ローゼの旅
「はぁ。やっと陸地に着きましたわね、お父様」
「ああ、そうだな。やはり隣国と言っても距離があるからな。疲れていないか? ローゼ」
「大丈夫ですわ。私の推しに会えるので、ずっとワクワクでしたのよ」
「そ、そうか。ならば良いが」
2日の船旅で、漸くジャームンサンド国の地(港近く)に到着したローゼ一行。
昼休憩の為に、進んでいた馬車を一度止めて街道にある馬車止め場に移動する。
2人以外に、侍女2人と護衛が3人同行している。何れも主を守れる実力の持ち主達だ。ちなみにローゼの希望で、馬車は別々である。侍女と恋話に興じたいそうだ。ショートニンはローゼに声をかけてから、周囲を見渡して再び馬車に戻った。
「ショートニン様。この国の陸路は石畳で整備されておりますし、道の周囲には宿屋や商店が並んでおります。盗賊やならず者がいれば、被害が多くて継続は不可能ですから、治安がとても良いのだと思います」
護衛アルニンの言葉に、ショートニンは頷く。
「左様だな。十数年前に訪れた時は、道も足場が悪くて馬も疲労が強かった。店など王都から離れた場所には1件もなかったしな。………ずいぶんと変わったものだな」
「私は最近になり諜報でここに赴くことが多かったのですが、来る度に発展しているようです。貧しさにより孤児院は質が落ちるものですが、この国の孤児院は他と違いますね。なんと言いますか、職業訓練所のような場所なのです。幼い孤児にも出来る仕事を割り当て、午後よりその作業を行いますが、午前は授業を受けられてしっかり教育を受けているのです。孤児の生活レベルは、我が国の平民と変わりないくらいなのです」
「なんと! そこまでとは。最近の噂は聞いていたが、大袈裟に誇張されていたように考えていた。確実に実力をつけているのだな」
ショートニンは髪と同色の銀の長いあご髭を触りながら、深い息を吐いた。
(ローゼの好奇心から赴くことになったが、友好を築ければ利に繋がるやもしれん。無駄に争わぬよう、少し前に和平条約を結んだが、ローゼの婚姻先として再検討してみるか?)
最近まで国を離れ諜報に出ていた、信頼する側近のサンダリオの言葉に目まぐるしく思考が回転する。娘の幸福と国の利益が、両方得られる機会かもしれない。
そんな思惑とは裏腹に、ローゼは専属侍女との会話に忙しいようだ。
「姫様。道沿いにあんなにお店が! 良い匂いが致します~」
「本当そうね、リンリン。ずっと、お店が並んでいるわ。ここら辺はお野菜が多く売られているみたい」
「先ほど護衛のガンツがお弁当を買ってくれましたが、ここの店は農業や林業の方がよく使うようです。治安も良いので、商人や旅人も利用するみたいですよ」
「そうなのね。よく見ると、お店の裏手は畑が広がっているわね。少し奥には森も広がっているし。自然が豊かなのね~」
王都から離れたこの場所もわりあい開けた場所であり、働いている者の顔も明るい。何というか、希望に満ちた様子なのだ。
警備の者の巡回はあるが、商人達も魔法の基礎を使いこなしているようだ。ローゼ達が馬車を止めて休憩していた際にも、弁当を万引きして逃げる男を捕縛魔法により縄でグルグル巻きにして地面に転がしていた。
「離せ、この野郎! 俺を誰だと思っているんだ!」
「誰なのよ、あんた。言ってみなさいよ!」
気の優しそうな女性の商人なのに、ドスがきいた声がする。転がした細身の男に対して、微塵の恐怖もなく詰問している。
その男レヨン(17才)は貴族に無実の罪を着せられ、逃亡していた流れ者だったそう。ジャームンサンド国が最近潤っていると聞き、ボートで渡航して来たらしい。見るからにみすぼらしい上に痩せていた。髪も伸び放題で目も隠れている。
「盗みは許せないね。けどさ、あんたの雇い主はクソッだ。あんたは真面目に働いていたんだろ? だから今は、飯を食いな。金なんて取らないからさ」
「………な、なんでそんなこと言うんだ? 騎士団に引き渡さないのか?」
「ああ。引き渡さないわ。良いから、食いな!」
「はい! 食べます!」
女商人スレイナ(32才)の勢いに、レヨンは戦き弁当を掻き込み始めた。
スレイナは貧しさを知っていた。
食べられないひもじさほど辛い事はない。
この国ジャームンサンドも、少し前までは魔獣に晒され人も畑も被害を受けていた。農家の三女だった彼女は貧しさで口べらしされ、商人の家に丁稚奉公に出された。芋の粥さえ食べられない、空腹の日が続いた時のことだ。
慣れない環境の中で少しずつ仕事を覚え、家族に仕送りをしながら暮らしていた。魔獣バブルで経済が上向き、ラリサ達が銀行貸し付け制度を作ったことで、彼女はやっと独立して王都から離れた安い立地で弁当屋を始めたのだ。
恋も結婚もしなかった彼女だが、商売の才能がありこの地で成功した。料金の腕は奉公先の料亭で、下働きから副料理長となるまでみっちり10年学んだので、熟練の技術を持っていた。
そんな彼女は、生家の弟より年若い男に同情したのだ。
「あんた、レヨンだったかい? 真面目に働くなら、ここで雇ってあげるよ。私はあんたのお母さんくらいの年だから、放っておけないんだ。どうする?」
「美味しい、美味しい」と、弁当を掻き込む姿を見て、提案するスレイナ。
驚くレヨンだが、即答する。
「良いのか! 俺を信じてくれるのか? 親でさえ見捨てた俺を」
「………泣くんじゃないよ、男の子が。まずは食べて風呂に入って、ゆっくり寝なさい。良いね」
「うぐっ、ありがとう。ありがとう!」
目を強く擦りながら泣きじゃくるレヨンに、スレイナは優しい眼差しを向ける。
それを好奇心で馬車から見ていたローゼ達は、怒涛の展開に感動していた。
「何なの、これ。こんなドラマみたいなことあるのね?」
「あの商人は人が良すぎますわ? 悪人ならどうする気なのでしょう?」
「御せると思ってのことでしょう。この国では普通の民も魔法が使える教育を受けているそうです。それも国の方から教師が派遣されて来るとのこと。大丈夫でしょう」
「そうなのね」と言いながら、姫と侍女達の話が弾む。
食後に道沿いの公衆浴場で入浴したレヨンは、渡されたカミソリとハサミを使い、身なりを整えてスレイナの元に戻ってきた。とてつもなく美しい色香を放って。
「ちょっと、ねえランラン。あの少年はさっきの子よね!」
「そうですわ、姫様。驚きですね」
「リンリンは落ち着いているわね。気づいてたの?」
「人の顔は一瞬で覚えますので。ですが、ずいぶんと美しく変わりましたね」
「やっぱり外見を整えるのは大切ね。私、実感しましたわ!」
そろそろ出発したいショートニンだが、ローゼが動かないので別の馬車で出立を待っていた。
「本当にキャキャと楽しそうだな、我が娘は。少々慎みに欠ける気もするが、どう思うアルニン?」
「この国の王族の前ではないですし、良いのではないですか? 姫様はきちんと弁えておりますから」
「そうだな。いつの間にか大人になったものだ」
スレイナもレヨンを見て、少し目を見開いていた。
「すごく綺麗になったわね。貴族みたい」
「分かりますか? 俺はキーンマイ国の子爵の三男でした。伯爵令嬢からの婚約を断ったことで怒りを買い、令嬢に無体を働いたと訴えられたのです。親も家を守る為に俺を捨てました。命を絶つ為の、宝石の付いた短剣を一つ持たされただけで。俺はそれを売って、何とかここまで来ました。いつ死んでも良いと思ってたのに、空腹が辛くて………。それで弁当を盗もうとしました。本当にすみませんでした」
再び謝罪するレヨン。
その話を聞いたスレイナは、思い付きを彼に話す。
「本当に貴族だったんだ。冗談で言ったのに! ねえ、レヨン。あんたは逃がして貰えたんじゃないの? 両親に。だってその令嬢は、あんたと結婚できれば良かったんでしょ? だから圧力をかけてきた。力のある貴族の怒りを買えば、家だって潰されてるわ。
きっと美しいあんたに恋したのね。根負けして婚約すると言わせたかったんじゃない?」
「美しいって? 俺、男ですよ」
「すごく綺麗だもの。さらさらの亜麻色の髪と薄い桃色の瞳。切れ長の目はとてもクールだわ。自分で男前だと思わないの?」
「家の家族は似たような顔だし。別に」
美形家族か?
それなら仕方ないわね。
「ただ俺は、そのジルレション伯爵令嬢が苦手で。俺をペットみたいに扱うから。綺麗な犬でしょ、みたいに自慢するからすごく嫌で。婚約者でもないのに」
だから両親は、逃がそうとしたのね。
何となくそう思えた。
「短剣以外の物は、何かないの?」
「リュックを貰った。けど殆ど空で。あっ、なんか手紙が入ってた」
それを見て彼は泣いている。
どうやら私が考えていた通りだった。
「ナイフを売って、隣国の叔父の元に行けと書いてました。追っ手が来る前に逃げろと。子爵家にもスパイがいるようだから、追い出すようにしてすまないとも。お金を渡すと俺に味方して逃がしていると言われるから、見つかった時の為に入れられなかったと。ナイフならば自害用だと誤魔化せるからって………。
ああっ、誤解していた、俺は………」
説明される前に逃がされたのだろう。
もう少し説明が必要だったようだ、彼の両親よ。
取りあえず、彼が死ななくて良かったわね。
「まあ、生きてるからOKでしょ! 頑張りなさいな」
「………はい。ぐすっ」
◇◇◇
まあそんな感じで、何やら解決したようだ。
結局レヨンは叔父の家には行かず、ここで働くらしい。
スレイナは旅費を貸すと言っていたが、レヨンは断った。叔父に迷惑がかかるかもしれないと言って。
その代わりに叔父に手紙を送り、両親に秘密裏に連絡をして貰うことにしたそうだ。ここにレヨンがいることを知らせてくれるように。
その話を見届けて、ローゼ達はここを出立した。
「ねえ、ランラン。スレイナさん綺麗だから、レヨンは恋に落ちるのじゃない?」
「ずいぶん年が違いますから。どうでしょうね?」
「リンリンはどう思う?」
「私は………。彼が残った時点で脈ありかと。だと良いなと思います」
「そうよね。私も思ったのよ。王道の年の差カップル、素敵♪」
「私もそれなら応援したいです。尊い!」
「「「帰る時、確認しましょう!」」」
そんな感じのローゼ達は、王都に向かっていた。




