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公爵令嬢は顔が薄い  作者: ねこまんまときみどりのことり


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ライメイの囁き

 月夜のプラチナ光が、カーテンで閉ざすジリアンの部屋へも降り注ぐ。


ロビンを結婚から救い出せなかった彼女(ジリアン)は、ジャームンサンド国に戻ってからは、侯爵家に戻り部屋に籠りきりになった。


彼女の気持ちを慮るニール(ブロディ)は、彼女の実家での療養を許した。



もう何日、食事もせずに寝たきりで過ごしたことだろう。それと比例するように、どんどんと憔悴しきっていく。



唯一愛を注いで来た息子が、隣国へ婿として送られた。

それなのに………。

式前に会ったロビンは、あんなに嫌がっていたはずの結婚を受け入れ、ヘラヘラと嬉しそうにしていた。


その後。

クリンアンパーン国から届く手紙も、国の諜報員からの連絡からもロビン夫婦の仲の良さが伝わってきたそうだ。


「何とか頑張っているみたいだな。こちらでは殆どしなかった、武術の訓練も受けているらしいぞ」

「怪我をせずに頑張って欲しいですね。思った以上に、夫婦仲良くやっているみたいだし」


ニール(ブロディ)やアナスタシアは安堵し、肩の荷を降ろしたように微笑んでいたと言う。


そんな報告を侯爵家の雇う諜報員から受け、2人を罵り顔を歪める彼女(ジリアン)。国王にも王妃にも歩み寄らず、ロビンを王太子にしようと画策していた彼女(ジリアン)からは、その可能性がなくなったことで人が引き潮のように去っていった。


「第二王子が遠くに行ったというのに、寂しくないのね。ロビンは確かに不真面目なこともあったわ。けれどあんな野蛮な国に、送られるような悪事は犯していないわ!」


だからこそニール達の様子は、ジリアンには腹立たしいだけだった。せめてニールとリンリンが不仲ならば、不利な条件でも受け入れ、自国に戻れる話も付けられるのに。


ロビンが自分で考えて行動出来なくなったのは、ある意味ジリアンのせいだ。危険や面倒ごとがないように、ロビンを守り過ぎてしまった。選択する自由を奪われる対価に、ジリアンが問題処理するそれが当たり前になり、甘えた性格になっていたから。





◇◇◇

今のジリアンには、もう何も残っていなかった。

半ば死を待つほどの、どうなってもいいと思える心境だった。


そんなある日、祖母のガールナが女性と同伴でお見舞いに訪れた。


ジリアンの父(侯爵)にとってガールナは、離れて暮らす実母だ。彼がジリアンの為に魔力のある近親者を調査し、その時に離れて暮らす実母の存在を知ってからは、積極的に魔力の訓練を依頼する関係だった。


だが今さら母親を恋しいと思う時は過ぎ、協力者という位置付けにいる。ジリアンに会いに来ることに、反対をしないだけで望むことはない。多少援助はしても、共に暮らすことは考えてはいなかった。


離れていた母よりも、愛娘ジリアンのことが何よりも大切だった。


「少しでもジリアンの気が晴れるなら。元気になるならば」

そう思う親心だった。


ジリアンの父(侯爵)は、夜遅くに訪れた客人を知っていた。普段ならばこんな時間には人は通さない。



彼女達が侍女に部屋を通されても、ジリアンに反応はなかった。無視をしている訳ではなく、ただ誰か部屋に入ったと思うだけ。

もし暗殺者ならば、すぐに命を取られただろう。


けれどジリアンはもう、それでも良いと思えた。

何も希望が無くなったから。


ガールナは侍女を下げ部屋には3人だけが残り、明かりを灯さない部屋は暗い沈黙で支配されていた。



「ジリアン、久し振りだね。今日はお友達を連れて来たんだ。挨拶をおし」


「お祖母様。今さら誰を? 悪いけど………え、何、何なのよ、キャア」



ジリアンはガールナの隣に座る、友人と紹介された女性を凝視した。


一瞬凍えるような、殺気とも呼べる覇気がジリアンを貫いたからだ。


「………貴女、誰?」


その問いに女性が答える。

「ご挨拶だわね、ジリアン。何度も城で会ってるというのに」


「その声、まさか? ドラゴン? 何で此処に?」



焦るのも仕方がないことだ。

何故祖母ガールナが、ドラゴンのライメイを連れて来るのだろう? ただの知り合いなんかじゃないのだけは分かるが。



(わたくし)はクリンアンパーン国のことに介入し過ぎたわ。結果だけ見れば、あまりにも国王達に肩入れしていた。そのせいで第二王妃である貴女が不利になってしまったことは、申し訳ないと思っているのよ」


言葉だけなら謝罪のようにも聞こえるが、僅かな気持ちも籠っていないのは明白だった。だって顔は笑みを湛えていたから。


「な、何を。悪いとなんて思っていない癖に!」


ドラゴンを前になんと強気なことか。

けれど今のジリアンには怖いものはない。

それはドラゴンも例外ではなかった。


「ふっ、ふふふっ。なんて失礼な人間なのかしら。でも良いわ、気にいった。手を貸してあげるわ」


「な、何を言ってるのよ。意味が分からないわ!」



混乱気味なジリアンにガールナが補足する。

「ライメイ様は、貴女を完全な魔族にしてくれるそうよ。祖母である私のことも。その上でこの国を滅ぼして見ればとのご提案なのよ」


「国を滅ぼす? 何を馬鹿なことを。今のジャームンサンド国は魔力の強い者が多くて、魔界の猛獣も魔族も歯が立たないのに。私ごときが魔族になっても、敵うはずないじゃない! 暇潰しに哀れな女が死ぬのでも見たいのかしら?」



ガールナからもいい加減なことを言われ、さらに苛立ちが増していく。既に淑女の仮面は脱ぎ捨てられていた。


やり取りを面白そうに見ていたライメイは、低めの声で語り出した。


「知っているか分からないけど、魔物は他者の魔力を吸収して魔力を強くするの。魔力で生命活動を賄うから、自己を消費せずに長生きが出来るのよ。そこが魔族や魔獣と、人間の寿命の差に繋がるのよ」


「それくらい、知っているわよ。だから何なのよ! そもそも人間が魔族になれるとでも?」


憤るジリアンに、ライメイがさらに笑う。

「普通は出来ないわね。でも(わたくし)なら出来るわ。(わたくし)の魔力はケタ違いですもの」


「でも国を? 私が憎いのは、憎いのは………」


確かにロビンを奪われて、生きるのが辛かった。

他に大事だと思っていた、夫であるニール(ブロディ)は自分には関心がない。

父親だってあてにならない。

自分を王妃にすると言ってくれたのに、ずっと日陰の第二王妃のままだ。


宮中の貴族だって、父のことがあるから蔑ろにはされないが、ロビンの担ぎ上げに失敗したことで、熱心に関わっていた者達は居なくなった。


幼い頃からチヤホヤされてきた彼女は今、空虚な無力感を味わっていた。





深く深く考える…………………。

思えばいつも不安だった。

お母様が11才で亡くし、年の離れた兄は学園を卒業し近衛騎士の職に就いていた。

時々会えば可愛がってはくれるが、普通の兄とは違い大人と子供の関係だった。


兄嫁は、アナスタシアに憧れているファンの一人で、ジリアンが第二王太子妃になる時も良い顔はしなかった。

兄は自分(ジリアン)よりも、当たり前だが兄嫁と息子を優先させている。


今は療養で一時的に生家にいるジリアンだが、もし侯爵家に戻って来たら快く思われないだろう。

父侯爵がいる間なら守って貰えるが、じきに兄が家督を継げば再婚か修道院送りになりそうだと容易に思えた。


焦り。

いつもジリアンにあったのは、これかもしれない。

若い情熱のまま妃を目指したが、思うような結果にはならなかった。

王妃ほどではないにしろ熟す業務は多く、人に見られ自由も少ない。それに最愛だと思えるニール(ブロディ)がいれば幸せは続くと思っていたのに、その愛はいつもジリアンだけが重く、ニールからの愛は減っていくばかりだった。


そのジリアンが再び愛を注ぐ(ロビン)がやっと現れたのに、無条件の愛を返してくれた息子は居なくなってしまったのだから、縋る者をなくした心は悲鳴をあげたのだ。


考えるのが、現実を見るのが辛くて逃げていたが、根本はそこだった。


底知れぬ不安。

自分はどうなってしまうのか?


今まではロビンが国王になれば、自分の地位は揺るがないと思って生きてきた。ニール(ブロディ)の愛が薄れた今、そう思うことで不安に目を背けていた。


あくせく働くことは醜いこと、貴族らしくないと思い、事業に一切手を貸さなかった。打診があっても断っていた。

多忙な時期が何年も続き、今も繁栄は衰えず城の者は皆忙しく活動していた。

今さらやるとも言えない、他人から見ればくだらない矜持でがんじがらめだ。


「もう、いやぁ。このまま放って置いてよ。私はもう負けたんだから!」


保留にして考えなかったことは、とてつもなく苦しいことだった。


………生きていけないと思えるほどに。




「ねえ、ジリアン。どうせ死ぬ覚悟なら、思いっきり弾けてからでも遅くないと思わない?」


ライメイは際どいスリットの入った、黒いドレスに黒いリスのファーを両腕に巻いていた。

今日のメイクは魔女メイク。

キャラウェイの弟子、ラーミャ作である。


その姿はまるで願いと交換に、破滅をもたらす悪魔のようだった。紫のアイシャドウと悪黒いルージュは、生き血を啜る吸血鬼にも似ていた。

長い爪に塗られた真っ赤なマニキュアは、血を流しているようだ。



「キャラウェイと魔界に行った時、魔界の王子と宰相の息子の空の体を見つけたのよ。


素材があれば、その体を奪って貴女達用にカスタマイズしてあげることは可能よ。


まあ、素体全体をいじって溶かして、(わたくし)の眷族『ネル』を生け贄に不足部分を補充すれば、アナスタシアくらいでは歯が立たないくらい強く出来るわ。


安心して、今の人間の形にもなれるから。


そして魔族の姿は、ブラックゴルゴスネークになるわ。


私の眷族は、牝のブラックゴルゴスネークなのよ。



私がここまでするのだから、勿論対価は必要よ。

貴女達2人には、私の美容の為に無精卵の卵を産んで貰いたいの。


魔力たっぷりの卵は、お肌に良いのよ。



そして貴女達が望むなら、若返りでも好みの顔でも変えられるわ。(わたくし)見た目はどうでも良いの。卵さえあればね。


魔界のその若い王族達の体を、燃やしたり、腐らせようとする輩もいるそうなの。失うより先に有効活用しようと思って。


(わたくし)の手駒になるような、忠実な配下も探していたのよね。


誰かに頼るより、自分を強くした方が楽しいわよ。


飛べはしないけれど、スネークになれば移動は早いし毒があるから襲われないし、何より強いわ。


貴女が欲しいものではないかしら?


そしてもう一つ、身体の改造で肝なのが魔獣の生きた精巣を飲み込めば、有精卵を作れるの。

強い魔獣をいくらでも産めるようになるわ。


スネークのままで出来るので、楽なものよ。


本当は私の『ネル』に、今まで通り活躍して欲しいのだけど、もう寿命が近いの。


今回の提案は、『ネル』の希望でもあるのよ。

体の残滓だけでも、(わたくし)の元に残りたいのですって。




これは提案よ。

(わたくし)の古い友、ドギェルの娘に頼まれたから、持ってきた話なの。


人間には理解できない提案よね。

さすがに分かるわ、伊達に長く人間を見てきた訳じゃないから。


貴女達が断ったら、知り合いの魔族に話を持っていく予定なの。まあ元々はそっちが先と思ってたんだけどね。


どうする?

別に選ばなくて良いわよ。


(わたくし)は選択肢を与えただけ。


よくガールナと話をしてみて。


じゃあね、ジリアン」




言うだけ言って不敵に笑い、ライメイは帰って行った。



「な、何なのよ! お祖母様、さっきの話って正気?」


興奮気味でガールナに噛みつくように、ジリアンは叫んだ。



真剣な表情で頷くガールナは、ジリアンをじっと見つめた。

「ずっと考えていたんだよ。私の力じゃ、役に立たないから。あんたが思ってたのと対価も違うけど、得られる力もケタ違いだ。ロビンを王太子にするのは、もう難しいけどね。


ずっと思ってたんだよ。

あんたは魔力も強いし、魅了は稀な能力だ。

訓練もしないのに、低位の魔物も操れるしな。


本気を出せば、強い魔法使いになれるだろうさ。


あんたは不安なんだろ?


私みたいに離婚されて落ちぶれた奴をみたり、爵位が低かったり平民だかからと馬鹿にされたり、蔑ろにされる者も第二王妃になってからたくさん見てきたのだろう?


だからこそ、ニール(ブロディ)が変わったことで、息子に期待をかけた。だろ?


でもね、ジリアン。

人に期待しても、祈りはだいたい叶わない。


私は家族に売られるように、あんたの祖父と結婚してあんたの父親を生んだ。


子供を取られて、生家に戻された。

後は物置みたいな場所にいる。


そんな私だから、ジリアンと話せただけで楽しかったんだ。


もし若返れたら生家から金目の物を盗んで、あんたの父親が赤ん坊の時に連れ出して、2人で逃げるだろうね。

捕まって死んだって構うもんか! ってね。



でも過去には戻れないし、あの子は大人になってあんたが生まれた。


時は流れて、人間の体はもうすぐ寿命だ。


私はね、ジリアン。

私だけ変化出来るように、ライメイ様に頼むつもりさ。

そしたら少しは、あんたの頼みも熟せるからね。


ああでも、もうあんたは諦めたんだっけ?


じゃあこれが、お互いの顔を見る最期かもね。


元気で生きなよ」



部屋を出ようとするガールナに、ジリアンは弱々しく声をかけた。


「………お祖母様も、私を置いていくの? 私にはもう、味方なんて殆どいないのに。

……………一人は嫌。行かないで………」


欠食し続けた体は、数日でずいぶんと痩せていた。


ガールナは、その痩せた体を優しく抱き締めて囁く。


「一緒に行こう、ジリアン。力を得たら2人で暮らそう。あんた1人くらい、どんなことをしても養ってあげるから。

あんたは変化なんてしなくていい。

私だけで、十分依頼は熟せるはずから。


城になんか戻らなくてもいいんだ。

嫌な場所からは逃げなさい。


今度はきっと守ってあげるから」


「ああっ、お祖母様。私、私………はうっ、うっ」



ジリアンは祖母の無償の愛に気づき、はらはらと涙した。

亡き母と同じように強い愛を、祖母からも感じられたから。



ライメイの提案は、夢のような奇想天外のものだ。

でも魔力溢れる彼女なら、きっと可能なのだろう。



その後ジリアンは、ただ朽ちるような投げやりな気持ちを捨てて食事を食べ始め、以前の生活を取り戻した。


時間が許す限り、考えて考えて考え抜いた。


父侯爵は娘の変化を喜んだが、ライメイが話した内容は知らなかった。知っていれば絶対反対しただろう。



そしてある決断をした。




彼女は………………………。






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