99.悪役令嬢の秘密 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※今回はルイス視点です。
※昨日7月27日から、100回記念SSのキャラの募集をしています。
詳細を『活動報告』の『100回記念SSのキャラ募集について』でご確認の上、コメントにてご応募ください。
期限は、7月31日23:59までです。
ご応募、お待ちしています。
これからもよろしくお願いいたします。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで37歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
俺は騎士団参謀部で遅番の一仕事をすませると、団長室を訪ね、午後の休憩用の差し入れのバスケットをウォルフに渡した。
「おう、すまんな。一緒に食べてくか」
「ああ、報告したいこともあったんだ。ちょうどいい」
小姓時代からの習慣で紅茶を入れると、団長室のドアに鍵をかける。
“例の件”、邸宅の抜け道についてエリーに話した結果を伝える。
「ふむ。なるほどな。そうか……」
ウォルフはバスケットから、チーズサンドを取り出すと、旨そうにかぶりつく。
「エヴルーのパンは美味いな。チーズもだ。帝都でも改めて評判になってるらしいぞ」
「エリーが聞いたら、喜ぶな。っと、それはなんだ?」
ウォルフがペーパーナイフで器用に、手紙の封を切っている。ご丁寧に二重になっていた。
「奥方から俺に宛てた私信だ。お前の報告の補足だろう」
「俺に伝えればいいのに……」
少し不満だったが、エリーは几帳面なところがある。
細か過ぎると気にしたんだろうか、と俺もハムサンドや焼き菓子を食べていると、ウォルフはすぐに読み終わった。
立ち上がると、火皿の上で手紙を燃やそうとする。
俺も追ってつい立ち上がる。
「おい、ウォルフ!ちょっと待て。どういうことだ?」
私信を燃やすなんて普通じゃない。
すでに別ルートから機密事項を知ってたのか、とも思う。
手を止めたウォルフは冷静なままだ。
「奥方の指示だ。先んじて俺の懸念を晴らしてくださった。お前には過ぎた方だ。大事にしろよ」
「待てって言ってるだろう?ウォルフの懸念ってなんだ?」
「………俺もエリー閣下の人間性は信頼している。
だが“能力”は把握していない。その自己申告だ。それだけだ」
「だったら、燃やす必要はないだろう?」
「言っただろう。奥方の指示だ。俺も同意見だ」
「…………俺には見せられないのか」
「見せなかったら、どうする?帰って聞き出すのか?」
「…………」
俺は沈黙せざるを得ない。そうしない自信はなかった。
「やれやれ、とんだ独占欲だな。お前を“落とす”のは簡単になってるぞ。少しは考えろ。
文面には『できれば』とある。この辺も読んでるな。
いいな、極力、感情を揺らすな。この後も任務だ。事実として読め」
「…………了解」
俺は受け取った便箋を開く。
そこにはいつものエリーの美しい筆記体で綴られていた。
宛名は便箋に書いてあったためか、いきなり用件から始まっていた。
『“例の件”の秘匿に関してのお知らせです。
私は王国における王妃教育の一環で、尋問の訓練を受けています。
受け答えの他に、自白剤も“慣らし”ており、不眠、断飲食も行っています。
拷問に関しては、“一般的なもの”の痛みに近いとされる格闘技の技を、痛みで気を失う限界までかけられる訓練を十数回受けています。
治療されたクレーオス先生が証人です。
お立場上、ルイスの信用だけでは不足がある可能性を考え、差し出がましいとは存じますが、念のためお知らせいたします。
できればルイスには内密に願います。
もう過去のことですし、ルイスを怒らせ悲しませたくないのです。
なお、この手紙を読まれた後は速やかに焼却願います。
よろしくお願いいたします』
俺は頭に血が昇る感覚を、はっきりと味わっていた。
しかし表に出してはならない命令だ。
いったい何歳の時に受けたんだ。
ラッセル公爵は、『私も宰相の一人娘として、ある程度は鍛えたが、それでもあの王妃教育は“厳しすぎた”』と言っていたが、限度があるだろう。
公爵も何度も抗議したが、『エリザベスも納得している』と跳ね返されたと悔いていた。
何よりも愛娘が公爵の説得に『国のためだもの。大丈夫』と答えていたという。
ウチの騎士団でもこの手の訓練はやる。
万一、敵方に捕縛された際に備えてだ。
自白剤の“慣らし”は、“毒慣らし”の一種としても、不眠に断飲食や、そして格闘技の受け手として痛みで気を失うまでだと?
公爵令嬢で王子の婚約者だ。
技をかけたのは“加減”ができる、それなりの名手だったに違いないだろうが—
しかし騎士志望でもない少女に、王妃教育の一環でやることか?!
王妃が“一の臣下”と言っても酷すぎる。
恐らくは、教育内容を決めていた王妃の指示なんだろう。
“天使効果”による、エリーの母アンジェラ殿への崇拝を、歪んだ完璧主義として、『アンジェラ様の娘ならできるはず』とエリーに押し付けていた。
一方、エリーのずば抜けた記憶力を用い機密保持をしようとした意図も窺えた。
ここまでエリーを搾取しようと目論んでいたなんて、絶対に、絶対に、許さない。
俺は表情は冷静を保つも、怒りを押しつぶそうと拳を握り締める。
それを見ていたウォルフが小さくため息を吐く。
「だから奥方はお前に読ませたくなかったんだろう。
過去は変えられない。
それに帝国では絶対に同じ目には遭わないって分かってるから申告してるんだ」
「エリーを利用しようとするなんて、絶対に許さない……」
俺の声は常より低く冷たかった。
「ルー。コレでも飲め」
ウォルフが入れてくれたのは、エリーがブレンドしたハーブティーだった。
砂糖を一匙混ぜ俺に渡してくれる。
懐かしい味に涙が出そうだ。
今日は温かく甘味が足されているが、エリーと出会った時に飲んだ、あの味と香りだった。
「エヴルー“両公爵”で、序列第一位の公爵閣下。
皇妃陛下と皇女母殿下のハーブ調合と話し相手も仰せつかっているが、エリー閣下は王国の第一王女でもある。
早々に帝国の機密は教えられない。
そこも分かって、ラッセル公は国王の養女にさせたんだろう」
「……なるほど。そういうことか」
「焼却してくれって言うのも分かるだろう?
女性でもコレだけの能力を持って、かつ素晴らしい記憶力があれば、帝国人なら機密保持要員にされかねない。
王国にだって、これ以上は知られない方がいい。
どういう利用を思いつかれるか、分かったもんじゃない。
だから焼却してほしいって書いてるんだ。
いいな」
「ああ、すまない」
手紙は火皿の上で着火すると炎となる。すぐに燃え上がり黒く変色する。
ウォルフは丁寧に崩してチリにし、水をかけて捨てる。
「お前も忘れろ、いいな。
奥方はそれを望んでたんだ。
お前が知りたがって、半ば押し入って知ったんだ。触れるなよ」
俺はその実態が知りたかった。今のエリーを知るためにもだ。もちろん、本人に聞く気はない。
「クレーオス先生に聞くのもダメか?」
「お前なあ。いったい何が知りたいんだ?」
「エリーがどれだけ酷い目に遭ってきたかだ」
「それを知ってどうする。奥方が書いている通り、過去のことだ。どうにもならんだろう?」
俺は以前から気になっていた事を、これを機会に相談する。
「エリーが皇女母殿下を助けた時のことを覚えてるか?」
「ああ。あれは見事な反射と判断だったな。
俺達は一瞬、遅れた。
警護の順位にも関わってくるがな」
騎士団近衛役の警護順位の第一位は、皇帝陛下だ。何があっても揺るがない。
「エリーは、対象者を暴力行為から守る訓練も受けてる。
あの時も、相手の技量も見切って、皇女母殿下を庇ってた。
そして、似たような場面があれば、絶対に敵わない相手、俺やウォルフ並みの相手以外は助けると言った。
もう止めさせたいんだ。
マーサが言ってたが、ノブレス・オブリージュ(高貴たるものの義務)にも限界がある。
だが止められない。王妃教育で叩き込まれてるんだ……」
ウォルフはしばらく瞑目した後、俺を見つめて静かに告げる。
「ルー。俺達も訓練で身につけたものは、ちっとやそっとじゃ落とせない。
奥方もそうで、ただご自分の限界も知ってらっしゃる。
そこがよけいにタチが悪いとも言えるが…。
粘り強く伝え続けるしかない。時間がかかる。長期戦は覚悟しておけ」
ウォルフの言葉は正論だった。長期戦は間違いない。
「…………了解」
「怒鳴ったりするな。逆効果だ。隠れてやろうとする。
お前がいる時は、お前が先に処理しろ。
外出には警護を張り付かせろ。警護が絶対に先に動くよう厳命しておけ。
お前達の警護対象者は、非常時に“反射で動く”とな」
『非常時に“反射で動く”』、ウォルフらしい的確さだ。
「………了解」
「役割を他者が担うと学習し始めれば、反射も鈍ってくる。
しかし守りに傾いてるな。
トーナメント戦の時もそうだった」
俺はエリーに尋ねた時の答えを、忌々しい思いと共に思い出していた。
「“そのころのお相手が私より弱かった”。
『だから、守ってあげてね。あなたならできる』
と、くそババアに言われて、“対象者を暴力行為から守る方法”という講座を受けてたそうだ」
「ん?その相手は、あのおばか王子か。こないだ来た時は、結構鍛えてると思ったが」
「婚約解消のペナルティで、王国騎士団の地獄の訓練に突っ込まれたんだと。半年も続ければ、少しはマシにもなるだろうよ」
俺は吐き捨てるように応えるが、ウォルフは冷静に観察していた。
「なるほど。だが日ごろの振る舞いからして、あの“おばか”と奥方だと、奥方の方がずっと“センス”はある。そこにあの性格だ。
そりゃ、教える方も楽しいだろうさ。
で、差がついて、『そのころのお相手が私より弱かった』になった訳か」
「今は俺の方が強い。
護られる立場に、エリーを少しずつ慣れさせる。
助言は実行する。警護役にも特別訓練をさせておく。
“反射で動く”対象者なんて、滅多にいないからな」
何か思いついたように、ウォルフが言いかけ真面目な表情でつぐむ。
「その通りだ。
あと特効薬は……。あ、止めとくわ。マジ、お前にヤられそうだ」
「特効薬?なんだ?あれば試したい」
俺の思いつめた口調に、ウォルフが諦めたように口を開く。
「…………ふう、怒るなよ。
絶対に危険なことができない状態に、既婚女性がなる期間があるだろう?
乗馬も禁止。ハイヒールを履かなくなる人もいるくらいだ」
「あ……」
思い当たった俺は、さあっと首筋が赤くなる。
「……ざ、残念ながら、まだその兆候はない」
「そうかそうか。そうなったら、奥方の警護対象は自分とお腹の子になる。絶対に無理はできない」
「はっきり言うな!分かってる!」
真面目な助言だが、微妙に生温かい目線を感じる。
「そう怒るな。いいもんだぞ。大変だけどな」
「わかってる。皇女母殿下と皇妃陛下の時に、嫌ってほどレクチャーを受けた。
下手な産科医よりも詳しいんだ。王妃教育の後宮運営でみっちり学んだそうだ」
「なるほど。
そういえば、お前が披露宴で、“花街の件”でからかわれた時も、お見事な“貴族夫人の模範解答”だったな。新婦には見えない落ち着きだった。
まあ、そういうのもひっくるめて、お前の妻だ。
秘密は誰にでもある。俺にも、お前にもだ。
あまり掘り返そうとするなよ」
「……了解」
俺はウォルフの言葉を重く受け止めていた。
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休憩終了後、職務に邁進し遅番の定時で終える。
エリーが夜食を用意し待っていてくれるだろう。
いつもは軽い足取りが微妙に重くなる。
馬車に乗ってもつい考えてしまう。
ウォルフには、『クレーオス先生に聞く』と口走ってしまったが、あの先生が守秘義務に違反し、エリーの同意なしに教えてくれるはずもない。
長い期間をかけて、少しずつ“護られて”くれればいい。
俺達の関係だってそうだ。
あの出会いから、色々あったが乗り越えて、結婚できた。
“両公爵”となり、貴族らしく、領 地 邸も、帝都邸もできた。
俺とエリーはこれからなんだ。
耳のピアスに触れる。
デザインも石も、初めて二人で選んだ四つ葉のクローバーだ。
焦らず一歩一歩、幸せになっていこう。
未来に関わる時だけ、過去は振り返ればいい。
もうすぐ“家”に到着する。
エヴルーに続き、俺が持てた“家”だ。
エリーと出会うまで、俺には“家”などなかった。
初めての出会いから、エリーはいくつ、俺に“初めて”をくれただろう。
一つひとつ、思い出していくだけで、胸が温かくなってくる。
先触れを聞いてエリーは出迎えてくれるだろう。
ふと、優しい笑顔が浮かんだ。
エリーの笑顔を守るため、俺はなんだってする。
あの手紙を俺は読まなかった。
必要な時が来れば、エリーから話してくれるだろう。
俺はすでに帝都邸の正門をくぐり、邸内を走る馬車の窓から、明るく灯るエリーの部屋の窓を見つめる。
馬車から降りて玄関ホールに入る。
「ルー様、お帰りなさい」
可憐な美しい声が降ってきて、上を向く。
階段を降りてくる軽やかな足音に、喜びがあふれている。
「ただいま、エリー」
俺の前に立った愛妻に微笑み返し抱きしめる。
ローズマリーの香りがふわりとした。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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