104.悪役令嬢の授業
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ルイス視点です。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで42歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
エリーの推測を元に、捜査が再開されたが、容疑者を二人とも確保するためには、困難を極めた。
何しろ捜索場所が天井と床だ。
すぐにウォルフの指示で、捜索場所を床に絞る。
天井側と異なり、容疑者がひょいと出てきて、『あら、こんにちは』の鉢合わせの可能性が低いためだ。
張り込み兼、床の“仕掛け”捜査は慎重、かつ地道に続けられた。
一人の確保なら、“上の旧道”に張り込みをかければいいだけだ。
それに比べ、はるかに神経を使い、本当に難しかった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
あの日、エリーは帝立図書館から借りられて、遅れて持ってきた、帝都内部の等高線の地図の情報を加えて計算し直した。
これにより、“新道”は、二本の“旧道”に空間的に挟まれた位置を通っている可能性が高まった、と俺とウォルフは説明を受けた。
さらにウォルフからこの部屋に入れるメンバーに、再度の説明を依頼される。
エリーは俺に相談の上、快諾した。
帝都邸に安全に住むためには、ここを放置する訳にはいかない。
招集をかけられたメンバーは皆、披露宴や他の機会でエリーと面識はある。
それでも“エリオット”を一目見て、エリーと見抜けた者はほとんどいなかった。
ウォルフが説明すると、大なり小なり驚きの表情を浮かべる。
エヴルー“両公爵”であり、女性であるエリザベスが捜査に協力し、容疑者に疑われないためとはいえ、エリオットという騎士に変装している。
そこまでして帝国騎士団本部を訪問した事実に、感銘を覚えているメンバーも多いようだ。
再度の説明にメンバー達は驚きつつも納得し、捜査方針と手法に討議の目的は移行した。
何しろ“新道”と二本の“旧道”との位置関係が、横方向ではなく、縦方向の可能性が高いとのエリーの推測だったためだ。
「これはあくまでも私見ですが、皇弟殿下が“形だけ”を追求したなら、“一方通行”の仕掛けが考えられます」
「エリー閣下。“一方通行”とはどういう意味でしょうか?」
参謀部の先輩が質問する。
「二本の“旧道”は“新道”を挟み、多少幅のある上と下の空間にあると仮定します。
つまり、“上の旧道”、“中の新道”、“下の旧道”です。
“一方通行”とは、この“上”から“下”への移動です。
皇弟殿下の構築申請時、今まで繋がっていなかった、この“上の旧道”から、“下の旧道”が、一応つながりますよ、という利点は、長所として売り込めただろう、ということです」
エリーが黒板にわかりやすい立体的な図を描いて、指し示しながら説明する。
まるで帝立学園の授業だ。
それこそ“形式上”、帝立学園に短期留学し、最短記録で卒業した淑女科で、『ぜひ、講師を』と要望されたのがわかる雰囲気だった。
「たとえ実態が“形式上”の“通り抜け”であっても、皇弟殿下は申請時には悟らせないようにした、と思われます。
また、“一方通行”は“中の新道”の滞在時間をより短くする仕掛けとも言えます。
皇弟殿下が使用していた当時は、“中の新道”を“通過ポイント”にしてしまっていたんです。
“旧道”の地図に掲載されていなかった理由も、これで説明がつきます。
検分した結果、女性などが利用できず、実際の避難路としては使えない、と判断された可能性が高く、地図には載せなかったと推察されます」
ここで、「おお〜」「なるほど」といった声が起こる。
夫としては誇らしくもあるが、この明晰な頭脳が利用されないかと心配にもなってくる。
「つまり、現在ここを利用している容疑者は、上方向から現れて、“中の新道”にある“隠し部屋”を使用し、下方向へ逃げている可能性が高いかと推察します。
“形式上”申請を通せばよかった皇弟殿下は、より複雑で、“通過”が増える“下から上”への仕掛けは、作ってはいないでしょう。
私からの説明は以上です。
ご清聴、ありがとうございました」
エリーが心臓に右手を当て騎士礼を取ると、自然発生的に拍手が起こる。
少しでも光明が見えた、という皆の喜びの表現だった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「ルイス閣下。自分も馬でよかったと思います。
その方が騎士らしいです」
馬車に乗り騎士団本部を出発してすぐに、エリーがやや不満気に呟く。
「エリー。二人っきりの時は、エリーとして話してほしい。
まだしばらく一緒の時間は少ないままだろう。
ダメか?」
俺の正直な気持ちだった。
先ほどの“授業”を受けた、参謀部を中心とした騎士団員は、エリオットことエリーの分析を聞いた後、しばらく興奮していた。
エリーがエリオットに変装していたこともあり、騎士団員同士でよくやる、『お前、すごいぞ』という、称賛の抱擁をしかねない勢いだった。
「いや、素晴らしい推測だ!」
「よくぞ、思いつかれた!」
とっさにエリーを囲い込んで守った俺は、口々に褒められながら、背中や肩をエリーの代わりにバシバシ叩かれていた。
皆、捜査の見通しが立った喜びに興奮しており、エリーがやられたらアザができたこと間違いなしだ。
いくら男装しているとはいえ、誰が愛妻を他の男に触れられたいと思うか、という心境で、すぐにウォルフが割って入ってくれて本当に助かった。
そしてそのまま、エヴルー帝都邸へ送るように言ってくれたのだ。
「二人っきりの時は」という俺の言葉に、エリーはうっすら首筋を染め、小さく頷く。
たとえ騎士姿だろうと可憐で可愛い。
ずっと抱きしめていたいくらいだ。
「はい、ルー様。ごめんなさい。
私も2週間も離れてて、とっても寂しかったわ。
ウチの皆の安全はもちろんだけど、ルー様を守りたくて頑張ったの。
だってルー様の執務室に通じるところに、あんなものがあるなんて絶対に嫌だったの」
俺はその健気な、俺への想いが詰まった言葉を聞いた途端、エリーを抱き上げ膝の上に乗せ抱きしめていた。
「ルー様?!」
「このままもう少し。屋敷に着くまで。このままで。
エリー、お願いだ」
少し抵抗していたエリーも、俺の切ない切れ切れの嘆願を聞いて力を緩める。
それどころか両手を回し、背中を優しく撫でてくれる。
「ルー様。本部に泊まり込みする時は教えてね。
着替えと差し入れを持っていくわ」
「わかった。エリーも明日、“予定通りのエリー”が帰邸したら、タンド公爵家へ行くんだよ」
万一の時のために、と俺はエリーに避難しておくように説得していた。
「はい、『皇妃陛下にお渡しするお日にちが迫ってる、マルガレーテ皇女殿下の木工細工の打ち合わせとか色々あって』って理由にするわ。
マーサにもついて来てもらうつもり。
今回、訓練速度の夜の騎行だったから、エヴルーに置いてきて、たぶん傷つけちゃったから……」
エリーが悲しそうに少し俯く。
きっと本意ではなかっただろうに、マーサを思いやるエリーの頭を優しく撫でる。
だが、カツラ越しだと、いつもの感触と違う。
あの、艶やかな、それこそマーサが丁寧に手入れしている、美しい金髪の手触りが懐かしかった。
「そうか……。エリーは優しいな。マーサは大丈夫だ。
きっと理解してくれている」
「ありがとう、ルー様。
捜査はエヴルー騎士団と帝国騎士団の合同集中訓練を名目にするんでしょ?」
「ああ。“新道”での捜査が中心になるからね」
「ルー様が帝都邸泊まりの時は帰っちゃダメ?」
「帝都邸泊まりでも、たぶん騎士団棟だぞ」
「エリオットなら一緒にいられるでしょう?」
「………………」
俺はにっこりご機嫌で見つめてくる残酷な天使の前に、屈服すべきか、抵抗すべきか、本気で悩む。
今朝の仮眠時は疲れ果て、起床後にウォルフと約束もあるエリーに、絶対手出しはできなかった。
俺もやっと会えた幸福感に包まれ、久しぶりにぐっすり眠った。
しかし今夜以降は訳が違ってくる。
主に俺の側の理由でだ。
理性と煩悩がせめぎ合っている内に、帝都邸に到着し、この問題は無事に棚上げになったのだった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
翌日から、帝都邸の俺の執務室は、指揮所、兼、更衣室、兼、休憩室と化していた。
ここで騎士服から特製の黒い目出し帽、黒づくめの作業着に着替え、“新道”へ降りていく。
この帽子と作業着は、我が家の侍女やメイド達の特製だ。
メイドや侍女のお仕着せの黒い服を解いて、大至急で作ってくれたらしい。
侍女長は、「黒い服、もしくは生地を大量購入すれば、どこから洩れるか分かりません、とのご指示です」と、にこやかに説明した。
誰の心遣いか、すぐに分かる。
客室を解放し、捜査員の食事・睡眠体制も万全だ。
こんな苦労も実ってか、“新道”の床の探査を始めて3日目で、“仕掛け”を見つけた。
エリーの予想通り、成人男性1人が通れる通路で、“下の旧道”につながっていた。
ドレス姿の女性は、絶対に入れない空間で、途中、一般的な少年少女には厳しい角度に変化していた。
通れなくもないが、安全ではない。
子どもを連れた女性は、まず無理だろう。
“緊急避難路”としての抜け道の地図には、これでは載せられないだろう。
ここ以外に“仕掛け”はあるかと、念のために探索を続けたが見つからなかった。
“仕掛け”には周囲に似せた色で塗った鉄板を、紐を引けば、塞ぐように設置しておく。
こうすれば袋のネズミで、容疑者は逃げようが無い。
さらに、騎士団本部の抜け道から、“下の旧道”に人員を配置しておく。
万一、“新道”で取り逃しても、ここで確保できる。二重の網だ。
あとは、容疑者が二人揃って来るのを待つだけだ。
それから4日後の深夜—
待ちに待った機会が訪れた。
気配を消して待っていた俺達の耳に、小さな音が響いた。
闇に紛れた気配は、“隠し部屋”がある壁の向こうから聞こえる。
隣りの先輩と頷きあう。
そこから、約1時間後、もう一つの気配が増え、“新道”の通路に、細い光の筋が差す。
—あと少しだ。今は我慢の時だ。
俺達が“隠し部屋”をはさんで、左右に分かれ、待ち受けていると、“隠し部屋”から今までに無い大きな声が聞こえてきた。
二人で言い争っているようだ。
『さて、どうする?契機か?』と思っていると、“隠し部屋”のある壁が大きく開く。
光が灯ったまま開けるとは、今まで無かった動きだ。
「お返しください!それ以上は決してなりません!」
「うるさい!黙れ!命令するな!放っておいてくれ!」
「殿下!御命に関わりま」
激しい言い争いの中、俺は聞いてはいけない言葉を聞いたと思った瞬間、掛け声を上げる。
「今だ!確保せよッ!」
強者の騎士達が二人に飛び掛かる。
一人はすぐに制圧できたが、二人目は抵抗が中々激しい。
俺は二人目の腹部に思いっきり蹴りを入れ、うめいたところで、顎を強打する。
コイツはなるべく早く、仕留める必要があったためだ。
昏倒しかけたところに、すかさず後ろ手に縛り上げる。
猿ぐつわをかませ、強制的に黙らせ、自分がかぶっていた目出し帽を被せ、目隠しをする。
もう一人も同様に捕縛し、目と口を塞ぎ顔を隠す。
「どこから連行する?」
「屋敷からだろう。滑車で吊るすぞ」
「こっちは太めだな。ギリギリか」
連行する手段を検討していると、不意に“隠し部屋”からの明かりが消え、声が上がる。
「おい!見てみろよ!」
「なんだ?あれは?!」
開かれたままの“隠し部屋”には、闇の中で、妖しく幻想的な光を纏う大小のキノコが、ガラスの水槽に入れられ、ずらりと並んでいた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想など励みになります。
よかったらお願いします(*´人`*)