地味顔の魔女の弟は、魔界のプリンス?
ラリサの弟ウィリアム、魔界名イリヤは頭を悩ませていた。
魔界が人間界に襲撃することは、ある意味予測できていた。
ただウィリアムが、ラリサを殺す前に魔物を放ってきたことに違和感を生じたのだ。
魔界は今、イリヤが知らない所で悪い方向に動き出していた。
普通なら前回同様、襲撃前は魔物による偵察を行い、人間達の戦力を確かめる。
障害になる強者が居ないと予測した後、ブラックゴルゴノプスドラゴンを放ち、圧倒的な攻撃力を見せつけ、無血で領土を奪う形を取るはずだった。 (300年前は遠方からその地にラリサ達が来て、後一歩で失敗した)
過去にも勇者がいて魔界の進攻を阻止したり、勇者が破れたり勇者の育たなかった時期は、一時的に魔界が一部の地域(ラリサのいる国)を占拠していた。
しかしその間にも、幾人かの勇者候補は育ち、魔族を退けていった。
人間は寿命は短いが、(この国では)16才の成人以降に多くの女性が出産していた。 必然と勇者候補も多く現れ、魔物の支配を覆したのだ。
反対に魔族の寿命は1000年ともそれ以上とも言われるが、寿命に反比例して魔族数は人間数の1/100にも満たない。
1度生まれてしまえば長寿であるも、魔族の出産には母体の魔力を夥しく赤ん坊が吸収する為、出産後の女性は魔力が戻るまで100年の時間を必要とする。
高魔力の子を得るには、多くの魔力を持つ女性が必要である。
結婚は高魔力の子を産み、家を継がせる為の行為と言っても過言ではない。
但し、勿論全てが受け継がれる訳ではない。
子はコピーではないのだから。
その為、産まれた中で一番魔力が強く、知性に優れた者が後継となる。
妻が複数いる時は、子供の実力に余程の力の差がない場合、決闘により跡継ぎが決めていた。
高位を狙う魔族ほど出産後の夫人の寝首を掻いて、自分の娘を後釜に据えたがったり、子の暗殺を企む者すらいる始末。
残念なことに、王は1人の女性に尽くすタイプではなかった。
若い頃より闘いに身を置き死線をさすらった為か、生きる意味を性交に求めてしまいがちだった。
現王は兄弟達との戦いで勝ち上がり、その地位を得た者なのだ(負けた者は生きていれば配下となる)。
ある時娘を愛する魔界の宰相が、魔界の王へ提案をした。
娘を正妃として嫁がせても、子供は産ませることは出来ないが、その代用として、魔力のある側妃をいくらでも手配するという内容だ。
王は提案に応じ宰相の娘は子を産まぬも、愛する王の傍に寄り添う王妃という地位を得ることに成功。
『父が生きている間は、娘を悪意から守ってみせる』
女性は、普通に出産し魔力が溜まるまで100年近く掛かるのに、高い魔力の者を次々と王に嫁がせ子を成すので、王家の戦力は膨れ上がった。
しかし王家に女性が集中すれば、他の貴族からは不満が出る。
折衷案として側妃の下賜。
1度子を成した妃は、好きな男に嫁いでも良いことを約束したのだ。
勿論、王の側に居たい者も多数いた。
だが魔力量が多い子を産んだ側妃以外は、報奨として次々と下賜されていったのだ。
魔王は確かに強いが、今回のことで男性からも女性からも、多くの反感を買う。
娘を王妃にした宰相以外の貴族数人が手を取り、王位の奪還を画策しだしたのだ。
表面化はしていないが、影の諜報から不満が燻っていることを王は知っていた。
魔界は世襲制ではないが、特に問題がない場合は力のある現王から、現王の子へ王位はそのまま引き継がれていた。
魔界では、それほど王という地位に執着はされない。
力のある者は王家に一応の忠誠を誓えば、個々での行動に制限は受けない。
今の政治形態を崩せば魔界内で混沌とした戦闘状態が続き、自由に動けなくことを嫌うのも、世襲が続く理由の1つなのだ。
だが、いくら形骸化した王とはいえ、やり過ぎては目に余る。
今なら王が、自らの行動を認めて修正すれば、互いに血を見ないだろう。
しかし魔族は、己の武力や魔力で他者を支配する者だ。
頂点の者が非を認めることは、なかなか出来ないのだ。
この王の元には10人の王子と2人の王女が誕生しているが、魔族の体の成長速度は遅い。
人と比べると、人の10年で魔族1年分位である。
ただ知識は、その年齢分で蓄積される。
体は子供、知能は年齢分となる。
(人間にまぎれれば、姿のわりには賢すぎる子となるだろう)
魔界では50年や100年ではひよっこで、300年過ぎた辺りからやっと認められ始める。
年齢が上がるほど、狡猾になる者は多い。
子供達が全員大人と認められるのは、まだまだ先なのだ。
現王ハイルリヒは、今520才。
右腕となる親友のアルファードは、公爵位を持つ軍務大臣だ。
女に滅法弱いが、弱者には優しいハイルリヒを気に入り追従している。
内部扮装なくやってこられたのも、女以外に野心が少ないハイルリヒが、政治に心を砕いてきた成果なのだ。
今回は、唯一の弱点が裏目に出た形だ。
王の妻の父親は宰相アイドステル。
長く続く侯爵位を持つ、影の王と呼ばれる者だ。
そんな彼さえも、娘の為に窮地に陥ってしまった訳だ。
今後武力対決必至の中、鍵となるのは個人の力量と魔獣達の質・総量。 そして味方となる貴族や民の数の確保だ。
ブラックゴルゴノプスドラゴンは、(魔族の)王家が所有する魔獣だ。
もともと3体保有していたが、対人間界用の1体が300年前に一旦(食べられて)消失した。 現在は体の復活は果たしたが、魔力の元である竜玉はラリサと融合している。
他の2体は力が強すぎることで、王家に逆らわないが実践の戦いには出ていない。攻撃されると、自我が一時的に崩壊し敵味方屠るからである。まあ味方なら良いかというスタンスだ。
強さで圧倒する為には、是非とも竜玉を取り戻したい。
竜玉はドラゴンが産まれた時から魔物を食み、その魔力を取り込んで凝縮した物だ。
その長く(1000年を越える)蓄積した魔力で、数々の巨大魔法を展開出来るのだ。
竜玉が戻らない今、復活後のドラゴンの力は脆弱だ。
他の魔物よりは格段に強いが、巨大魔法を使えないドラゴンは狙われ標的になるだろう。
今は城の守りの為にも、竜玉の確保は必須事項なのだ。
既に若手の魔族は、身勝手にも王家が宿願としている人間界の支配に手を着けようと、魔物をけしかけている。
もし地上が若手魔族に支配されれば、勢力図は変わるだろう。
だが、甘い考えで出向けば必ず返り討ちに遭うだろう。
人の中にも強者が居るのだから、浅慮な者ほど死にやすい。
本来は厳しく禁止している規則も、守られなくなってきている。
何とか均衡を取り戻さなければ、魔界の混乱は収まらないだろう。
イリヤがウィリアムになる転生魔術を受けた時、イリヤの体はコールドスリープ状態にされて保存されている。
ラリサを殺した後は、自動で戻れるように設定されているのだ。
でもいつまで経っても、竜玉も息子も戻ってこないと焦る王。
その為イリヤが転生前に聞いていた作戦と、相違が出てきている。
イリヤも今更ラリサを殺すことは出来はしないだろう。
イリヤは思う。
アナスタシアの実力は解らないが、1度見た所ゼフェルもブロディの生まれ変わりも、かなり動きが良い。
あの時(見学時)も実力を半分も見せていないだろう。
少なくとも師となるアナスタシアは、それ以上だ。
ラリサだとて魔法使いの癖に、剣技も中々のものだった。
中程度の魔物なら、魔法を使わずとも善戦出来るだろう。
あの時キャラウェイの生まれ変わりは不在だったが、きっとブロディ程度の仕上がりは成されているはずだ。
アナスタシアの別動隊や、国の騎士や魔法使い達のレベルも高そうだ。
今の状態で人間界に攻め込むのは悪手だ。
だが他者に怪しまれないように、イリヤから魔界への連絡する手段となる物は持たされていない。 連絡できないのだ。
そもそも、まだ転生前の記憶を思い出せてない振りをしているのだ。 連絡するより先に、記憶が戻ればラリサを殺して元の体に戻っているはずなのだ。 本来、戻って連絡すれば良いだけの話なのだし。
でもラリサを殺すことはもはや出来ない。
イリヤが産まれたのは、前回ブラックゴルゴノプスドラゴンが討伐される少し前になる。
知らずとイリヤとラリサは、同じ時間軸で生きていたことになる。 ラリサは転生しても、300年前の記憶を保有しているのだから。
現王もイリヤの母も側近達も気づいていないが、第一王子だけでなく他の王子達も賢いイリヤが王に愛され、優遇されているのを知って嫉妬していた。
態度には出していないも、現王は争いを好まないイリヤに共感を抱いていたのだ。
だからこそ、イリヤの眠るコールドスリープの装置を破壊しようと考えるも者も出ていた。
魂なく肉体が目覚めれば肉体は腐り、再び元の体に戻れない。
ウィリアムとしての生しか残されなくなる。
イリヤの思いが例えば恋だとして、人間のままならラリサとウィリアムは実の姉弟となり結ばれることはないが、ラリサとイリヤの(王子の)体なら婚姻することは可能だ。
昔から魔族と人間の混血児も時折見られている。
例えていても意味をなさないが、イリヤの体のある今ならまだ、いろんな選択肢が残されている。
今後どう動くかで、変化する未来があるのだ。




