33. 久しぶりの逢瀬 (カルの視点)
シアが帰ってくる!従兄のニコライ皇帝陛下と各国表敬訪問を終え、異教徒圏を観光して戻ってくると連絡があった。
その日が来るのを指折り数え、到着前夜は楽しみで眠れなかったなんてことは、シアには絶対に内緒だ。
子供か!絶対に笑われる。
各国の王家には、叔母や姉、姪が嫁いでいる。正式な婚約者としては紹介していないのに、なぜかみながシアの詳細な様子を連絡してきてくれた。
もちろん、シアからも毎日のように手紙が届いたのだけれど。
とにかく、シアは元気で頑張っていたようだ。あんなか弱い体で、よく一ヶ月以上も旅を続けられたものだ。
たぶん、ニコライ陛下が相当に気をつかってくれたんだろう。それに関しては、本当に感謝しかない。
「やっとシア様に会えますね。この一ヶ月の殿下は、本当に魂が抜けたみたいでしたよ」
「サラか。からかわないでくれよ。俺がシアに夢中だって知ってるだろう」
「もちろんですわ。でも、これで私もお役ごめんですね。おじゃま虫ですもの」
「いや、そんなことはない。これからもよろしく頼む」
シアの乗った船が入港するのを待つ俺の傍らには、サラ・オーランドが控えていた。
この夏は彼女を伴って地方を視察した。いや、シアの代わりをさせたわけではない。平民出身の彼女の助言は役に立つし、その美貌は女除けにもなった。
そして、それ以上に、彼女の情報収集能力はズバ抜けていた。
これは生徒会に入った頃から気がついていたのだけれど、彼女はなぜか男性を異常に惹きつける魅力がある。そして、それを最大限に利用しても、決して恨まれたりしない。
「君は、何か特別な訓練を受けているのか?その、つまり、諜報員養成のような」
不思議に思って、一度だけそう聞いたことがあった。それに対して、彼女はぺろっと舌を出して、こう言った。
「まさか! これはチートって言うんです。天賦の才みたいなものですね」
意味はよく分からなかったけれど、彼女にはそれなりに自覚があるようだった。それならば大丈夫だろう。
うまく使いこなせる才能ならば、さして危険もないはずだ。そして実際、彼女が危ない目に遭うことはなかった。
「君のおかげで、地方視察は大成功だったよ。ただ、ずいぶんと勝手な憶測が飛び交ってしまったけれど」
「気にしませんわ。言いたいものには言わせておけばいいんです」
実のところ、彼女は俺の恋人だと思われている。事実無根だけれど、シアには知られたくない噂だった。
あいつはなぜかずっと、サラ嬢と俺に何かあると誤解していた。そういうヤキモチは可愛いけれど、ようやく落ち着くというときに、シアの心を乱したくない。
「すまないけれど、シアが到着したら、軽く説明してくれないか。夏の視察に仕事として同行していたと」
「もちろんですよ。シア様は必ず誤解されますからね!」
シアから何か聞いているんだろうか。サラ嬢はなぜか自信満々にそう言った。
不思議な子だ。確かに可愛いし、魅力的だし、頭もいい。俺だってそういう子は嫌いじゃない。シアがいなかったら、好きになっていたかもしれない。
「あ!シア様ですよ!ほら、甲板に!」
サラ嬢に言われるまでもなく、俺の目は船の上の一点に釘付けになっていた。
長いまっすぐな銀髪をなびかせて、頬を上気させたシアが、こちらに向かって手を振っていた。彼女も俺に会いたいと思ってくれたんだろうか。
彼女を見た瞬間に、俺は思わず駆け出していた。早く、早くこの腕に抱きしめたい。シアが無事に俺の元に戻ってきたことを、きちんと確かめたい。
「カル!ただいま!元気だった?」
橋桁を駆け下り、寸でのところで転ぶという瞬間、俺はシアを抱きとめた。
「シア、危ないだろ!こんなところで走るなよ」
「ごめんなさい。でも、早くカルに会いたくて」
俺の首に腕を回して、嬉しそうにシアはそう言った。俺の恋人は、なんて可愛いんだ!
俺だって、ずっとシアに会いたかった。シアの匂い、シアの体温。シアが間違いなく戻ってきた!
そう思うと、胸に熱いものがこみ上げて、俺はシアを強く抱きしめた。そして、そのまま激しいキスを落とした。
シアの唇は柔らかくて甘くて、このまま押し倒してしまいたいほどの激情に駆られた。
「そういうことは、二人っきりのときにするもんだよ。独り身の私を妬かせないでくれ」
シアの後から船を降りてきたニコライ皇帝が、笑いながらそう言った。
ここでキスを止めるのは辛かったけれど、なんとかシアを抱きしめる腕を解いた。そして、彼女の腰を引き寄せて手を取ってから、陛下に向き直った。
シアは真っ赤になって俯いている。
「陛下。シアをお守りくださり、ありがとうございます。御身も無事で戻られて何よりです。この近くに王城がありますから、どうか、そちらでおくつろぎを」
「ああ、それはありがたいが、私はこのまま王都まで戻るよ。君たちの邪魔をしたくないからね。そちらのお嬢さんもご一緒しませんか」
陛下の言葉に、サラ嬢がドレスをつまんで、優雅な挨拶をした。
「サラ・オーランドと申します。シア様のお兄様、ニコライ皇帝陛下でいらっしゃいますね。お会いできて光栄です」
サラ嬢の登場に驚いたのか、シアが少し体を固くして、こう言った。
「サラちゃん!どうしてここに?わざわざ迎えに来てくれたの?」
「はい。実は、殿下の視察に秘書として同行していたんです。仕事は昨日で終わったんですが、その前にシア様にお会いしたくて。とてもお元気そうで安心しました!」
「ありがとう!サラちゃんも元気そうね」
約束通りに、サラ嬢は仕事だと強調して説明してくれたし、シアも特に気にした風ではなかった。
ホッとした。別にやましいことはないのだけれど、やっぱり気になっていたから。
「サラというのだね。可愛い名前だ。アリシアにこんな素敵な友達がいるなんて知らなかったよ」
「お兄様、サラちゃんには手を出さないでくださいね。大事な後輩なんですから。サラちゃんも油断しないで。この人はこんな見た目だけど、肉食だから!」
「シア様、私、この国で草食男子なんて見たことないですよ」
「それはそうだけど、お兄様は本当にダメなのよ。肉食どころか雑食なの!なんでも食べちゃうから!」
「おいおい、人を獣みたいに言わないでくれよ。サラ殿、お手を」
ニコライ陛下が差し出した腕に、サラ・オーランドは遠慮がちに手をかけた。
エスコートとしては悪くない絵だったけれど、シアは陛下をじっと睨んでいた。どうやら、皇帝には全く信頼がないらしい。
「シア、心配しなくても大丈夫だよ。彼女は身持ちが堅いし、簡単には誘惑されない」
「なんで、そんなこと知ってるのよ?まさか、カル、実証済みなの?」
「そんなわけないだろっ!シア以外を口説くかよ」
冤罪だ。そりゃ、ちょっとは可愛いと思ったけれど、断じて手を出したりしていない!
そんなことをしたら、シアは絶対に俺を許さないだろうが。そんなリスクを負えるわけがない。
「そこの二人、痴話喧嘩は人前でするもんじゃない。それは単なる惚気だよ」
俺たちはそこで会話を打ち切って、馬車へ乗りこんだ陛下とサラを見送った。
そして、馬車から死角になった瞬間に、俺はシアを抱きかかえて馬に飛び乗った。悠長に馬車に揺られる時間が惜しい。今すぐにシアを抱きたい。
飛ぶように馬を駆って、あっという間に王城に到着した。後を付いてきた警護の兵や、王城の衛兵にしばらくそっとしておいてくれるように頼み、寝室へシアを連れ込んだ。
「ちょっと、カル!私、お風呂入りたい」
「後でいいだろ。シア欠乏で死にそうなんだ」
「大袈裟よ。もう、ばかねっ」
シアが許してくれるのをいいことに、この一ヶ月余り行き場のなかった情熱を、ほとばしるようにシアに注いだ。欲望が理性を凌駕して、めちゃくちゃに乱暴だったと思う。
そして、我に返ったときには、すでに夜だった。
「シア、ごめん。やりすぎた。大丈夫か?」
「うん。嬉しかった。私もカルが欲しかったの」
なんだ、この可愛い生き物は!俺を殺す気か!
ときどき意識を飛ばしながらも、シアは俺に応えて全身で喜びを伝えてくれていた。そんな彼女が、とろとろとまどろみながら、そんなことを言うなんて。破壊力が強すぎる!
「煽るなよ。朝まで止められなくなるぞ」
「いいよ。でも、その前にお土産あげたい。ジャケットのポケットに入っているの。取って?」
シアが羽織ってい薄手のジャケットから出てきたのは、異教徒のお守りだ。
ナザール・ボンジュウと言ったか。訳せば『邪眼』だ。妬みや嫉妬の眼差しを跳ね返す魔除け。
「真っ青で私の目みたいでしょう?ふふっ。異教徒には、やっぱり聖女の目は怖いかもね。カルはアクセサリーしないから、カフスにしてもらったの。他の女の熱い眼差しを、これで撃退してやろうと思って」
なんだよ、それ。独占欲?俺を独占したいと思ってくれるのか。
俺の恋人は、なんだってこうも簡単に、人の心を鷲掴みにしてくるんだろう。しかも、無意識に天然で!
「シア、ありがとう。すごく嬉しいよ」
「気に入った?」
「ああ。お礼をしなくちゃな」
今夜は一晩中シアを離さない。朝まで徹底的に尽くして、ドロドロに甘やかしてやる!
そうして、旅で疲れているシアを、本当に一睡もさせなかったため、俺は彼女に派手に怒られることになったのだが、それは後の話だ。
今はこの幸せな夜を堪能しようと、俺はカフスボタンをテーブルの上に置き、また柔らかなベッドの上に戻ったのだった。




