悪役令嬢の10分29秒
婚約者の王太子から、“真実の愛”のお相手・男爵令嬢へのイジメ行為を追及され—
よくあるテンプレから始まるお話です。
※短編『悪役令嬢の10分29秒』の連載版です。
短編:https://ncode.syosetu.com/n4732jc/
経緯は6月8日の活動報告『『悪役令嬢の10分29秒』のシリーズ化取消し、及び、連載版投稿について』で説明しています。
ゆるふわ設定です。R15は保険です。お見逃しを。お気軽にどうぞ。
「殿下。10分間、お時間をいただけますか?」
「10分?」
「はい。正しくは10分29秒。29秒は切り捨てます。
殿下と側近がたが、“ご意見”されたお時間です。私は尋ねられたお答え以外、黙って拝聴しました。
私の言葉も聞いていただけますか?」
卒業式を控えた、最後の生徒総会—
壇上に呼び出され、殿下の“真実の愛”のお相手を、私がイジメたと、次々と一方的に追及された時間だ。
3年前、王立学園の入学祝いに殿下から贈られた、ブレスレットタイプの時計で計った。
間違いはない。
ちなみに、殿下には懐中時計を贈った。
デザインも二人で相談し注文したお揃い。
互いの瞳の色の宝石を文字盤に配し、4本のピンクのチューリップをピンクダイヤモンドとエメラルドで象った麗しい品。
殿下の手元で最後に見たのは半年前だ。
私が貴族的に微笑み、厳しい王妃教育で身につけた“気品”や“覇気”をまとうと、殿下は気押されたように頷く。
“お優しい”ですものね、あなたは。
「え〜、アル〜。許しちゃうの〜」
「最後くらいいいじゃないか」
エスコートと言うよりも、殿下の腕を胸の谷間に挟むほどしがみつき、甘ったるい声で抗議するシャンド男爵令嬢を、宥めている。
本当に“お優しい”こと。
「では10分だぞ」
「“お慈悲”をありがとうございます。アルトゥール殿下」
美しいお辞儀で感謝と敬意を示した後、私は口調を変える。
2年前に禁止された話し方—
この“10分間”くらい、好きにさせてもらおう。
小さなバッグから、ある品を取り出し、殿下に見せる。
そして懐かしさと切なさを込め、2年ぶりに、二人だけの愛称で、優しく呼びかけた。
「ルティ様。この栞、覚えてますか?」
「それは……」
「覚えててとても嬉しい。
そう。4歳の時に作ってくれた、白詰草の指輪。
5歳の時に、お気に入りの童話にはさんで、押し花にしてたのを、ルティ様が見つけて、栞にしてくれたの。
『ずっと持っててね』って。
大切な宝物が、この約束で何物にも代えられなくなった。
あのころは楽しかった。
無邪気に遊んで、夢を語って……。
6歳で婚約を結んだ時、『大好きなリーザ。二人で、民のためにいい国を作っていこう』、『私も大好き。ルティのために、一生懸命がんばる』って約束して、大人の真似事で誓約書を交わした。
これも大切な宝物の一つ。
どうかご心配なく。誓約書で人の心は縛れないもの……」
「……リーザ…」
昔話のためか、殿下も二人だけの愛称で応える。いつぶりだろう。近頃は“ラッセル公爵令嬢”ばかりだった。
「このバッグには、ルティ様からの贈り物が詰まってるの。
これは7歳の時。初めてのお忍びで、城下の出店で二人で買ったお揃いのアミュレットリング。
王妃陛下から『偽物なんか買ってきて。捨てなさい』とお叱りを受けたわ。
私は侍女に頼みこんで、こっそり取り戻したの。クスッ。
このリボンは8歳の時。
二人で本を読んでたら、紙で切った指を、ルティ様が自分の髪のリボンを解いて、止血に結んでくれた。
この房飾りは9歳の時。
『これで剣帯に刺繍して』って渡された刺繍糸の残りで作ったの。王妃陛下お手製の立派な剣帯に遠慮してたの分かってくれて、すごく嬉しかった。出来上がった剣帯も喜んでくれて幸せだった。
10歳はハンカチ。難しくなってく王妃教育に、庭園でこっそり泣いてた私を、探し出して慰めてくれた。私が刺繍したハンカチを使ってくれてて嬉しかった……」
「…………」
この後も王妃教育の気分転換に、と気遣ってくれた品々を思い出と共に見せていく。
殿下は約束通り、黙って聞いている。全校生徒も側近達も雰囲気に呑まれ、見守るばかりだ。
11歳、ルティ様が選んだハーブの香り袋。
12歳、あの白詰草を押し花にしてた童話の豆本。
13歳、ルティ様が庭園で拾って磨き込んだ石のペーパーウェイト。自分の瞳の色に似てるだろって自慢してた。
私の瞳の色に似てる石は、自分が内緒で使ってると恥ずかしそうに話してくれた。
14歳、銀のペン軸。視察先の工房でデザインが綺麗で書きやすかったからとのお土産。5本セットの1本を取っておいた。
そして、最後—
「15歳の入学祝いに、この時計のブレスレット。ルティ様には懐中時計……」
左手首の4輪のチューリップを連ねた金の輪をそっと撫でる。
「授業や王宮の教育で離れても、将来のために同じ時間を刻んでるんだ。愛してる。励ましあおうって。本当に幸せだった……。
もちろん王太子の婚約者として、素敵なドレスや宝飾品もいただいたわ。全部クローゼットで大切にしてる。
それとは別に、これは、ルティ様の“優しさ”が詰まった、私の宝物なの」
ひとつひとつ、思い出の品を取り出し、しまっていく。
「……王立学園での3年間は、王宮で受けた教育の仕上げと実践だった。
ルティ様。国王陛下や王妃陛下から、そういうお話はあった?」
「え?っと……。そういえば、学園でも王太子として自覚を持ち、ふさわしい行動をするように、とは言われた、かな」
「そうね。『少しでも自由が欲しい。卒業したら、1日中公務なのに』って話してた。
ね、ルティ様。私はどうだったと思う?」
「たしか…。リーザは聞いてくれたけど、言わなかったね。
俺と同じ?王太子の婚約者らしく、とか?」
「えぇ。王太子の婚約者らしく、入学前に、“純潔”か否か確認されたの」
「??!!」
殿下の表情に驚きが走る。
私達の会話を静聴していた多くの生徒がどよめき、女子は顔が赤くなった方もいた。
「そんな顔しないで。もちろん女性の宮廷侍医よ。
昔、“不祥事”があってからの慣例なんですって。
この“純潔”を護るためにも、王命を受けた、“ご学友”の方々が学園と王宮で付きっきり。
家でも、王妃陛下が遣わされた侍女の方々。
ソフィア様。いつもありがとう」
私は敢えて明るく、“ご学友”の一人に声をかける。
「その、エリザベス様。よろしいのですか?」
「覚悟の上です。私は重責に耐えうる器ではありません」
「そんなことは決してございません。私こそ力及ばず、誠に申し訳なく……」
「いいえ、貴女がたに責はありません。どうかお気になさらないで。
ルティ様。ソフィア様を始めとした“ご学友”や侍女の方々には、王妃陛下に私の言動履歴書を毎日報告する義務があります。その報告書をご覧になれば、イジメ行為をしていたか一目瞭然です」
すると、“王太子妃にふさわしくないイジメ行為”を追求した、殿下の側近の一人が怒声を上げる。
「そんな取り巻きの報告書なんて信じられるか!!」
ビリビリとした空気振動。
大柄な男性の大声は、それだけで恐い。恫喝だ。
未経験の多くの生徒が怯える。
シャンド男爵令嬢は、「ひどいですわ〜。また嘘ついてる〜」とか言ってる。
宮中儀礼や舞踊、乗馬、護身術etc.で鍛えられた、淑女の筋肉をなめては困りますわ。
しなやかな腹筋で支える声楽の応用で、講堂の隅々まで涼やかに通る声でピシリと返す。
「お静かにあそばせ。まだお約束の10分間。
でも、ルティ様も同じお疑いはお持ちでしょう。
さすが賢妃と名高い王妃陛下。お見通しでございます。
報告官以外に査察官を任命されてます。
メアリー様もお疲れ様でございます」
「王妃陛下の名誉あるご命令ですもの。エリザベス様の粗探し、楽しゅうございますわ。オーホッホッホッホッ…」
私をずっとライバル視してきたメアリー様が、扇の陰で高笑いする。
「メ、メアリー嬢が?
ソフィア嬢もメアリー嬢も、僕の婚約者候補だっただろう?!」
あら、殿下。
公的な一人称が、“私”から、“僕”になってますわよ。
まぁ、私的な“俺”は周囲に合わせた背伸びですものね。
「王妃陛下のご真意は、私には分かりかねます。
さらに護衛として、王家の“影”の方々もご配慮いただき、別途の報告書もあります。どうかご照合願います」
「わ、わかった。王宮に帰り次第、母上に、いや王妃陛下に確認する」
「ありがとう、ルティ様。
この“イジメ問題”とは別に、ルティ様がシャンド男爵令嬢と“真実の愛”を見つけられても、無理はないんです」
「え?」
「ルティ様。この2年間、王宮での教育、以前と比べて変わってませんか?」
「そういえば……」
「そうでしょう?
実はルティ様のお優しい性格は、帝王教育では矯正困難と、入学後の半年で断念。
2年半前に、ご性格を活かした、“慈愛深い国王”という方針の切替が決定。
その代役に、私が法治国家、法規遵守を体現する役割を果たすように、との王妃陛下ご進言による王命が下りました。
臣下なら王命拝受は当然です」
「じゃ、リーザ、が、僕の、代わりに?」
「えぇ。この方針転換に伴い、1年生の後半は、半年で、数年分の座学を、毎日、一気に詰め込む日々。
実践課題があっても、1年生の前半は本当に楽しかった…。
ルティ様と踊った新入生歓迎パーティ。ご一緒のランチ。
放課後、図書館で宿題の答え合せ。夏至祭のお忍びデート。
幸せでした……」
今にして思えばあの半年は夢のような日々。
思わず遠い目になってしまう。
だが、今の私に許された時は10分間だけ。
「リーザ……」
「しかし、王命に従うは臣下の務め。
王国の雛型である、この王立学園の規律と秩序を守るため、半年間の座学を経た2年生以降、生徒会役員の立場から、教職員と連携。
校則とマナー上、行き過ぎた方々への注意や勧告。
これが新たな実践課題でした。
そこで、ルティ様がお優しい言葉で取りなし導く。
鞭と飴の絶妙なバランスで、ルティ様に人望を集める。
私が憎まれ役、悪役、を務め、『厳しい』『口うるさい』と陰で言われても本望でした。
愛らしさもない女から、心が離れても無理はありません」
イメージ操作で、化粧も髪型も声も話し方も変えた。
殿下が愛でて撫でていた、なめらかで絹糸のような金髪も、巻いて結い上げて、吊り目がちに。
頭痛になりやすく、厳格さが三割増し、本当に悲しい。
「そんな!どうして、どうして話してくれなかったんだ!
明るくて優しいリーザが、変わってしまったって、僕は、僕は……」
「王妃陛下ご進言による王命でした」
「??!!」
「次世代の王国を担う二人の信頼関係を試す、と。
私はルティ様とご側近の方々から、2年次編入生・シャンド男爵令嬢に関するご質問に、『マナーに不慣れな振舞いが、周囲の誤解を招きトラブルのため、注意や勧告のみさせていただきました』と何度もお答えしました。
しかし信用もなく、王宮の報告書で反証できる濡れ衣とはいえ、生徒総会で、こうして一方的に罪を問われ……。
仲睦まじくあるべき、国王と王妃にはほど遠く…。
よって王妃教育の実践課題は落第。
また、学園でのルティ様の女性問題は、成婚後の後宮の運営能力の実践課題。
これにも落第。
最後に、この課題の内情を漏洩。
王妃陛下のお許しは、卒業後、ルティ様と二人っきりになった時、でございました。
残すは2週間。でももう限界でした。
つまり、私は三重に、王太子の婚約者失格でございます。
速やかに帰邸し、父・ラッセル公爵より国王王妃両陛下に、婚約ご辞退を申し出ます」
私は櫛を取り、結い上げた髪を解くと、ゆるふわウェーブの金髪が背中に流れる。
くりっとして可愛いと殿下に愛された目元を取り戻す。
そして、“優しさ”が詰まったバッグを、想いを込めて胸に抱く。
さようなら。私の初恋—
「ルティ様。私と“誠実な愛”を、10年以上紡いでくれて、本当にありがとう。
この、“お優しさ”のみで、私は充分。
婚約者として頂戴した宝飾品とドレスは換金、王都の孤児院に寄附し、報告書は王宮の財務担当官へ提出します。
ただいまで9分間。
王国の輝く星、アルトゥール王太子殿下。
忠実なる臣下、ラッセル公爵が長女エリザベスは、少々早うはございますが、これにて失礼いたします」
優美にお辞儀し、壇上から降りていく。
「リーザ!待ってくれ!疑いは晴れたんだ!リーザ!」
シャンド男爵令嬢を振り解き、追いかけてくる殿下へ、くるりと振り向くと、ちらっと時計を確認し、柔らかに微笑み応じる。
「王太子殿下。お優しすぎます。
王宮で二種類の報告書に、ご自分でお目を通してご判断なさいませ。
そうですわ。悪役から、最後のご勧告が二点。
王太子殿下の懐中時計が、城下の新興質屋『ピオニー』のウィンドウに有りとの情報がございます。
ご落胤騒動の元、直ちに回収を。
また、“まだ清らかなご関係”の“真実の愛”のお相手、ご寵愛のシャンド男爵令嬢の“純潔”も、確認されるべきとの、“影”からの勧告がございます。
まあ、ちょうど10分29秒でございますね。
皆様、ご清聴、ありがとうございました」
「行かないでくれ!リーザ!リーザ!」
全校生徒に優雅にお辞儀した私は、凛然と前を見つめ退場した。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスが幸せになってほしい、周囲の今後を書きたい、との勢いで思い立ちました。
連載版の設定・題名も、ゆるふわそのままです。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきました。
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