城に戻ったジリアン
「ニール(ブロディ)様、アナスタシア様。長く城を留守にし、申し訳ありませんでした。無事に回復し、本日戻りました」
一月が経つ頃に城へ戻ったジリアンは、2人の前で華麗なカーテシーを見せた。
「回復したようで、安心しましたよ」
「ロビンのことは済まなかったな。どうしても国に留められなくて。元気にしていると連絡は来ているよ」
「………それは良かったです。多忙な時に愚息のことでご心労をかけてしまい、申し訳ないですわ」
汐らしい様子の彼女に、2人はそれ以上何も言えなかった。もっと言い返されることしか、想定していなかったからだ。
彼女の溺愛していたロビンが隣国へ行き、落ち込んでいたのは誰もが知る事実。
憔悴した彼女に対して、気軽に声をかけられる者は少なく、また離れていく者も多かった。
ただジリアンは魅了をスキルとして持つ為、少しでも好意を持つ男性からは、変わらずに好感を持たれていた。反面、女性には嫉妬を向けられていたが。
以前と違うことはまだある。
時々登城するドラゴン姉妹の姉ライメイと、彼女の私室でお茶会をしていることも見られるようになり、お洒落に関心を持ったのだろうと思われていた。
理由の一つに、療養から戻った彼女は肌もきめ細かくなり若々しくなっていたからだ。今度は美容関係に関心が向いたのだと。
あまり多くの予算を使わないようにと、財務の職員が思うくらいで、それ以上の繋がりなどを考える者はいない。
傍に仕えている20代後半から30代くらいの新しい侍女は美しく、生家の侯爵家から連れてきたのか侍女の給与は城の資金には計上されていないようだ。
桃色の髪と赤い瞳の美女は、どことなくジリアンに似ており、血の繋がりのある分家筋のものなのかもしれないと思われていた。ジリアンの祖母と考える者は皆無だ。
ヒステリックさはなりを潜め、穏やかに侍女と話す彼女は公務を早々に熟し、時間がある時は教会に出掛けて行く。
落ち着いた衣装で出歩く姿は、第二王妃として恥ずかしくないものだった。今までが痛い感じだったせいもあるが。
「以前とは全然違うな。急に大人しくなって。彼女大丈夫なのか、ブロディ?」
「………声をかけても、何でもないって。僕を見てももう、愛情も憎しみも向けてこない。諦めているようにも見えた」
「そうか。それほどロビンのことは参ったのだろう。いきなり手放すことになれば、辛いな。私もそろそろ子離れしないとな」
なんて夫婦で話し合うブロディ(ニール)とアナスタシアだが、ジリアンの心にあるのは解放感だった。
傍にはいつも信頼する祖母ガールナもいる。
以前の孤独な彼女は、もう存在しないのだから。
彼女はライメイから依頼された卵を、魔界に渡り定期的に産んでいた。
夜間ガールナと共に散歩を擬装して庭に赴き、そのまま気配を消して城外に出て森まで歩き、暗闇の中でブラックゴルゴスネークに変化する。
2人は気配を消したまま、スネークの形態で移動を行う。
カザナミは全長8mで高さ10mだが、ライメイは15mで高さ20m。2人の全長は20mで直径は5m程で、とぐろを巻いて首を伸ばせば、ドラゴン形態のライメイと顔を会わせられるのだ。
ただし気配は消せても音は消せないので、彼女らの通った後は土が抉れている。海や川は泳いで渡るので足跡は途切れるのだが、謎の生物がいると密かな噂になっていた。
けれどジリアンとガールナは、ライメイに一つ嘘を吐いていた。
「卵を産むのは良いけど、他の魔獣を丸呑みするのは怖いわ」と。
本当はスネークの体を得た時、その本能まで受け継ぎ恐怖心はなくなっていた。
けれど自分達が産んだ魔獣を、ライメイに屠られるのが嫌だったのだ。
だが上から目線で人間を理解していると言うライメイは、「まあ仕方ないわね。人間の貴族だった女性には、受け入れ難い状況でしょうから、急がなくて良いわ。今は卵だけ産んで頂戴。魔獣のことは追々でね」
知ったか振りをしたライメイは、寛容した言動で安心を誘う。ドラゴンは賢いが傲慢だった。けれどシビアなウミナリがいれば、きっと言動から悟られていただろう。
最近もライメイとウミナリは人間界で遊んでいるから、魔界にはあまり来なかった。
だからこそジリアン達は、ドラゴンの巣とは別の洞窟(蛇の巣穴)で有精卵を産んでいた。
強そうな魔獣を丸呑みし、その卵巣と精巣を遮断空間(全てから遮断され、時間さえ停止する空間)にストックした。そのストックから卵細胞と精子を組み合わせ産卵した。
当初は精巣を取り込めば有精卵になると言われていたが、それならば自分の意思で魔獣同士の組み合わせを作れるのではないかと思ったからだ。
それと同時に、やはり自分達の卵細胞を使い魔獣を産むことに抵抗を感じたのだ。祖母であるガールナに産ませることにも同様に。
だからこっそり、ジャームンサンド国にある魔石の山(未処理の山)を訪れて、2人で多くを呑み込んだ。魔力が更に増したことで、能力を以前より操作しやすくなったのだ。どうしてそう思ったのかは、もう本能としか言えないのだが。
そうして産んだ魔獣達は、ジリアンのスキルである『 魅了』 で支配下に置き、彼女達が魔界に渡ると服従を示したのだ。
受精卵は魔獣同士のものでも、母体はブラックゴルゴスネークなので、同じ種類の魔獣よりも格段に魔力が強い。
ジリアン達の産んだ魔獣達は、一部の地域を支配下に置き、他の魔界生物と交わり増殖していく。
ライメイに気づかれずに、ジリアン達の仲魔が増えていくのだった。
◇◇◇
ジリアンの変化に気づく者は少ない。
それほどまでに注目されていない、第二王妃だったのだ。
その1年後、ジリアンの父ナシンが病死した。
後ろ盾のない第二王妃は、さらに影響力がなくなっていく。
もうこの頃にはジリアンとガールナは、王城では静かにひっそりと暮らしていたから、更に目立たない存在になっていた。
ジリアンは父侯爵の葬儀で涙し、侍女と共に泣き濡れた姿を見せた。彼女の兄が後を継ぎ、兄と折り合いの悪いジリアンは生家に帰ることがなくなった。
そして彼女はニール(ブロディ)に離婚を望んだ。
控えめでひっそり暮らす彼女には、もう王宮にいることが辛いのだろうとそれを許可する。
「お世話になりました。お元気で」
「………僕は君の力になれなかった。いろいろとすまなかったね」
「いいえ。そんなことはありませんでしたわ。お元気でいて下さい」
ニール(ブロディ)は、彼女が十分に生活できるように資金を持たせた。まだまだジャームンサンド国の経済は潤っていたから、できる限りの金銭を。
それに感謝し、ジリアンとガールナは去っていく。
ひっそり明け方に去りたいと希望され、ニール(ブロディ)は馬車だけを用意した。手荷物を3つほど馬車に積んだ彼女達をニール(ブロディ)、アナスタシア、ゼフェル、サマンサと侍女長と執事長達だけで送り出した。
「役に立たなかった第二王妃だから、見送りはいらない」 と言うジリアンの言葉に従ったのだ。
いらないと言われても、自分達だけはケジメとして送らせてくれと願ってこのメンバーになった。
「皆様、お元気で。いろいろとご迷惑をおかけしました」
ニール(ブロディ)やアナスタシアも、体を労る言葉をかけ目を潤ませた。なんだかんだで共に過ごして来た3人なのだ。
「寂しくなりますわ。貴女は力(戦う方)が弱いのに、怯まないで真っ正面で向かってくるから、嫌いではなかったですよ」
「たまには手紙をくれよ。困ったら、頼ってくれ」
「ありがとうございます。それでは」
寂しく微笑んで頭を下げる彼女は、ただただ上品だった。昔の苛烈さは微塵もない。
彼女も侍女も、最後に礼をして馬車に乗り込んだ。
港まで行き、そのままクリンアンパーン国へ向かうと言うので、馬車はそこまで送って行く。
「いつから片付けていたのか、彼女の部屋には何も残っていなかったな。侍女もガールナ1人が仕えていただけだと聞いた」
「この日に向けて、準備していたんでしょうか?」
「………分からない。けれどここは、彼女には住みにくい場所だったんだろう。………僕は第二王妃を娶れる、甲斐性のある男ではなかった」
「父上………」
彼女の去った後は、しんみりとした空気が漂っていた。せめて今後の生活が幸福になるようにと、祈ることしか出来なかった。
◇◇◇
「お祖母様。やっと解放されましたね」
「ああ。城は窮屈だったよ。肉体が若返ったから良いけど、よくみんなあんなに働くもんだよ」
「それが仕事ですからね。王宮で働けるのは名誉なんですよ」
「そんなもんかね? 私はたいした暮らしはして来なかったけど、自由だけはあったからね」
「これからは自由ですわ」
「そうだね。ただ月に1回、魔界で卵を産まないといけないから、それが面倒だ」
「それは私も思ってました。ねえ、お祖母様。今度魔界に行ったら少し多めに滞在して、たくさん卵を産みませんか? それで遮断空間に保管すれば、すぐに何処にでも行けますわ。どうせライメイは居ないんですから」
「それは良いね。もう城に居なくて良いからね。1月くらい滞在してみるかい?」
「ええ、良いですね。卵さえ置いておけば不満はないようなので、一気にたくさん生んで小出しで置いて去れば拘束時間も減りますし。どうせライメイから見れば、卵なんてサプリくらいの価値しかないのですわ。成分なんて薄くて良いから、生んでしまいましょう。
どっちかというと、私達の魅了した魔獣達の方が気になりますわ」
ちなみに王宮の荷物は、ブラックゴルゴスネークのスキル 『遮断空間』 に放り込んである。何処でも出し入れ可能だ。
「あ、そうだ。ロビンの様子は見に行くのかい?」
「そうですね。せっかく船に乗ったから、行きましょうか? 帰りはスネークになって、海を泳げば速いですしね」
「そうだね。その手があった。つい人間の理屈で考えてしまうよ」
「私もですよ。でもそうですね。私とお祖母様が変化すれば、どこでも敵なしで野宿可能ですよ。
あとお祖母様の呼び方ですが、侍女の時と同じように、ガールナさんと呼んで良いですか? 若しくはガールナお姉様で。今はお祖母様と呼ぶのは、違和感がありますもの」
「確かに。あんたと年が変わらなく見えるものね。じゃあ、お姉様と呼んで貰うか。長いからガールナは要らないよ」
「ふふふっ。はい、お姉様」
「あちゃあ、なんかくすぐったいね。まあ、良いか」
「ふふふっ」
「はははっ」
正直言って、嫁にメロメロな息子を見るのも面白くないので、さっと帰って来ようと思うジリアンだった。今は他のことで忙しいくらいだから。
彼女達の身体能力は、魔界の王子と貴族の体、ブラックゴルゴスネークに加え、自分達の持つ能力が加わっている。そしてジャームンサンド国の魔石にも手を付けた。
実はドラゴンであるライメイを凌ぐポテンシャルを秘めている。おまけに彼女達の産んだ魔獣達も増えつつあった。
表向き人間界のニール(ブロディ)達も、正体がばれないうちは敵には回らないだろう。生家は父がなくなり、侯爵家には助力して貰えないと割りきっている。
考えて見ると、以前より味方が増えたかもしれないと思うジリアンだ。
もうただの人間には戻れない。
あくまで人外で魔物と言われる存在になった。
けれどそれが、とても心地良いのだ。
吹っ切れた顔の孫を見て、微笑む祖母も嬉しくなる船上。
波も穏やかで、青い空は何処までも広がっている。
ガールナは思った。
(案外、魔界観光も良いかもね。人間のままなら見られなかった景色だし。城を開けられなかったから、殆どドラゴンの巣とスネークの巣穴しか見てないしね)
なんてずいぶん呑気だった。
彼女達は気づいていなかった。
魔界にとって自分達が、十分に脅威になっている存在になっていることを。




