101.悪役令嬢の懸念
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※※※※※※※※※※お知らせ※※※※※※※※※※※※
※7月27日から、100回記念SSのキャラの募集をしています。
詳細を『活動報告』の『100回記念SSのキャラ募集について』でご確認の上、コメントにてご応募ください。
期限は、7月31日23:59までです。
ご応募、お待ちしています。
これからもよろしくお願いいたします。
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エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで39歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
ピチョン、チョーン…………。
水滴が落ちた音がかすかに響く。
気配は消せても真の闇では前へ進めない。
ほんのわずかでも光が無いと手探り状態だ。
しかも音は立てられない。
しかし、進行方向からは人の気配が感じられ、隙間から洩れた一筋の光が見えていた。
数人の男達は頷きあうと、足音を消し闇に潜んだ。
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「エヴルーだ。ああ、エヴルーだ、エヴルーだ。
やっと帰って来れたぁ」
ルイス達の見送りをうけ、帝都邸を早出した馬車で、“馬車溜まり”や、領内の要所を結ぶため広げつつある“幹線道路”を視察した後、領 地 邸に到着した。
新鮮なハーバルバスに浸かり部屋着に着替えた後、エヴルー新邸の自分の部屋のベッドに寝っ転がり、解放感を味わう。
うつ伏せで足をじたばたさせていると、見かねたマーサから、パシンと良い音でお尻を軽く叩かれた。
「奥様。流石にお行儀が悪うございますよ」
「マーサ〜。今だけ見逃して。
今回はやっと帰って来れたって感じがするの」
「前回も同じようなことを仰せでした。今だけでございますよ」
マーサは私の疲れた時に飲むハーブティーを入れてくれ、シェフ特製の焼き立てスフレを餌に、私をベッドから誘導する。
「ん〜。おいし〜。エヴルーに帰ってきたって気がする〜。
いつものみんなに、ハーバルバスでしょう。
ふんわかお陽様お布団と、ラベンダーウォーターの香りがするリネン、おいしいお菓子にハーブティー。
帝都でお仕事してるルイスに申し訳ないくらい」
今回、ルイスは3、4日遅れでエヴルーに来る。
騎士団の仕事の関係だ。
ここ数日は見るからに大変そうだったので、「今回は無理に帰らなくても」と言ったら、「エヴルー騎士団もあるし、教師を引き受けてくれた元騎士団員達も気になる。第一、エリーと一緒にいたいんだ」と言ってくれましたの。
最後は照れて、真っ赤になってて、めちゃくちゃ可愛かった。
言えないけど、きゅんきゅんしまくってました。
でも言葉にしないと、きちんと伝わらない。
特に離れざるを得ない時ほど、きちんと言葉にした方がいい、と心のどこかが告げていた。
「とっても嬉しい。
私も一緒にいたいけど、絶対に無理しないでね」
「了解」
「絶対にね」
「了解」
「ルー様、愛してます」
「りょ…。俺も愛してる。気をつけて行っておいで」
「はい、行ってきます。
帝都邸の皆、ルイスをよろしくね」
約束して見送ってくれたルイスのためにも、しっかりお仕事しなきゃな、と思い直す。
スフレを完食した私は、アーサーが待ち受ける執務室で、バリバリお仕事をこなした。
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翌日—
馬に乗り警護を連れ、領内の見回りをする。
特に新公爵領の学校が建てられた区域だ。
アーサーから報告は受け、だいたいの状況は把握しているが、現地を実際に見る事は大切だ。
地区の代表者の話を聞きながら、二人で玄関から学校内へ入る。
と言っても、すぐに教室内が見られるほど小さな学校だ。
「あ!領主様だ!エリー様だ!」
収穫祭か見回りなどで見知っていたのだろう。
いち早く気づいた子が声を上げる。
私は混乱を最小限にしようと、ざわつく教室内に入り呼びかける。
「こんにちは、先生。こんにちは、みなさん。
エヴルー公爵家のエリザベスです。
今日は皆さんの授業を観に来ました」
エヴルー公爵家が定めた教育課程では、“非常時を除き、授業参観は受け入れる”とある。
「みんな。エヴルー“両公爵”エリザベス閣下だ。
きちんとしたご挨拶をするぞ!
全員、起立!礼!」
騎士団で鍛えられた声で、男性教諭が子ども達に“号令”する。
一斉に起立した子ども達が、ピシリと背筋を伸ばし“敬礼”したのには驚いた。
が、表面は微笑みを保つ。
『こんにちは!エリザベス閣下!』
「エリザベス閣下。ようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用でしょうか」
「授業参観に来ました。
後ろで見学してますので、私達は気にせず、いつも通りに授業をして、いつも通りに授業を受けてくださいね」
「了解です。みんな、授業を続けるぞ!集中するように!」
とは言っても子どもだ。
ちらちら、こちらを見る子もいる。
「こら!エリザベス閣下のご命令が聞こえなかったのか!何をよそ見している!全体責任だ!
腕立て伏せ10回!」
『はいッ!』
全員で腕立て伏せを始める。
地域の代表者が意味ありげに私を見る。
小さな頷きを返し、「とりあえず、このままで」と囁き、“授業参観”を続ける。
教室内は清掃されており、整理整頓は行き届いているようだ。
授業内容は国語で、当てられた者は黒板に答えを書く。
正答なら、「よしッ!よくできた!」と褒める。
間違えた時は、黒板で訂正した後、答えを書いた生徒が腕立て伏せを10回、命じられている。
なぜか周囲からほっとした空気が流れる。
これは普段は、“全員に”させてるな、と思う。
明らかに“騎士団方式”だ。しかも連帯責任の幅が広そうだ。
懸念した通りの状況だった。
この指導方法では、住民達の戸惑いは無理もない。
また『子どもが疲れ過ぎて手伝いができない』という抗議と、『男の子は騎士団に取られるのか』という恐れも当然か、とアーサーの報告の的確さに改めて納得する。
授業が終わり休憩時間だ。
のはずだが、生徒はみんな、席に座り自習をしたり、トイレに行くにも、先生の許可を取ったりしている。
「先生。子ども達に外で鬼ごっことか、好きに遊んでもらってもいいですか?」
私が笑顔で先生に呼びかける。
先生と子ども達は戸惑いを見せつつも、“領主命令”なので従う。
久しぶりのようだったが、すぐに順応して遊び始める。
とよく見れば、玄関の脇でしゃがみ込み、明らかに疲れ、腕をさする子もいる。女の子が多い。
罰則で腕立て伏せ10回は辛いだろう。
しかも連帯責任なら、すぐに100回は行きそうだ。
いや、実際行ってるので、こうして私が来ているのだ。
「先生は私と面談していただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
私は笑顔を向け、今度は戸惑いを見せる先生と相対した。
面談は教壇の上だ。
私は子どもの小さな椅子を借りて座り、代表者はあくまでも立会人だ。
「先生。“一糸乱れぬ”授業、お疲れ様です」
「いえ。とんでもないです」
「ただ、これは騎士団方式ですよね?
ルイスから聞いてるかもしれませんが、私は王妃教育の一環で、王国の騎士団でそれなりに訓練を受け、夜間遠征訓練にも参加しています。
騎士団方式にも、ある意味慣れてるんですよ」
立会人はぎょっとした顔になり、先生は喜びの表情を浮かべる。
「そうなんです!最初に礼儀正しさを学んでもらおうと取り入れました!」
「そうですか。お疲れ様です。
しかし今の状況はやりすぎかと存じます」
「は?」
男性教諭は一瞬、何を言われたのか分からないようだった。
「礼儀を身につけるのはいいと思います。
しかし、あの子達が普段の生活、たとえばこの先、地区の代表者となったり、収穫祭で領 地 邸に来ても、絶対にやらないことも教えてらっしゃいますよね?」
「……敬礼、でしょうか?ただ、あれは、やると、気持ちが引き締まるというか……」
「あの子達に必要ですか?エヴルーの教育課程に含まれていますか?」
「……いいえ」
この後、私は“連帯責任”や、体力に見合わない“体罰”の弊害について説明する。
公爵家やエヴルー騎士団への不信感にもなっている旨を、事例を挙げて伝えた。
先生は『まさかそこまで影響が』と焦っているようだ。
この主な原因は、“騎士団出身の先生達”が受けた、帝都立高等学校の教諭養成課程の集中講座での教育実習だ。
実習の受け入れ先は付属の初等学校で、帝都内でも優秀な平民、もしくは騎士爵家や一代貴族家の次子以降が通っている名門だ。
普通の初等学校とは全く異なる。
当然入学試験もあり、授業もそれなりに厳しく、礼儀正しく集団行動に慣れた子ども達だった。
一方、元帝室直轄領で、先祖は騎士爵家でも現在はほとんどが“野生児”だ。
短期集中の教員養成課程で教わった“付け焼き刃”では、中々指導できない“先生”が多く、ある時、集まった飲み会でほとんどが愚痴をこぼしていた。
そこでこの私の目の前に座る男性教諭が、「“騎士団方式”を取り入れたら、すぐに言うことを聞くようになった」と成功体験を話したものだから、飛びついた先生が数人いたのだ。
「教育課程と違うから、止めておけ。『ご苦労されるでしょうが、少しずつ、粘り強くお願いします』とエリザベス閣下も仰せだったじゃないか」
こういった忠告も聞かず、騎士団方式を続けているという経緯だった。
私達三人は場所を学校の外に移す。
「先生。子ども達をよく観察してください。
座り込んでいる子ども達がかなりいるでしょう?
心身が疲れ切って、家に帰っても“お手伝い”ができず、保護者が困ってるんです」
「し、しかし子ども達には教育が第一です!」
「“過ぎたるは及ばざるがごとし”、“臨機応変”という言葉をご存知ですよね?
あの女の子達は、繕い物や刺繍をしようとしても、筋肉痛で針が持てなかったり、プルプル震えて上手く刺せずに怪我をしたりしている子もいるそうです。
男の子達も少数ですが、今までできていた水汲みや農作業ができない子もいるとか。
騎士団で鍛える筋肉と、農作業や生活での筋肉は違いますしね」
「…………」
「教育はとても大切です。よくやっていただいた、とも感謝します。
ただし、これからは、エヴルー公爵家で定めた教育方針、教育課程に沿って、実施していただくよう、“お願い”します」
「…………了解です」
男性教諭は不服のようだが、従う態度は見せる。
それこそ上意下達だ。
だが、それだけですませたくはなかった。
「細かいことですが、『了解』もほぼ騎士団用語で、この辺りでは『わかりました』と言います。
そういった一つひとつから始めていただけますか?」
「……わかりました」
「ご理解いただけて感謝します。
できれば、正式な《業務命令》の前に、こういった“お話し合い”で、分かり合いたかったのです。
私の前に、こちらの地区の代表者が、同じような相談というか要望というか、がんばっている先生にとっては“文句”に聞こえることをお話ししたと思います。
二人とも、そうですよね?」
「……はい」「はい……」
「そういう話し合いの時は、これからは領 地 邸に知らせてください。
これは二人への《業務命令》です。
当事者同士だとどうしても熱くなりがちで、落ち着いた話し合いが難しくなります。
領 地 邸に、地方の教育問題のプロを呼びました。
これからはその担当者が、保護者側と教諭側の立会人になって解決策を考えます。
エヴルーの教育も、一歩一歩です。
その一歩の先に、帝都立初等学校のような学校もあるのです。
先生、あの学校は設立何年かご存知ですか?」
「いえ、存じません」
「設立153年です。かたや、この学校は産声をあげたばかりです。
先生、保護者代表の方。
この学校自体も赤ちゃんで、先生や保護者、子ども達、地区のみんなで育てていくんだ、と思ってくれたらありがたいです」
「わかりました、エリザベス閣下」
「エリザベス閣下、ありがとうございます」
「では早速、生まれ変わった授業を見せていただきましょうか?」
「え?!」
先生は驚いた後、少しだけ『うへえ』という顔をする。
それを見た代表者も、私も、そして先生も、顔を見合わせ笑い合った。
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その日から数日間、午前中は“騎士団方式”になってしまった学校の授業参観を中心に視察、改善要請し、午後は領 地 邸で、業務に集中した。
念のためクレーオス先生に、騎士団方式の“罰則”を受けた子ども達を、重大な異常がないか集団診察していただいた。
幸運にも『重い筋肉痛』程度とのことで、貼り薬の処方で済んだ。
早めに手を打って本当によかったと思う。
アーサー、ありがとう。
そんな仕事の中でも楽しみだったのが、第五皇子と第四皇子から注文を受けた、ぬいぐるみの試作品と、エヴルー公爵領の歌の歌詞の募集だ。
どちらもクレーオス先生が楽しそうに参加してくれる。
特に、乳幼児の発達段階での成長を促す、玩具による刺激や興味を引くものについての医術的見地は参考になった。
元々、可愛いものが大好きなお人柄もある。
「これは、これは、手触りがたまりませんのお。
大人でも癒されますぞ。
ふむふむ、これは色々あって面白いですの。
ふぉっふぉっふぉっ……」
ぬいぐるみを手で持っては、撫でて、握って、確かめながら楽しそうだ。
クレーオス先生の言う通り、レース編み工房の試作品、うさぎと猫のぬいぐるみは、色も形も作り方もさまざまだった。
手足も含め、全体をつなぎめなく立体的に編んで、中綿を詰めたもの。
従来の人形のように、型紙に合わせて編み、それを編み合わせ、中綿を詰めたもの。
従来型をさらにボタンなどを使って、手足を動けるようにしたもの。
サイズも赤ちゃんの手に握れる鈴入りから、“ずっとお友達”でいられるような大きさまで、さまざまだ。
新しい工夫で、皮革でできた、押すと“プウ”と音がする、“プウプウ笛”入りもあり、音は上品とは言えないが、触感と音がなんとも言えず面白い。
クレーオス先生が特に喜んでいる。
もう少し小型にして高い音にすれば、うさぎの喜ぶ声、『プウプウ』音として入れられるかも、という話になる。
一方、猫の声の再現は難しそうだ。
検討し合い、本物に近い明るめの毛色で作り、他の色の希望を考え、一部分を編んだ色見本を持っていくこととする。
作り方は2パターン、全体ひとまとめタイプと、編み合わせで手足可動タイプに決めた。
手足可動タイプについては、なんとアーサーから、金具を使い外から見えないようにできないか、鍛冶屋に相談したらどうかとの意見が出た。
これは編み物工房の担当者が相談する事となった。
大きさは、一番大きなものをお二人の生まれた時の体重と身長に合わせ、この他に成長ごとに楽しめるよう、3種類とした。
うさぎは、その内2種類に“プウプウ笛”を入れることにする。
なるべく急ぎの製作をお願いすると、喜んで引き受けてくれた。
クレーオス先生の言葉通り、可愛いものは作っていても癒されると嬉しそうに話す。
それでも本当にありがたい。
エヴルー公爵領の歌の歌詞は、国語の教育課程で作文や詩文がある。
教材として、聖歌の歌詞や聖句を取り上げていたこともあり、学校で募集することとした。
子どもが中心だが、学校を受付窓口として、大人の応募も大歓迎とする。
早速、親子で合作や競作している家もあると聞き、嬉しくなる。
そんなこんなで、『“滅私奉公癖”抑制チーム』が定めた職務時間内は、多忙を極めていた中、お父さまからおめでたい報せが届いた。
懐妊中だった、王国の薔薇妃殿下ソフィア様が、男児を出産、親子共に無事とのことだった。
またひとつ肩の荷が下りた、と思う。
しかし、私には懸念していることがあった。
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エヴルーで頑張っていた私にとって、“ご褒美”感覚だったルイスは、予定の四日目を過ぎても現れなかった。
三日目に、ルイスの代わりに早馬で書状が届いた。
『大切なエリーへ
申し訳ない。仕事でエヴルーへ帰るのが遅くなる。
予定は不透明だ。本当にごめん。
いつもエリーを想っているルイスより』
その二日後に、二通目が届いた。
『愛しいエリーへ
今回はエヴルーに帰れそうにない。
本当に申し訳ない。
エリーを愛しているルイスより』
そして、私が帝都に帰る予定の二日前に、三通目が届き、こう書かれていた。
『最愛のエリーへ
帝都に戻ってこないでほしい。
できれば、エヴルー騎士団の拠点にいてほしい。
理由は今は話せない。
我が最愛を乞い慕うルイスより』
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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