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小話 5 100回記念SS ④小さな手と手

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—



 ※※※※※ 『100回記念SS』の掲載について※※※※※


ご覧いただいてる皆さまへ


 ご愛読いただき、誠にありがとうございます。

 皆さまのおかげで、100回を越え、連載を続けさせていただいています。


 こちらは『100回記念SS』の4作品目で、本編の番外編です。

 『在りし日のお母様とエリーの触れ合い』についてですが、内容については、作者にお任せとなっています。


 この4作品で、エリザベスとその両親、家族三人を描かせていただきました。

 偶然の連なりも、読者様のお陰と感謝しています。


 なお、次回からは本編に戻らさせていただきます。

 

 100回記念SSの他のご希望は、番外編・閑話などでまた描かせていただきたいと思っています。


これからもよろしくお願いいたします。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。



「……みんな仲良く、幸せに暮らしましたとさ。おしまい」


 私はベッドの上で上半身を起こし、読み聞かせていた絵本を、隣りに座っていたエリザベスが覗き込んでいる。


「ねえ、ママ。しあわせ、ってなあに?」


「そうね。みんながみんなを好きで、笑って、楽しく、穏やかに、暮らせることかしら?」


「じゃ、おうちもしあわせ、かな。

エリーはママとパパがだあいすきなの。

パパもママとエリーがだいすきって、おはなししてくれるわ。

ママは?」


 私の手に、小さな柔らかい手で触れて、甘えてくる。

 ああ、これは少し熱を出して、二日ほど会えなかったためかもしれない、と思う。

 寂しかったのだろう。

 私はエリザベスをぎゅっと抱きしめた後、少し離し、夫・レオポルト譲りの美しい緑色の瞳を見つめながら、ゆっくりと話す。

 この胸いっぱいの愛が、どうか伝わりますように、と。



「ママは、エリーが、だいすきよ。いっぱい、たあくさん、だいすきよ」


「ほんとに?」


「本当よ。エリーをとっても大切に思ってるわ。

と〜〜〜〜〜ってもだあいすきよ」


 長く伸ばしたのが気に入ったのだろう。

 

「エリーも、ママが、と〜〜〜ってもだいすきなの」


 にこにこして、真似た後、小さな手を広げ、抱きついてくる。

 本当に愛らしくてたまらない。


 実った小麦のような明るい髪を優しく撫でる。

 愛する夫・レオポルトそっくりの色合いに髪質だ。


 この子と遊べるように、元気になりたい。

 乳母はとても大切にエリザベスの世話をしてくれているが、報告を聞くだけでなく、目や耳で確かめ触れ合いたい。


 もっと食べて、体操もして、長く歩けるようにならなきゃ—


 めまいも多く、心配性のレオポルトが用意してくれた車いすも、このごろは中々使えない。


 私の顔色で悟ったのか、見守っていた乳母が声をかける。


「エリー様、そろそろ、家庭教師の先生がいらっしゃいますよ」


「はい。おかあさま。ごきげんよう。

エリーはおべんきょうしてきます。

おかあさまも、“おしごと”なさってね」


 『(しつけ)の一環で、そろそろ『パパ』『ママ』を卒業させようか』と、少し前にレオポルトが提案してきた。


 寂しい気もしたが、“子どものお茶会”に出席し始める年齢にも差し掛かっている。

 口うるさい人達に、愛娘の悪口など言わせたくはなかった。


 ただ急な切り替えは、エリーも私達も辛いだろう、と少しずつ、段階を踏んでいるところだ。



「まあ、エリー。“大人のご挨拶(あいさつ)”がよくできました。

お母さまも“お仕事”がんばるわね」


 もう一度抱きしめ、可愛いお辞儀(カーテシー)をして出ていく、小さな背中を見送る。


 私のお仕事は、“療養”、つまり元気な体を取り戻すことだ。


 家庭教師の先生に言わせると、エリザベスは、「授業は面白くて楽しい」と言い、まるで乾いた土が水を吸い込むように、知識やマナーを習得しているらしい。


 元気になって、授業参観、いいえ、参加できたら、エリーも喜ぶかしら。


 そんなことを思っていたら、ふわっと眠りが訪れた。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 ドレスショップの担当者が持ってきた、子供服のデザインの見本帳をエリーに見せる。



「エリーに似合うお洋服はあるかしら。色は何色が好き?」


「あのね、エリーは、あおか、みどりが好き。

ママとパパの、お色なの」


 おませなエリザベスは、父レオポルトのネクタイが青や銀が多い理由、『愛する人の色目、瞳や髪の色を身につける習慣がある』を聞いてから、私と夫の瞳の色を好んで身につけるようになった。


 夫は「今だけだから」と目尻が下がりっぱなしだ。

 『目に入れても痛くない、とはこのことだったのね』と思うほど可愛がっている。


 私も嬉しいが、エリザベス自身によく似合う色も見つけて、着せてやりたかった。



「青や緑はたくさん持ってるでしょう?

エリーの好きな、ラベンダーのお花の色のお洋服はどうかしら」


「ラベンダーのお花の?」


「えぇ。前に見せた時、いい香りで好きだって言ってたのよ。

小さなお花が、茎の先に集まってるの。

こんな色だったでしょう?」


 私は手近に置いてある、ハーブの本で開いて見せると、生地見本帳の中から、私は淡い青紫色の布地を選び、比べて見せる。

 小さな指が、図鑑の花の色と、布地の間を行ったり来たりしている。

 興味が記憶を引き出しているのだろう。


「そっくりだわ。ママ。

そう。ちいさなお花でも、とってもいい、においがして、びっくりしたの」


「ママもラベンダーは大好きよ。

そうね。エリーと一緒のお洋服を作りましょうか」


「ほんとに?だったら、エリーはそれがいいな」


「ママも楽しみだわ。パパを驚かせてあげましょうね」


「うん、とっても楽しみ!」


 飛び跳ねそうな愛しい娘をそっと抱きしめ、頭を優しく撫でた後、一緒に色とデザインの見本帳を見ていく。


 他にもエリーの肌合いに合うような、淡い色合いを何着か決め、採寸は別の部屋でしてもらう。


 息切れを(しの)ぎながら、ふと思いついたことを、ドレスショップの担当者が帰る前にお願いすると、了承してくれた。


 子ども服の方の出来上がりを、早めてくれると言う。

 エリーが喜んでくれたら、私も嬉しい。

 少しずつでも、できることからしていこう。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



「このオレンジは1つ9銅貨します。

1銀貨を出したら、お釣りはいくらでしょうか?」


「えっと、1銀貨は100銅貨だから、91銅貨でしょ。

10銅貨は1白銅貨だから、答えは9白銅貨と1銅貨です!」


「正しいお答えです。

とてもよくできましたね。エリザベス・ラッセル嬢」


 今日の私は、エリザベスがこのところ、お気に入りの“学校ごっこ”の先生役だ。


 庭師の子ども達が通っている、初等学校の算数の授業のごっこ遊びをしたらしい。

 お金は石や花で代用したのだから、可愛いものだ。


 今は、両手の指も使いながら、暗算で答えている。

 我が娘ながら、天才かもしれない。なんて、思ってしまったが、夫はその遥か上を行った。


 レオポルトに話すと、嬉しそうに、「領地運営に向いているのかもしれない。今度は銀食器やワインで問題を出してみよう」などと言うのだから、二人(そろ)って親バカなのかもしれない。


 心して気をつけよう。

 大切な原石を、私達の過ぎた猫かわいがりで(くも)らせてはならない。

 エリザベスには、貴族令嬢の範疇(はんちゅう)の中でも、のびのびと育ってほしかった。



「ママ、あ、おかあさま。

刺繍(ししゅう)を見せてくださいますか?」


「はい、エリー様。ご覧に入れましょう」


 家庭教師が教えてくれる話し方を、私の前で、こうして披露してくれる。


 最初の言い間違いは、ご愛嬌だ。

 緑色の瞳をきらきら輝かせながら、私の手元を見つめている。


 私が刺繍しているのは、前に注文したエリザベスの子供服だ。

 淡いラベンダー色に、ラベンダーの花輪を裾に職人が刺繍し、私は左胸の小さな花束だ。


 刺繍枠に張った布地に、糸を通した針を出し入れすると、形が出来上がっていくのが魔法のようで、見ていて楽しいと眺めている。

 こちらにまでわくわくが伝わってきて楽しい。


 同じ理由で、厨房で、お菓子の作り方をじっと見ている時もある、と乳母が前に話してくれた。

 『危ないものがたくさんあるので、邪魔にならないように、お静かに』という約束を、守っているそうだ。


 エリザベスが嬉しそうに、未来を語る。



「エリーもいつか、ママみたいに刺繍するのよ。

先生でもいいけれど、ママにおしえてほしいなあ」


「そうね。ママもエリーに教えてあげたいわ。

エリーはきっと上手になるでしょう」


「ママのも刺繍してあげるね。なにがいいかなあ」


「最初はハンカチから始めるの。

イニシャルを刺繍するのよ」


「イニシャル?ってなあに?」


「名前の最初の文字ね。エリザベス・ラッセルだったら、EとR」


「エリザベスのEと、ラッセルのRなのね」


 本当に飲み込みが早い娘だ。これだけでも瞳が(きら)めいている。

 しばらく、屋敷中の人間のイニシャルを言ってそうだ。

 私も少し気取って、先生風に()めてみる。


「エリザベス嬢、その通りですわ。とってもよくできました」


「おそれいります、おかあさま。

だったら、おかあさまは、アンジェラだから、AとRだわ」


「その通りですわ。エリザベス嬢、素晴らしいこと。

では、お父さまは?」


「おとうさまは、レオポルトだから、LとRです」


 私は刺繍の手を止め、両手で拍手する。


「パーフェクト。本当に素晴らしいこと。

いつか、最初に刺繍する時は、ハンカチにお父さまのLとRを刺繍して差し上げなさい。

もう、すっごく、すっごく喜ぶわ」


「すっごく、すっごく?」


「えぇ、すっごく、すっごく。『高い、高い』をしてくださるかもしれないわ」


 私の言葉を聞いて、愛娘は「わ〜い」と両手を大きく伸ばす。


「パパの『たかい、たかい』、だいすき!

ママ、いつか刺繍(ししゅう)をおしえてね」


 本当に緑の瞳が美しい。

 その小さな手が、大きくなるころには、どんな夢を見て、どんな人と愛を語るのだろう。


「えぇ、もちろんよ、エリー」


 私には愛するレオポルトの喜ぶ様子が目に浮かんだ。

 『高い、高い』をしながら、褒めちぎるのは絶対やるだろう。

 その後は感涙するか、いや、宝物だと額に入れそうだ。


 私とエリーは見つめ合うと、どちらともなく、くすくす笑い始めた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



帝国、エヴルー公爵帝都邸(タウンハウス)にて—


 私は、マルガレーテ第一皇女殿下の学遊玩具(がくゆうがんぐ)の参考に、と、お父さま、ラッセル公爵に頼んで、自分が幼いころに使った玩具(おもちゃ)を送ってもらった。


 その中身を確認していると、懐かしいものと忘れていたものがある。

 どれもかなり使った形跡があるのに、人間の記憶は不思議なものだ。



 玩具(おもちゃ)の中に、一着だけ、子ども服が入っていた。

 淡い灰色がかった青紫色、ラベンダーの花の色だ。

 子供服にしては、落ち着いた 大人っぽい色合いで、上品で洗練されたデザインだった。


 お父さまからの手紙には、『エリーがとても気に入っていた服だよ。胸元の刺繍はアンジェラが刺した。アンジェラとお揃いの服で、しばらくこればかり着ていた』と書かれていた。


確かに、服の裾周りにぐるっと巡らせた、ラベンダーの花輪と、胸元の小さな花束は、刺繍の“手“が違う。


 裾周りは職人、プロだろう。子供服だが、実に見事だ。

 胸元も丁寧な針運びで、可愛いらしい花束がみごとに刺されていた。

 一針一針に、お母さまの込めた想いが伝わってくるようだ。


 その生地に触れ、刺繍を指でそっと辿っていると、ふと思い出した。


 そう、お母さまとのお揃いが嬉しくて、毎日着たがって、乳母を困らせていた。

 お母さまも嬉しそうに、「エリー、よく似合うわ」とベッドの上から見ていてくださった。

 これを着て、練習中のお辞儀(カーテシー)をしたら、拍手をして()めてくださった。


 あの優しい青い瞳の眼差しや、よく撫でてくださった温もりを(おぼろ)げでも思い出すと、胸がいっぱいになる。


 私もいつか—


 そう思うと、昔の宝物を、今のキャビネットにそっと移した。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作の番外編です。


『100回記念SS』の4作品目としてとして、書かせていただきました。

お楽しみいただけたなら、幸いです。

ご応募いただいた方も、読んでくださった方も、本当にありがとうございました。


なお、前書きでも通り、次回からは本編に戻ります。

残りの100回記念SSは、また番外編、もしくは閑話として書かせていただきますので、よろしくお願いします。


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
[一言] こんなに愛らしい娘を残して亡くなったお母様さぞ無念だったでしょうなぁ……!! 家族に作ってもらった服はいつまでも忘れられないものですよね。昔に作ってもらった枕カバーの端切れが出てきた時はなん…
[一言] エリーも天使効果効かない体質だったのね
[一言] ラヴェンダーが運ぶ幼い日の温かい想い出。 嗅覚は人の記憶を呼び起こすと聞いた事が有ります。 今回は、此方の不躾な申し出にも拘わらず素晴らしい掌編を有難う御座いました。暑さ厳しい折、作者様も…
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