地味顔の魔女は、お菓子をもらう
「くわぁあー」良く寝た。
伸びをしながら勢い良く起き上がると、いつもの見慣れた景色と違うことに気づく。
「あれ? また死んだんだっけ?」
そんなことを呟きながら、いつ死んだのか考えていると声がかかる。
「貴女は死んでない。 誰よりも生き生きしているのに、なんでそんな発想になるんだ。 記憶が混乱しているのか?」
入り口付近に王子と護衛騎士が立っていて、心配そうにしている。
王子の左頬にはガーゼが貼られており、先程の出来事が蘇る。
「あぁ、申し訳ありません殿下。 とんでもないことを致しました。 どうか咎めは私だけにお願いします。 家族はお許しください」
ベッドの上で土下座して懇願する。
王子を殴るなんて大地雷。
本当、殺すなら私だけにして!
王子は優しく微笑み、「私を救ってくれた者を害することなどしないよ。 貴女の体も医師から問題ないと言われているから、体調が戻り次第今日は帰ると良い。 後日、魔物目撃の詳細を聞く為に再び登城してもらうことになるから」
そう言うと私の傍らまで来て跪き、「助けてくれてありがとう。 あのまま襲われていたら、死にはせずとも深い怪我を負っただろう。 あのワシの魔物は訓練を受けていた使役獣のようだ。 両足のクナイには速効性の毒が塗られていて、触れただけでも相当のダメージがあったはずだから」と、さらに言葉をつぐむ。
おお、一先ず怒っていないようである。
良かった。
ほっとして王子を見ると、幼さは抜けないが顔立ちは整っていて、イケメンと言われる部類である。
金髪碧眼の王子然とした容姿と振る舞い。
しっかり教育されているね。
このまま良い王太子になっておくれと、エールを贈る。
そう言えば、メアリーは何処だろう?
きょろきょろしていると、「すまないな、ファンブル公爵夫人は父上達に呼ばれてここを離れているんだ。 気を失った君のことをとても心配していたよ」
そうか心配かけちゃたね。
普段魔法は使わず過ごしていたから、暫くぶりで疲れちゃったみたい。
肉体年齢もあるのかな?
でももう元気だから、心配しないでねメアリー。
王子は少し躊躇いながら、再び口を開く。
「貴女はどこかで武術を学んでいるのだろうか? あの魔物の扱い凄いなと思って」
王子は目を輝かせて返答を待っている。
う~ん。 魔法のことは内緒にしたいし、どうしようかな?
うん、ブルーノを武術の達人ということにして、私も修行中ということで良いのでは?
万が一王子が修行を見に来たら、魔法で補助すればいけるでしょ。
だってこの国に魔法使いは居ないから、ばれないはず。
「父に教えをいただいています。 強いんですよ」
ちょっと煽り気味だが、矛先を反らすにはこれくらい必要でしょ。
ああ見えて、ブルーノ結構強いしね。
「それは羨ましい。 支柱で魔物を打ち落とすのは、テコの原理を利用するとしても、基礎筋力がないと出来ない芸当だ。 その服の中に隠れている二の腕は、さぞかし鍛え上げられているだろうなぁ」
王子は憧れの騎士でも見るように、私の二の腕を見つめている。
ちょっと、いや結構変わってるね。
まあ、人の性癖には深く突っ込むまい。
淑女の笑みで濁すまでよ。
それにつけても、あ~あ~お茶会のケーキ食べ損ねたぁ。
お肉も食べたいなぁ。
お腹すいたなぁ。
そう思っているとグウゥ~とお腹が鳴る。
瞬間、王子と目が合う。
笑うのを我慢した愉快な顔になっているよ。
恥ずかしいな、もう。
「朝から準備して疲れたのだろう。 茶会でもアンジェリーナに絡まれていたようだし。 お礼の分も加味して、たくさんお菓子を持たせよう。 中止になって出さなかった物を君に贈るので、弟妹と食べてくれ。 王宮のパティシエの料理は旨いから喜ぶだろう」
王子がそう言うと、直ぐに護衛騎士がメイドに指示を出している。
ちょっと恥ずかしいけど、弟妹達にお土産が出来たから良いことにしよう。
そんなやり取りをしていると、メアリーが戻ってきた。
メアリーは私を抱きしめると、無事で良かったと深い息を吐いた。
体に異常なく帰宅の許可を得たことを伝えると、相談事もあるので速やかに帰りましょうと、私を抱え立ち上がった。
若干顔色が悪い気もするが、邸に戻れば回復するだろう。
私達は王子と護衛騎士に向けて、完璧なカーテシーを見せて場を後にした。
馬車の席に向かい合わせで乗り込み、自宅までの道中でメアリーは手で顔を覆い泣き出した。
「ラリサさんに王子の婚約者の打診が来ました。 私は遠回しに断ったのですがダメでした。 申し訳ありません」
そう言うと俯いている。
私はメアリーの横に移動し、背中を撫でて慰めた。
今回お茶会は中止されている。
全員呼んだのに、挨拶も出来ていない者達もいる。
「大丈夫よ、メアリー。 まだ王家は完全に決めきれていないはず。 それに今日来た母子全員と挨拶を交わす、次回のお茶会までは発表はできないはずよ。 呼びつけた家に不義理となるもの」
そう。 まだ確定ではない。
なんとか婚約者になれない理由を作らなくては。
さっきまでお菓子を貰ってホクホクだった気分が、重苦しいものに変わる。
オウギワシの件、記憶消せないもんね。
黒幕が解らないと、また王子が狙われるし。
それにしても第一王子命の王妃は、ぶん殴った私が婚約者候補で納得しているのだろうか?
私なら故意でなくとも、そんな狂暴な嫁嫌だけどな。
なんて、外見6才中身お婆ちゃんのエリザベート(ラリサ)は、なんだか他人事なのだった。
まあ今日は弟妹とお菓子食べて寝て、明日考えるわ。
疲れた時に、良い考えなんて浮かばないから。
『明日、明日』と問題を先送りしていた。