ライメイ、誤魔化せず
「お姉様。そろそろ各国にある、巣の様子を見てきませんか? あまり魔物が多くなっても、巣の周辺が荒れますし。取りあえずは、グリッドイメロディ国からどうですか?」
マンションで暮らすドラゴン姉妹達は、カザナミ達の住む部屋と別々の部屋を借りて暮らしている。今日はウミナリがライメイの部屋を訪れ、今後の予定を話し合っていたのだが…………。
ウミナリの言葉にギクリと固まるライメイ。
彼女は、寿命が尽きる寸前だった側近とも家族とも言える『ネル』も贄にして、2体のブラックゴルゴスネークを誕生させていた。
美容に生卵が良いと聞いたので、自分が食べる卵を産ませる為だけに。
荒唐無稽な思いつきだったが、平和過ぎて刺激を欲し、魔界の王子達の空の体も発見したことで、好奇心に負けたと言っても良い。
人間であるが魔族の血を引くジリアンとガールナは、格好の実験体だった。
ひどい激痛を伴う変化など、いくら強くなれるとしても魔族の者とて堪え難く嫌がることだろう。
証拠は残していないようだが、グリッドイメロディ国の第二王子の体も拝借してきたのだ。強さを得たい王政と敵対する野心ある魔族でも、即座に反逆を疑われることは到底受け入れられるものではなく、またライメイもそこまでしてバレる危険性を高めたくないのが本音だった。
だからこそ1体生き残れば僥倖と思っていたのに、2体とも無事に生き延びた。望みの卵も手に入るようになり、全てが順調に進んだ。
けれどそれも束の間で、ジリアンが約束した卵を渡さないと逆らって来た。少しばかり脅そうとしたら逆に反撃され、自ら退く結果になってしまう。
(ムカつくことにあいつらは追いかける素振りもなく、私が逃げるのをただ静観していたのよ。悔しい!)
だからこそ、グリッドイメロディ国の山頂にある巣には戻れないのだ。ジリアン達が居座っているかもしれないし、何かの罠が仕掛けられているかもしれない。そんな恐怖から。
でもそれをウミナリに言うのは憚られた。
だって絶対反対されると思って、内緒で動いていたから。曲がりなりにもジリアンは、カザナミの世話になっている国の第二王妃。
魔獣になった彼女は、下手をしたらジャームンサンド国と敵対する存在になるかもしれないのだ。
「お姉さま、もしかして視察が面倒だと思っているのですか?」
「あっ、ええと…………。」
いつもより強い笑みで、ライメイに囁くウミナリ。
自信満々の彼女が言葉につまり、後に紡げない。
いつもやらかす姉の様子に慣れているウミナリなので、すぐにウミナリが隠し事をしていると、バレてしまった。
「……ええと、怒らないで聞いてくれる?」
「内容次第ですわ」
いつまでも待つ姿勢のウミナリに観念し、ポツリポツリと話し出すライメイ。予想以上の内容に、頭を抱えるウミナリだ。
「じつは…………。かくかくしかじかで…………」
「え、ちょっと待って。え、え、何しているんです、貴女はもう~!!! 下手したら、グリッドイメロディ国とジャームンサンド国の2つを敵にまわしますよ!」
「ああ、グリッドイメロディ国の方は大丈夫よ。絶対バレないように頑張ったから」
「っ………………(そう言うことじゃない。言っても分かんないかぁ? 本当に、もう!!!)」
怒りを何とか抑え込み、今後のことに思いを馳せた。
(確か第二王妃ジリアンは、離婚していて城を離れたはず。侯爵家を継いだ兄とは、折り合いが悪いことは有名だから生家には戻らないわね。じゃあ彼女は何処にいるの? もしかして私達の巣にいるのかしら? ライメイは私達の巣で彼女を害する攻撃をしたそうだから、反撃の可能性もあるわね。逆にあの巣くらいで済めば良いのだけれど……)
その溜め息でさえ、艶かしいウミナリだ。
どうやら暫く、マンションで過ごすしかないようだ。
空間転移は便利だが、転移も目的場所の座標とこちらを擦り合わせるには、数多の計算と莫大なエネルギーが必要だった。
さらに今は、トラップの存在まで考えなければならない。
(あの思い出の場所(ドラゴンの巣)には、もう行けないわね。…………ずっと3人で暮らした思い出の場所なのに)
ウミナリの悲しみに気づかないライメイは、叱責されると思い構えていた。
結局その後に言葉は交わさず、ウミナリは自分の部屋に戻るのだった。
「話は分かりましたわ、お姉さま。私、いったん1人で考えたいと思います。では失礼します」
ぺこりと頭を下げて部屋を後にするウミナリに、突き放された気持ちがしたライメイ。
実際にそれは当たっていた。
ウミナリは性格も良く知的である。
各国をライメイと回ることで、多くの人にも出会っていたが、その中には人化して会ったドラゴンもいたのだ。
ライメイはそのドラゴンのことを知っても歯牙にもかけなかったが、ウミナリはそのドラゴンに好感を抱いていた。
「このドラゴンとなら穏やかに暮らせそう」と。
しかし彼女には制御不能で愛すべき姉がいたので、お互いに好意を持って会話をしただけで、その土地を後にしたのだ。
けれど姉がやらかした。
ハッキリ言ってジャームンサンド国の大ピンチである。
それを救う手だてはもう、より大きな戦力での抑止しかないと考えたのだ。
ウミナリにそう思わせるドラゴンの彼は、ララストリーゼ国に住むドラゴンの一人で、この世界最高峰で大きい山頂には最強のドラゴンが多数暮らしていた。争うを好まず、人間とも仲が良い種族だ。
人化して現れた彼は黒髪で碧い瞳を持つ、優しそうな風情だった。ドラゴン姉妹のイベントに来ていた訳ではなく、普通に街の図書館にいたのだ。
そこにはグッドルッキングな者と遊びに行った姉に残されたウミナリが、これ幸いと本を選びに来ていた。
周囲からは姉に服従しているようにも見えるウミナリは、姉より魔力がやや少ないが相手を分析して効率良く使えるので決して弱くはない。
隙だらけのライメイになら、高確率での勝算が見込まれる。争わないだけなのだ。
さらに一緒にいるのは、姉がやらかさないように心配している意味もある。
実際にグッドルッキングガイ達は、まるで聖母のようなウミナリの雰囲気に憧れているが、それが面白くないので共に来ないように言うのだ。
「ミナさんは忙しいから、私達だけで出かけましょう」とか言って。
ぶっちゃけると、そこまで付き合うのも面倒なので快諾し、話を合わせるウミナリ。
「そうなんですよ。次の国での服のコーディネートに時間が必要で……」とかなんとか言って。
「残念ですが、仕方ないですね。機会があればまた今度」
そう言って引き下がるのは、その国の人間の高位貴族達だった。引き際を良く知っている。
羽を伸ばすウミナリは、訪問先の国の歴史を学ぶ為によく図書館に訪れる。お金もかからず目立たずで一挙両得なのだ。
図書館は静かに本を読む場なので、彼女を知っていても騒がしくする者はいない。ここに来るのは本好きばかりだし、ウミナリも変装するから気づかれることも少ないのだ。
でも同じドラゴンなら、そのオーラで自然に気づく。ウミナリだからと言うことではなく、「あ、同胞がいる」的な感覚で。それはウミナリも一緒だった。
そして互いに談話室で会話し、本の趣味で盛り上がるのだった。
彼は名はベイスタート。
離れていて知らなかったが、ウミナリとほぼ同年に生まれていた。
ベイスタートは人間の歴史本、特に戦略的な話が好きで参考にしていると言う。
「人間達が研鑽を重ねた叡知は素晴らしい。あんなに非力な人間も協力することで岩を砕き、海を渡り、多くを殺めたり救ったり出来るのだ。ドラゴンのような大きな種はいつか個体が減り滅びるかもしれないが、人間は生き延びるかも知れない。そう空想するだけで、楽しくなるんだ。ドラゴンなのに可笑しいかな?」
「いいえ、ちっとも可笑しくないですわ。魔素も年々減少していますし、何れは魔素が必要な生き物は途絶えるのかも。それでも私達は生きていくのですもの。……実は私の弟も魔力不足で人化しました。もうドラゴンには戻れません。それでも元気に過ごしています。だから何とかなりますわ」
「……そうなんだね。でも元気で良かったですね。希望はなくならないってことだもの。ああ、こんな風に話せて楽しかった。ありがとうウミナリさん」
「こちらこそですわ、ベイスタートさん」
そんな出会いがきっかけで、その後も文通が続いている。手紙の宛先はベイスタートの友人の協力で、人間の友人宛に届くようにしていた。
本の会話から日常のことなど、交わす言葉は人間と変わらない。
共に暮らすことも考えたが、姉がきっと邪魔をする未来しか見えない。ああ見えて極度の寂しがりやのシスコンなのだ。
けれどウミナリは決意する。
「彼にジャームンサンドに来て頂き、抑止になって貰いながら情報を探ろう。そして何とか落としどころを見つけなければ」と思った。ラリサやカザナミにも協力を仰ごうと。
さすがに今の状況では、ライメイもベイスタートの来ることを反対できないだろう。
◇◇◇
その数か月後。
ここはマンションのウミナリの部屋。
いろんな思惑が交差したウミナリはベイスタートと相談し、ベイスタートを恋人としてみんなに紹介することにしたのだ。
「私の愛する人、ベイスタートです。みんなよろしくね」
紹介を受け、恭しく礼をする彼。
「こんにちはみなさん。ベイスタートと申します。私はララストリーゼから来ましたドラゴンです。以後お見知りおきを」
ウミナリと同じように優しげな風情の彼に、1人を除いてみんなが好感を持った。
「良かったね、ミナさん。お幸せにね」
「漸く落ち着けるね。ふふっ、照れてますね可愛いわ」
「もう姉離れしても良い時期だったんだよ」
「そうそう。俺だって自分の家事くらいもう出来るぜ! 姉さんも頑張る時が来たんだ」
他にもモロモロと、歓声が多くあがっている。
「ふんっ。お幸せになんて、気が早くてよ。身籠った訳じゃあるまいし」
悪態を吐くライメイだが、2人の仲は彼の兄弟も認めた正式なものだ。それにカザナミもとっくに同意している。ドラゴンには結婚の概念はないから、ほぼ夫婦の扱いだった。
皮肉にも最後に背中を押したのは、ライメイのやらかしだった。国家間の争いを防ぐ為ならと、周囲も祝福したのだ。
そして 「これから私の身の回りはどうするの! 今まで通りミナさんがやるのよね!」 と騒ぐライメイには、ララストリーゼから援軍が来ていた。
それはベイスタートの兄(独身)、スチアート。燕尾服を着て、銀のモノクルをかけた隙のない微笑みを浮かべる美丈夫。ちょっとドSっぽくて雰囲気が少し、いやかなり怪しい。
「心配なさるなウミナリさん。ライメイさんは私がキッチリと調教、じゃなくて自立出来るように援助をしていきますから。そういう訳でよろしくね、ライメイさん」
「い、嫌よ、こんな男。絶対変なぐっ、離して」
騒ぐ先から、皮の黒い手袋をした長い指で口を塞がれるライメイ。
「グヌヌ、ちょ、待って、やめ、グハ」
「やれやれ、言葉遣いからですか。先は長いですね。くふふっ」
暴れるライメイを押さえ込み、楽しそうな声をあげるスチアート。
それを見て、周囲からは 「おお~」 と歓声が沸き上がる。
「貴方なら安心だ。ライメイさんをよろしく」
「うん、ライメイさんより強いみたいだし、家事を教えてあげてね。今まで全部ミナさん任せで大変そうだったから」
「頼りがいのある先生が来て良かったね。お部屋もライメイさんと同室で良いのですって。ミナさんがいなくなっても防犯面も完璧ね」
好き勝手なギャラリーに睨み付けるライメイだが、スチアートに抑えられているので迫力は皆無だ。
ちなみにドラゴンだと知られているライメイに、人間のお手伝いさんなど来る訳がない。ウミナリにならともかく、ライメイは怖すぎる。
(いつか離れる日は来るのだから、自立する良い訓練になるだろう。
ミナさんは世話を焼き過ぎた。
今は黙って教育を受けさせるのも愛だよ。
あんな風になったのは、甘やかしたミナさんのせいもあるから、ここは黙ってスチアートさんに託そうな。
優しいミナさん、幸せになってね)
ライメイが怖くてみんな心の中で呟くも、表情に表れたそれに気づかないはずもなく。
憤るライメイと吹き出しそうなスチアート。
(ああ、本当。ベイスタートの言った通りだ。暫く退屈しなさそうだ。愉快過ぎ~)
(あいつら~、絶対後悔させてやるんだから!)
「それではライメイの具合が悪そうなので、ここで私達は失礼しますね。では」
「な、なに、勝手に、ぐぬ、ウミ、ナ、リ」
「はい、はい。邪魔しないの。行くよ」
引きずられ退室するライメイ達を無言で見送る一同。
そして内輪だけのパーティーは、ウミナリの部屋で楽しく続けられたのだった。




