。

エリザベート嬢は悪くない」


「姪の危機を救っていただきありがとうございました」


「そんな大袈裟なことじゃない。これくらいできなきゃ、騎士団員、失格だ。団長からドヤされる」


「どうか、休憩室でお召し物をお着替えください。エリーは確かに私どもと共におりますので、ご安心を」


「わかった。確かに匂いだけで酔いそうだ。

エリザベート嬢。またね」


「ありがとうございました、ルイス皇子殿下」


 私は深くお辞儀(カーテシー)をして、ルイス殿下を見送る。


「伯父様、伯母様。ご心配をおかけしてごめんなさい」


「エリーは悪くない。やれやれ、とんだことだ。

さあ、行こう」


「えぇ、あなた。行きましょう。

エリー。それで?」


 伯母様の眼差しに小さく頷き、「マギー伯爵夫人です」と小さく答える。

 お父さまのリストに入っていた、“天使効果”のために、婚約破棄となった1人だ。

 そして、次男妻の縁戚でもある。


「そう。わかったわ。エリーは何も心配しなくて大丈夫よ」


 公爵と侯爵階級の集まったエリアで、皇妃陛下とのやり取りを、伯父様と伯母様にご報告する。


「まあ、エリー。明日からきっと大変よ。お茶会や夜会の、ご招待のお手紙が……」


「そうですよね……」


 嬉しい反面、社交は増える。

 それでも厳選したいと、伯母様に協力をお願いする。


「任せなさい。今日みたいな怖い目には遭わせないわ」


「ありがとうございます、伯母様」


 嫌なことを洗い流すように、美しいシャンパングラスに入ったミモザを、クイッと飲み干した。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
[一言] テンプレワイン、母親絡みですか。伯爵夫人に収まっているのにやらかすとはまた…。 出来心でも王子へのワインかけだし、どこぞの令嬢なら領地で蟄居モノだけど、夫人ともなると離縁実家送りのコンボでし…
[良い点] エリザベートのお話にワクワクです!
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