07. 不純異性交遊?
「ちょっ!カル、ダメよ。こんなところで。誰か来たら困るっ」
「誰も入って来れない。鍵はかけたし、ここは密室」
「そ、それなら、ますますダメでしょ。その、こういうことは、誤解を招くし」
「誰の誤解が、なんで困るわけ?」
「だって、若い男女が密室って、なんかヤバいよ」
「はあ?ああ、そうか。ヤバいことしたいんだ?」
ちがーう!逆だよ、逆!こんなの健全じゃないっ!危険だよっ!
なんで、私とカルが、二人っきりで診療室のベッドの上にいるのよ!しかも、鍵付き密室って、休憩は休憩でも、昼休みじゃなくて『ご休憩』みたいじゃないっ!
保健委員会顧問の鬼畜医養護教諭とのサラちゃん攻防戦の末に、まだ地面へたり込んだままだった私を、カルは颯爽と抱き上げた。
周囲から、またもや黄色い悲鳴があがったのは、言うまでもない。
何これ、デ・ジャ・ヴ?
うんうん。入学式にもこんな感じの騒動あったね。あれも、私が誰か攻略対象者のフラグを、バキバキに折ったときだったね。
同じだ。学習してないね、私。
「先生、少し悪ふざけが過ぎますね。アリシアの具合が悪いようなので、医務室に連れていきます。鍵を貸してください」
「カルロスか。君は王族とはいえ、学校では一生徒だ。教師に意見を言える立場ではない。そのこと、きちんと分かっているのか」
「ええ、もちろん分かっています。だから、穏便に済ませようと、鍵をお借りしたいと言ってるんです。アリシアは少し休ませます。午後の競技には、聖女の力が必要ですから」
「ああ、なるほど。教師として、生徒の不純異性交遊は見逃せないのだが、魔力の補給ということなら、まあ、いたしかたない。だが、ベッドは汚さないでくれ。冤罪は困る。ただでさえ聖女さんには、何か誤解されているようだしね」
「ご心配には及びません。僕は先生とは違いますから」
「どうだろうね。そうは見えないけれど。男の考えなんて、そう違わないものだろう」
「それは認めますが、少なくとも僕には、不純な動機はありません。行動には責任を持ちますから」
「責任なら私も喜んで取るよ。愛しい人のためならね」
何この会話。何の話をしてるのよ?話が見えない。ふ、不純異性交遊って……ないから!
カルも鬼畜医も穏やかな笑顔を浮かべて、一見なごやかに見えるけれど、ものすごいテンション。空気がビリビリと震えてる。
威嚇?威嚇行為? ヒロインをめぐっての、恋の鞘当て……ではないな。サラちゃんは遠巻きに見守っているだけで、この場面ではその他大勢。
どう見ても、このシーンでは私がヒロイン・ポジションでしょ。なんで、こうなった?
あ、もしかして、サラちゃんは別の攻略対象ルートに入っているの? この二人はもう、モブ扱い? ……ありえないわ。
そんな話より、フラグがバキバキに折れちゃうのは、バグが入ってるからって言われた方が、よっぽど納得できる。つまり、ゲームのシステムエラー的な理由で。
困惑する私をよそに、あれよあれよと言う間に、カルはしっかり診療室の独占使用許可をかすめ取った。
そして、診察室のベッドの上に私を乗せ、自分は私の上に乗って……って、それはないけど、私はベッドの上で正座して、カルは縁に腰掛けている状況だ。
私が距離を取るため、にじにじと後ろへ移動しようとすると、パッと腕を掴まれた。
ちょっと、なんか、どうしよう。
「逃げるなよ。魔力を補充するだけだ。取って食いやしない」
「キ、キスはだめよ」
「は?今更、何言ってんだよ?」
「この間のは、救命救急だったから!あれは事故チューだから、私のファーストキスじゃないの!せ、聖女はキスなんてしたら、絶対にダメなんだからね!清く正しく美しく!」
「清くって、そんなもん、今はもう誰も守っちゃないだろ。結婚まで一年を切ったんだし、そろそろ俺たちも、そういう関係になっても……」
いや、ダメダメダメダメ!ダメだから!
というか、ここで深い関係になって、それで最終的に婚約破棄とか、もうお先真っ暗だよ。絶対にダメ。
聖職者は「お清」が必須! カル以外の男になんて、嫁ぐ気ないんだから、神殿に聖女として雇ってもらえなければ、確実に野垂れ死ぬから私。
「と、とにかく!結婚までは清い関係でいたいの!キスなんて、破廉恥行為は絶対に嫌っ」
転生者の私としては、キスごときで破廉恥とか『ひいばーさん世代か?』と思う発言だけど。
それでも、最近なぜかぐいぐいと距離を縮めてくるカルには、このくらいの牽制がちょうどいい。
思春期の男子はそのことしか頭にないらしいけど、そんなのにあっさり飲まれたら、私もカルも後悔する。ここは慎重に行動しなくてはっ!
そうやって、軽く、いや厳しく拒絶したはずなのに、なぜかカルは急にご機嫌になった。
あ、れ?やっぱりカルも、キスは好きな子だけにしたいと思ったのかな。意外と純情?
「結婚までか。結婚する気にはなったんだな。ならいい。事故チューはよくて、エロいのはダメってことだろ。じゃ、ご褒美キスはOKだな」
「え、何よ、そのご褒美って」
「午後の競技。最高得点で優勝したら、祝福のキスをしてくれよ」
「午後って、え、カル、競技にでるの?」
「当然だろ、国技に出ない王族がどこにいるんだよ」
嘘でしょ、だって午後の競技は……。
「だから、もしものときのために、お前の力を戻しておきた……」
カルが言い終わらないうちに、私は思わずカルに抱きついていた。
「何してんだよっ。誤解を招く行為はダメだって、自分で言ったばかりだろ」
いきなり抱きつかれたせいか、カルの顔はかあっと赤くなった。体も熱を持って火照っている。
それなのに、それに触れている私の方は、全身の血の気が引いて、むしろ寒いくらいだった。
「心配だよ。あんな危ない競技。この学園の競技者は、セミプロだよ?いくらカルでも、優勝どころか大怪我するかも」
思わず涙が出た。どうしよう、怖い。カルが死んじゃったらどうしよう!
ガタガタ震える私を、カルがギュッと抱きしめた。そして、指で優しく涙を拭ってくれる。
「大丈夫。勝つ自信あるんだ。それに、聖女がいれば、怪我しても安心だろ。だから、魔力を受け取ってくれよ。これはキスじゃない。万一のときの救命行為への備えだ。それなら、いいんだろ?」
私は黙って頷いた。
魔力と聖女の力は違う。それでも、魔力が入れば体の回復が早まる。心身が回復すれば、祈りに集中できる。万物のエネルギーを集めやすくなる。
私はカルの首に腕を回して、自分から口づけた。
人には器としての容量がある。私の器に魔力を満たしたとしても、カルにとってはたいした損失にもならない。
唇から、体から、触れ合っているすべての場所から注ぎ込まれるカルの魔力に、私はそのまま身を任せた。
魔力が注がれる感覚。いつものように舌を絡めると、あまり気持ちよさに、全身が喜んでしまう。
え、いつものように?カルとキスをしたのは、入学式だけ。なのに、なんで体がこんな反応をするんだろう。でも、すごく気持ちがいい。止められない。
キスに夢中になっているうちに、私たちは無意識にベッドの上に身を横たえて、しっかりと抱き合っていた。
お互いの体から伝わるのは、魔力なのか体温なのか。あまりの心地よさに、体がドロドロに溶け合ってしまいそうだった。
愛しさと切なさで、体の芯がきゅうっと締め付けられる。もっと触れて欲しい。こんなんじゃ物足りない。
「眠ったほうが、魔力がうまく染み込む。十五分たったら起こすから、少し寝ろよ」
まるで全身で吸い付くように、カルを貪っていた私は、その言葉で正気に戻った。
どうしよう、一瞬、理性が飛んでた。私、完璧に痴女だった!
「う、うん。ありがと。ごめん、なんか加減が分からなくって。魔力をもらうなんてこと、慣れてないから」
今度は私が赤くなる番だった。惚けた顔を見られないように、私はカルの胸に顔をうずめたまま言った。
カルはそれに対しては、何も返答してくれなかった……たぶん。というのも、私はすぐに深い眠りに落ちてしまったから。
ああ、不思議だ。まるで王宮のベッドみたい。すごく心地いい。
そしてカルは、私が眠っている間、ずっと抱きしめてくれていた。
もしかして、カルは私のことが好きなのかなと、またそんなことを夢見てしまいそうなほど、それは幸せに満たされた時間だった。