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小話 6 100回記念SS ⑤胡桃(くるみ)入りのマフィン

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—



 ※※※※※ 『100回記念SS』の掲載について※※※※※


ご覧いただいてる皆さまへ


 ご愛読いただき、誠にありがとうございます。

 皆さまのおかげで、100回を越え、連載を続けさせていただいています。


 こちらは『100回記念SS』の5作品目で、本編の番外編です。

 『ウォルフ騎士団長夫妻から見た、幼い頃のルイスの様子』についてですが、内容については、作者にお任せとなっています。


これからもよろしくお願いいたします。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



※※※※※※※※※※ご注意※※※※※※※※※※※※※


本日2話更新予定(本編1話と小話1話同時更新)です。

本編の更新は『110.悪役令嬢の気分転換』、

小話の更新は、『100回記念SS ⑤胡桃(くるみ)入りのマフィン』で、

これは、『小話 6 100回記念SS ⑤胡桃(くるみ)入りのマフィン』です。

読み飛ばしにお気をつけください。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。




『厄介なことを押しつけられた』



 ルイスを俺付きの小姓として引き取る際、皇帝陛下の命令に、『普通の小姓として入団させ、絶対に特別扱いはしません』という条件を突き付けた。


 それでも、これが当時の正直な気持ちだった。


 皇妃陛下との会合でも色々言われたが、極力こちらの主張を通し、他の小姓と同等に扱った。


 そうでなければ、騎士団内の秩序を乱すと、ルイスは追い返され、行き場を無くしていただろう。


 ルイスの事情は、引き取る前に“調査”し、だいたいは把握していた。



 俺と最初に面会した時、侍従に付き添われやってきたルイスの青い瞳は、暗い光を(たた)えていた。


 これは相当、こじらせている。


 当たり前と言えば当たり前だが、製造責任者の悪友、もとい皇帝陛下の背中を、ガンガン蹴ってやりたいくらいだった。


 事情が多い皇族とは言え、何をどうのさばらせて、こんなガキに仕立てやがった。

 今度、飲む時はギッチギチに言ってやる。

 それでも、左から右に聞き流す天才がアイツなのだが。



 俺はまずは生活能力を試すことにした。


 自分で着替えが出来るか。

 給仕なしで食べられるか。

 自分の部屋の掃除、整理整頓(せいりせいとん)はできるか。

 ボタン付けなどの簡単な(つくろ)い物はできるか。



「ボタン付け?いがいは、じぶんでできます」


「では、実地で見せてもらおうか」


「はいッ!」


 返事はいい。これは大きい。

 騎士団の基本的なルールの一つだ。


 後宮のルイスの部屋で試させたが、全て、侍従が“お膳立て”したものだった。


 着る洋服は用意され、食事も一品ずつ運ばれてきていたものを、一つのトレーに乗せられてきたものを食べる。お茶のお代わりはポットに入れられていた。

 掃除も(ほうき)や雑巾を用意され、侍従がすでにした綺麗な状態をなぞるだけだ。


 これは“出来る”とは言わない。


 俺は侍従に、“一切の手出し”を禁じた上で、騎士団ルールのやり方を一通り教える。

 驚いたことに、ルイスはノートにメモを取り出した。

 なかなか良い心構えだ。


 その日の天候と常識や場所をわきまえた服装を、“自分で”選び、自分で着て、自分で洗濯に出し、戻ってきたら衣類を、騎士団ルールに従い、折り目を付けて畳み、元の場所に戻す。


 食事は厨房に自分で取りに行かせた。

 厨房に話を通し、自分で選び、トレーに乗せて、自分の部屋で食べて、厨房まで下げに行く。

 顔見知りの料理長に良い酒を一本渡す約束をし、大目に見てもらった。

 酒は“悪友”の銘酒コレクションから、供出させる予定だ。


 掃除は(ほうき)などの取り扱い方法や、騎士団ルールの掃除の方法を教える。

 ゴミやホコリをわざと散らかし、試しにやらせてみたが、目も当てられなかった。

 塵取(ちりと)りと(ほうき)を上手く使えず、いつまで経ってもホコリは無くならない。


 ただ、普通の貴族や皇族のお坊ちゃんなら、我儘(わがまま)が出始めるところだが、ルイスは悔しさに目を潤ませつつも、黙々と繰り返し、やっと合格ラインに達した。


 この時点でヘロヘロだったので、拭き掃除は次の機会とする。



「皇子殿下。今日はメシが美味いと思いますよ。

これだけ神経を集中させて、身体を動かしたんだ。

着替える時は着替える事だけを、掃除の時は掃除の事だけを考えてください。

それ以外の余計な事は不要です」


「はいッ!がんばりますッ!」


「がんばるだけじゃ、ダメなんだ。戦いは結果がものを言う世界だ。

最後に立って生き残っていなきゃならない。

がんばった上で出来るようになってください」


「はいッ!がんばって、できるようになりますッ!」


「ふむ、返事はいい。皇子殿下の長所だ。

侍従殿。どうしてもできない時だけ、騎士団方式で、“お手本”を見せてください。

ただし、やり直しは絶対に本人にさせることが条件です。

同情は皇子殿下のためにならない」


「……かしこまりました」


「では、皇子殿下。失礼します。1週間後にまた来ます」


「ごしどう、ありがとうございましたッ!

あの、ぼくを皇子殿下とよぶのはやめてもらえませんか?

ルイスとよんでください」


「ここ、後宮では無理ですね。

騎士団に騎士団のルールがあるように、後宮には後宮のルールがある。

自分にそう呼ばせたければ、騎士団に来れるようになってください」


 侍従の顔色が変わる。

 嫌味がキツすぎたか、と思ったが、ルイスの負けん気に火をつけたらしい。


「りょうかいですッ!がんばって、えっと、結果を出しますッ!」


「楽しみにしてますよ。

では、ウォルフ・ゲール。御前を失礼します」


 俺が敬礼すると、真似して敬礼しようとするが、形は崩れていた。


 それでも、『どこか可愛げはあり、そして賢い。皇妃陛下に似てるんだな』と思いつつ、退室した。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 1週間後—


 驚いたことに、ルイスは与えられた課題はほぼ合格していた。

 これなら務まるか、と、『絶対に特別扱いはしなくていい。本人もそう望んでいる』と返答してきた悪友こと皇帝陛下に、『引き受ける』と伝えたのだった。


 ルイスは騎士団の寮に引っ越し、小姓の部屋を割り当てられ、騎士団での生活が始まった。


 それでも、後宮の架空訓練と、実際の騎士団での実践は、違うところだらけだ。

 泣きそうになりながらも歯を食いしばり、努力し続けているルイスに、時々菓子を食べさせ、右手指で掴むように頭をなでてやっていた。


 自分のことが、ようやく出来るようになったころ、俺はルイスに(たず)ねた。



「ルイス。本気で騎士になりたいのか?」

「はい」


「皇族に戻る気はないんだな」

「はい」


「つまりは臣籍降下、皇子の身分を捨て、臣下になるってことだぞ。

よほどのことがないと、戻れない。それでもいいのか?」


「はい」


「その理由を聞かせてもらおうか。

なぜなら、護られる立場の方に、ある程度“お強く”なっていただく“お稽古”と、本当の騎士の“訓練”は全く違う。

心も身体も、ものすごく痛くて辛いんだ。ルイスの覚悟が知りたい」


「…………ぼく、いえ、自分は一度、殺されかけて、その時、大切な人をまもれなくて、目の前で、死なせてしまいました。


自分がもっと強くて、じょうぶだったら、人を早く呼べていたら、助かったかもしれないのに!


ぼくはあの日から、強くなりたいって、大切な人をまもれるようになりたいって、ずっと思ってました。

騎士になりたいんです!強い騎士に!

“くんれん”させてください!おねがいします!」



 ルイスの毒殺未遂事件は、騎士団で捜査し、結局犯人は見つけられず、迷宮入りだった。

 だが一度この道を選べば、引き返せない。

 それだけ重い選択だった。


「家族を失うぞ。それでもいいのか?」


「家族?」


 ルイスが首をコテンと傾げる。

 その愛らしい動作が、ルイスの置かれた残酷さも際立たせていた。


 ああ、コイツは皇帝陛下や皇妃陛下を父母と慕ったこともなく、皇子達を兄と思ったこともないのだ。

 俺は、皇帝陛下を始めとした血縁者と、主従関係、(あるじ)と臣下という関係になると説明した。


「え、っと。あの人たちは、ぼく、いえ、自分をきらってます。

向こうも家族なんて思ってません。平気です」



 俺は、『皇妃陛下だけは違うんだぞ』と言いたかったが、今、皇妃陛下に表立って出てこられても、ルイスを混乱させるだけだろう。


「了解した。

では、今日からルイスのことをルーと呼ぼう。

俺はウォルフでいい。


いいか。騎士団に属する騎士達は戦友だ。

互いに命を預けあって戦うんだ。そういう信頼関係を日ごろから作っていけ。


何、今まで通りだ。きちんと挨拶(あいさつ)し、先輩や上の立場の命令には従う。

ただ、お前はまだ皇子の身分だ。色々言ってくるヤツもいるだろうが、その場は我慢して、俺に報告しろ。

騎士団では私闘(しとう)、勝手な喧嘩(けんか)は禁じられているんだ」


「はいッ!了解です!ウォルフ!」


「よしッ!いい返事だ。

で、これからは俺の世話が、ルーの仕事になる。

本当だったら、明後日からの遠征訓練に連れて行くんだが、まだルーには俺の世話は無理だ。教えていないからな。そういう足手まといは連れていけない」


「は、はいッ。了解です。ウォルフ」


 さっきまで、やる気満々だったワンコの見えない尻尾がもう垂れ下がり、シュンとしてしまっている。


 なに、コイツ、めちゃくちゃ可愛いじゃねえか。

 あのバカ、何が可愛げがない、素直ではない、だ。

 お前の方が100万倍、可愛くねえわ。


「そこで、ルーに特別任務を与える」


「とくべつ、にんむ、ですか?」


「ああ、そうだ。俺の世話なら1番って人間のところで、訓練してもらう。

厳しいだろうが、それでもいいか?」


「はいッ!行きます!どこなんですか?」


 あっという間に、尻尾がピンと立ち、ブンブン振っている。本当に可愛いなあ。


「俺の家だ。先生は俺の妻だ。俺より厳しいぞ〜。

覚悟しとけ」


「ウォルフのおくさまが、先生?」


「ああ、そうだ。仕事には厳しいが、それ以外は優しくて綺麗で天使だぞ。

さあ、支度しろ。明日、俺が連れてってやる」


 俺は遠征訓練中の二週間、ルイスを自宅に預けると決めた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



「こんにちは。はじめまして、ルイス。

エヴァンゼリン・ゲール、と申します。

エヴァと呼んでください」


「こんにちは。はじめまして、エヴァ夫人。

ルイスと申します。よかったらルーと呼んでください」


「さあ、自己紹介もすんだところで、飯にしよう、飯」


 ウォルフが明るく、声をかけるが、エヴァンゼリンはきりっと表情を引き締める、


「あなた。お仕事があるでしょう。今すぐ本部に戻られてください。またどなたかに仕事を押し付けてきたんでしょう」


「いや、エヴァの手料理食べたら、すぐに戻るから、1時間もしないし」


「あ、な、た?」


 エヴァンゼリンがにっこり微笑みかけると、ウォルフが両手を上げた。


「ルー。俺は戻る。なに、エヴァに任せておけば、大丈夫だ。二週間、みっちりしごかれろ」


「はい、ウォルフ。気をつけて行ってらっしゃい」


 ルイスとエヴァンゼリンでウォルフを見送ると、エヴァンゼリンはルイスと目線を合わせて微笑みかける。



「ルー。ここを実家だと思って過ごしてね。

お仕事の時だけ、小姓服を着てください。

それ以外のお洋服は持ってきてる?」


「はい!ウォルフが選んでくれました」


「じゃ、部屋に行って、荷ほどきから始めましょうか」


 ウォルフは元々はゲール侯爵家の次男で、従属爵位の伯爵位を持っているが、ほとんど名乗らない。

 領地経営も、現当主である兄侯爵に任せ、ウォルフは騎士団の職務に専念していた。


 ゲール侯爵家は代々、当主以外は騎士団勤務が多く、理解もある。

 エヴァンゼリンの実家もそうで、家同士の交流があった幼馴染みだ。

 二人の間に、現在子どもは二人いるが、今は領地にいる。


「子ども達がいたら、ちょうどいい遊び相手になっただろうけど、今は私だけなの」


 昼食を食べながら、エヴァンゼリンはウォルフの家の事情をザッと説明してくれた。



「いえ、ぼ、自分も小姓役の仕事を覚えるためなので、仕事でここにいます。

ご指導、よろしくお願いします」


「わかったわ。昼食後に早速始めましょうか。

小姓の制服に着替えたら、ウォルフの部屋に集合ね」


 ルイスは指示通り、ノックをしてウォルフの私室を訪ねた。

 そこには乗馬服姿のエヴァンゼリンがいた。



「では、起床前から始めましょう」


 主人の起床前の用意から、夕食後の入浴、就寝前まで、小姓の仕事は多岐に渡る。


 それをエヴァンゼリンは、ルイスに教えてくれた。

 厳しくも優しい。

 ウォルフに似て、エヴァンゼリンの笑顔も明るく、小姓の勤務時間外と定めた時間は、お茶に誘ってくれたりもした。


 香り高い紅茶に、美味しい手作りマフィンは、亡くなった乳母の優しい笑顔を思い出させてくれた。

 そして、ルイスは考えていたことを口にする。



なぜ、エヴァがこの仕事を教えられるのか—



 疑問に思ったルイスが(たず)ねると、すぐに種明かししてくれた。


「ウォルフも同じ小姓役をやっているの。

真面目だから、ノートに全部取って、1日のスケジュールや、訓練時にやるべきことを全部書き起こして覚えてたのよ。

空き時間に、復習したり、剣の自主練習をするのも、ルーと一緒ね。

本当に、ルーはウォルフに似てるわ。

あなたはきっと良い騎士になるでしょう」


「ウォルフもそんなに、いっぱい……」


「あの人、のほほんとしてそうだから、軽々とこなしてるように見えるけど、努力が積み重なって、今のウォルフがいるのよ」


 ルイスは自分が恥ずかしかった。

 ウォルフの物言いや振る舞いから、てっきり大した努力なしでもやってこれた、天才肌だと勝手に思いこんでいたのだ。


「自分、はずかしいです。ウォルフをうらやましいって思ってました」


「あら、当然よ。ウォルフは恵まれてる方だと思うわよ」


「え?でも努力って……」


「非番には帝都内にある実家に帰れて、こんなに綺麗な幼馴染み、後には婚約者に、愚痴を言って慰められ、家族には見守られ、次の勤務に送り出される。


小姓役になる少年達の中には地方出身者で、実家に簡単には帰れない子もいるわ。

そういう子達に比べたら、ずっと恵まれてるでしょう?」


「それは……。そうだと思います……」


「でしょう?

だったら、ルーはウォルフの記録を塗り替えるのも目標にしてみたら?」


「え?」


 ウォルフは、ルイスと同じ7歳で小姓役で入団後、13歳で従騎士、17歳で騎士に叙任されていた。

 いずれも通常は、小姓役が8、9歳、従騎士任命は14歳、騎士は18歳の叙任が一般的である。


 ウォルフは全て1年ずつ早く成し遂げている。

 ルイスも、7歳で小姓というスタートは一緒だ。


 ルイスはウォルフと間近で接していて、短期間でも騎士としての能力の高さを感じていた。


 一方、自分はつい最近まで、自身で“生活”も送れていなかったのだ。



「……自分にできるんでしょうか」


「それは、もう、やるしかないわね。

決めたら、やる。

口に出さなくったっていいじゃない。

胸に秘めて、あの人みたいにコツコツ努力して、『やってやったぜ!』なんていうのもカッコいいと思うわよ」


「確かにカッコいいです。

それに、自分は、ウォルフに、恩返しがしたいんです。

自分をウォルフ付きにしたので、色々言われてるみたいなので……」


 あの若さで第三隊副隊長を務め、皇帝陛下の側近であり、第三皇子殿下を小姓役として預かるというウォルフには、嫉妬の目が向けられることも多い。


 それをルイスに言う者もいた。

 ルイスはウォルフの命令通り、その場では我慢する代わりに、一言一句を覚え、ウォルフに報告し、『ルーの記憶力ってすごいな』と頭を撫でて()められていた。



「ふ〜ん。恩返し、恩返しねえ。

あの人は望んではないと思うけど、ものすっごくいい笑顔で、『やったな、ルー!』って喜ぶと思うわよ。

そう思わない?」


 ルイスはすぐに想像できた。

 髪をぐちゃぐちゃにするまでかき混ぜるように撫でまくり、『ルー!よくやったな!』と喜んでくれる姿が、その明るい太陽のような笑顔が、目に浮かんだ。



「思います。ものすっごくいい笑顔です」


「そうよね。だったら、努力あるのみ。

あとは、もう一つ教えてあげる。

この胡桃(くるみ)入りマフィンを食べた時も、ものすっごくいい笑顔になるのよ。

特に蜂蜜をかけた時なんか、サイコーって顔してるわ」


「あの、これって、どうやって作るんですか?」



 小姓は、遠征の際、野外料理も役目の一つだ。

 そのため、エヴァンゼリンから、料理の基本を教わっていた。


 侯爵令嬢であるエヴァンゼリンは料理をしていなかったが、ウォルフの練習に付き合い、今ではかなりのレパートリーの持ち主だ。


 その焼き菓子の中で、ウォルフ一番のお気に入りが、この胡桃(くるみ)入りマフィンだった。


「では、教えてあげましょう。

ルー。あの人が帰ってくるまでに覚えて、驚かせてあげましょうか」


「はい!よろしくお願いします!」



 ルイスは笑顔で答える。

 小姓の役目として、テーブルの上を片付け、エヴァンゼリンと共に厨房へ向かった。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



「ん〜。うまいなあ。焼きたてのマフィンを食べると、家に帰って来れたって実感するよ」


 俺はまずは何もかけずに、エヴァ特製のマフィンを頬張る。

 行儀は悪いが、腹が空いたところに好物だ。

 大目に見てもらおう。


 そこにルイスが、すっと蜂蜜のポットを置く。


「奥様からお好きと(うかが)いました」



 この二週間で、しっかり小姓としての言動が身についている。

 帰宅してからの出迎えや、着替えの手伝いで、内心驚いていた。


 ルイスにああは言ったが、半分は取り残されてのイジメ防止、後の半分は環境を変えての気晴らしで、さほど期待はしていなかったのが、この仕上がりだ。



「ねえ、そのマフィン、美味しい?」


「もちろんだ。エヴァのいつも通りの味だよ。

美味い。サイコーだ」


「ですって。よかったわね、ルー」


「え?」



 たっぷりかけた蜂蜜がぽたりとテーブルに落ちた汚れさえ、ルイスはさっと拭き取り、手をふくための濡れタオルをそっと置く。

 つい数ヶ月前、(ほうき)塵取(ちりと)りを使えずに、悔し涙を浮かべていたのが、嘘のようだ。



「そのマフィン、ルーが作ったのよ。

私の直伝(じきでん)でね。あなたに内緒の隠し味とかも、色々教えてあげたわ」


 エヴァンゼリンがこの時にルイスに教えたのは、マフィンの作り方だけではない。


 後からルイスに聞いたが、小麦がどうやって育つのか、それを小麦粉に加工し、帝都まで運び、商会の手を経て、ゲール侯爵家が購入し、と社会の仕組みも説明していた。


 協力の大切さ、人間関係の構築、騎士団でやって行く心遣い、などなど、騎士団婦人会では多いに役立っているとも話してくれていた。



「これはすごいぞ!やったな、ルー!」



 俺がルイスの頭を右五指で掴んで混ぜるように撫でると、エヴァとルイスが顔を見合わせて笑いあう。


 にこやかな雰囲気の中、俺はルイス手作りのマフィンに、もうひと口、かぶりついた。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作の小話、番外編です。

本編に出てきたマフィンにまつわるお話のため、同時更新とさせていただきました。


前話は、『110.悪役令嬢の気分転換』です。

読み飛ばしにお気をつけください。



また、この『悪役令嬢エリザベスの幸せ』の世界を借りて、

小説投稿サイト「小説家になろう」様が主催する、夏季の期間限定企画「夏のホラー、テーマはうわさ」に参加させていただいています。

夏っぽい、怪談仕立てのお話です。


【ここだけの話】

https://ncode.syosetu.com/n7906jj/


暑熱が続く中、もしよかったらお楽しみくださいヽ(´ー`)


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
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