地味顔の魔女は、前世を思い出す
R7、3/9 15時 誤字報告ありがとうございました。
大変助かります(*^^*)
どうも、名前負けしていると評判のエリザベートです。
最近庭を散歩していると、弟の乳母にわざとぶつかられて転んだら、よろけた先の石に額を切って流血。
その時何故だか意識を失い、2日寝込んでいる時に前世を思い出しました。
傷は痛んだけど、3才で思い出せたことは僥倖。
自立に向けて早めに準備ができ、ラッキーなんて思っていたら何やら周囲が不穏なことになっている様子。
長男ウィリアムの乳母バーバラが、両親の寵愛を一手に集める私に怒りをぶつけた結果が転倒の真相。
両親の怒りは強く、殺人未遂で訴えると捲し立てています。
バーバラは悪い乳母ではないのです。
私にばかり構い、寂しそうにしているウィリアムを思っていろいろと両親に進言していました。
ウィリアムにも目を向けて欲しいと。
ウィリアムは2才。
まだまだ親に甘えたい盛りです。
姉だけちやほやされるのは、やるせないことでしょう。
かと言って、常に両親が隣にいる私には手は出せない。
出しても子供の喧嘩なんて、可愛らしいものでしょうが。
その反動か、ウィリアムはまわりにある物を壊すようになりました。
物を壊すことで、知らずと不満を解消していたのでしょう。
それなのに使用人は困惑し遠巻きになり、あまつさえ大好きな両親にも窘められるのです。
その時の私は前世の記憶がないただのエリザベートなので、助言をすることも出来ませんでした。
傍らで見ていたバーバラは、ウィリアムを慮り悔しさを滲ませていたのです。
それが今回、たまたま態度に出てしまいこの顛末に。
私は近くにいるメイドに、両親を呼ぶように伝えました。
まだ2人は、私がラリサ(前世)の記憶を取り戻したことは知りません。
2人が部屋に入ったのを確認し、部屋を魔法で防音状態にしました。
「2人とも今までありがとう。 記憶が戻ったから出ていくよ。 私がいたらこの家はおかしくなる。 現にウィリアムを、親より大事に育てているバーバラを訴えるなんて、あんた達正気じゃないよ。 私なら大丈夫だから。 幻覚魔法も使えるから大人に擬態できるし、またギルドに登録してポーションでも作れば金は入る。 体は3才だが、中身はババアだ。 心配する要素もない。 何なら家中の勿論あんた達の記憶も消して行けば、バーバラは無事でいられるな。 うん、そうしよう」
私は一気に気持ちを伝える。
※ここからはババアに戻るので、可愛い語りは終わりにするよ。
黙って去るのも寂しいし、お腹を痛めてくれたメアリーと慈しんでくれたブルーノにも感謝を伝えたかったのだ。
「ば、バアちゃん? 記憶が・・・・・ 嘘っ。 うぅっ」
「ラリサさんなんですか? あぁ嘘。 会いたかった・・・・」
2人とも一瞬で涙が溢れ出していた。
小さい腕で、驚いている2人を抱き締めて背中をトントン擦り、
「なんだか先に愚痴が出てすまないね。 ババアに免じて許せよ。 お前達が立派に育って、ちゃんと結婚して嬉しかったのは本当だ。 でもさあ、保護は頼んだがこれは違うよ。 私はあんた達が公爵家を出されて貧乏になっても、なんとか生かして置いてくれれば良いくらいにしか思ってなかったよ。 私だけ溺愛してウィリアムを蔑ろにしたら、ウィリアムがどう思うか想像できるだろ? あんた達の子供時代を思い出して、悪いと思えるんなら今すぐにウィリアムとバーバラに謝っといで。 そうしたら後1年位、ここにいるかもしれないな。 しないなら即出てく」
言い終える前に、2人同時に「謝ります!」と叫ぶ。
だから出ていかないでとすがりつき、私を抱えて階下のバーバラとウィリアムの元へと走る。
ウィリアムは、バーバラのスカートにすがりついていた。
その回りには他の使用人もいたが、関係ないとばかりに2人は頭を下げる。
「2人とも申し訳なかった。 酷いことを言ってしまってすまない。 バーバラ、訴えるなんて言って悪かった許して欲しい。 いつもウィリアムを大事にしてくれているのに。 俺は親失格だ。 ウィリアムもごめんよ。 寂しい思いをさせてしまって。 これから心を入れ替えるから、どうか許してくれないか」
「2人とも本当にごめんなさい。 エリザベートのお顔がお世話になったラリサ様にそっくりで、どうしても懐かしさで構ってしまったの。 今の私が在るのは全てラリサ様のおかげだったので。 でも2人は別人(昔恩人、今は娘という意味)で、気持ちを押しつけてはいけなかったのに。 許してくれないかしら」
2人は頭を下げたままだ。
公爵家当主と夫人が、使用人に頭を下げるなんて前代未聞のことだ。
でも2人はそれ所ではない。
下手をするとずっと待ち焦がれたラリサが、居なくなってしまう。
楽しかった記憶も消されてしまうなんて考えられない。
本当に心から謝ってるのかしら?とラリサは思うが、及第点として受け入れることにする。
バーバラは慌てて頭を上げるように伝え、
「勿体ないお言葉です。 今後もウィリアム様に仕えることをお許しいただければ、何も言うことはございません」
と頭を下げる。
ウィリアムはきょとんとしているが、メアリーが屈んで両手を差し出し「おいで。 ウィリアム。 抱き締めて良い?」と尋ねるとウィリアムは満面の笑みを浮かべる。
「うん」と言って駆け寄ると、小さな体はメアリーの腕の中に収まった。
ああ、こんな風にこの子を抱きしめたことは初めてだ。
寂しい思いをさせてきたわね。
ラリサ様に言われるまで気づかないなんて、まだまだ親としても人間としても未熟だ。
機会をいただきありがとうございます、ラリサ様。
「未熟なお母様でごめんね。 許してくれる?」
「うん」と頷くウィリアム。
エリザベートを抱えたままのブルーノも屈み、ウィリアムと目線を合わせる。
「お父様も許してくれないか?」
不安げに問う父に対し、少し考え込むウィリアム。
そして「良いよ許してあげる。 抱きしめてくれたらね」と笑う。
その瞬間右手にエリザベートを抱え、左腕でメアリーごと抱きしめた。
「これで良いかい?」
「うん。良いよ」
ウィリアムの笑顔を間近で見て、2人は改めてこの子を守ろうと決意する。
いじけて受け入れられなくても、仕方がないと思っていた。
それなのにあっさりと許す度量。
「ウィリアムは、俺なんかよりよっぽど男らしいよ。 良い男だ」
そう言われて照れるウィリアム。
ラリサ(エリザベート)も、ブルーノの腕の隙間から手を出してウィリアムをなでなでする。
「ウィリアムは良い子。良い子」
ウィリアムは一瞬びっくりするも、エリザベートのニコニコ顔に心を許しなすがままだ。
しばし一つに固まる家族。
長い蟠りが溶けていく。
そして公爵家の歪な雰囲気も払拭されていった。
エリザベートの顔に、違和感を抱いていた使用人も納得したようだ。
どちらにも似ていない顔に、メアリーの不貞を疑っていた者もいたのだ。
その謎が解けた瞬間だった。
ブルーノとメアリーの恋物語は、市政でも知られていたが脚色されている。
詳しく調べなければ、詳細を知るものは少ない。
中にはこの隙に公爵家の綻びを探るスパイの使用人もいたが、このことを知れば指示した者の期待は薄くなるだろう。
実際にエリザベートとラリサが同一人物だと解る者は、ラリサを良く知る人物でなければいないだろう。
ラリサは思う。
もう少しだけ、体がもう少し成長するまでいようかと。
本当はウィリアムの猫っ毛を、わしゃわしゃしたかっただけなのだがそれは内緒である。