8.悪役令嬢の顔合せ
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
ここで9歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「見えてまいりましたわ!エリー様」
マーサが窓から覗き外の風景の変化を告げる。
早朝、領地を出発してから、今は昼過ぎだ。
帝都の凱旋門が見えてきた。
「そう。やっと着いたのね。マーサもお疲れ様」
「エリー様こそお疲れ様です。お出迎えの方に失礼のないよう、少し身嗜みを整えておきましょう」
伯父に当たるタンド公爵とは初対面。
いや、公爵夫人以外とは全員、初めて会うのだ。
現在、公爵邸の住人は、公爵夫妻、嫡男夫妻、次男夫妻の、計六人。
長男は城に通う文官、次男は騎士団所属だ。
出迎えてくれるのは、彼らを除いた四人だろう。
公爵夫人は「全員味方」と言ってくれたが、精査したところ、次男の妻が、母アンジェラの“天使効果”による婚約破棄関係の親戚だった。
対応に気をつけなければならない相手だと思う。
分かってからホテルを予約しようとしたが、祝賀会を開催のためか、どこも満室で、当初の予定通り、タンド公爵邸にお世話になることになった。
皇城の近くのタンド公爵邸に到着したのは、凱旋門から数十分後。
帝都の規模で、いかに栄えているか分かる。
邸宅の敷地の広さ、建物の大きさは、ラッセル公爵邸の1.5倍ほどだ。さすが帝国。
護衛の手を借り、馬車を降りると、公爵夫人自らが出迎えてくれる。
「エリー、いらっしゃい。待ってたのよ。皆に紹介するわ」
「お世話になります、伯母様。公爵様はどちらに?」
「気になってるのに格好を付けて、執務室にいるのよ。
朝からそわそわしてて。
今、お部屋に案内させるから、サロンで会いましょう」
「ありがとうございます」
使用人に案内されて、客室に入ると、旅装を解く。
すぐにマーサが、身嗜みを本格的に整えてくれる。
「では、行きましょうか」
「はい、エリー様」
客室を出て、サロンへ向かうと、円卓に五人が待ち受けていた。
あれ、一人多い。長男か次男が非番だったのかしら。
観察しながら着席する前に、皆に向かいお辞儀をする。
「タンド公爵閣下。お初にお目にかかります。
エリザベス・ラッセルでございます。
この度はお招きありがとうございます」
深いお辞儀を優雅に行うと、壮年男性の声が掛かる。
「よく来てくれた。さあ、身内なのだから、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。座って話そうか」
「ありがとうございます、タンド公爵閣下」
用意されていた席に座ると、紅茶が置かれながら、紹介を受ける。
若い男性は騎士団勤めの次男で、今日は非番とのことだ。
やはり、と思うが、その横に座る女性の目線が気になる。温度が違う感じだ。
警戒することに越したことはない。
久しぶりに標準装備となった貴族的微笑で、勧められた上で紅茶を味わう。
「エリー。今日はハーブティーでなくて、ごめんなさいね。美味しくて切らしてしまったの」
「いえ、とんでもない。マスカ産のファーストフラッシュ、とても美味しゅうございます」
舐められないように(特に女性陣)、さりげなく産地名を当てながら、上品に微笑む。
「あら、嬉しいわ。この人も息子達も無頓着で、飲めればいいって言ったりするの。
よかったらお土産に持って帰ってね」
さすが公爵家だ。
この紅茶は、同じ重さの金ほどの価格が付く。遠慮なく受け取っておく。
お菓子やサンドイッチも、洗練された美味しさがある。
公爵夫人をもてなした際は、領地の新鮮さを特色にして、よかったと思う。
「ありがとうございます。伯母様。
我が家のレシピのハーブティー、持ってまいりました。
後ほどお渡しいたします」
「まあ、ありがとう、エリー」
「おや。妻が伯母様なら、私は伯父様と呼んで欲しい」
「恐れ多いですが、はい、伯父様。私のことは、エリーとお呼びください」
「ああ、そうしよう。ピエール。お前とは従姉妹にあたるんだ。これからは仲良くするように」
「はい、父上」
見るからに、指示され付き合わされて座ってる、と表情が語っている。
いくら公爵子息とはいえ、騎士団では大丈夫なんだろうか。
こちらが心配になってくる。
「エリーもだよ。悪遠慮はしないこと。
アンジェラの娘は家族も同然だ。お前達も承知しておくように」
はい、言質を頂戴しました。
息子達の妻は心からは笑っていない。
いきなり現れた私に対し、何かしらの不満があるのだろう。
こちらは気がつかないふりで、流しておく。
「ありがとうございます。伯父様。亡き母も喜んでくれると思います」
「そうか、そうだな。そういえば父上はご息災かな」
「はい、手紙ですが、元気にしているようです。
落ち着いたら、一度領地を見に来たい、などと申しておりました」
「それはご壮健なことだ。うらやましい。私は近ごろ胃が痛くなるようなことがあってね。やっと落ち着いたところだ。
しかし苦労した甲斐もあった。
ピエールも戦地での健闘が認められ、叙勲されることとなった。
エリーも陛下に拝謁を賜る。
いいこと尽くめだ」
伯父様。私と戦地で苦労したピエール様を一緒に並べない方がいいのに。
ほら、表情が固くなった。
「伯父様。ピエール様は戦地で見事な武勲を立てられた証でございます。私とは比べ物になりません。
ピエール様。帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下もお認めになる、殊勲の星を掲げられたとのこと。
誠におめでとうございます」
「あ、いえ。こちらこそ、ありがとう。
母上から聞いたが、領地も上手く切り盛りしている。その若さで見事なものだ」
照れてる。気質は素直な方なのね。
おや、収支報告書を見たのかな。それとも聞きかじりか。
眼差しの温度が心なしか低くなった、次男の妻も続けて上げておく。
「国を護る騎士団の方々がいらっしゃってこその帝国。
それを支える奥様も素晴らしいお方と存じます」
「あ、いえ。そちらこそ……」
少しは頑なさが和らいだ気がする。
やはり褒めておいて正解。私のことは、親戚から吹き込まれてるって感じかな?
友好の手は、いつでも差し伸べておきましょう。
「そうだ、エリー。大変な目にあった上、慣れない場所で苦労しただろう。ここにいる間はせめて楽にしてなさい」
「苦労など、とんでもない。
代官も兼ねたアーサーが、とても分かりやすい引き継ぎをしてくれました。おかげで領民達に迷惑をかけずにすんでおります」
「領民にとって、平穏な暮らしが一番だ」
「伯父様。それも領主だけでは成り立ちません。
より広い視野を持ち、皇城から国の未来を俯瞰される方々がいらっしゃればこそ。
伯父様やご嫡男様のおかげでございます」
「……エリーは分かってくれるか。不満顔の領主達に聞かせたいほどだ」
少し感極まっている感じだ。
王妃教育の公務でもありました。
『領地、領地』で“国”のことは考えてくれない、非協力的な方達だ。
いざ、火の粉を浴びそうになったら、手のひら返しで縋るか、貴族的な言い回しで、文句を思いっきり言われたこともある。
「それもお仕事に集中できるよう支えられている、ご妻女のお力があってこそ。
ありがとうございます。領地は皆様のおかげで成り立っております」
伯母様も嫡男妻も悪くは思ってないようだ。
とりあえず、この辺でいいかな。
「うんうん。そうだな。祝賀会が終わったら、買い物にでも行くか。お前も欲しい品が店に入ったと言っていただろう」
「まあ、あなた。おねだり前に珍しいこと。
お約束は守ってくださいね。
エリー、やはり疲れたでしょう。お夕食前まで休んでいたらどうかしら」
いいフリいただきました!ありがとうございます、伯母様。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。
あ、その前に。母アンジェラの肖像画を拝見させていただけますでしょうか。
見事な額装にされたと、お手紙で教えていただきましたので、一目……」
「それでは案内させましょうね。ごきげんよう、エリー」
「ありがとうございます。伯母様。
皆さま、ごきげんよう。失礼いたします」
今回は、浅め、ただし優雅な所作でお辞儀をし、マーサと共に、案内する使用人の後に続く。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
恐らくは公爵夫妻の部屋近くの廊下に、その肖像画はあった。
「お母さま……」
夫人の言う通り、素晴らしい彫刻が施された額により、描かれたお母さまも、より上品に見える。
微笑をたたえた意思的な口許に、少しだけ芯の強さも窺えた。
しばらく鑑賞すると、客室に向かう。
「エリー様。お疲れでございましょう。夕食の時間を確かめて参ります。
よろしければ、ご入浴なさいませ」
「ありがとう、マーサ。そうしようかしら。ローズマリーのお風呂に入りたい……」
久しぶりの、お腹の探り合いの席だったせいか、気疲れしている自覚はあった。
そこに従兄弟の騎士団員、ピエールが男性と二人、通りかかる。
騎士服を着ていて、紹介されていない。
客人なのだろう。
こちらは、短いとはいえ、居候だ。
黙礼をしてすれ違うと、しばらくして背後からカツカツと音がした。
「ちょっと待ってくれ。どうしてエリーが、ここにいるんだ?!」
—はあ?いきなりの愛称呼び。許した記憶のない声なんですけどっ!
それでも貴族的微笑を浮かべて、ゆっくり振り返ると、黒い騎士服に見事な刺繍で帝国の紋章が刺されている。
一目見て最高品質と分かる。幹部確定。
おそらく侯爵家以上だろう。
ってことは、従兄弟の友人だろうけど、この頬の傷、知らな……い?
「……ごきげん麗しく拝謁をいたします」
しっかり思い出したが、とりあえず、猫をかぶって、お辞儀だ。
従兄弟。ピエール様。この方、なんとかしてほしいな。
「どうした、ルー」
「いや、どうしたも何も。どうしてこの女性がここにいるんだ?」
「俺の従姉妹だよ。エリザベート・ラッセル。
今度、陛下に拝謁したら、正式にエヴルー女伯爵を名乗ることになる……」
え?名前が違うでしょう。
まだ、正式にはエリザベスよ。
そりゃ帝国風にはエリザベートですけど?
ピエール、あなたもピーター、ピエトロ、ペドロって呼んで差し上げようかしら?
「そうか、それでエリーか。
話しただろう?母上が気に入った茶葉の件。
修道院の院長に聞いても、はっきりしたことを教えてくれなかったんだ。
ああ、楽にするといい。
俺はルイス。騎士団に所属してる。
君の従兄弟とは帝立学園では同クラスで、今は騎士団の同僚だ」
やっとお辞儀の姿勢から解放されて、背筋をまっすぐ伸ばし、貴族的微笑で相対する。
「さようでございましたか。奇遇でございますね。
この度は騎士団の栄えある武勲により、護国の勤めを果たしていただき、感謝申し上げます」
「名前は呼んでくれないのか?」
よく見たら、階級章がこの若さで将官以上でしょう?
高級貴族の子弟確定。いや、それ以上もあり得る。
ほいほい、呼べるものですか。
「お呼びするお許しをいただいてはおりません」
「では許そう。申し訳ない。俺も勝手に呼んでいた。
エリーでいいか?」
え?!いきなりの愛称呼び?
この容貌だとかなりモテる。今回の滞在と社交、平穏に終わらせたいのに、無理無理無理。
「恐れ多うございます。エリザベスとお呼びください。
ルイス様」
「仕方ないな。わかった。遠路、疲れていたところ、引き留めて悪かった」
「とんでもございません。こちらこそ、ご尊顔を失念しており、申し訳ございませんでした。
それでは失礼いたします」
ごめんね、マーサ。ずっとお辞儀させてて。
マーサにもローズマリーのお風呂に入ってもらおう。
それとも筋肉痛のマッサージクリームがいいかな。
さっさと行こう。そうしよう。
私は令嬢として、楚々とした風情を保ったまま、淑女としては最高速度で、彼、いやルイスから離れる。
客室に入ると、鍵を閉め、ベッドに倒れ込む。枕を口に押し当てて、思いっきり叫んだ。
「そっちこそ!どうしてここにいるのよ〜〜っ!」
マーサに叱られたのは、言うまでもなかった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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