ジリアンとガールナ
「私達と話がしたい? 失礼だけど、貴方と会うのは始めてよね。この国で暮らしたことがあるのは高祖母ドギェルだけで、私達がここに来たのは最近なのよ。………ご用件はいったい何なのでしょうか?」
知らない男性に呼び止められ、名前を呼ばれたジリアンは不審そうな顔を向ける。身構えながらも用件を聞き出そうとし、何とか丁寧に装い声を発したのだ。
「何だと、このアマ。サーシャル様に向かってそんな口聞きやがって。あぁん? ブッ殺されてえのか? このくそ生意気野郎が!」
「ちょっとイートン、ストップだ。お前が喋ると、話が進まないし拗れるから」
「な! だってサーシャル様!」
「良いから、黙れ!」
「………はい。了解です」
外務大臣サーシャルは、魔界にジリアンとガールナが現れた時に早速接触を図った。一応腕にだけは覚えのある、ポンコツ諜報員イートンを連れて。
一応役職と名前などを自己紹介をするが、この国のことをよく知らない彼女からすればポカンである。
ちなみに。
サーシャルは紺のダブルスーツを着て、黒髪を後ろに撫で付けた仕事ができるサラリーマン風で、イートンは紺デニムのパンツに、緑のハイビスカスのアロハシャツを着たヤンキー風。焦げ茶のサングラスを髪の生え際まで上げていた。若頭と舎弟風である。高位貴族だけあって強い魔力を持ち、それぞれ美形で怪しい色気も内包していた。
そしてジリアンは、ピンクプラチナの髪をポニーテールにし、瞳と同じ色の水色の楽チンワンピースと青のペッタンコのパンプスを履いていた。
ガールナは亜麻色の髪をウルフカットにし、赤い瞳と同じルージュを塗った派手めの化粧をした黄土色のワンピース姿だ。茶の編み上げブーツは堅く殺傷力がありそう。一見すれば素朴妹とバリキャリ姉的に見えなくもない。同じく美女である。
ジリアンが根城にしていた場所は、グリッドイメロディ国にある。
岩をくり抜いて出来た蛇の巣穴までは、ブラックゴルゴスネークの形態で移動するが、暇潰しに魔界の街を見て回る時は当然ながら人間の姿である。
魔族も人間も姿はほぼ同じなので。
もしかしたら、遠い昔に魔界から魔素のない場所へ移り住んだ魔族が、始めの人間だったのかも知れない。
ブラックゴルゴスネークという魔物になったジリアン達は、当然ながら人間ではない。
だからこそ、濃い魔素の渦巻くグリッドイメロディ国でも平気なのだ。
そんな彼女達の後をつけて声をかけたサーシャルは、ジリアン達から見れば怪しさしかない。分かりやすく言うと、水商売のスカウトのようだった。
正体を隠し、わざわざ人目につかないように移動していたのに、台無しである。
けれどサーシャルとイートンの後ろに、彼ら2人とは桁違いの強さで、オーラを隠さない男もこちらを見ていた。
今のジリアンから見れば、そのオーラもたいしたことはないが、街中の民達はその圧迫感で失神する者も続出していた。長い金髪の髪を肩まで伸ばし、掻き上げる姿はナンバーワンホスト的な甘いルックスの持ち主だった。瞳も金色でゴージャス感満載である。
ジリアン達のオーラも半端なく強いものだが、初期の段階でライメイにオーラ制御を習い身に付けていた。今の制御状態を解けば、軍配は彼女達に上がるだろう。
その男も、今まで抑えていたオーラを急に解放したようで、サーシャルも後ろを振り返った。そしてうやうやしく礼をする。それに倣ってイートンも礼をした。
「ジャスパー様。いらしていたのですね。失礼ですが護衛は?」
ジャスパーはにこやかに微笑んで答える。
「俺より弱い護衛なんて、意味ないだろ? 違うか?」
「そ、それは、しかし………。まあ今回はもう良いです。私共と参りましょう。良いですね」
「オッケー、オッケー。それで良いよ」
「受け入れて頂き、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
自分達そっちのけで、ジャスパーなる人物に頭を下げるサーシャル達に辟易する。
(何処に言っても身分の差はあるのね。まあ私はその輪から抜けられたけれど)
そんなジリアンはガールナと目配せし、気配を消した。
面倒くさそうなサーシャル達を待つ義理は、彼女達にはないから。
ブラックゴルゴスネーク、イリヤ、ジェダイの魔法を彼女達は使えるようになった。幸いなことにそれらは、彼女達を舐めていたライメイから直に習得したものだ。
「せっかく作ったのに、すぐ死んじゃうとつまんないですからね。精々、生き残って頂戴。私の為に。おーほほほっ」
いつも傲慢で上から目線だったライメイだが、ジリアンだって貴族世界を生きてきた女だもの。利用できる者は撥ね付けず、下手にでながら機嫌を取りまくった。だって魔物になるのは始めての経験だから。
そんなこんなでライメイを煽てつつ、スキルを順調に得ていったジリアンとガールナは先日ライメイを倒した。
あの後ライメイは、ドラゴンの巣に戻った痕跡はない。やはり負けたことが屈辱だったようで、グリッドイメロディ国の巣は放棄したようだ。
これ幸いにと、ジリアンとガールナは卵をそこに産みまくり、魔獣を増やしていった。山頂の巣は広大で緑が多く、野生の魔物の宝庫である。産んだ後の卵から孵った幼生体でも多くが生き延びることだろう。
そしてジリアンが産んだ卵から孵った魔獣や魔物達は、彼女の持つ魅了の効果のせいなのか、ジリアンとガールナを攻撃することはなく、命令や声かけに従う。
産んだ魔獣が野生の個体と交配していけば、その後に産まれた魔獣の支配は弱まるが、直にスキルを使えば簡単に従わせることは可能だった。
今まであったライメイが山頂に張った結界を、ジリアンは自分やガールナ、そこに暮らす猛獣・魔獣達用に対象を変更しかけ直す。これでもうライメイ(とウミナリ)はここに戻れなくなった。
他にも巣はあるし、勝負に負けた場所には来ないだろうけれど、所業を知ればきっと怒り狂うことだろう。
それでもジリアンには負ける気はないが。
ついでにここにマーキングしてある、転移座標も消してしまった。突然襲撃されても迷惑なので。
なんて感じで、着々とグリッドイメロディ国の一部を占拠し始めたジリアンとガールナ。
勝手な占拠には閉口のサーシャルやジャスパーだが、強い魔獣達の登場で、魔素が徐々に増え始めたのだ。
ジリアンとガールナが産んだ魔獣達は、基本放置で弱肉強食を勝手に繰り返し繁殖もしていく。それに構わず彼女達も産みまくっていくので、魔獣の分母が増えたのだ。
ジリアンの結界は、山頂の生き物を守るが出ていくのは自由である。その魔獣達が別の土地へ行き更に繁殖していった。
結果として魔族も魔獣を食し、充満する魔素を浴びて魔力を増していく。
ジリアン達のお陰で、グリッドイメロディ国の魔力の底上げに繋がっていったようだ。
以前は毒のある魔物は食べなかった魔族達だが、人間の国でされていたように、毒浄化して食べ始めた。
「お、美味しい。毒のある魔獣、美味でございます!」
「毒なしより、良い。たまに珍味みたいなのもいるし」
なんて感じで食わず嫌い? が解消され、多くの魔獣が捕食されていく。
毒のある魔獣や魔物側も迂闊に暮らせなく、強くなり凶暴化していく。そしてそれを狩って食す魔獣や魔族も、戦いを繰り返すことで強くなっていくのだ。
ジリアンとガールナは自分の味方の魔獣を増やす為に。
サーシャルやジャスパーは国に魔素が溢れ、魔獣を食して魔力が強くなったことで、彼女達の行動を勝手に歓迎していた。
軍務大臣のアルファードは魔獣の増加に、嬉々として討伐隊を編成し、有益な狩りと実践訓練を行えるようになった。今までのような閑職から一転、民を守る英雄になったのだ。
国王ハイルリヒはそれに気づかず、宰相アイドステルはその原因を後手後手ながらも調査し始めた。
本来外務大臣であるサーシャルやイートン、王太子であるジャスパーが報告をあげるべきであるが、そうしなかった。
彼らはもう、国王と宰相を見限っていたから。
何とかもう一度きちんとジリアン達と接触し、国王達より自分達に協力を頼もうとするサーシャル達なのだった。
◇◇◇
でも良いのかな?
彼らより遥かに力を持つ彼女達だもの。
誰も制御出来ないのに。
ブラックゴルゴノプスドラゴンの、ライメイさえも負けたのに。
何か旨味あっての協力要請なのだろうか?
そんなサーシャルとジャスパーには、一つだけ隠し玉があった。それを彼女が望むかは分からないけれどね。
◇◇◇
そんなこんなで、ジリアンの思惑とは関係なく、グリッドイメロディ国は魔力の底上げや戦力の増強がされていくのだった。
「ねえ、お姉様。結局あのイケメン達は何しに来たのかしら?」
「さあねえ。やっぱりジリアンが可愛いから、交際の申し込みとかじゃないの? 婚約者とか、奥さんにしたいとか」
「そうかなあ? あのアロハシャツの人は、女衒っぽいと思ったわ。後ろ暗そうなことしてそうな雰囲気よ」
「ああ、あの子か。ちょっとつり目の。私からしてみれば、可愛いボクちゃんって感じだったけどね」
「可愛い、かしら? 育ちはあまり良くないみたいに見えたわ。粗暴と言うか」
「確かにまあ、ねぇ。でもジリアン。私達はもう、誰にも負けない力を得たわ。そんな私達からすれば、あんな奴ら気にするまでもないのよ」
「そう、そうよね。やっぱり人間の時の感覚が抜けないせいね。こんな時にはスネークに戻って、卵でも産みましょうか? 自分の体と能力をきちんと自覚しなきゃ」
「そうだね、そうしようか。もう5体くらいは結構強い魔獣も育っているし、それと同じ魔獣同士の組み合わせでまた産んで見ようかな?」
「良いですね。フェンリルとブルーレッドコンドルの配合は綺麗でしたわ。白銀のフェンリルに赤い大きな羽根が這えて、大空を飛びまわれるのですもの。羽根は背中にピタッと折り畳んでくっつくから、邪魔にならず走りだせるのも素晴らしいし」
「そうよ。それに強いの。後はペガサスも乗せてくれるから、移動に便利だしね。礼儀正しいし、賢いわ」
「ふふっ。それにしても不思議ですわね。魔獣なんて人間の時は敵でしたのに」
「本当にね。立場が変わると、環境も変わると言うのは本当だね」
「ええ。まあ私達の場合、人間まで辞めちゃいましたし」
「………後悔してる?」
「まさか、冗談ですわよね。私は力とお姉様をも手に入れたのに。今さら戻れても戻らないわ。お姉様は?」
「私も戻らないさ。今、とっても幸せなんだ。お前のお陰だよ、ジリアン」
「ありがとうございます。………お祖母様」
「泣くんじゃないよ、ジリアン。私は絶対離れないから。何があってもね。さあ! これからもジャンジャン産んで、たくさん味方を増やすよ!」
「まあ、お祖母様ったら。ふふふっ」
「そうそう。あんたはいつも、そうやって笑っていれば良いのさ」
ガールナは優しく微笑み、ジリアンの手を包み込んで温もりを伝えた。いつの間にかお祖母様呼びとなり、子供のように甘えるジリアンは何か歪だった。
まだまだ残る辛かった頃の感情を癒やしながら、今はゆっくりと進み続ける2人なのだ。




