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2話・最上の獲物は思い出の中に

 そう、確かあの頃だ。


 僕がまだ小学校に入学する前。

 両親が僕を気味悪がりだした、あの頃。


 もっと前からその認識は両親にあったのが、ある日とうとう不安や恐怖に押し負けたのだろう。


 それを境に、僕は両親のことがどうでもよくなった。

 単なる『血縁関係にある』だけの他人という感じ。


 そして──




~~~~~~~~~~~~~~~~


『ねえ、どこからここにきたの? ここはね、えらばれたすごいひとしかはいれないばしょなのよ? このくにでも、とくにだいじな、れいちなの。わかる?』


『あなた、なまえ、なんでゆーの? …………せーる。あらがみ、せーるね……うん。おぼえた。わたしって、きおくしたことをおぼえるの、とくいなの』


~~~~~~~~~~~~~~~~


 幼稚園。

 居心地の悪さを感じて初日で抜け出した。

 そのまま、家にも帰らず、各地を気ままに旅する不良幼児だった自分。


 流れるままに辿り着いた、とある霊峰の奥の奥。この世ならざるエリア。

 師匠と呼べる存在に出会ったのも、この時だ。



『──お前のような先祖帰りが生まれるとはな、いや、あるいは突然変異か。男の霊力や神秘が衰えつつある現世に、逆行するかのような小僧だな』


 初めての出会い。

 師匠は一本一本が縄のような太さの髪の毛をボリボリ掻きながら、僕がいかなる理由でこの世に生まれてきたのか思案していた。


『真に強大な力とは、揺るぎない魂の力。その前では才や努力など無力に等しい』


 つまり根性最強ってこと?

 と僕が聞くと、師匠は五つの目を僕に向け、まあ、とどのつまりはそういうことだ、と面白くなさそうに返事してくれた。


『己の行いに、是非など問うな。あるがままに生きよ』


 師匠は、僕に超越者の心得を語るときは、決まって顎髭をさすりながら、七本指の、岩より大きな手で僕の頭を撫でてくれたものだった(サイズ差的に全身まるごと撫でられてるようなものだったが)。



 『あやは』に出会ったのは、その少し後だ。


 居心地のよさそうな場所へ、直感を頼りにぶらついていたら、彼女の一族にとって最も神聖な場所である天静谷(あまのしずや)へ足を踏み込んでいたのだ。

 本物の霊地ってのは招かれざる客を強く拒むものらしい。

 けれど、僕に対してはその拒絶も無駄なことだったようだ。


『穴場だね』


 見てるだけで心が浄化されそうな、川のせせらぎ。

 不純な混じり気の一切ない空気。


『んー。いいね、ここ』


 僕が気分よく酔いしれてると、そこに一人の少女がやってきた。


『…………あなた、だぁれ?』


 山奥を歩く服装とはとうてい思えない巫女服。独特な姿のカラスを模した髪飾り。

 そして、礼儀正しくも、かわいらしく背伸びした態度。

 普段着でここまで来た自分も人のことは言えないが、この少女もまた普通ではないなと思った。



『……ねえ、あなたのことないしょにしてあげるから……しょうぶしようよ。なにかのまちがいでも、ここにこれたんだから、すこしはできるんでしょ? それともこわい? あんしんしていいよ。ちょっとじつりょくをみせあうだけだから』


『いいけど、負けても泣かないでよ? せっかくこんな素敵なところに辿り着いたのに、後味が悪くなるからさ』


『むっ、いってくれるじゃないの、なまいきね。いいわ、あまみやのおどろきのすごさをみせつけてあげる!』


 そこまで言われたら引き下がるのもシャクなんで、何回か勝負をした結果。


 本気を出すどころか手抜きで泣くまでボコボコにしてしまった。


 一例をあげる。

 彼女が優雅な手つきで扇を振り、風の刃を放って木の枝を両断したら、僕はお返しとばかりに、蝋燭を吹き消すようにフッと息を吹いて無数のカマイタチを発生させ、岩をいくつものパーツに分割してやった。



『もういっかい! もういっかいしようってば! しないとヤなの! おとこのこにまけたままなんてだめなの、わたしはあまみやなんだから!!』


『ふぅん……』


『……な、なによ、そのたいど』


『あやはちゃんって、笑い顔だけじゃなくて、ぐずった泣き顔も可愛いね』


 逆に怒られた。


 慰めて丸く収めるつもりだったのに。


 『ヘンタイ!』『ケダモノ!』『ばかせーる!』という怒りの声を背中にぶつけられながら、僕は『なんで?』と困惑しつつ、その場から逃げるようにというか逃げたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~




(懐かしい……)


 幼き日の楽しかった思い出が、脳裏で蘇る。


 この僕、せーる──荒上聖流(あらがみせいる)と、あやは──天宮綾羽(あまみやあやは)の偶然の出会い。


 この国を霊的に守護する一族の中でも、名門中の名門たる天宮家の一人娘。

 平凡な家庭に生まれた、まあまあ顔立ちの整っている男の子。


 いろんな意味で差がありすぎる。


(そりゃそんな雑種にボロ負けしたら、大ショックだよね……)


 改めて、やりすぎたことを反省する僕だった。後悔は一ミリもないけど。



 ──そして、回想を切り上げたとき、綾羽ちゃんと餓鬼の決着も既についていた。

 バラバラにされた餓鬼の屍から、臭い煙が立ち込めていた。

 あの世の空気かな。


「終わりました。ええ、大丈夫です。ただの餓鬼一匹でしたから。苦戦するほうが難しいですよ。もっと歯応えのある相手でもいいのですが……わかってます。どうせ父様が止めてるのでしょう? ……まあいいです。では後始末をよろしく」


 刀を納め、スマホで外部と連絡を簡素に終える。

 彼女はスタスタとこっちへ向かって歩いてきた。

 そういえば出口はこっちだったか。


「…………」


 雑に積まれていた段ボールの陰に隠れる。

 気配を殺す。


 彼女は無言でそのまま階下へ降りて行った。

 流石に違和感を感じるかなと思ったが、そうでもなかった。


(おや?)


 階段を下りる足が止まった。やはり違和感が……いや?


「私は、天宮の刃……たとえ鬼神が相手だろうと遅れを取ってはならない。絶対に、誰であろうと負けない。絶対に……」


 胸に拳を当て、そう、自分に言い聞かせるように、そうあるべきというようにひとり虚空につぶやく。


 綾羽ちゃんはそのまま廃ビルを後にしたのだった。



 ひと気の無い深夜の公園。


 ベンチに座り、缶コーヒーをちびちびやりながら、さっきの綾羽ちゃんの言葉を思い返す。


「絶対無理してるね」


 普通あんなこと唐突に言うわけない。


 となると彼女の自尊心にでもヒビが?

 いや、そのわりにはさっきの戦いぶりは見事だった。変な迷いなんかなかった。


 家庭環境?

 だとしたらもっと根深いものがあると思うし、それなら匂いに不安やストレスが含まれていてもよさそうなものだ。

 父親も、さっきの電話内容からすると、単なる過保護くさい。


「まさか、僕に負けたのをいまだに引きずってる……いや、そんな訳ないか」


 むしろ忘れてる可能性のほうが高い。


「あのままだと、自己暗示を悪化させて、冷酷な対お化け最終兵器になる未来しか見えないな」


 せっかくあんなに可憐に育ったのに、もったいないね。


 うん、とてももったいない。






「……………………よし、決めた」


 僕は自分の膝をパンと打つと、決意して立ち上がる。


「これも何かの縁だろうしね。綾羽ちゃんを助けつつ、昔のような感情豊かな姿を見るために、一肌脱ぐとしようか」


 そうしようそうしよう。

 なんだか面白くなってきたぞ僕の人生。



 下準備を開始する。

 下準備といっても、基本的にはこれまでと変わらず深夜に動く。

 僕にも高校生の本分があるからね。

 だけど、たまにはサボって綾羽ちゃんの様子を覗きに向かう。



 私立天霊院(てんりょういん)学園。



 この国の闇を払う者たちを育成するための学び舎が、いくつか国内にある。

 その中でも、選ばれた一握りしか入学を許されない、狭き門。

 エリート退魔師学校だ。


 といっても、戦士を鍛えるというよりは選手を育てるというほうが近いらしい。人間同士の勝負のほうが多い時代だしね。


(異様に広いね、ここ。旧校舎とか含めたら、すべて把握してる人いないんじゃないかな?)


 普通なら忍び込むのも至難なこの学園。

 しかし、日本最難関の霊地でもなんなく抜けられる僕には、たやすいかくれんぼミッションに過ぎなかった。


 潜入調査の結果。

 なんと、綾羽ちゃんは学園でも本業の時と同様、そのクールな仮面を誰の前でも外さないことがわかったのだった。

 ……まったく収穫になってない。



 そして勢い余って天宮の敷地にまで忍び込んで、やり過ぎとわかりつつも大胆に探りを入れつつ状況をやんわりと伺っていると、思いがけない朗報が舞い込んで来た。



「本当なのか、その話」


「ああ、ほぼ間違いない。なにせ副島さんが情報源だ。冗談を言う人じゃない」


「……ようやくお屋形様も、お嬢様に身を固めさせる下準備に踏み切ったということか。あの方には苦渋の決断であっただろうな。他家からの許嫁の申し出をずっと断っていたほど、過度に手元で可愛がっていた愛娘なのだから……」


「あの子を行き遅れにするわけにいかないのだからいい加減覚悟なさって、と奥方様に諭されたらしい」


「正論だな」


「ああ。もう少し早く言うべきだった気もするが………………いや、何も言うまい」


「とはいっても、どちらを選ぶかはお嬢様次第らしい」


「自分の判断で決めずにお嬢様自身に選ばせるあたりが、何というか、やはりお屋形様だな」


 休憩室で思い思いのリラックスをしている黒服姿の術者たち。

 先程仕入れたばかりの新鮮な話題について語り合っている。

 それを、僕は部屋の片隅で耳を澄ませて聞いていた。


(貴重な情報をどうも)


 これだけ聞けたらもう用はない。


 僕は休憩室の扉をおもむろに開ける。

 息をひそめたりもしなければ忍び足でこっそりということもない。普通に廊下へ出て行く。

 そう、あくまで普通に。自然体で。


「ん……?」


「どうした、急に怪訝な顔をして。虫の知らせでも飛び込んできたか?」


「いや、誰かここから出て行ったような」


「何を馬鹿なことを……ここにいたのは最初から我々だけではないか。もしかして、昨日の酒が抜けてないクチか?」


「ハハハ」


「言ってろ」



「……ふふっ」


 僕が去った後の、休憩室。


 この場を離れる前に耳に入ってきたそんな会話に、つい笑ってしまった。

 その人が一番、勘が冴えてたね。まあ所詮はドングリの背比べだけど。



 休憩室で得た情報の内容は、いたってシンプルなものだった。


 年の近い二人の若い男を伴って、綾羽ちゃんが大き目の仕事をこなすという。

 一人は、名門の生まれのワイルド系男子。もう一人は、有能な知性派眼鏡男子。


 どちらも、表向きにはなってないが、天宮の今後の未来のため、親があてがった綾羽ちゃんの伴侶候補だ。

 在籍している学園も、綾羽ちゃんと同じ天学。前者が一年で後者が二年。


「まず、どっちが先手を取れるか、見極めようかな」


 彼女をデレさせるのは、別に僕である必要はない。

 綾羽ちゃんが年頃の女の子らしく振る舞ってるところを見たいだけだからね。

 これは人助けだからね。仕方ないね。


 彼らの手腕に期待だ。

 ここで点数を稼いだほうが、今後にリードできるだろう。

 まだ前哨戦。

 焦ることはない。

 ゆくゆくは勝利の天秤もとい彼女のハートが傾いたほうに、陰ながらアシストすればいい。

 

「面白いほどとんとん拍子に事が進むね。流れがきてるのかも」


 そう思っていた。



 ──しかし、僕はまだ知らなかったのだ。


 想定よりはるかにこいつらが使い物にならず、監督が主演を務めないといけなくなる事を。

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