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08. ミス学園のキス

 闘牛。スペインの国技として非常に有名なこのスポーツは、いかに優雅に美しく牡牛を仕留めるかというところが評価される。


 闘牛士に求められるのは、勇気と技と美。


 まず槍や(もり)で弱らせ、息も絶え絶えになった牛を、次は布をつかって操りながら、闘牛士が演技をする。有名な「オ・レ!」という場面だ。


 そして、最終場面の「真実の時」で、急所を真剣で一突き。


 これを外すと牛は苦しみ、会場からはブーイングの嵐。きちんと急所に刺されば、牛はその場に膝をついて倒れる。本当に、突いた直後に。苦しむことなく。


 なんともエンタメ性の強いスポーツで、はっきり言って動物愛護団体には、相当嫌われている。


 競技が終わると闘牛士も倒された牛も、その健闘を讃えられる。観客の振る白い布が多いほど評価が高い。要ハンカチ持参。


 前世で私が見たときは、闘牛士の演技と牛の健闘が高く評価されて、普段は閉じている正門が開いたと聞いた。

 正門の開閉にどんな意味があるのか。なんで普段は閉まっているのか。あのときにきちんと聞いておかなかったのが悔やまれる。


 次回、聞けばいいって思ってた。だって、死んじゃうなんて思ってなかったから。


 ちなみに、仕留められた牛の肉は、レストランに卸されて、シチューなどになるらしい。

 成長した雄なんて肉が堅いので、じっくり煮て食べるしかないんだろう。


 この世界は、もちろんスペイン・テイスト。国技と言えば闘牛……ではなくて、闘竜になる。

 竜というのはドラゴンじゃなくて、いわゆる恐竜。トリケラトプス?そんな感じの魔物。


 全長九メートルの成竜ではないけれど、それでも三メートルは下らない。

 いくら魔法がありだと言っても、こんなもんと戦うのが国技とか。ゲーム作家は狂人だ!


 もちろん、恐竜にひらひら布は振らないけれど、槍と(もり)と剣で優雅に仕留めるというところは、まったく同じ!


 そんな簡単に設定するなら、自分でやってみろ……と思う。


 ゲーム作家め、覚えとけ! カルに何かあったら、聖女の力で遠隔呪詛ってやるっ!


「シアぁ、診療室で殿下と何してきたのかなぁ?お肌プリプリじゃ~ん! 女性ホルモン出したね」


 この子は悪友のニナ。聖女になる前からの幼馴染なので、今でも気軽に話してくれる。


 唯一の友で、つまり親友だ。


「変なこと言わないで。ちょっと魔力をもらっただけよ」

「え~?密室でしかできない方法で?やぁらしい」


 ぶん殴ってやろうか。私がカルに片思いしているのを知っていて、この言い草!

 いくら密室になったって、私たちは清い関係!そんなこと分かってるくせに。


「それ、もう聞き飽きたよ。好きに想像してて。それより、なんで今年はカルが出場するの?聞いてなかったよ。去年は出なかったのに」

「あー。あれせいじゃない?優勝者への『ミス学園』からのキス。去年あんたが優勝者の先輩のほっぺにキスしたとき、殿下マジでキレてたから。……あの先輩、まだ生きてるかなあ」


 カルが言ってたご褒美のキスって、あれのことなの? え、でも今年は……。


「今年の『ミス学園』は私じゃないと思う。たぶんサラちゃんよ」

「サラ?あの子は可愛いけど、あんたほどじゃないよ。それに大人しくて目立たないし、ブレークするとしたら、あんたが卒業した後じゃない?」

「違うよ。今年の卒業パーティーまでは、サラちゃんが主役なんだから」

「えー?なんで一年生が卒業パーティーなのよ。いくら聞いても意味分かんない」

「いいの!そのときになれば分かるから」


 そうか。ここでカルが優勝したら、ヒロインとキスをする。カルが危ないことをするのは嫌だけど、邪魔しちゃいけないんだ。


 とにかく、カルが無事なら、勝っても負けてもどうでもいい。


「ねえ、シア。いい加減、殿下の気持ちに応えてあげたら?今の時代、本当に『お清』な聖女なんていないよ。聖職者だって、みんなそれなりにヤッてるし。この学園に入学する平民は、奴らの隠し子率高いって聞くよ」

「そういうことじゃないのよ。私の問題なの!関係が深まったら、別れるのが辛いじゃない。それに、正神殿にも大手を振って頼れなくなるし」

「だから、そこが分からないのよ。なんで婚約者と別れる前提?そんなんだったら、さっさと婚約解消するんじゃないの?」

「してくれないのよ。何度も打診はしてるんだけど」

「え、ちょっと!殿下に婚約解消を願い出てるの?あんた、正気?」

「うん。だって、婚約が長引けば長引くだけ、苦しいんだもの」

「はあ?あんた、殿下にベタ惚れのくせに、なんで好きな相手との婚約が辛いのよ?」

「好きだから辛いのよ。だって、離れたくないんだもの」

「それ、論点おかしいよ。好きで離れたくないのに、婚約解消したいって何?」

「だから、色々あるのよ。特にこれから」

「はあ? それ、シアの妄想でしょ? あーあ、殿下もあんたが相手じゃ大変だわ。同情するね」


 なんとでも言えばいいわ。どうせもうすぐ分かるんだから。


 たとえ、ヒロインが別の攻略対象を選んだとしても、カルはヒロインに夢中になってしまうんだもの。


「あ、入場だわ。うわっ!今年もみんな派手だね。さすが闘竜士候補。イケメン揃いだわあ。特にあの子!新入生だね。見てよ、シア。すごい美形よ!」


 ニナが指差しているのは、ヒロインの同級生。攻略対象の一人だ。ああ、そうか。ここは彼のフラグが立っていたんだ。


 カルが出場しないなら、きっと彼がヒロインのキスを受ける。そして、そこから、彼のルートが展開していくはず。

 カルがそれを阻止する流れになっているなら、やっぱりこれは第一王子ルートなんだと思う。


 ヒロインは、サラちゃんは、この展開をどう見ているんだろうか。


 そう思って彼女を探すと、救護テントの中で治療記録を書いていた。競技には全く興味がないようだ。

 自分にフラグが立っているのに、淡々と仕事をしている。その真面目さは良いと思うけど、ヒロインとしてそれでいいの?本当に?


「殿下だわ。あー、やっぱり、殿下が一番だね。あんな男と一緒にいて寝ないとか、シアの気持ち理解できないわ。あんた、女じゃないね」


 カルにとって、私は国に押し付けられた婚約者。大聖女だからってだけで、勝手にペアを組まされた邪魔者。

 もちろん、いい友達ではあるけれど、恋愛対象じゃないんだって。女じゃないのよ、本当に!


 騎馬で入場したカルは、私の前を通るとき軽く会釈をした。婚約者に礼を尽くすのは当然だ。

 私も白衣を軽くつまんで、膝を折ってお辞儀をした。


 私たちがそういうやりとりをするのは、いわば慣例というか、古くからのしきたり。

 なのに、学園ではすごく目立つらしく、いつも周囲からきゃあきゃあと騒がれる。

 まあね、王族の優雅な仕草に萌えるように、このゲームは設定されているわけで。


 ふと見ると、無関心だったサラちゃんも、目をキラキラさせてこっちを見ていた。

 ほらね、やっぱりね。やっぱり、ヒロインはカルを好きになるんだ。


 そりゃそうよね。カル以上の男なんて、この世界には存在しない。選べるなら、絶対にカルだもん。あとは雑魚ばっかり。正直どーでもいい。


「ニナ、この競技、勝敗どうなると思う?」

「殿下の勝ちでしょ、どう考えても。キスは死守するって気迫でてるし」

「勝つためには、優雅に仕留めなくちゃいけないのよ。戦うだけでも大変なのに」

「そうだけど。シア、ちょっと、あんた震えてるの?」


 どうしよう。怖い。カルに何かあったら。


 私はガタガタと震える自分の体を、自分の腕で抱きしめた。

 ヒロインとキスなんて、こんな危険なことをしなくても、すぐにできるのに。カルはバカだわ。


 大丈夫、まだ、手はある。あれを使おう。


 カルが絶対に傷ついたり、死んだりしないように。何かのときは、私が身代わりになるように。


 私はそう覚悟を決めて、森羅万象、宇宙のエネルギーを集めた。

 人の命を確実に守るには、その代償を差し出さなくちゃいけない。つまり私の命だ。


「シア、あんた、まさか……」


 ニナは心配そうにしていたけれど、それは見ないことにして、私は会場全体に力を注ぎ込んだ。


 これで大丈夫。もし、この競技で誰か死ぬことになるなら、それは私だ。


 カルは絶対に死なない。死なせない。


 そうして、私の力が有効になったとき、いよいよ競技が始まったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回、『国技』という文字を見て、相撲がチラついた私は根っからの日本人のようです(^.^; >去年あんたが優勝者の先輩のほっぺにキスしたとき、殿下マジでキレてたから。……あの先輩、まだ生き…
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