水無月隼人はまだ死なない
ある年の1月29日、午後4時を過ぎたあたりのこと。
海岸沿いの地域で震度7以上の地震が起きた。
負傷者数、行方不明者数は合わせて十万人を越え、死者数は三万を超える大きな地震だった。
人々の賑やかな喧騒が響き渡る小さな街は、一瞬にして阿鼻叫喚の声に包まれた。
建物の崩壊、逃げ惑う人々を無慈悲に襲う津波。
数年ぶりの大災害だった。
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1月29日、午後9時
「寒い……誰か……助けてくれ」
冬のひんやりとした地面を全身で感じ取りながら助けを求める少年、その周囲には朽ちた木材が散乱していた。
家を支える大きな梁が少年の背中に乗っかり、少年は動くことを封じられている。
少年の右足首には木材のささくれが刺ささっており、赤黒い血が流れている。
だが、意識が朦朧とする少年にとっては特段気にすることではないようだ。
いや、傷ができてすぐは痛みに喘ぎ、悶え苦しんだのだろう。
しかし摂氏0度を下回る気温に長時間放置されたために、寒さで感覚が麻痺してしまったようだ。
少年は痛む様子など微塵も見せず小さな白い息を吐き続ける。
未だ復旧されない街灯は暗く、少年を照らすのは雲一つない夜空に浮かぶ青い月の光のみ。
人々の喧騒もとっくの昔に聞こえなくなり、周囲は人の気配を感じることのできない静寂に包まれたいた。
15歳の少年、水無月隼人は一人世界に残された疎外感、そして強い後悔を感じていた。
「ごめん……俺、先に……」
助けを求め続け誰も来ずに数時間が経った今、水無月は自分がこのまま死ぬ可能性を頭によぎらせる。
こういう時に負の方向に考えるのはよくないと頭で分かっていても口に出るのは弱音ばかり。
自然と生きる気力も失われていく。
「死にたく、ない……嫌だ……嫌だ」
体温が奪われ、自分の体の感覚がなくなっていく。
もう心臓の熱さえ感じることができない。
それが、さらに死への恐怖を加速させる。
「ごめん……ごめ……ん、如月……側に、居れなくて…………」
夜闇よりも暗くなっていく視界。
しばらくして、水無月の意識は冷たいアスファルトに溶けていった。
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1月29日 午後11時50分
月光は一人倒れた少年を照らし続けていた。
助けを求め、愛する人への後悔を嘆き、その果てに誰からの手も差し伸べらなかった少年を、月は絶え間なくずっと照らしていた。
日は移り変わろうとしている。
そんな中、少年の元にアスファルトを叩く音が近づく。
足音は大きくはない、だが静閑な世界に十分すぎるほどに響き渡る。
やがて足音は、倒れる少年の目の前で鳴り止んだ。
「まだ死んでないね。よかったよかった」
足音の正体、青い月に照らされるのは、暗闇でも映える白い髪。
それを風に靡かせる小柄な少年だった。
少年は水無月の目の前でかがみ込むと、腕を持ち上げて顔を覗き込む。
「──憎たらしいほどそっくりだね。吐き気がする。まあいいよ。君は僕にとってとても大事なんだから」
苦い顔をしながら、少年は水無月の腕を持ったままアスファルトに沈んでいく。
「ようこそ、エルアーデへ」
やがて、水無月に覆い被さっていた木材はパタリと音を立てた。
水無月隼人
年齢:15歳(1話時点) 現役の中学3年生
誕生日:6月6日
容姿:172㎝と背は高く、水泳部に所属していたため肩幅が少し広い。
4歳の頃から水泳をやっており、中学3年間は水泳部に所属していた。
如月陽菜という彼女がいる。