9話・迷惑な決闘
「たぶらかした覚えないけどね」
「私もたぶらかされた覚えはないわ。悔しい思いはしたけど」
「それもうよくない?」
いつまでいじり続ける気なんだよ、済んだ事を。小学校すらまだ通ってない時の話だよ?
執念深いなぁ、もう。
「……私も聞き捨てなりませんね」
「うわ」
副島さんまで加わってきやがった。
「この、どこにでもいそうな凡庸な……いや、ごく普通の少年のどこに理想を見出だしたのか、是非教えていただきたい」
仮にも超人を捕まえて、どこにでもいそうとか、凡庸とか、凄い失礼なお姉さんだな。
「そう難しく考えなくていいですよ。彼は、強くて頼り甲斐があるということです。とてもね」
「あの、このようなことを言うのは、心苦しいのですが……」
「構わないですよ」
「…………では、伺いますが……騙されては、おりませんよね?」
あっ。
ハッキリ言いやがった。
大人なんだからもうちょいオブラートに包むなりしたらいいものを真正面から切り出したよこのお姉さん。しかもここに僕いるのにさ。
失礼な。
「──私がそのような尻軽に見えます?」
綾羽ちゃんの目が細まった。
馬鹿な真似をしたものだね。そんな質問したらそう解釈されて当たり前じゃん。
綾羽ちゃんってかなり気難しいんだから、言葉には気をつけないと。
このお姉さんもクールな仮面の下では冷静さを欠いてるってことかな。
「い、いえ!」
「そんなことは砂粒ほども思ったことなどありませんわ!」
なんか後輩ちゃんまで畏まってる。巻き込み事故が起きたぞ。
さては副島さんと同じこと考えてたなこのツインテ。
「なら問題ありませんね。邪魔はしないで下さい」
「……わかりましたわ。そこまでお姉様がおっしゃるのなら……。けれど、一つだけお願いがあります」
「何でしょう? あまり無茶なものはお断りさせてもらいますよ?」
「その方の力を試させて下さい。一体どうしてお姉様のお眼鏡にかなったのか。どうしても知りたいです。知らずにいられません」
「どうやって?」
「──無論、花園です」
ということで。
僕は今、鳴神お嬢ちゃんと試合場で対峙しております。
花園。
元々は、仕事の奪い合い等から起きる激突を、合法的に、安全に決するための場所だったといいます。
試合場そのものに特殊な結界が張られており、あらゆるダメージを体力減少に変換することで死の危険が排除されている、とても画期的なシステムなのだとか。
この、揉めたら殴り合いでカタをつけるという原始的なやり方が、観客を楽しませる競技として採用されるのには、そう時間はかかりませんでした。
今では世界で最も人気のあるゲームとなっています。
以上、説明終わり。
「ふっ、逃げ出さないのだけは、褒めてあげますわ」
自信満々だね。
自分が負けるなんて一ミリも思ってないんだろう。
「……ところで、本当に素手でやるんですの?」
「まあね。武器とか使ったことないし」
「負けてから、武器さえあれば……とか泣き言を言っても、後の祭りですわよ?」
彼女自身は、短めの剣を両手に持っていた。二刀流だね。
慣れた手つきだ。
これだけで、あのマザコン眼鏡先輩とは一味違うのがわかる。
それと衣服だが、制服のままやるのかと思っていたが、体操服みたいなのに着替えていた。まあそりゃそうだよね。制服だとちょっと激しくやり合ったらすぐパンツ見えちゃうだろうし。
「言わない言わない。気にしなくていーよ」
手をピラピラ振ってお気楽な感じで武器使用を辞退すると、お嬢ちゃんは露骨に嫌な顔をしてきた。
周りには、既に人集りができている。
驚くことに各テレビ局のクルーまで来ており、僕とお嬢ちゃんを撮影したり、綾羽ちゃんにインタビューまでしている。これで僕も有名人の仲間入りかな?
「ところで、審判とかいるの?」
「心配いりませんわ。それなら、わたくしが公平に判断いたしましょう」
いかにも和風お嬢様という感じの黒髪ロング美人が、試合場に上がってきた。
「ゆ、弓ヶ原先輩……!」
お嬢ちゃんが驚いている。てことは、この美人さんも実力者なのかもね。
「ごきげんよう。鳴神さん」
「は、はい、お久し振りです」
「そちらの方は……荒上聖流くん……で、合ってるかしら」
「オッケーですよ」
「そう。良かった。わたくしは、弓ヶ原つむぎと言います。あなたや、そこの天宮のお嬢様の同年代になりますわ」
「へえ。じゃあこれからはクラスメートになるんだね。今後よろしく」
「それはまだ早すぎはしませんこと? まずは、目の前にいるこの子を退けるのが先ですわね」
「手厳しいなあ」
「それと、あなた……本当に、そのままで勝負するの?」
弓ヶ原さんは、手ぶらな僕がどうしても気になるらしい。
心配……ではなく、胡散臭そうなものを見る目で、こちらをジロジロと見ている。
「私も何度か忠告したのですが、武器など不要の一点張りなのです。無謀にも程がありますよ、男性が何も持たず花園に挑むなんて」
「それはどうかしら」
おや?
同意するかと思ったら、ここでまさかの否定とはね。
「ただの愚かな人を、そこの天宮さんが目にかけるはずなどありませんからね。何か勝算があるのでしょう」
うんうん、理解があるなこの人。
「ただのハッタリで終わるか、それとも本当の強者か。それは直にわかりますわ。──さあ、二人とも、距離をおいて構えてくださらない?」
「……了解しました」
「ま、それなりに頑張るとしよっか」
いよいよ始まりだ。
どんな戦い方なんだろうね、このお嬢ちゃんは。