8話・天霊院学園
聖マルタ女学院。
阿頼耶高校。
第二武極高校。
八百万学園。
日本には、いくつもの有名な高校がある。
どう有名かというと、そんなの言うまでもなく、『心身共に鍛えぬかれた女性を育成する名門』として有名なのだ。
これらの学び舎から巣立った強い女性達が、合法化された決闘である花園でバチバチやり合ってしのぎを削ることになるわけ。
その中でも、知らない人は赤ん坊しかいないってくらい有名な名門中の名門が、ここ私立天霊院学園なんだよね。
女子生徒だけでなく男子までエリート揃い。家柄だけでなく実力も重視する。
形骸化とか全くしてない風通しの良さがあるからこそ、日本のトップ育成機関として君臨できてるわけらしい。よくわからないけどまあそうなんだろう。
そんなところに僕がいる。
場違いな制服姿。どこにでもある平凡な高校の制服を着た僕がいる。
でかい校門の前に静かに佇む綾羽ちゃんと対峙している。
「久しぶりだね」
「昨夜会ったでしょ」
「なんだか急転直下すぎて、昨日の今日って気がしなくてさ」
「思い立ったが吉日よ。私はこうと決めたらすぐさま行動に移すの」
「僕の意思も少しは尊重してほしいなぁ」
こうしている間も、通学中の生徒から奇異の目で見られている。
居心地悪くて仕方ないが、綾羽ちゃんは一ミリたりとも動じない。慣れた感じだ。幼い頃から注目を集めて生きてきたんだろうね。
周りからジロジロ見られるのに慣れるなんて、僕には考えられないな。
「ふふっ、でも来てくれたじゃない」
「来たというか、有無を言わさず運ばれたというか」
君に買われたことになるのかな、僕って。
「丁重にここまで連れてくるよう頼んだのだけど……」
綾羽ちゃんの視線が僕の後方に移る。
「その通りですお嬢様。ご命令通りに致しました」
どのタイミングかわからないが、車から降りていた副島さんが、綾羽ちゃんにそう言った。
「そう。それだけですか?」
「それだけ、とは?」
「彼が、人の感情を逆撫でするような事を貴女に言わなかったかなと、そう聞いているのです」
む、と副島さんが唸る。
「図星のようですね。彼はそういうところが過分にありますから、また仕出かすかもしれないと思っていましたが、やはり」
「酷い物言いだね」
「間違ってはいないでしょ?」
「耳が痛いな」
「ふふっ」
こんな感じで楽しく話している一方、僕の背中に突き刺さるのは副島さんの視線だ。
綾羽ちゃんがこんな砕けた喋りをするのを見たことがないのかもしれない。
どうやって親しくなりやがったこの野郎という憤りが電波になって直に脳ミソまで飛んでくるんじゃないかと思うくらい視線が痛い。
「さあ、立ち話はこのくらいにして、案内するわね。付いてきて」
「待って下さい!!」
なんだなんだ。待ったがかかったぞ。
やはり金と権力で僕の人権を無視するのは許されないってダメ出しがきたのか?
声からして女の子みたいだけど……。
「お姉様、誰なんですかその冴えなそうな男は!」
いきなり悪口かよ。
こちらに小走りで駆け寄ってくるのは、中学生くらいの女の子だった。
制服は綾羽ちゃんの着てるものとよく似ている。女の子の制服のほうが、袖とか襟とかの青い線が少ない。
銀が混じった黒髪をツインテールにした美少女だ。挑発的なツリ目が実に生意気そうに見える。
「鳴神明依。中等部の子よ。私を慕ってる後輩の中でも一番優秀な子なの」
「へー」
「お嬢様は誰にでも愛されるお方ですからね」
露骨に副島さんが綾羽ちゃんを褒めだした。副島さん本人はさりげないつもりなのかもしれないが。
綾羽ちゃんも特に照れてないようだし、このくらいの言葉をかけられるのは、よくあることなんだろう。
褒められ慣れしてるんだね。
だからあの幼い頃、僕に軽んじられたのが効いたのか……まさか、あんなに引きずるとは。
女の子はずっと僕を睨んでいる。
どうしよう。
声でもかけてみるか。
「えっと、どうも」
「どこの誰なのあなた。お姉様とはどういった関係なの? 今すぐ答えて。早く」
刺々しいなあ……。
「関係って言われても……」
知り合った時の話とか蒸し返したらまたブチ切れられそうで嫌だし、困ったね。
「ふむ。そうですね、強いて言うなら……彼は私の理想の男性像……でしょうか」
頭をひねっていると綾羽ちゃんがあっさりそう言った。
「そうなの?」
「そうよ。あの時のせーる君、カッコよかったもん」
なんて話をしてると。
周りから、信じられないくらいのどよめきが雪崩のように起き、校門一帯を覆い尽くした。
さらにそれだけではない。
「な、な、な、ななななな」
鳴神明依という少女が面白いくらいプルプルしだすと、
「あわわわわ……お姉様が、私の大事なお姉様が……………………た、た、たぶらかされてるぅぅぅ!!!」
めちゃくちゃ失礼な悲鳴を喉から響き渡らせたのだった──