100.悪役令嬢の“いないいないばあ”
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ほぼ日常回です。
※7月27日から、100回記念SSのキャラの募集をしています。
詳細を『活動報告』の『100回記念SSのキャラ募集について』でご確認の上、コメントにてご応募ください。
期限は、7月31日23:59までです。
ご応募、お待ちしています。
これからもよろしくお願いいたします。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで38歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「ようこそ、エリー閣下。カトリーヌを抱いてやってね」
迎えてくれた皇女母殿下は、自分自身の喪が明けたような、すっきりとした微笑みだった。
“皇妃陛下の手紙”通りの経緯なら、納得の表情と振る舞いだ。
「まあ、カトリーヌ殿下も愛らしくご成長されましたこと。失礼します」
皇女母殿下の命令に従った乳母から、ていねいに抱き受ける。
生後6ヶ月を過ぎかなりの重さだ。
首もしっかり座っていて、皇女母殿下に尋ねてみると、寝返りも打ち、お座りもできるようになっていると話す。
帝室は容貌の美しい家系だとも呼ばれており、納得の目鼻立ちだ。
どこが“影の姫”なんだ、と思う。
しばらくあやしながら、カトリーヌ殿下について会話した後、乳母に抱き渡す。
最後に、いないいないばあをすると、キャッキャと無邪気に笑われる。
本当に可愛らしい。
皇女母殿下も、「まあ、エリー閣下ったら」と明るく笑ってらした。貴女には笑顔がよく似合います。
人払いの上、皇女母殿下の体調について、記録を読み聞き取りをする。
この後の打ち合わせのためもあり、新しい侍女長、元副侍女長はずっと控えていた。
なんとここで、皇女母殿下ご自身から、皇妃陛下の助言のお話を切り出した。
「私、母がもういませんので、帝室に嫁いですぐに、いえ、婚約者のころから、『本当の母と思ってくださいね』と仰られていたのです。
ただ社交辞令でも仰るでしょう?」
ちょっぴり不敬風味だが、人払いだ。許されるだろう。
「はい、定番の表現でございますね。お義母様のお人柄次第でございますが……」
こっちは逃げを作っておく。
ああ、“お義母様”を考えても、ルイスと結婚して本当によかった。
あのまま王国にいたら、王妃陛下が“お義母様”になってた訳で、今更ながらゾッとする。
エヴルーに“移動”して本当によかった。
「そう。そうなのよ。でもとても親身にお話を聞いていただけて……」
辛い時、話を聞いてくれるだけでも心が少し軽くなることがある。
それも亡くなった皇太子は互いに夫であり息子だ。
その死に関わっている仇とも言うべき自分がここにいる罪深さも感じはする。
しかし、皇太子は皇太子、皇女母殿下は皇女母殿下だ。
この方もある意味、皇太子の被害者だった。
皇女母殿下の話は、皇妃陛下のお手紙とほぼ同じ内容だった。
私は念のため、“後ろ盾”の流れにならないよう、少しずつ軌道修正する。
「皇妃陛下の慈愛のお心が、皇女母殿下のお力となり、ゆくゆくはカトリーヌ殿下のお力にもなります。
お子様の元気の源は、お母様の優しさです。
そして、できれば笑顔です。できれば、です。
決してご無理はなさいませんように。
皇妃陛下の仰せの通り、少しずつ参りましょう」
「エリー閣下……」
皇女母殿下が涙ぐまれる。
こうやって苦しさを涙に変える時間も、心の回復には必要だ。
私は侍女長に、砂糖で甘くした紅茶を入れてもらう。
温かい飲み物と香気、甘味は、それだけでも気持ちを安らかにしてくれる。
侍医達との打ち合わせの間は、皇女母殿下には休んでいただくことにする。
その後の侍女長と侍医達との話し合いで、気分のいい朝や、公務の前など、やる気を高める効能のレシピを勧める。
一方で、眠る前に気持ちを明るく落ち着かせる効能のレシピを提案し、レシピに了解をもらう。睡眠中にうなされることもあると聞いたためだ。
侍医達も、皇妃陛下との面会後の大きな変化は驚いていた。
ただ“揺り戻し”が来る可能性も見解の一致を見る。それをなるべく軽くし、揺れ幅を小さくする服用薬の処方だ。
回復基調ではあるが気鬱の症状は続いている、との見解だった。
ハーブを調合し、侍女長に教えながら入れたハーブティーを、皇女母殿下に味見程度に試飲していただき、どちらも気に入っていただけた。
ひと息付けたところで、私から皇女母殿下に声をかける。
先手必勝、味方や後ろ盾などとは全く別の話題提供だ。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「皇女母殿下。これは私の個人的な友人としての贈り物でございます。
カトリーヌ殿下のために作らせていただきました」
待機していた調合室から連れてきたマーサに目配りすると、侍女長にリボンをかけた包みを手渡す。
私は包みを開けるよう促し、中身は皇女母殿下の元へ渡る。
「エリー閣下。とっても見事な刺繍ですこと。
それで、これは、いったいどうやって使うものかしら?」
包みから出てきた紺色の布製品は、外形は8の字形、大小の二つのクッションのような円形が繋がっていた。
下の円形には鈴蘭と薔薇の花束が、大きく刺繍されている。
上の少し小さめ円形部分は真ん中が空いており、蝶々のひらひらと羽ばたく輪が、色鮮やかに刺されていた。
下の円形にはサッシュベルトが三つ付いており、長さが調節できる金具が付いている。
薔薇と鈴蘭は、皇女母殿下とカトリーヌ殿下を、蝶は『永遠』『復活』を意味する縁起物で、エヴルーで刺した。
「はい、カトリーヌ殿下に使っていただければ、と思い、お持ちいたしました。
まずはこのように着けていただきます」
背後のマーサを振り向くと、すでに準備万端だ。
私の隣りに進み出て、大人サイズにした8の字形のクッションを装着する実演に、協力してくれる。
前もって作っていた緩めのサッシュベルトの輪を片手に通し、もう一方の肩でサッシュベルトの輪を作り、ずれないよう両肩の調節をする。
小さな輪の円形を頭に、大きな円形を背中に合わせ、胴体のサッシュベルトでしっかり留める。
「このように背負っていただくと、お座りされていたカトリーヌ殿下が、急に後ろに倒れられた時にも、大切な頭は守られます。
そうですね、『ごっつん防止リュック』とでも申しましょうか。
騎士団で荷物を背負う背嚢をリュックと申しますの」
「……“ごっつん防止リュック”?」
初めての子育て、しかも貴族女性なら、ピンと来なくても無理はない。
「はい。この時期の赤ちゃんは、大きな頭部が重くバランスがとても悪いのです。まだ筋肉の力も未発達で、体を長く支えられません。
大人と違って、『疲れたから、ちょっと一休み』とゆっくり横になる知恵もまだございません。
で、お座りしていると、いきなり背中から倒れる訳です」
私の説明をマーサが身振り手振りで実演してくれ、最後には背中から、『バッタン!』と倒れてくれた。
もちろんクッションのおかげで怪我もない。
お付きの侍女の中からクスクス笑いが洩れ、数人はウンウンと頷いている。
少しでも明るい雰囲気がいいし、頷いた方々は経験されたことがあるのだろう。
「なるほど。そういうものなのね」
今の育児読本にはここまでは書かれていない。
貴族階級の女性は、子どもの養育は授乳からほとんど乳母任せだ。
皇女母殿下が知らなくても全く不思議はない。
私は王国での後宮運営のために、乳幼児の成育データを孤児院や病院から集めていた。
どの時期にどういった状態で、何が必要か、分析・集積した結果のほんの一例が、皇妃陛下に献上している玩具であり、この“ごっつん防止リュック”だ。
エヴルーへの“移動”時は持ち出せなかったが、結婚後にお父さまが先んじて収集したデータや分析ノートなどを送ってくれた。
ありがとう、お父さま。
さすがの私でもデータ全部の暗記は無理だったので、とても助かってます。
私は皇女母殿下の側に控える乳母に話しかける。
「乳母殿。今、カトリーヌ殿下から目が離せなくなっていらっしゃいませんか。
乳母殿お一人の時に、お座りなさると、背中に回られるとか、クッションを周囲に置かれる、もしくはソファーにすぐ移っていただくとか?」
「はい、エリザベス閣下。仰せの通りでございます。申し訳ありません」
「ああ、責めてる訳ではありません。今までの対処法ならそれが最善です。
ただこのクッション製のリュックを背負えば……」
私は“お座り”姿勢のマーサの目の前で、王国でのデータを基に、マルガレーテ様のために開発したおもちゃを使ってみせる。
「このように、目の前でおもちゃを遊ばせたり、興味を覚えたら、掴んでいただいたり、色々できます。
それで疲れたら、コロンと後ろに倒れられても安全なのです。前左右なら、遊んでいた大人が支えられます。
手が届かないのが、背後に倒れた時なのです」
マーサはもう一度、背後に『ばったーん!』と派手に倒れてくれる。
うん、危険性は充分、伝わったと思うな。
帝都邸に帰ったら、一緒に美味しいお菓子を食べようね。
マーサの査定にプラスを足しとこう。
「エリー閣下、よくわかりました。
あなた、カトリーヌが起きたら、着けてみてちょうだいね。
世話役は何人かいるけれど、万一もあり得るし…。
刺繍も本当に綺麗で嬉しいわ」
「お褒めいただき、光栄です。
今、お見せしたおもちゃもよろしければ、お使いください。
使用方法はこちらに書いてございます。
何かありましたら、お気軽にご連絡ください。
では、失礼いたします」
「色々ありがとう、エリー閣下。
次の出仕も楽しみにしています」
「私こそ、カトリーヌ殿下と触れ合えて、嬉しゅうございました。ありがとうございます」
私はお辞儀をすると、マーサを連れて王城内のタンド公爵家の部屋で休む。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「エリー様。あの玩具、皇女母殿下に差し上げてよかったのでしょうか?」
誰もいないし二人っきりだから、といつものようにマーサを説得しての昼食だ。
同じテーブルで食べる、エヴルー帝都邸のシェフ渾身の、フードボックスが美味しい。
見つかると色々面倒なので、内鍵はかけ警護は外で立哨してもらっている。
見られたら『皇女殿下の教育係なのに、使用人と食事を一緒にするなんてマナー知らず』と間違いなく言われてしまうのだ。
「事前に、皇妃陛下と七家の皆様には了承を得ているの。
“陽の皇女”“影の皇女”なんて酷すぎるでしょう?
お手紙で説明して、ご了承いただきました。
それにテストケースは多い方がいいもの。
皇妃陛下は、『いつか一緒に遊ばせたいわ。ぬいぐるみの時がいいかもね』との仰せなのよ」
そう。これらの玩具は、マルガレーテ皇女殿下専用という訳ではない。
このことは最初から皇妃陛下と七家には了承を得ている。
エヴルーやタンド公爵家の開発スタッフが、領地の子ども達で、安全性をテストし、問題点を改良していた。
七家から材料を仕入れている製品もある。
タイミングを見て、商会から色々と売り出す予定だ。
「さようでございますか。それなら安心でございます」
「それに皇妃陛下と皇女母殿下のお許しが得られたら、『カトリーヌ・マルガレーテ両殿下ご愛用』として商会で販売予定なのよ。
きっと貴族階級と帝都民の富裕層には興味を持ってもらえると思うの」
「『両殿下ご愛用』となると、お二人は仲良しというお話も出てまいりますね」
「そう、そうなのよ。
特に今が一番、愛らしい時期でしょう?
お二人の絵姿を描かせていただいて、玩具を何点以上お買い上げならプレゼントとかもいいと思うのよね」
帝室の方々の絵姿の印刷物は、帝都では多く出回っている。土産物屋に並んでいるくらいだ。
一番人気はやはり皇帝陛下と皇妃陛下が寄り添ったものだ。二番人気は一時期、紛争勝利の英雄とされたルイスだった。
立太子されれば、第五皇子が一番手となるだろう。
でもこの両殿下の天使のような可愛さも、人気が出ると思う。
「そ、それはさすがに恐れ多いと申しますか……」
「そうかしら。国民に愛される皇女殿下の方が、色んな意味でいいと思うわよ。
お姿を知っていれば親近感も湧くわ。
帝室の方々の絵姿って結構売れてるでしょう?」
「エリー様。ルイス様とタンド公爵様と奥様には、必ずご相談くださいませ。
それとお仕事のお時間内のお約束はきちんとお守りください」
出た。『“滅私奉公”癖抑制チーム』副リーダーはマーサだ。リーダーのルイスにすぐに報告される。
“わくわく”を感知されたらしい。
「はい、相談と“お仕事の時間”は守ります。
マーサ、心配してくれてありがとう」
私がにっこり微笑みかけると、マーサは「お約束でございますよ」と少し照れて念押ししながら、デザートのカットフルーツを出してくれた。
マーサ、大好き。
なるべく心配をかけないようにするね。
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午後からの皇妃陛下への出仕は、実にスムーズだ。
ただ人払いした上での聞き取りと記録によると、回復傾向にあるとはいえ、出産の影響はいまだ大きく、無理はできない体調だった。
打ち合わせで聞くと、侍医達も、主に皇帝陛下に釘を刺しまくっているとのこと。実に心強い。
その分、マルガレーテ第一皇女殿下にデレデレで、最近では公務の合間を見ては足繁く通っているらしい。
これは侍女長の情報だ。
あの、くだらなすぎる、“陽の皇女”、“影の皇女”の原因になりかねないのに。
侍医達や侍女長と検討し、現在の産後女性特有のお悩みに効能のあるレシピと、気分を落ち着かせる効能のレシピ2種類を提案し、許可を得る。
侍女長に回数や飲むタイミングを伝えながら、入れ方を説明する。
皇妃陛下も少量ずつ試飲したハーブティーを気に入ってくださり、ほっとするもやはり人払いされ、皇女母殿下について尋ねられた。
『守秘義務がございますので』と前置きし、主に皇妃陛下との面会の影響について、ぼかして説明する。
侍医からも伝え聞いていたようだが、安心した表情を浮かべられた。
「よかった。重荷になり過ぎていたら、どうしようと思っていたのよ。
周囲が見守って助けてくれてたら、少しずつ痛みも和らいでいくでしょう」
「さようでございますね。
あとは、例の“陽の皇女”、“影の皇女”の件ですが……」
私は皇帝陛下の訪問の割り振りと、自分が考えた方策をお話ししてみる。
皇帝陛下にはすぐに実践していただく、とのことだった。空気がピリッとする。
ああ、また内緒でやってたんだ。こりないなあと思う。
「エリー閣下。
古代帝国では、『美は善であり、本質でもある』と説いたけれど、可愛さに勝てるものも、この世の中には中々ないと思わない?」
「はい、手練れの剣士の切先も、可愛いもの相手では鈍ると思います」
「だったら、二人の姿絵は有り、ね。
マルガレーテがお座りできるようになったら、早速描かせましょう。皇女母殿下には私からお話ししておくわ」
「皇妃陛下、ありがとうございます。
実は玩具の販売でも考えておりまして……」
私は思いついたアイディアを話してみる。
「あら、素敵。
私の『マルガレーテご愛用』は問題ないわ。
こうして気に入っちゃってるんだもの」
ゆりかごの中のマルガレーテ殿下は、布製のラトルを握って、ご機嫌だ。
振ると中に入れてある鈴がなるタイプで、肌に優しい布地をハーブで染めた柔らかいピンク色が、ぷくぷくなほっぺにそっくりな色合いだ。
木製の丸っこい豚、アヒルのカスタネット、布でできた絵本もお気に入りとのことだ。
いないいないばあをすると喜んでくださる。
本当に愛らしい。
こうして見ても、カトリーヌ殿下と本当に似ている。
今、美術管理の部門に、帝室の肖像画を確認させているとのことだった。
「だって気になるでしょう」とは皇妃陛下のお言葉だ。
“ごっつん防止リュック”にも興味津々で、“お座り”に備え納入を希望された。
毎度ありがとうございます。
「エリー閣下や“七家”の方々は、ご商売でも良いご関係みたいだし、マルガレーテにとっても良いことだわ。
それがカトリーヌにとっても良いことになって欲しいのよね」
過去の失敗を繰り返すまい、と努力を惜しまないこの態度を、皇帝陛下は学んで欲しい。
「エリー閣下、色々ありがとう。
初孫にもっと会いたいけれど、お互いの体調もあるし、何より皇女母殿下とカトリーヌの間を邪魔したくないから、様子を見て少しずつね」
最後のご挨拶でも、魅力的に微笑まれた皇妃陛下だった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
※『カシュルカシュルガァオ』の呼びかけは、ヨーロッパの実際の『いないいないばあ』遊びの言葉からヒントを得たものです。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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