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公爵令嬢は顔が薄い  作者: ねこまんまときみどりのことり


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それぞれの日常

「さあ、今日も訓練頑張りましょうか!」


「「「おお! やりますぞ!」」」

「「「我ら祖国の為に、みんなの幸せの為に!」」」


今日も軍の訓練には、全員の力が入る。

それにはジリアン達のことは伏せられていたが、ブラックゴルゴノプスドラゴンのライメイがこの地を離れ、番の土地で子を産むことが発表されたからだ。

今までの守りが薄れることや、どうやら魔界に新種の大型魔獣が現れたと情報が入ったことも原因だった。


ジャームンサンド国とグリッドイメロディ国の境界に住む住人達は、昔からジャームンサンド国に薬草を売りに来ていた。危険な土地であるのに離れないのは、特別な薬草がその地でなければ育たないからだと、商人達は聞いたことがあった。

恐らく魔素の濃度に左右されるものだと考えられていたが、具体的な根拠がないので伝えることもなく僅かな行き来が続いていたと言う。


ところが最近になり、そこに住む住民達が黒い大蛇が激しく蛇行するのを目撃したそうなのだ。それも2匹も。かなり巨大でブラックゴルゴノプスドラゴンに近いと言うのだから、脅威的な情報だった。

さすがにもうそこには住めず薬草の育つ他所の地に引っ越すと挨拶に来てくれたと、彼らと取り引きのあった商人が街の警備隊に報告しに来たと言う。その後に国王が情報を得たとのこと。と、いうことに話を持って行ったのだ。



この話。

前半は本当にあった話だが、後半はライメイ経由で得た情報である。報告を受けた商人は存在しないが、目撃者から聞いた情報の方が信憑性があるので行った、情報操作である。


そして実際に薬草売りはジャームンサンド国に来なくなったが、それは結界が強化されたことで人間を装っていた魔族も入れなくなったからのようだ。


ジリアン達が魔界に渡り結界が強化されてから、大型の魔獣はジャームンサンド国に入って来なくなった。


オウギワシやヴェノムスネーク程度の小型の魔獣は、隙間を乗り越えてたまに入ってくるが、確認されている数は僅かだ。



相変わらずタルハーミネ(ヘルガ)もジョージもラリサも、軍に赴き訓練を行っている。


今は魔獣が訪れないので比較的平和ではあるが、結界をも踏破しそうな怪物の出現に、油断は出来ないと確信している。

  



◇◇◇

とにかく訓練は続いており、その他にもいろいろな実験が行われていた。


一番目新しいことと言えば、ウミナリの魔法術式を幾つか公開してくれたことだ。

ドラゴンブレスも雷撃も、空気中にある窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素、水蒸気などの気体で構成されている物質を吸収したり排除したりして、合成しているそうだ。


その吸収や排除を計算して完成させる速度と理解力、その合成を体内で行える屈強さと耐久性を持つ者が、太古から生き残ってきたのだと言う。


太古に生まれた多くの生物の中で、たまたま生き残った個体の一つがドラゴンだったそう。


それは(いにしえ)より口頭で伝えられ、ドラゴンなら全員知っている事実だ。


ドラゴンの外皮が硬いのは灼熱や極寒を耐える為。

外気に触れる目、鼻、口、気管、肛門等は、体を守る為に結界と等しい膜が張られている。

ドラゴンブレスはその結界の中で合成される為、体に傷が出来ないのだ。


どうしてそうなったかは明確ではないが、そう進化しなければ生き残れなかったのだろう。


今でこそ人間は、柔らかな肌をさらして生活出来ているが、それはこの穏やかな環境故だ。


仮に無人島に放り出され、何の道具もなく燃料もなくした時、生き残れる可能性は低いだろう。大まかに言えば、生物の歴史はそんなことの繰り返しなのだ。


ウミナリの持論は、魔力は体を守り保護することが由来だと考えているそう。





そんな仮定と歴史を前置きをした後で、ウミナリは魔法の理論をアナスタシアとラリサ、キャラウェイに伝える。勿論他者に口外しないことを魔法契約として。


ただ聞いたところで3人は物理学者でも数学者でもないので、理解は追いつかない。

けれど代替えとして、空間の圧縮魔法を叩き込まれた。

その圧縮空間に魔石を入れれば、ドラゴンブレスと同じ効果が得られると言う。


そして教えられた術式も、3人で協力して解けば利用しても良いと許可を得たのだ。3人が死んだ後は術式は伝承出来ない。

ラリサ達を気に入ったからの、特別のはからいらしいので。



3人は魔石の積まれた山の空き地で、圧縮した空間を作る魔法を叩き込まれた。暴発すると周囲を破壊する核になるので、コントロールが必要らしい。

それを聞くと震えるが、力を得るには必要なのだろう。


魔石の効果は以下の通りだ。

炎属性は、赤色に近く、

水属性は、青色に近く、

地属性は、緑か茶のどちらかに近く、

風属性は、透明に近く、

氷属性は、灰色に近く、

闇属性は、黒に近いそうだ。



圧縮した空間に、

赤の魔石を入れれば、爆発し。

青の魔石を入れれば、水の竜巻が。

緑か茶なら、土柱となり。

透明の魔石を入れれば、竜巻が。

灰色の魔石を入れれば、氷柱が。

黒の魔石を入れれば、暗闇となり視界を奪う。


魔石があるうちは使えるが何れは魔石はなくなるし、魔獣を長く食べなければ魔力も減り、魔法自体も使えなくなるだろう。


圧縮空間は魔道具で代用出来るが、使用者は限定する必要がある。主に使うのは魔界からの襲撃に対してとなるだろう。


と言うことで、魔石の半数は軍で管理することになり、圧縮空間を作り出す魔道具も作り出すことになった。そして襲撃にあった際の道具の使用者も選定された。こちらも魔法契約を交わした後でのことだ。




どちらにしても魔法に頼るよりも、独自で防衛する方法が必要だと多くの者が考えていた。

それを開発していく人員も選定され、魔法からの転換が図られていくのだった。




◇◇◇

グリッドイメロディ国を影から支配する形になったジリアン達だが、ジャームンサンド国の襲撃などは考えていなかった。

孤独から脱却できたジリアンは、自分の行動の愚かさを反省していた。ロビンに対しても既に王太子(ゼフェル)がいるのに、次期王太子を無理に狙わせたり余計な期待をかけすぎて歪ませてしまったと後悔していた。

さらにオウギワシに毒のクナイを付けてゼフェルを襲わせたり、高祖母ドギェルを利用してけしかけたことも。


「ああぁ、本当に酷いわ。悪女どころじゃないわね。仮にも義理の息子の暗殺未遂と、高祖母に義理の息子の暗殺依頼まで…………。それに王妃としての仕事も最低限しかしてなかったし、王妃のアナスタシアには嫌みばかりぶつけてたし。ああっ、もう!」


「何一人で百面相してるんだい? それこそ、今さらだろうが。それとも謝りにでも行くのかい?」


「それは、ちょっと嫌だわ」


「この()は本当に、もう。ふふふっ」


少し考えて謝罪を拒否する孫に、笑みが零れるガールナ。反省できると言うことは吹っ切れたのだろう。


グリッドイメロディ国とジャームンサンド国には、いつの間にか結界が張られ、以前試した際に通り抜け出来なかった。きっと誰かがグリッドイメロディ国の変化を向こうに伝えたのだろう。

ブラックゴルゴスネークがジリアンだと知られているかは分からないが、脅威だと認識されたようだ。


「別にもう、向こうの国に用はないだろう。滅ぼしたかったのかい?」

「まさか! まあ、行かなくても支障はないわね。ロビンに会いたい時は、この国の空路から行けるし。以前に手紙を出したら驚いていたみたい。第二王妃を辞めて旅をしているから、お城に手紙は届かないわよって。ニューカムが上空からその様子を見て、教えてくれたのよ。

あのロビンだから、手紙なんて書いてなかったみたいだけどね」


何でもないように話すから、ガールナも「ふーん、そうなの?」と、編み物をしながら答えていた。



ただ、ニューカムとビィータは、時々ジャームンサンド国を滅ぼしに行こうと誘う。


「ジリアンお姉さまを死の直前まで追いつめた国など、粉塵に還しましょう。何ならビィータと2人で行ってきますわよ!」


「そうですよ。浅ましき者など、私が蹴り殺して来ます。どうか許可をして下さい!」


「却下よ」

「却下ね」


「「ええっ~、そんなぁ!」」


もう何度目かのやり取りである。

それでも勝手な行動をせずに、聞いてくれるのは嬉しい。怒ってくれるのも、ちょっと嬉しい。



まあそんなジリアンなので、謝罪はしないけど攻撃もしないと決めている。

ただゼフェルやニール(ブロディ)の死後に、こちらに喧嘩をしかけるような、しゃらくさい者達がいたら話は別だ。たぶん、即潰すだろう。


ジリアンはスネークの体になってから、人間とは違う意識で生きていた。嫌みや嘲笑などは気にしないが、物理で来る者には容赦しないことにしたのだ。心も魔物に寄っているのだろう。



そんなジリアンの生活は、普通の人間と大差ない。今はグリッドイメロディ国からの魔獣素材の店も立ち上げたので、少しばかり忙しい。そこで魔獣肉を購入して食べ、仕事してお喋りして1日が終わる。


時々ライメイから奪った巣へ戻り、卵を産み帰ってくる。基本的に孵った魔獣はジリアンとガールナに忠実である。ただ生まれた時点で強者の者もいて、自ら仲間に入れて欲しいと訴える者は、その際から対等の扱いを希望していた。


勿論ニューカムとビィータは大反対だが、ジリアンは面白いと思ってしまう。

(従順な者以外がいても楽しいかも。その代わり仕事もたくさん任せちゃおう)などと考えて。


そんな感じでニューカム達の監視付きであるが、徐々に仲間は増えていく。


でもやっぱり家族のような絆は、ガールナとニューカム、ビィータと自分(ジリアン)を含めた4人で変わらなかった。




ジリアン達は、呑気に過ごしているようである。




◇◇◇

少し前。

よれよれになってジャームンサンド国に来たハイルリヒ達と、彼らを保護したように(ホワイトタイガーからは)見えたジェド(魔界名ジェダイ)。

久々に出会った元国王達は、魔力も子供であるジェド(ジェダイ)くらいしかなく、服はヨレヨレであったが、汚れはそれほどなかったのがチグハグではあった。





◇◇◇

ジェド(魔界名ジェダイ)に会う少し前に遡る。


元国王達は、金銭も持たされずに放逐されたことで空腹を抱えていた。服は着たきりで汚れ、ヨレヨレであった。


メメント達に負けてすっかり自信をなくし、それでも王都に向けて歩みを進めていたハイルリヒ。ただただグリッドイメロディ国から離れる為だった。

彼の妻であるアマリィと、アマリィの父である宰相アイドステルは黙って彼に付いて行く。




歩き続けた最初の街は、ジャームンサンド国の港近くで街道に添って商店がある場所だった。


そうローズ達が旅をして、世話焼きの女商人スレイナと、逃亡貴族のレヨンを見た街である。


例に漏れずフラフラとさ迷うハイルリヒ達も、心配したスレイナに捕まり弁当を食べさせられていた。



腐っても元魔界の王である。

施しは受けないとなけなしのプライドで一度は拒否したのだが、スレイナは退かなかった。


「まあ、あんたは食わなくても良いよ。でもね、そっちの女性と年配の男性には食べさせるよ。顔色も悪いし、倒れそうじゃないか? あんたは彼らの何なの? 明らかに不調なことも気がついてなかったの?」


そう言われ、国を出てから久しぶりに2人の顔を見たハイルリヒは悲愴となった。


「ああ、そんな。こんなに窶れていたなんて……。ごめん、ごめんよ」


心根は優しいハイルリヒだから、疲労困憊の2人に本当に驚いていた。

ただただ体力のある(人間だと30代くらいの)ハイルリヒは黙々と移動できていたが、魔力を奪われた(人間だと30代のくらいの)アマリィは体力が尽きかけていた。同じく(人間だと50代くらいの)アイドステルも魔素の少ない人間界にまだ適応出来ずに疲弊していた。


偏にハイルリヒが大切だから、弱音も吐かずに付いて来たのだ。


「いいえ、私は大丈夫ですわ。心配なさらないで」

「そうですよ、ハイルリヒ様。まだまだ歩けますよ」


息も絶え絶えなのに、微笑んで心配をかけまいとする2人を見て(ハイルリヒ)は泣いてしまった。


「俺が駄目だったせいで、2人までこんなことに。ごめんなあ、ごめんなあ」


そう言われても2人は首を横に振り、力なく微笑むだけだった。ハイルリヒのせいではないと呟きながら。


弁当屋の前のベンチに座った2人は、疲れのせいか目を瞑り立ち上がれなかった。よく見ると汗も多く、体も熱い。


額に手をあてたスレイナは、その熱に驚いて声をあげる。

「レヨン、この2人を宿に運んで。お金は私が払うから。急いで!」

「わかったよ、スレイナさん。ちょっとそこのあんた、立ってないでその男性を担いでよ。残念ながら僕では、ガタイの良いその人は背負えないから。早く行くよ」


「あ、ああ。分かったよ。アマリィを頼む」



その後に宿屋に2人を運び、スレイナとハイルリヒで看病を続けた。その間の弁当屋は、レヨンとパートさんでやり繰りしたらしい。


そして3日後、2人の熱は下がった。

かなり衰弱していたので、スレイナが気づかなければ危険だったと医師が言った。


魔界では病気一つしたことがなかった。

それが魔力をほぼ抜かれ、休みもろくに取らず移動を続けたのだ。基礎体力があるハイルリヒは別として、他の2人にはかなりキツかったことだろう。


それでも文句一つ言わず、付いてきてくれたのだ。


「こんな価値のなくなった俺に…………。愚直に付いて来てくれた。全てなくした俺に……。ああっ、もう、どうしたら良いんだよ! ううっ」


ハイルリヒは無力な自分が情けなくて、備え付けの机に拳を叩きつけた。けれどレヨンは、何となく彼の気持ちが分かった気がした。


(この人は年配の男性に様付けで呼ばれていた。きっと身分が高い人で失脚か何かして、国を追われたのだろう。少なくとも本人の気落ちが強く、周囲を気遣うことも出来ぬ程に)


スレイナと共に、レヨンも彼らを心配していた。




そうしてさらに1週間、彼らは宿泊した。

アマリィとアルドステルは平気だと言ったが、ハイルリヒは頷かなかった。


「俺の気が済まないから、そのまま休んでてくれよ。少しは頼ってくれ。まあ国もないただの男だから、頼りないだろうけどさ」

微笑んで語るハイルリヒは、もう無心でさ迷う彼ではなかった。


城で過ごしていた、自信に溢れた時のような笑顔だった。


「ああ、ハイルリヒ様。ありがとうございます。頼りがいのある旦那様で嬉しいですわ」

「申し訳ありません、ハイルリヒ様。家臣の私までこの有り様で。……でもありがとうございます。回復後はしっかり勤めますので」


2人は心から感謝し、そして愛おしく思うのだった。



ハイルリヒはスレイナの店の裏にある畑で、アルバイトをしていた。彼は筋肉隆々で重い荷物も楽に運べるので、キャベツの入った箱を運搬したり、休ませていた固い土地を耕す手伝いをしていたのだ。

脳筋と言われるほど鍛えていたことが、久しぶりに役に立ったのだ。


汗水垂らした疲労感も心地よく、朝から晩まで懸命に働き、宿代や食事代はスレイナに返すことが出来た。


看病に対する対価を払おうと思っていたが、スレイナは受け取らなかった。「元気になったなら、良いんだ」と、とびきりの笑顔で。



そしてハイルリヒはこの場所が好きになった。

本当の幸せはこんなに近くあったのだと、自分を責めることなく慕ってくれる2人を大切に思った。


そして助けてくれたスレイナとレヨンに、心から感謝した。弱った時に手を差し伸べてくれる人は、案外と少ない。勿論そんな、見返りなく助けてくれた人に会えた奇跡にも。



ただ彼には心残りがあった。

ブラックゴルゴノプスドラゴンの竜玉を得る為に、人間に転生したイリヤとジェダイのことだ。


彼らは体を狙う敵対派閥のことを知りながら、危険を顧みずに作戦を決行した。

記憶を取り戻しもしラリサを倒しても、もう元の体には戻れないのだ。


そんな2人を目にしていたのに、何も国に利益をもたらすことをせず、国を思うサーシャルのことも無視して来たのだから。


せめて謝りたいと思ったのだ。



イリヤはラリサの弟で、ファンブル公爵令息として。

ジェダイは伯爵家の長男として。


ただ以前に諜報からジェダイの家は没落し、孤児になったと聞いたことがある。それでは計画は困難になるなと、単純に思っただけだ。ジェダイのことなど考えていなかった。

人間とは言え、親が逃げて孤児になった子に、何とも酷なことだ。

でもその時は、役に立つかどうかしか思えなかった。


今さらだけれど謝り、本人が望むなら共に暮らそうと思ったのだ。彼は大切な妻の弟だから。


それをアマリィとアルドステルに告げ、ジェダイに会うことにしたのだ。2人は聞きながら涙ぐんでいた。こんなに心配していたのに、気づかなかった自分が少し嫌になった。きっと負担になると考え、言い出せなかったのだろう。


「ハイルリヒ様、ありがとうございます。ずっと心配だったんです」

「ありがとうございます。息子のことは諦めていましたから……。本当に……。」

「遅くなってごめんな。本当に駄目な男だよ、ぐずっ」




もう一度、ここに戻って来たいとスレイナに伝えると、喜んでくれた。ここは畑ばかりで若い人に人気がなく、働き手が少ないのだそう。空き家もあって家はすぐに借りられるから、その心配はしなくて良いよと笑われた。

王都に行ったら、気持ちが変わるかもしれないと思われたんだろうか?


そんなスレイナとの約束のように、俺は魔界で嵌めていた指輪の一つを渡した。簡単な魔道具付きのルビーの指輪だ。指輪のボタンを押すと、光が満ちて明かるくなるものだ。よく書類仕事の際に、部屋が暗い時に使っていたが、今の俺には過ぎたものだ。

恩返しの意味でも、スレイナに使って欲しいと思ったのだ。


「こんな良いもの貰えないよ」

「受け取って欲しいんだ。俺はもう書類仕事もしないし、欲しくなったら改めて買うつもりだから。ケジメみたいなものだからさ。受け取ってくれよ」

「……分かったよ。じゃあもし、返して欲しかったら言ってね」

「うん、分かった。本当にありがとうな」



そう挨拶をして、街道にある馬車止め場まで向かう。

今はお金はあまり使えない。

畑仕事で稼いだ金は、結構なおまけをして多めにくれたようだが、服などは全員の下着くらいしか買わなかった。服は古着だからと、俺の分もアマリィとアルドステルの分も分けて貰えた。


もしジェダイがお金を必要としているなら、今しているピアスの宝石も換金して置いてこよう。

(空腹の時も意地を張らず、持ち物を売れば良かったと今なら思う。何処かでまだプライドが邪魔してたんだなと、反省したハイルリヒだった)


そんなことを話ながら、王都にある孤児院まで3人で向かった。


服は綺麗に洗ったが、ずっと着続けた魔界から一張羅だからヨレヨレだった。それが一番ましな服だからしょうがないと諦める。

今の自分達には、服は高い買い物だから。




そんな感じで孤児院へ行ったが、既に人間界のジェド(ジェダイ)は、魔石研究所へ就職して寮暮らしだと言う。



「確かまだ7才なのに。きっと魔界の記憶を思い出したんだろうな」


「1人でひもじい思いをせずに、良かったです。安心しました」


「あの子は優秀ですから、認めて貰えたんですな。だけど7才で職員とは、破格の待遇では?」



一先ず安心してジェダイを訪ねると、彼はすぐに気づいてくれた。

「あ! なんで? 姉上、父上も。まさかハイルリヒ様ですか? ああ、ご無沙汰してます」


大きく頭を下げるジェダイに、思わず困惑の表情を浮かべてしまった。

俺のせいで、ジェダイの全てを奪ってしまったのに。



「もう敬わなくて良いんだ、ジェダイ。俺はもう国王じゃないから。そして済まなかったな。一人で苦労をさせてしまった」


「そんな! 頭をあげて下さい、ハイルリヒ様。僕、苦労なんてしてませんから!」


ジェダイは困惑していた。

まあ今まで臣下だったのだから、その反応は頷ける。けれど慣れて行って貰うことにしよう。


彼の住む部屋に入り、入れてくれたお茶を飲みながら、魔界であったことを話す。

体が奪われた真実のことも。

ただジェダイは、体を失った感覚はあったそうだ。

だからきっと、イリヤもそうなんだろう。


そしてジェダイは今の暮らしが快適だと言う。

お金は不足していないか問うも、給料を十分に貰っているし孤児院にも寄付しているらしい。

なので援助はいらないと言う。

逆にこちらの心配をされてしまった。

やはりこの服では、心配になったのだろう。

 


そしてラリサのことも聞いてみたが、彼は会えていないと言う。

「ファンブル公爵家の長女らしいが、会ったことないのか?」

もう倒す必要はないが、何となく聞いてみたら、

「ファンブル公爵家の長女はエリザベート様ですが、ラリサのような醜女ではありません。素顔を見たことがありますが、可愛らしい方です。それに孤児が生きていける政策もあの方の発案ですし、魔獣をも倒す強さもある素晴らしい方です。断じてラリサではありません!!!」


「そ、そうか? じゃあ、ラリサはどこにいるんだ?」


「さあ、分かりません。令嬢は化粧で顔を誤魔化すと言いますから。でもエリザベート様だけは違います!!!」


「分かったよ、落ち着け。もう聞かないから」


「ハイルリヒ様と今のジェダイは、親子みたいですわね。ふふふっ」


「な、姉上。失礼ですよ、僕と王が親子など!」


「もう落ち着け、ジェダイ。俺はもう王じゃないし、知らない者から見ればそんな風なんだろ? って言うか、仲が良く見えたなら良いじゃないか? 俺は嬉しいぞ。子供は可愛いからな」


そう言ってグリグリと、ジェダイの頭を撫でたらジェダイが泣いていた。


「嫌だったか? 済まんな」


「違いますよ、何か嬉しくて。転生してから人の優しさに弱くなったみたいです。僕、嬉しいんです。また王や姉上、父上に会えて。まわりの人も優しいけど、やっぱり家族って違いますよね。ズビッ」


そんなに切ない思いで頑張ってくれたんだなと、切なくなる。イリヤもそうなんだろうか? そしてジェダイの話だと、ラリサは何処にいるのか不明だ。記憶が戻った後もあの子は、ずっとラリサを探していたのだろうか? そして見つからず、魔界に帰れなかったのだろうか?


改めてイリヤのことが不憫に思えた。

彼は15才だ。

きっと立派に公爵家に馴染んでいるのだろう。

優秀で優しい子だったから。

そんなあの子を褒めたこともなかった。

側近達はよく、ジャスパーより優秀だと話してはいたが。


もう全てが遅い気がする。

それに公爵令息に会う機会は、今後も皆無に思えた。


その後にアイドステルとジェダイは、ずいぶんと話あっていた。アマリィもその輪に加わり楽しそうだ。


その間に俺は手紙を書いた。

ジェダイが感じたように、きっとイリヤも体の消失を感じただろう。


あのドラゴン(ライメイ)が、全てをこの国に伝えたと思えない。きっと隠蔽しているに違いない。だからこそ、手紙を書いて送ることにした。

ジェダイは魔石研究所でエリザベートに会うらしく、彼女に渡せばイリヤ(今はウィリアム)に手紙は渡りやすいだろう。


もし記憶が戻っていなくてもジェダイは7才だから、小説の話だと誤魔化しもきくだろうし。ファンブル家は姉弟共に優しいらしいので、罰せらることもないだろう。


そんな期待を込めて、俺は手紙を書いた。

「共に転生したジェダイから、ラリサは見つからなかったと聞いた。ファンブル家の長女がラリサではないなら、ずいぶん捜索困難だったろう。

王宮の占いオババが予言を外し、15年も頑張ってくれたのに、戻る体を守れず済まなかった。


謀反があり、俺はこの国ジャームンサンド国に来た。

もう俺は王ではないし、ラリサの竜玉も不要になった。

そもそもカザナミが人化したなら竜玉は戻せないし、あのエネルギーを取り込めるのは、ドラゴンくらいだ。

ライメイとウミナリが行動していないところを見ると、カザナミのいるジャームンサンド国と揉めたくないのだろうし、ほっといて良いだろう。


一人で人間界に行き、不安も強かっただろう。情けない俺のせいで済まなかった。

こんな俺なんて忘れて、幸せに暮らせよ。


この手紙が届く頃には、俺は田舎に引っ込んでいるだろう。港のある場所の近くに住む予定だ。


もし会いたくなったら、いつ来ても歓迎するぞ。


でもお前は公爵令息だから、機会もないだろう。

元気で居てくれたら、それが一番良い。


俺はずっとお前が優秀で優しい子だと思っていたが、声をかけなかった。側近達はさんざん褒めていたが、下手に俺が声をかければ他の兄弟が嫉妬すると思って関わらなかった。いやこれは言い訳だな。時間なんてたくさんあったし、こっそり声をかければ良かっただけなのに。


何れにしても、転生までしてくれたお前には感謝しているよ。国の為に命をかけてくれてありがとう。でもこれからは自分の為に生きてくれ。


元気でな。

俺も一から頑張ってみるよ」



数日、ジェダイの狭い部屋に泊まり、3人の服を買いに行った。俺達はこれで良いと思っても、一緒に歩くジェダイが肩身が狭くなっては可哀想だからだ。

ジェダイの仕事が終わってから、いろんな店を見て歩き、いろんな物を食べた。

ジェダイはお金はいらないと言うから、その分で食事を奢り、間に休日もあったから魔石の山や銀行なども見学した。

案内するジェダイは手慣れていて、すっかりこの国の住人だと思った。



港の街に戻る時には、俺のことも兄上と言ってくれた。

何だかとてもくすぐったかった。


アマリィとアルドステルはとても幸せそうで、ここに来れて良かったと改めて思った。



帰りの乗り合い馬車の中でも、

「ハイルリヒ様。私、一生懸命働きますから、また美味しい物を食べに行きましょうね」


「ああ、そうしよう。俺も力だけはあるからな。港で働くにも良いかもな」


「私は料理が好きなので、スレイナ殿の手伝いは出来ないかと思っていました。計算も得意ですぞ」


「アルドステルが料理を? 経理仕事は分かるが?」


「ええと、ハイルリヒ様。幼い時から、お父様が料理を作ってくれてたんですよ。……一度毒殺未遂があったから」

それはアマリィの母が亡くなり、娘がいるから再婚しないと言ってのを聞いた、アルドステルに恋慕した令嬢の手の者の仕業だった。その令嬢はすぐに他の男性に嫁に出されたらしく、大事(おおごと)に出来ない家門だったのでアルドステルは涙を飲んだのだった。




「ええっ、知らなかったぞ。いつのことだ!」


「ええもう、済んだことですので。だからお父様がお料理得意なのは、本当なんですよ」


「そうか、苦労したんだな」


「いえいえ。作ってみると案外楽しくて。今後は私が料理をしましょう。アマリィはたぶん料理が出来ませんので」


「え、本当か。ま、まあ俺も作れるようになれば良いか。教えてくれ、アルドステル」


「わ、私が頑張りますわ。料理が出来ない妻なんて恥ずかしいですから!」


「平民になったんだし、なおさら誰が作っても良いだろ? 気にするな」


「本当に頑張りますから。まあ、最初はマズイと思いますけど……」


「ありがとう、アマリィ。無理しなくて良いからな。なら洗濯は俺がしよう」


「私も致しますぞ。それに子供が生まれれば子守りも致します」


「こ、子供か。そうだな、もう妻は1人だから何人いても揉めないしな。良いな」


「……私もハイルリヒ様似の子が欲しいです。本当は生みたかったの」


「そうか、良かった。これから家族は増えるぞ。それにアルドステルも再婚するかもしれんしな」


「ば、馬鹿なことを」


「いいや、本気で言ってるぞ。スレイナの言うには、料理が出来る男はモテモテらしい」


「じゃあ、ハイルリヒ様は料理作っちゃ駄目です。これ以上モテたら困ります!」


「こんなおじさん、モテないぞ。心配性だな、アマリィは」


「そんなに美しいのに、自覚ないのですか?」


「俺なんかより、お前の方がずっと綺麗だぞ」


頬を染めるアマリィをアルドステルがからかう。

「これなら、浮気なんてなさそうですな。良かったな、アマリィ」


「もうお父様ったら。でもそうなら嬉しいです」


「浮気なんてしないぞ。俺を大事にしてくれるお前達が大好きだからな!」


「ハイルリヒ様ぁ」

「ああ、ありがたいお言葉です」




そして港の街に戻り、スレイナとレヨンが暖かく迎えてくれた。こうしてこの街での生活が始まったのだ。


失敗ばかりだけど、笑顔だけは絶えない生活だ。

幸せに気づけて良かった。




◇◇◇

その頃ウィリアム(イリヤ)は、(ハイルリヒ)からの手紙を読んで、一人部屋で涙が溢れていた。


「こんな風に手紙を貰えるなんて…………。父上は僕に興味がないと思っていたのに。やはり話さなければ伝わりませんね。ありがとうございます、父上」


その後ジェド(魔界名ジェダイ)とも連絡を取り、ウィリアム(イリヤ)の魔界の家族や仲間も増えていく。


この国に感じていた異質感も孤独感も徐々に薄れ、彼の心は満たされていくのを感じていた。




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