97.悪役令嬢の新居
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※日常回、後半甘めです。ご注意ください。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで35歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
『お帰りなさいませ。ルイス様、エリー様』
2階への両階段の曲線が典雅な玄関ホールに、使用人達がずらりと並んでいる。
漆喰模様が美しい高い天井のシャンデリアの下、彼らを代表して、ここ帝 都 邸を取り仕切る、執事長と家政婦長が出迎えてくれる。
これもエヴルー公爵家流で、タンド公爵家で教育を受けた後、各々、領 地 邸で研修を受けてきていた。
エヴルー流、通常対応、どちらもできる使用人達が残った。
「ただいま、みんな。これからよろしく」
「ただいま。お出迎え、ありがとう」
「と、愛しの奥さん。ご一緒にどうぞ」
ルイスは私を軽々とお姫様抱っこし、白と黒の市松模様の床に踏み入れる。
「ちょっと、ルー様?もう、三度目、ううん、四度目でしょう?」
「何度でも新居は新居。それとも毎回、こうして帰ろうか?」
「毎回はやめて。もう、恥ずかしいのに」
私は思わず両手で顔を隠す。
二度あることは三度ある。
古代帝国時代、古くから伝わる諺だが、まさか、私の旦那様が、その上を越えてくるとは思わなかった。
そっと優しく降ろしてくれて、頭頂部にキスしてくれる。
使用人が全員揃ってるのに、嬉しいけど恥ずかしさが先に立つ。
ここで、アーサーとマーサが仕込んでくれていた、執事長と家政婦長が声かけしてくれた。
本当に助かる。
タイミングを読んでくれて、ありがとう。
「ルイス様、エリー様。お近くではございましたが、お疲れでございましょう。
お部屋の用意はできております」
「お風呂もいつでもご用意できます」
「ありがとう。夕食まで少し休みましょう、ルー様」
「俺はエリーの側で休みた」
「旦那様。奥様と朝からほぼご一緒でございましょう?
奥様はお夕食のお支度もございます」
「そうそう。少しは落ち着きなされ。ルイス様。
儂とチェスでもするかの?
ふぉっふぉっふぉっ……」
私の後ろで控えていたマーサが、暴走気味のルイスの手綱をしっかりと取る。
見かねたクレーオス先生も明るく窘めてくれた。
ルイスは帝 都 邸への引越しが秒読みに入ったくらいから、抑えてはいたが子どものようにはしゃいでいた。
見えないご機嫌尻尾がブンブンだったのだ。
一度、理由を聞いたら、とろけるような眼差しを向けた後、はにかんだ笑顔で「エリーと二人の時間が増えるから」と言われた。
いや今でも、かなり、充分、多い方じゃないかなあ、と思うが、ルイスは足りないと感じているようだ。
大きな原因は、ルイスの騎士団の勤務と、私のエヴルーと帝都での二重生活だ。
でも二人で在宅している時は共に過ごす割合はかなり高い。
引っ越す今日は朝からご機嫌で、朝食を共にした、伯母様を始めとしたタンド公爵家の皆を苦笑させていた。
ピエールは「あの女嫌いだったルーが信じられねえよ」と、私にボソッと囁いて出て行った。
私に言うな、私に。
「いや、でしたら、俺はちょっと騎士団棟、訓練所に行ってきます」
この声に、「団長閣下、お供します!」との複数の嬉々(きき)とした声が上がり、私としても一安心だ。
ルイスが女性にモテるよりも、男性にモテる、もとい、慕われてる時の方がずっと安心だ。
雰囲気のあるアンティーク風の邸内は、階段の手すりやドアノブひとつとっても、曲線美のデザインにセンスの良い細工が施され、その一つひとつも美しく磨き立ててくれている。
華やかな中にも、落ち着きが感じられ、改めてこの邸宅にしてよかったと思える。
「エリー様。お風呂に入られますか?」
「そうするわ。ほんの15分くらいしか移動してないのに、不思議ね」
「執務室のご移動もございました。
お気持ちの問題もございますとも。ほっとされたのでございましょう」
家政婦長が言ってくれた通り、お風呂の用意も万全で、私はラベンダーのハーバルバスでゆったりする。
猫足のバスタブの流線形が、身体に沿うように機能的でもあり、心も癒してくれる。
浴室内にはところどころに、蝋燭立てもあり、暗くして、ハーブキャンドルを付けて入るのもいいかも、とこれからの生活が楽しみになる。
ルイスは前に、マーサに叱られた経験を活かし、きちんとした黒の礼装で迎えに来てくれた。
私もルイスの瞳の青いドレスに、贈ってくれたサファイアとオニキス、イエローダイヤモンドのネックレスを身につける。
「エリー、きれいだ……」
「ありがとう、ルー様もとっても素敵」
「あ、これ。庭師に作ってもらったんだ」
ルイスが持っていた、ハーブの花束、タッジー・マッジーを渡してくれる。
私が大好きな花とハーブ達が、青と黒の縁取りリボンでまとめられていた。
ここには温室も残っており、庭師達が荒れていた庭園ごと復活させてくれていた。
馬場もあり、乗馬ができるのも楽しみだ。
ルイスが話していた訓練所は、その馬場の隣りに作ったものだ。
エヴルー公爵家騎士団の帝都における拠点にもなるのだ。
エヴルー新邸からの信号を確認する、火の見櫓付きの騎士団専用の建物、騎士団棟も完成していた。
ちなみに、エヴルー公爵領新邸の騎士団棟も完成している。
私はルイスの心のこもった、小ぶりなハーブの花束の香りを深く吸い込む。
「とってもいい香り……」
「エリーからもいい香りがする。ラベンダーかな」
「当たりよ。さあ、行きましょう。訓練でお腹が空いたでしょう」
「こっちも大当たりだ。いつ鳴るかって感じだよ」
エスコートしてくれた先は、こぢんまりとした空間だった。
5、6人が定員の朝食室だ。
「前から、いつもの夕食は晩餐室でなくてもいいかなって思ってたんだ。
エリーが同意してくれて、嬉しかったよ」
「そうね。でもたまには晩餐室も使ってあげましょう。
とっても素敵なお部屋なんですもの」
晩餐室の天井は、花や草木の模様が描かれて、蔓草に花の蕾 のような照明が吊り下がり、落ち着いたオーク材の部屋とあいまって、森のような空間だった。
朝食室は格天井で、美しい木目細工だ。
壁にはステンドグラスのような飾りガラスが嵌め込まれ、木蓮やアスターなど、12ヶ月の花が並んでいた。
この邸宅の前の持ち主、数代前の皇弟殿下は草花を愛でていたようだ。
庭園の設計も上品で美しかった。
先に来ていたクレーオス先生が、笑顔で手を振る。
「お〜、待ってましたぞ〜。姫君〜。今夜もお美しいのお。
ルイス様、儂も一緒でいいんかのぉ?
馬には蹴られたくはないんじゃがの。
ふぉっふぉっふぉっ……」
「クレーオス先生は家族も同じです。お洒落してくれて嬉しいです」
「うぉっほん!儂も決める時は、決めるんじゃよ。
ほれ、蝶ネクタイがルイス様と一緒じゃろ?
儂らは姫君に首ったけということじゃ」
本当だ。
二人の蝶ネクタイの色が緑だ。
「ふふっ、冗談でもとっても嬉しい。光栄です」
クレーオス先生の言葉につい小さく笑ってしまう。
「エリー。冗談じゃなく首ったけなんだけどね。
これをテーブルに頼む」
「はい、旦那様」
ルイスが私の手から、タッジーマッジーをすっと取ると侍従に渡し、テーブルに用意してあった花器に活けてくれた。
こういう心遣いもすっかりできるようになってくれて、本当に優しい。
今のモテ度は私よりルイスが上だ、と思う。
私も無理のない程度に、心身を磨かなきゃ。
伯母様に言われたためか、美しい邸内外のためか、この屋敷とルイスにふさわしい女主人でいたい、と思う。
『乾杯!』
タンド公爵領で作られているシャンパンが、とても美味しい。
繊細な泡が、気がかりなことを洗い流してくれるようだ。
出てくる料理は、エヴルーから届けられた食材と、帝都ならではの食材と調理法を組み合わせたもので、タンド公爵家とエヴルー新邸が融合したような味だった。
もちろん美味しく、シャンパンが進む。
ルイスは話していた通り、私の倍はあるサイズを平らげ、味にも量にも満足そうだ。
クレーオス先生は楽しそうに、この屋敷の探検結果を教えてくれる。
先生は正式に、私、王国でのエリザベス第一王女の主治医になってくださった。
王室の侍医長の座はご子息に譲り、ご自分は顧問だという。
「これを機に、帝国の医術を極めようと思うとるんじゃ。ふぉっふぉっふぉっ……」
『老いてなお、意気盛ん』と言うと怒られそうだが、言動は若々しくも飄々としていらっしゃる。
容貌は白いお髭が長老めいていて、貫禄と落ち着きとユーモアがある、不思議な方だ。
王国では、“医術の神イポクラテースの再来”とまで呼ばれる今でも、知識欲が途切れることはなく、帝立医術研究所や帝立図書館へ出入りしていらっしゃった。
「先生がエリーと一緒にいてくれると、俺も安心です。よろしくお願いします」
毒殺未遂や薬を盛られたりしているので、我ながらルイスの気持ちも分かるし、これはお父さまの配慮というか、手回しだろうな、とも思う。
お父さまと言えば、この帝都邸にもお部屋を用意した。
こちらは、王国のラッセル公爵家帝都邸の、お父さまのお部屋に似せて、この邸宅ならではの雰囲気も取り入れた。
また、伯父様と伯母様のお部屋もだ。
私が夫婦喧嘩の避難所に、実家代わりのタンド公爵家に泊まるかもしれないように、伯母様にも思い立ったら息抜きできる場所を用意したかった。
幸いルイスも賛成してくれ、伯父様のお部屋も、とご一緒に用意した。
伯母様はとても喜んでくださり、伯父様は照れていらした。素敵なご夫婦だと思う。
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楽しい夕食も終え、身支度をすませ、二人の寝室へ行くと、ルイスがもう待ってくれていた。
黒髪が濡れていたので、タオルで優しく押さえて乾かす。
「執事にしてもらえばよかったのに」
「騎士団では独りで着替えも済ませてる。
慣れないし、騎士には不要だ。風呂の途中でも緊急招集ならすぐに出ないといけないからね」
着替えも世話もしてもらえる皇子の座を7歳で捨てて、騎士団に入団したルイスだ。
最初は勝手が分からず、小姓に付いたウォルフに、逆に手をかけさせたことは、容易に想像できた。
王妃教育の一環と指示され、騎士団の夜間訓練にも度々参加した私自身がそうだったからだ。
寝室のテーブルには、4本の紅い薔薇と5本の白薔薇が、テーブルに飾ってあった。
王妃教育で花言葉に詳しい私は、つい深読みしてしまう。
赤い薔薇は『愛情』など、
白い薔薇は『尊敬』など、
4本の薔薇は『死ぬまで気持ちは変わりません』、
5本の薔薇は『あなたに出会えて本当によかった』
9本の薔薇は、『いつもあなたを想っています。いつまでも一緒にいてください』
という意味だ。
私は用意を言いつけてないので、ルイスの心遣いだろう。
温室育ちの薔薇は、時ならぬ甘く爽やかで優しい芳香を漂わせていた。
まるでルイスだ。
花言葉の意味は知ってか知らずか、絶対知ってる庭師の心遣いか不明だが、まだ心中にある乙女心には、ルイスからの想いは十分過ぎるほど伝わっていた。
不器用だけど誠実で、こちらが恥ずかしくなるほどまっすぐ向けてくれる。
王国で10年以上紡いだ愛に裏切られ深く傷つき、もう一生、恋愛はしないと思っていた私を、深い愛で癒し続けてくれている。
「エリーだけなんだ」とルイスは言ってくれるが、今ではルイスの誠実な愛を、心の底から欲しているのは私であることは自覚している。
独りの時は、今以上の幸せを求めるのは欲張りで危険だと自戒するのに、二人でいる時の私の心は、あっさりと裏切り、ルイスを求めてしまう。
今だって、タオルドライし、ルイスの黒髪に触れられるのは嬉しくてたまらない。
ルイスも分かってやってる気配が濃厚で、大切な二人のスキンシップだ。
ちなみに私の髪はマーサが死守している。
ルイスの力で乾かせば、ゴワゴワ一直線だと言い絶対に譲らない。
「はい、出来上がり。寝癖がひどくなりませんように」
朝に寝癖になってても可愛くて、きゅんきゅんしちゃうんだけどね。
「エリー。いつもありがとう。エリーが俺に触れてくれてるだけで幸せなんだ。
やっと二人っきりになれた。ここまで我慢した俺を褒めてほしいくらいだよ」
誰に褒めてほしいって、私だよね。うん。
「……うん。えらい、とってもえらいよ」
「……呆れててもいい。伝えられる時に伝えておく。
俺“も”大切だと思う」
たぶんウォルフの助言だろう。私が伯母様から受けたように。
危険との隣り合わせの象徴が、ルイスの頬には容赦なく刻まれている。
その傷痕をそっと包むように手のひらを当てる。
私の愛情が少しでも伝わりますように。
「絶対に呆れたりしない。
嬉しすぎたり、恥ずかしかったり、戸惑ったりしてるだけ。
私も愛してるわ」
できれば、今のルイスには降るような愛を注ぎたい。
過去にはもう戻れない。
彼の諦めていた心のスポンジは、満たされることを知らないだろう。
それでも、ルイスが与えてくれる愛は、私の中で育ち、そしてルイスへ、と二人の間で循環している。
私の身体がふわりと浮く。
ここからはもう言葉はいらない。
互いに与え合い、求め合う愛は、ベッドサイドの3枚の識別票だけが知っていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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