地味顔の魔女は、王子をぶん殴る
春風暖かい薔薇の庭園に、白い丸テーブル5つと人数分の椅子が用意されている。
城側の4人がけのテーブル席に王子と王妃様が座り、残りの席に令嬢達が順番に座り挨拶や会話をしていく段取りのようだ。
王子達の後ろには護衛だけではなく、宰相を始めになにやら偉そうな大人も整列していた。
流石お茶会に王の姿はなかったが、物々しい様子なのは間違いない。
他の大きいテーブルは家格毎に席が分けられているようで、到着するごとにメイドが案内している。
エリザベート(ラリサ)右横のボートレール公爵家の母子は、私達への挨拶もそこそこに王子の方を凝視し、何やら息巻いてミーティングしている。
熱心なことである。
是非頑張って欲しいものだ。
左横にはビルガード侯爵家の母子が座っている。
母親は目を輝かせて王子を見つめているが、娘は冷めた目で本を読んで時間を潰していた。
『くだらない茶番ね』くらいの大人の雰囲気を醸し出している。
同じ(肉体年齢)6才のはずだが、手練れの淑女然とした佇まい。
何度転生してもちっとも落ち着きのない私としては、素晴らしいと拍手を送りたくなる。
だがその後に続く言葉はいただけなかった。
「ファンブル家のご令嬢にほぼ確定でしょうに。 体面の為に呼び出されて迷惑ですわ」と。
その子の母親が、わたわたと慌てふためき回りを見ている。
そして娘に注意するが、「はいはい」と聞き流されていた。
私はふと考える。
私にほぼ決定? 何故? ほとんどお茶会にもでない引きこもりの自分が?
謎を解決するヒントは、正面に座るグランベリー大公令嬢アンジェリーナからもたらされた。
「そこの貴女。 ちょっとお金があって美人だからと言って、王子妃に決まると思っているのかしら? 社交にもおざなりに手を抜いていて、未来の王妃たるに相応しいとお思い?」
ピンクのセンスをビシッと私に向ける。
そんな風に思われているとは!
美人の部分は作り物だから置いといて、お金の部分は昔ギルドと提携した事業をブルーノが大きくしただけだし、社交には興味がなくて出ていない。 6才でちまちました集まりなんか行っとられんし。 王子妃やら王妃なんて考えたこともないのだ。
だから答える。
「まったくもってその通りですわ。 私ごときには重責です。 是非グランベリー様のような、しっかりとしたお考えの方になっていただきたいです」
私がそう言うと、アンジェリーナ様は激昂する。
「まあ。 私を馬鹿にするおつもり? 血が近すぎて、王子と婚姻出来ないと言われているのを知っていての発言かしら? 憎らしいこと!」
グランベリー大公は王弟殿下だ。
近親婚の弊害がはっきり判明した昨今、本当に相手がいない時以外はほぼ婚姻はないだろう(白い結婚とかはありだが)。
隣で座る大公夫人は、びっくりして固まっている。
まさか娘が、こんな所で失態をするとは思っていなかったのだろう。
馬鹿にしたつもりは微塵もないのに。
否定したら否定したでこれだと、困ったものである。
あ、メアリーがなにか言いそうにぷるぷると震え、笑顔の顔に怒りオーラが出てる。
いつもの淑女の顔を崩さず静かに怒れるなんて、完璧な公爵夫人になったものだね。
だけど、ここで目立つのもいただけない。
私なんかの為に、足元を救われるのはだめだ。
いつものお茶会だと、嘗められるかもしれないから反論必須も、王家の席なら反論せぬ方が良いだろう。
私はメアリーの袖を引っ張り、「席を離れ散歩でもしよう」と声をかける。
メアリーは頷き「申し訳ありませんが、少し席を離れます」と、大公夫人とアンジェリーナ嬢に礼をして席を立つ。
大公夫人は恐縮し、何度も頭を下げている。
アンジェリーナ嬢は、逃げるなんて卑怯ですわと喚いていた。
お茶会会場を少し離れ、噴水のベンチに腰をかける。
「ごめんなさい。 貴女を守ると言ったのに、一言も言い返せなかった」
落ち込んでいるメアリーをなでなでし、気持ちは伝わっているよと慰める。
公爵夫人があんな一言で感情を顕にしては駄目なのだが、他のことを許せても私のことになると、我慢が利かないようだ。
そこが愛らしいと言えば、愛らしいのだが。
だから、ちゃんと伝える。
「もう一度会えただけで嬉しいんだよ。 その奇跡だけで胸が暖かいんだ」
メアリーは泣きそうだ。
ここで泣いたら化粧が落ちちゃう。
そう思い慌てて涙を拭こうとすると、メアリーの後方から赤目のオウギワシが飛んで通りすぎていく。
黒い靄状の魔力を纏って普通じゃない。
なんで王場に魔物が?
あの方向はお茶会会場だ。
大変だ! 早く伝えないと。
私とメアリーは頷き、走って会場に向かう。
そして大声で「魔物がこちらに向かっています。 ここから離れてください。 オウギワシです!」
会場はパニックになるが、護衛達が構えればなんとかなるだろう。
ふと王子を見ると、上空がチカチカと光り乱反射している。
同時に旋回していたオウギワシが、王子に向かって飛びかかる。
その両足にはクナイ(手裏剣の一種)が括りつけられている。
他の人は気づいていない。
私がなんとかしないと!
そう思い回りを見ると、大輪の薔薇を支える長い支柱が丁度良い。
引っこ抜き、魔力を込めてオウギワシに向かう。
「王子、伏せて!」
そう言って、思いっきり振りかぶる。
「行っけえぇー」
カキーンと、オウギワシは飛んでいく。
落ちたオウギワシは、騎士に捕らえられたようである。
わたたたと、打ち返してバランスを崩した私は、王子の方につんのめる。
王子は両腕を伸ばし支えようとするが、私は足元の石につまづき「あっ」と言うが早いか腕が上がる。
その瞬間、王子の頬に私の拳がめり込んでいく。
王子も私も、その場に倒れ込んだのである。