地味顔の魔女は、弟に叱られる
「何やってんですか! 姉上に王太子妃なんか務まる訳ないでしょ」
ウィリアムはお茶会の翌日、家族で囲む朝の食事中私に怒鳴っていた。
感情を面に出さない教育を受け、スマートにそれをこなす彼にしては珍しいことだ。
メアリーは「みっともないわよ、ウィリアム。 お話があるなら、食べてからになさい」とちょっと悲しげに話す。
昨日は散々慰めて復活したが、この話はまだキツイらしい。
本当、メアリーのせいじゃないから。
妹のイゾルデは「お姉ちゃまに怒ったら、メーなの」と私を庇って兄に向かい頬を膨らませ、場を和ませる。
可愛さこの上なしである。
夕刻に近い時間、王宮から書簡が届く。
王と王妃の連名である。
恐る恐る家族で中身を確認する。
4才のジョージから下の弟妹は、内容を聞いても解らないだろうに、ブルーノとメアリーの膝や肩にしがみつき離れない。
私の膝の上にはもうイゾルデが座して、ブルーノが書簡を読むのを待っている。
内容を端的に言うと、王子の護衛を兼ねて婚約者になって欲しいとのこと。
オウギワシの際私の動きを見て、敵に油断を誘える護衛になると踏んだらしい。
どうしても嫌なら、黒幕が判明後に婚約を解消出来るとも書いてあった。
どうやら婚約は断れないも、黒幕が判明すればセーフのようだ。
「何安心してるんですか姉上! 黒幕が見つからないままだと、ずっと婚約者なんですよ。 そのまま結婚まで行ったらどうするんですか?」
本気で心配してくれて、本当に良い子。
そんなウィリアムを手招きして呼ぶ。
隣に座ってもらいニコッと笑いかけ、「いつもありがとう」と言って髪の毛をわしゃわしゃする。
昔から喧嘩をしても、このわしゃわしゃができれば仲直りの印なのだ。
心配してるだけだって解ってるけど、コミュニケーションって大事よね。
「本当、目を離すとすぐこれだ」と満足する私の横で、何か呟いているウィリアム。
結局の所、表向きは王子を救った功績での臨時の婚約者候補と公表するようだ。
勿論それだけで、未来の王太子妃何れは王妃になるかもしれない者を選ぶのなら不満もでるが、その他にも2名の候補を選出したことで、注目は減らせるだろう。
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『王妃の思惑』
最近王都に、魔物の出現目撃が多発している。
人が来ると逃げるようで、大きな被害には繋がっていないが、国民の恐怖心は日々募っている。
そして今回出てきた魔物は、凶器を付けたものだった。
さらに明確に王子を狙う蛮行を犯した。
私は、エリザベートに王子の護衛としての役割を期待している。
それは息子のニールを守ってくれた王太子妃アナスタシアのようにと。
私は強い女が好きである。
歌劇に出てくる男装の麗人が、王妃を守る物語は今も胸を熱くする作品だ。
オウギワシをぶっ飛ばす姿に心を鷲掴みにされたことを、王へ延々と話しエリザベートを手元(婚約者)に寄せたのだった。
はっきり言って婚約云々は二の次で、本当の所自分の侍女にしたいくらいだ。
私が一番に推すアナスタシアの第一王子ゼフェル。
アナスタシアを気に入っているだけではなく、ゼフェルには人の話を聞けるという長所がある。
ゼフェルは決して天才ではないが、努力ができる人である。
周囲が優秀な者で囲まれるならば、王は良く聞き問題を議論させる司会者に徹することが望まれる。
勿論最終責任は王となるのだが。
簡単に言うと、第二王子ロビンはその逆である。
頭脳明晰で何でもできるが、それ故自分を過信し相談しない。
独善的なことが多い。
王の器には向かないのだ。
ゼフェルがいれば、ロビンを推すものは少ないだろう。
だが王太子妃に敵対心を燃やす第二王太子妃は、優秀な息子を王位に就けたい。
第一王太子妃争いに負けた悔しさを、息子で雪ぎたいのだ。
まずいことに王太子の寵愛はジリアンにある。
ニールが王となれば、ロビンを王太子に就けやすくなると考えるだろう。
問題はゼフェルだ。
暫定王太子に確定しているので、何らかの瑕疵がなければ覆すのは難しいだろう。
しかし、もしないならば作れば良いと唆す輩も出てくるだろう。
油断できない。
市政での誹謗中傷の噂は、王家の影があれば即立ち消える。
メイドに盛らせた毒薬は、耐性のある王子には効かない。
直ぐにジリアンの手の者だと解る。
解るが侯爵家が背後にいるので、迂闊に手も出せないのだ。
証拠固めが必要だ。
それにしても実家が侯爵家の令嬢なのに、何故影の存在を理解していないのだろう。
護衛で王族に就く影が全てを監視しており、悪事は影により主君へ報告される。
その答えはあまり勉強が好きでなかったからである。
王家だけでなく有力な家門は、影の者を雇い情報収集や守護、時に暗殺等を依頼する。
それは自宅で歴史や社会情勢として学ぶのだが、聞いていても抜けたんだろうきっと。
良く第二王子ロビンが賢く生まれたものだ。
ロビンはマザコンであり、母の言うことだけは逆らわない。
桃色髪水色の瞳で美しい容姿の母、王太子妃に対しての卑屈に怯える態度も可愛らしく、庇護欲を唆られていたのだ。
後継者問題はどの時代にも苛烈なものである。
理をきちんと弁える者であれば、あからさまに次期王太子を狙うことはなかったはずだ。
残念である。
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ウィリアム(5才)、ジョージ(4才)、イゾルデ(2才)は、今日も王宮でもらったお菓子をティータイムで頬張る。
シーラ(1才)はまだお菓子が食べられないので、エリザベート(ラリサ)とお散歩に行く。
「魔法使わないでの護衛は難しいな。 なるべく皆と一緒に行動しなきゃね」
と心に決めたラリサだった。