地味顔の魔女の知らぬ所で
「お父様、お祖母様(中身は変化した高祖母の吸血鬼だった)は、全然力不足でしたわ。このままでは、ロビンが王太子になれないです。何とかしてください!」
第二王妃は、父であるギュアナ侯爵に泣きついていた。
以前ジリアンは、魔物使いの祖母に捕獲と調教を学んでいた。
実際に魔法師団の訓練所へヴェノムタイガーを放った時は、ジリアンは足手まといだからと置いていかれたのだ。
自信満々の祖母(中身は吸血鬼の高祖母)だったが、アナスタシア達にあっさり殺られてしまった。だがその後も何も知らない祖母は、ジリアンへの指導の為にギュアナ侯爵邸に出向いていたのだ。
「あれ? お祖母様、生きてたの?……嘘っ」
驚き口に出した言葉に、祖母は困惑気味で返答をした。
「また婆さん何かしたんだね。あの人すぐ人の姿に化けて悪さするんだから。ああ、ジリアンに怒ってるんじゃないよ。嘘みたいな話なんだけど、私の婆さんは魔族なのよ。まあさ、ずっと生きてたから、信じるしかないわよね。そう言えば、最近見ないと思ってたけど………」
ジリアンは悟った。
ああ。この間戦って、そして死んだのは高祖母だったのかと。
それにしても、先祖?に本当に魔族がいるなんてね。
「お祖母様、ごめんなさい。きっとお祖母様のお祖母様は、私のせいで死んでしまったの。城を襲撃する手始めに、魔法師団の訓練所を襲ったんだけど、その、返り討ちにされて………」
「また私の姿でそんなことを。本当に悪いばばあだよ。もう私は隠居して表に出てないし、元々社交もしていないから身ばれはしないだろう。え、若い女の姿だったって? じゃあ、全く問題ないよ。大丈夫だよ」
祖母ガールナは少し沈黙してから、ポツリと。
「そうかぁ、婆さん死んだのか? しぶとい吸血鬼だったからね。子供の私を蝙蝠の姿で追いかけてさ。気ままなばばあだったよ」
少しだけ、寂しさを滲ませた声音だった。
祖母の両親は既に他界しており、気が向いた時に高祖母が蝙蝠の姿で時々様子を見に来てくれたそうだ。
「普通なら、みんな死んでる年齢だ。婆さんが特別だったからね。そうか………」
思ったより、祖母は高祖母のことを好きだったらしい。
もう協力して貰うのは無理かと考えた時、「やっと逝けたんだな」と呟きが聞こえた。
高祖母ドギェルは魔界から人間界に来た時、派閥争いに破れ自暴自棄になっていた。
魔素の乏しい人間界。
ここで暮らせば、魔界より延命はできない。
徐々に魔力も衰えて、人間として死んでいくのだろうと。
そんな時に高祖父ゾンマンと出会い、恋に落ちたそうだ。
何だかんだと寿命が長い高祖母ドギェルは、寿命で高祖父ゾンマンが亡くなった後、辛くて泣いて起きあがれなくなった。
種族を越え、本当に信頼しあえた相手だった。
しかし魔族ゆえに、食事をせずに一時的に衰弱しても、徐々に回復してしまう。
本当は共に天に召されたかったそうだが。
人間として生きるなら、100歳を越えた辺りが寿命の限界だ。
高祖母ドギェルのことを知る身内は、魔族であることを隠す為に100歳で空の棺を墓地に埋めた。
それから先は祖母ガールナ以外とは関わらず、影に潜んでいたと言う。
だが最近になり魔物が多く人間界に現れ、魔物の肉を食べることで魔力が飛躍的に上昇した高祖母ドギェル。
「あの婆さんは祖父様が亡くなって、人としても居ない者とされてから、生きる気力をなくしていたんだ。でも祖父様との約束で自殺はできないし。きっと死に場所を見つけて、喜んで逝ったんだろうさ。私に挨拶もしないでね。勝手なもんだ」
ああ。だから最期は魔族姿で現れたんだろう。
持てる力を使い果たして逝ったなら、自殺にはならないものね。
元々高祖母も祖母も、貴族の出ではないそうだ。
ジリアンの祖父が、魔力欲しさで祖母ガールナを貴族家に入れて娶ったらしい。だから貴族教育はされておらず、社交にも出ていない。子を孕ませる為に買われたようなものだそうだ。
侯爵に平民が逆らえる筈もなく、その結果ジリアンの父ナシンが生まれたことになる。父ナシンもたいした魔力量を持たず生まれた為、祖母ガールナは役立たずと言われ、離婚されて生家に戻された。そして次々に結婚と離婚を繰り返す祖父。
結局、野心が叶わなかったジリアンの祖父。
醜聞まみれだった侯爵家が持ち直したのは、ジリアンの父ナシンの力だった。
持ち前の能力を発揮して商売を成功させ、他貴族にも認められる経済力を誇る家門にのし上がった。
苦労人と言える父の地位を脅かすジリアンは、ジリアンの祖父に似ているのかもしれない。
ただ父ナシンが、ジリアンを甘やかすのには理由があった。
男兄弟の末に生まれた紅一点なのは勿論だが、まだ彼女が幼い時にジリアンの母が亡くなった際、傍にいられなかったことだ。
丁度領地の不作が重なり、邸にいられる時間が極端に少なくなっていた。数年施策に走り、寂しい思いをさせてしまった。
その間傷心のジリアンは、兄達や使用人に甘やかされて我が儘な性格になってしまっていた。父ナシンは後悔した。
ジリアンに必要だったのは、無条件に甘やかされることではなく寄り添う者だった。即ち自分がいなければならなかったと。
領地のこと等、多少上手くいかずとも人に任せれば良かったのだと。
だから今、無謀だと思われる策略を愛娘の為に行うナシン。ナシンの兄弟(本人含め)4人は皆異母兄弟だ。ナシンは実母ガールナとは、離婚してから顔を合わすことはなかった。実父が合わそうとしなかった為だ。
離婚後に生家に戻ったガールナ。
結納金は生家で使われたのに、家に迎えては貰えなかった。
その為魔物を使役し、猟等をして森のほとりのぼろぼろの小屋で暮らしていた。
そこに様子を見に来たのが、高祖母ドギェルだったのだ。
思えば高祖母も祖母も、魔力があることで人に恐れられていた。
今のように皆が魔力を持つ時代ではなく、異端に見られ孤立していた。だから余計に気に掛けていたんだろう。
ガールナは、同じ魔物使いのジリアンに好意を持っていた。
例え利用する為に近づいたのだとしても。
生涯で1人の息子の愛娘。
ガールナは人生に疲れていた。
自ら死を選んでも良いくらいに、疲れきっていた。
生きる意味が解らなかった。
でも今、孫の幸せの為にできることがある。
それが間違っている遣り方だとしても。
「ジリアン。あんたの望みは私では叶えられない。けど、婆さんの伝の魔族は何人か知っている。そいつらに依頼するなら手伝ってやるよ。対価は勿論必要だがな。丁度魔石が取引材料になるだろう」
ジリアンは思考した。
自分が矢面に立たないなら、依頼しても良いのではないか?
魔石のことも、夫であるニールに頼めば…………
どちらにしろ、もう手は残っていない。
なら!
「お願いします、お祖母様。もう私の息子を王太子にする道は残されていないの。よろしくお願いします」
ジリアンは勢い良く頭を下げた。
ニールの愛は、私にはもうないかもしれない。
ロビンだけしかいないの。
「ああ、解ったよ。ただジリアン、父親にも言っておくんだよ。事態がどう動いても対応できるように」
ガールナは、覚悟を決める。
魔族相手にただでは済まない。
ここで止めるのが優しさなんだろうけど………………
「血筋なんだろうね………」
今ある幸せで満足できない。
それが破滅に向かうと知っていても。
私の元に、ジリアンに魔物使いの技を教えてくれと息子が訪ねて来た時点で、未来はきっと定まってしまったのだろう。
それならもう、残りの寿命をくれてやるよ。
出来るなら奇跡を願って。
『どうか私の血の末裔に、神の恵みを』
自らのことではなく、他者を慈しむガールナの心は満たされていくのだ。
祖母が覚悟を決めている最中でも、人に何とかして貰おうとするジリアン。彼女が境地に立った時、どうする気なんだろう?
未だ他人事のような危機感で、本能だけで動くジリアンなのだった。




