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4話・白いカラスと仮面の巫女

 この世の空には黒いカラスのみ。


 男は取るに足らない。


 おじい様や、父様みたいに、気骨のある男性も少なからずいることはいる。

 けれど、それはあくまで例外。

 まともにカウントされない。

 たとえるなら、羽から色素が抜けるまで己を鍛えぬいた灰色のカラス。


 カラスが黒いのも、男が弱いのも、当たり前の現実。


 白いカラスはいない。


 誰もがそう思ってる。

 家族も、使用人も、名門の家柄に連なる者も、共に学び舎に通うクラスメートも、一般市民も、善人も悪人も。


 白いカラスなど在り得ないと認識している。



 けれど、私だけは知っている。

 本物の白いカラスを。


 まだ幼かった私の自信を、あざ笑いながら、弄ぶるようにすり潰した、どこから迷い込んだのか、今でもわからないあの子。

 ずっと嫌味な薄笑いで、強大極まりない力を見せつけ、圧倒的な性能の差を私に無理やり理解させた、あの底意地の悪い子。

 私の、天宮の娘としての誇りを片手間で汚し、精神的に辱めた、憎くて憎くてどうしても忘れられない子。


 私の心に、決して抜けない楔を打ち込んで消えた、男の子。


 あれから二度と、私の前に姿を現すことのなかった──





「…………せ、せーる君、なの………………?」





 直感。

 理屈や裏付けなどない。


 でも、私の中の私が、そうだと告げる。


 ビニール袋を頭からスッポリ被った『彼』が、私の問いに、急所を突かれたように震えた。


「残念ながら違うよ。僕は君のお父さんに雇われたお助けキャラさ」


 『彼』が首を振って否定する。

 それを誰が信じるのか。


「なら顔を見せて」


「それは……仕事上の契約でできないことになっているんですよ。たとえ雇い主の娘であるあなたにでもね。あしからず」


「そうですか。ところでその被り物……39マートのものでしょう? 何ならここ一帯──いえ、全国の店舗の防犯カメラの映像を根こそぎ調べてもいいのだけれど……」


 その脅しに観念したのか、『彼』はこちらに亀のようにゆっくりと近づいてきて、私の前で足を止めた。

 何度もためらいつつ、その邪魔な袋を、じらすような動きで外していく。



「やっぱり………………」


 ようやく見せた、その素顔。

 幼い私の脳裏に焼き付いた、許しがたいあの子の面影が、そこに色濃く残っていた。


 美形とまではいかないけれど、無害そうに微笑む、あどけない顔。

 常に何かを品定めしているかのようにきらめく双眸。

 襟足だけ伸ばした、ベージュ色の髪。


 記憶の中のあの子が高校生まで成長したら必ずこうなりますよという精密な想像図を、立体で見ているかのよう。


「お久しぶり……ですね、天宮綾羽お嬢さん。改めて自己紹介しましょうか。僕は、荒上聖流と申します」


 なぜか毛髪にくっついている蜘蛛の巣をちぎり取りながら、衣服の埃を払う。

 丁寧な口調で、少年は再会の挨拶と名前を告げた。


「そういう無駄によそよそしい言い回しはやめてもらいたいですね。あなた、そんな礼儀正しいキャラじゃなかったでしょう」


 慇懃無礼という言葉がこの上なく相応しい人物だったはずだ。


「……救いの手を差し伸べた相手にそれは厳しくない? 綾羽ちゃんってそんな冷たい子だったの? ガッカリだなあ……」


 冷たいという物言いには何とも思わなかったが、ガッカリと言われて、なぜか胸がちくりと痛んだ。気のせい?


「もっとさ、感情豊かで、自信家で、わがままで、笑顔が素敵だったと思ったんだけどな。僕の記憶違いじゃないよね?」


 気のせいじゃない。

 小さな針どころか、鋭利なナイフでグサグサ刺されるように、何度も胸が痛む。


 誰のせいでこうなったと思ってるのか。


 どれだけ修行をこなし、心身を磨き、自分に厳しく生きても、思い出の中のあなたはそれを評価してくれない。


『うむ、流石は我が娘だ。よくぞここまで己を高めた、綾羽。……このままいけば、成人前に当主の座を譲ってもよいかもしれんな。天宮は次代も安泰というものだ! はっはっは………………ふわっはっはっはっはっはっは!!』


『お嬢様は、天宮の家に関わる全ての者の自慢でございます。ささやかながらその手助けができ、光栄というしかありません』


『見て、天宮さんよ。一年生でもう妖怪退治や鎮魂の任務を完璧にこなすサラブレッド。ああいうのを、本当の才媛って言うのね。私達が嫉妬することすら失礼に当たるレベルだわ……』


『まあ、力量は認めるけれど、高転びしないようにすることね。力も評判も上り調子の貴女の足元を掬ってやりたくてたまらない者が、一人もいないわけがないのだから。 ……わたくし? わたくしはそんな美しくない嫌がらせはやらないわ。貴女が調子に乗って足を挫くのを待つのではなく、知恵と策略で優雅に出し抜く。素敵でしょう?』


 表現の差異こそあれど、私の努力を否定するものはいない。


 だけど。


『悪くはないと思うよ。筋はいいんじゃないかな』


『きみが弱いんじゃなくて、単に僕が凄すぎるだけだから、そんなに落ち込まないで。きみはきみで立派だよ?』


『えっと、その……全勝しちゃって、ごめんね。そんなに悔しがるなんて思わなかったんだ。僕がやり過ぎたよ』


 賞賛の言葉をかけられていると、時折、私を憐れむあなたの言葉が、蘇る。

 心の古傷に塩をすりこんでくる。


『ぐずった泣き顔も可愛いね』



「うるさい! この馬鹿せーる!!」



 苛立ちのあまり、弾けるように喉から出てきた子供っぽい叫び。


 自分で自分が信じられない。

 口を押え、動揺を堪えるのが精一杯。

 どうにか冷静さを取り戻したいけど考えがまとまらない。


 聖流君は、不意を突かれたように(本当に突かれたのだろう)目も口も丸くしていたが、すぐに素に戻ると、こっちを見て、


「ああ、やっと見れた。それだよ。……僕の知ってる、とっても可愛い本当の綾羽ちゃんだ」


 怒鳴られたにもかかわらず、なぜか満面の笑みで、私に、とても愛おしい『もの』を見るような目を向けてくるのだった。

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