106.悪役令嬢の主治医 3
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
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流血など、一部残酷でデリケートな描写があります。
また、ざまあ風味の表現もあります。
苦手な方は、閲覧に充分にご注意ください。
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また、本日3話更新予定(本編2話17時同時更新、小話1話は21時ごろ)です。
読み飛ばしにお気をつけください。
この前話は、『105.悪役令嬢の主治医(2)』です。
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エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで44歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
このマキシミリアン・オレトスという侍医は、クレーオス先生の留学先、医術学校の研究科に在籍していた。
そのころから医師としても人間としても二人の方向性は異なり、相性は悪かった。
同じマキシミリアンという名前が嫌で、元々使っていた愛称のマックスを、本名のように名乗っていた、と先生は語った。
先生の本名は、マキシミリアン・リュカ・クレーオスと仰る。
リュカは母方の姓で、王国ではミドルネームに用いることがある。
お若いころは短くて語感のいい、『マックス・リュカ』で通していたそうだ。
ちなみに王国でも帝国でも、マキシミリアンという名前は、息子に立派に育ってほしいと思う親がよく付ける名前だ。
古代帝国の『盾』と言われた名将と、長く続いた戦争を終わらせた英雄との名前が一つになっており、大望を抱いてほしいという願いが込められている。
一方、マキシミリアン・オレトスは、この名の通り、上昇志向が非常に強い学生だった。
『俺はただの医師では終わらない』とよく発言し、その方向性を危ぶんだ医術倫理の講師から、注意を受けたこともあるそうだ。
優秀な留学生だったクレーオス先生を勝手にライバル視し、嫌がらせも度々していた。
その友人の妹の“不思議”を聞きつけ、『他人を不幸にする不治の病なら、本人が望んでいるんだ。楽にしてやった方がいい』などの発言もしている。
この裏には、妹を口説こうとしたが相手にされなかったので逆恨みした、という“天使効果”の“執着”の可能性も、クレーオス先生は指摘していた。
こんなオレトスでも成績優秀者で、南部の紛争の激化に伴い、医術学校で行われた医師の従軍募集に応募し、その功績が評価され帝室の侍医に取り立てられた。
この時が彼にとって幸せの絶頂期だったろう。
出世した姿を見せれば、兄は羨ましがり妹も後悔し、ひょっとして自分を、と思い訪ねた兄妹宅では、逆転の発想での“天使効果”の治療薬がほぼ完成していた。
この新薬開発の功績で、自分の上に行くかもしれないと考えるだけで、オレトスは悔しくてたまらなかった。
自分は命懸けで掴んできたと言うのに、兄はその危険も犯さず、楽々と栄誉を手に入れようとしている。
妹もこの薬のおかげで、“目が覚めて”も愛してくれた男との縁談が進んでいると、嬉しそうに話す。
兄妹に対する嫉妬と執着と欲望が爆発した結果、気がつけば二人を殺し、研究成果と金目のものを全て奪って逃げた。
その後、オレトスに捜査の手が及ばなかったため、強盗と思わせるのに成功したと安堵する。
戦場では医薬品はとても貴重で、盗もうとする者達も度々現れた。
オレトスは、盗みを働いた食い詰めた農民などを戦闘のどさくさに紛れ、殺すこともあった。
結局は軍法で殺される身なのだ。人間の急所は知り抜いている。あっけないほど死んでいったと、さも当然のように話す。
この紛争時、マーサとその母は、襲われないように髪を切り男装して、帝都を目指し避難していた。
コイツに巡り合わなくてよかったと、本当に思う。
そんな“経験”を“活かし”、兄妹を殺して本当にすっきりした、と話すオレトスは、もはや医師ではなくなっていた。
医師が人殺しをする。
しかも医術の知識を用いて—
筆記していて、あまりの怒りに筆が乱れそうになるが、集中して耳に入る単語を紙に書いていく。
『あの二人の生命は、俺にとっての前祝いだ。
その証拠にこの研究資料がある』
と、オレトスは祝杯を上げたと言う。
ところが精査すると、肝心なところが暗号で書かれていた。
焦ったオレトスに追い討ちがかかる。
侍医の担当が、第二皇子母の側室様に決まったのだ。
わがままで気分屋で、八つ当たりのように症状を訴え、処方しても、効かない、無能と文句を言われる日々を送ることに、オレトスの精神的負荷は日に日に増大していった。
髪がごっそり抜けた、つまり円形脱毛症にもなったと話す。
この人間をここまで追い詰めた、ご側室は確かにすごかった。片鱗は浴びたので、少しはわかる。
実は南部の紛争時、クレーオス先生の指摘通り、自己判断で負傷者の『安楽死』を行っていたと、オレトスは自供する。
本当にこの人は何のために医師になったのだろう。
そして、オレトスは考えた。
側室様も薬で自然死に見せかけられないか—
侍医に与えられた権利に、研究活動があるが、理不尽で横暴な主人を手にかける想像をする度に、与えられた屈辱が晴れる気がしていた。
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そのころ知り合ったのが、後の皇太子、第一皇子だった。
あの側室腹の第二皇子とも仲がいいと言う。
側付きの侍従をどうやって巻いてくるのか不明だが、来る時はいつも一人だった。
ああ、そういうことか、と、私はパズルがはまった気がした。
だが記録して残さないといけないのだ。
ルイスは大丈夫だろうか、とただそれだけが心配だった。
第一皇子に対し、オレトスは最初はかしこまっていたが、その人懐っこさに気を許すようになる。
また研究室に出入りするようになった第一皇子の賢さに、オレトスは感心した。
色々と説明すると、「侍医殿は本当にすごいんだね。きっと父上付きになれるよ。ううん、侍医長にだって」などとも言ってくれる。
側室に毎日削られる自尊心を、補充し癒してくれる存在になりつつあった。
ああ、術中にはまっていく。
全く見事だわ、と書きながら思う。
そんなある日、第一皇子がオレトスが作った毒薬に興味を持つ。
ちょうど“毒慣らし”を始めた時期でもあったためだろうと、オレトスは思っていた。
さすがに「絶対に触れてはいけません。薬は毒にもなり、毒は薬にもなり得るので、研究しているのです」と言い聞かせる。
それに対し「わかったよ。でも本当にすごいね。僕が飲んでも大丈夫なのに、こんなちょっぴりで、こんなになっちゃうなんて」と動物実験などに興味津々だ。
やりたくてうずうずしている姿も可愛らしく見え、「特別ですぞ」と、かなりの種類や使い方など、“いつのまにか”教えてしまっていた。
特に二回に分けて与える毒に興味津々で、「どっちも大したことないのに、一緒になるとすごいなんて。僕が次に慣らすのもこれかなあ」などと目を輝かせる。
ある時、第一皇子が第二皇子の“毒慣らし”の毒を飲んでしまい、1ヶ月ほど姿を現さないことがあった。
「自分のせいか」とも悩んだが、伝え聞くと、第二皇子に同情したせいらしい。
これでさらに、“優しい良い子”がオレトスの中では確定した。
まさかあんな恐ろしい本性を持ってるとは思わなかった、騙されたんだ、被害者だ、とも口にしていた。
『いや、あなたは加害者だよ』とペンを折りそうになりながら書いていく。
また少しずつ顔を出し始めた第一皇子だったが、自分のところで毒を飲まれてはたまらない。
だが、実験への興味は変わらず、さらに膨らんだようだった。
特に、殺した“兄”から引き継いだ、『二回に分けて与える治療薬』に類似し、オレトスが研究しよく実験していた毒薬についてだ。
許可を得て実験を見守り、量や与える時間での反応の違いを、目を輝かせて面白がる。
再び訪れた癒しの時間に、オレトスは気が緩んでいたのかもしれない。
ねえ。毒薬実験が癒しの時間って、突っ込んでもいい?それって一般的には『殺伐』って言うんだよ。
書きながら、書き換えたい衝動にグッと堪える。
そんなある日—
が、来てしまう。
第三皇子、ルイスの毒殺未遂と乳母の毒殺事件が発生する。
侍医の同僚達から聞くところによると、オレトスの薬そっくりの症状だ。
いつ、誰が、何のために、こんなことを!
自分の人生はもう終わりだ、と思っていたオレトスの前に現れたのが、第一皇子だった。
ここから薬を持ち出して、第三皇子に盛ったのは自分だ、とあっさり認める。
そして、可愛らしい声で、他人事のように言い放つ。
「大変になっちゃったね。このままだと君が犯人にされちゃう。助けてあげるよ」
悪魔の囁きだった。
こいつが、このオレトスが作った毒が、ルイスの喉を焼き、死の淵を彷徨わせ、大切な乳母の命を奪ったのかと思うと、手指は動いていても、頭がかあっと熱くなる。
ルイスの気配は微塵も揺るがない。
本当に尊敬する。
オレトスが第一皇子に案内されたのは、地下の皇弟殿下の“隠し部屋”だった。
「ここなら誰にも見つからない。好きなように実験もできるよ」
どうしてこんなところを知っているのか、尋ねると、“皇太子の間”で、抜け道の出入り口を発見した。
抜け道がとても面白くて探検して回っている内に、偶然見つけたんだと、嬉しそうに話す。
“皇太子の間”の他にも抜け道の出入り口はあり、比較的近かったオレトスの研究室から、『見られて困るもの』をここに移すには、さほど時間は要さなかった。
第一皇子も自分も、無事に捜査の目を潜り抜けた後は、オレトスは第一皇子の要求に応じるままに、薬の研究を続けた。
場所もある。
費用も、第一皇子が抜け道のあちこちに仕掛けられた、緊急持ち出し用と思われた財宝から、換金しやすい金貨などを持ち出してくる。
その金貨を換金し、材料を買いそろえたオレトスは心置きなく、あの“兄”の研究に没頭した。
執念からか、暗号も少しずつ解き成果を出しつつあった。
あの皇太子は抜け目がなかったが、こういうところまでちゃっかりしなくていい、と本気で思う。
ご先祖が生き残るために隠した資産を、人殺しのために使った訳だ。
オレトスは、昼間は側室様の相手を適当にした後、侍医に与えられた研究室で眠り、夜に地下に来る。
第一皇子から頼まれる薬の開発も断れなかったが、人を意のままに操る新薬などを作り出す暗い喜びもあった。
二人は持ちつ持たれつの協力者だった。
オレトスが毒薬を開発し、皇太子はその場所と資金を提供し、“実験”を繰り返す。
最悪の組み合わせだ。
そんな中、皇太子となった第一皇子のターゲットは、殺し損ねた第三皇子、ルイスだった。
自分は幸せな結婚をしても、ルイスには許せない。
操り人形にしていた第二皇子を、婚約者のエリザベス、つまり私にけしかけたが、返り討ちにあい、幽閉されてしまう。
当たり前でしょう。殺されてたまるか。
ああ、でも思いっきり嫌な予感がする。
それでも、他よりも“年季の入った”、優秀な“大事な手駒”を皇太子は手放さなかった。
裏から手を回し世話役に暗示をかけ、毎日の食事に治療薬を混ぜる。
自力で歩けるほどにまで回復したところで、貧民街で背格好の似た路上生活者から、“屋根付き三食昼寝付き”と呼び込み入れ替える。
偽者には“ほぼ寝たきり”になるような薬を摂取させた。
本当にやることなすこと、えげつない。
第二皇子はしばらく地下で“治療”を続けたが、使われてた複数の薬の後遺症を抑制するには、定期的に新しい薬の服用が必要な状態だった。
その薬に欠かせない材料が、栽培していた“光り茸”だった。
オレトスの自慢の一つだ。
この抜け道で発見した新種で他にはなく、栽培もここ以外難しい。
しかし効き目は抜群で、第二皇子は一時的とはいえ、全快に近い身体を取り戻し、皇太子の指示に従い動いていた。
あの毒を解毒できるきのこ?
あの光るきのこは可愛いと思ったが、いや、あの存在には罪はない。悪いのは、オレトスだ。
そうこうしている内に、皇太子が病いの床に臥せ、そして亡くなってしまう。
侍医長を始めとした、皇帝直属の侍医達が取り仕切り、関係者以外、大した情報も洩れず、寄り付かせもしなかった。
オレトスは自分だったら治せたのに、と歯噛みする。
クレーオス先生は、お前に病は治せまい。できるのは解毒のみだ、と言い放っていた。
その通り。両手が空いていたら、拍手喝采したい気分だ。
皇太子の死後、操り手がいなくなった第二皇子は、心身共に不安定となった。
一時期、皇太子の命令で王国まで行き、アルトゥール王子を甘い罠に嵌めたほどだったのに、次第に体調が崩れてくる。
第二皇子復活のあたりから怪しいと思ってたけど、あの薬と『手引き書』の配達人、兼、薬を飲ませ暗示をかけてったのね、
一生、塔にいてほしかったと心底思う。
第二皇子が定期的に摂取しなければならない新薬には、摂取の上限があるにも関わらず、その期間が徐々に短くなっていた。
皇太子に与えられた潜伏場所と資金で暮らせても、第二皇子に自由はない。
生き続けるためには、この“光り茸”が育つ地下室に縛られた、まるで実験動物だ。
そう言い争っているところを、確保された二人だった。
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「オレトス。お前はもう医師ではない。それは分かっておろう」
クレーオス先生は重々しく宣告する。
「何を偉そうに。マックス・リュカ風情が!
一生、貧乏人の汚らしい体でも触れていればいいのだ」
罵られても先生は泰然とした風格があった。
「『患者に貴賎無し。
あるのは病のみ。
ただこれと真摯に向きあえ』
という医術学校の教えは、とうの昔に忘れたらしいな。
いや、最初から覚える気もなかったか」
「綺麗事を抜かすな!」
「残念ながら、綺麗事だけでは医師も生きてはいけぬ。
儂も訳あって診療所を離れざるを得なかった。
王国の侍医となり、誰より丈夫で、儂の手など不要な国王陛下の脈を取るためにな」
先生は静かにご身分を明かされたが、オレトスは逆に興奮する。
「はあ?王国の侍医長の名はクレーオスと聞いておる。何を戯けたことを!」
「お前には名乗っていなかったからな。
儂の名は、マキシミリアン・リュカ・クレーオス。
ちなみに、侍医長を息子に譲って、今は顧問じゃ。
のう、ルイス様?団長閣下?」
クレーオス先生の問いかけに二人は淡々と答える。
「ああ。クレーオス先生の言う通りだ」
「今はエリザベス第一王女殿下の侍医を務めてらっしゃる。心配された国王陛下に派遣され、帝国にいらっしゃる」
その様子が事実であること如実に伝えるが、オレトスには信じられない。
いや、血に塗れた虚栄心が、信じることを許さなかった。
「マックス、が、クレーオス?
『医術の神イポクラテースの再来』と呼ばれている、あの?クレーオス?」
自分が聞き知っていた、クレーオスという名の知識を、朦朧と繰り返す。
「儂は凡夫じゃ。神でも何でもない。病に苦しむ人に向きあうことしかできぬ只人だ」
クレーオス先生は即座に否定した。
それがオレトスに嫉みの火をつける。
「何を綺麗事を!お前に!私の気持ちなぞ分かってたまるか!」
「お前とは毛髪1本たりとも分かりあいたくない。
ルイス様。団長閣下。一つ、お願いがあるんじゃが……」
先生は落ち着いたまま、二人に静かに呼びかける。
「いったい何でしょう?」
「先生のお望みなら叶えて差し上げたいが」
「この、マキシミリアン・オレトス、という男をいなかったことにして欲しいんじゃ」
「は?」 「え?」
ルイスと騎士団長が戸惑ったその願いは、オレトスにとって冷酷なものだった。
「此奴は虚栄心の塊じゃ。
お手数じゃが、戸籍から、住民記録、学校の同窓名簿、従軍記録、侍医就任、死亡記録といった何から何まで、抹消していただきたい。
除籍ではない。
その名を削りとり、この世にいなかったことにして欲しいのじゃ」
「お前!何を馬鹿な!バカなことを抜かすな!
そんなこと出来るはずもない!
侍医にまで上り詰めたこの私だぞ!」
激発したオレトスに対し、ウォルフ騎士団長の冷徹な声が響く。
「いや。過去に前例もある。
皇帝に憎まれたある人間が、その死後、すべての栄誉も剥奪され、出生記録から死亡記録まで、あらゆるものから、その名を徹底的に消し去られた。
いなかったことになった故、その名も伝わっていない。
お前もそれと同様になるわけだ」
「そ、そんな……。この、この私が、この世に、いない?いなかっただと?!
うそだ!止めろ!
こんなことまでして、私は何のために生きてきたんだ?!
止めてくれぇぇぇぇえええええ!!」
頭を抱えもがき苦しむ、マキシミリアン・オレトスの前で、もう一人のマキシミリアンは端正に微笑んでいた。
ご清覧、ありがとうございました。
こういう形では応募していただいた方には申し訳ないかもしれないのですが……m(_ _)m
今回の後味が悪いので、以前、告知させていただいた、
『100回記念SS』の小話を、今夜21時ごろに投稿予定です。
もしよろしければ、お口直しにどうぞ (=^・ω・^)旦
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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