31. 計画的犯行!?
創立祭も無事に終わり、あとは夏休みを待つだけになった。
今日は週一の聖女の癒しの巡業で、もちろんカルが護衛として付き添ってくれた。
そして、夜は王宮に泊まり、いつものように深く愛し合った。カルはいつもより丁寧に、まるで真綿で包むように、優しく私を抱いた。
「体は、つらくないか?」
「うん。魔力、注いでくれたんでしょう?」
「シアだって、俺に癒しを施しただろ?無理するな」
「いつも貰ってばかりじゃ、申し訳ないもの」
「ばかだな。俺なんか、お前に色々と貰いっぱなしなのに」
私、癒し以外に何かカルにあげたっけ?全然、覚えがない。むしろ、いつもカルに甘やかしてもらってばかりいると思うんだけど?
腑に落ちないという顔をしていたせいか、カルは小さなため息をついてから、私の前髪をサラサラと掬いながら、頭を撫でてくれた。
「お前の存在が、俺にとっては恩恵なんだ。シアはいてくれるだけでいい」
「やだ、大袈裟ね。私にそんな価値ないって」
笑いながらそう言って、ベッドから起き上がろうとした私を、カルはぎゅっと抱きしめた。
カルの腕の中で身動きできなくなってしまったので、その逞しい胸から聞こえる心音に耳を傾けた。
「俺の心臓は、シアが動かしているんだ。俺を死なせたくないと思うなら、シアが生きてくれよ」
「それは私も同じよ。カルがいない世界なんていらない」
「じゃあ、約束しろよ。何があっても、必ず生き残る方法を探すって。互いに互いを絶対に諦めないって」
「カル、なんだか変よ? そんなに心配しなくても、私は死んだりしないよ」
「当たり前だ。絶対に死なせるもんか。俺が命に代えても守ってやる」
「カルが死んだらだめじゃない。言ってること矛盾してるよ?」
カルは本当に心配性だ。昔から、なぜか私を壊れもの扱いする。異世界転生チートは天下無双なのに!
「……結婚の時期だけど、父上から待ったがかかったんだ」
今日明日で結婚できるとは思っていなかったけれど、カルがやけに言いにくそうだったのが引っかかる。
そんなに気にする必要ないのに。王族の結婚は国事だもの。
「そう。国王陛下は、なんて仰ってるの?」
「11月の諸聖人の日に、公式行事の王族墓所参りがあるだろ? あれにシアを同行して、正式に婚約者として、世に披露してからと」
「ご先祖さまに婚約の報告をしてから。そういうことなのね?」
「そう。今更なんだけど」
大聖女になったら慣例で、なし崩し的にカルの婚約者になったけど、公式なお披露目はしてないものね。
「分かったわ。うまくお役目が務まるといいんだけど」
「形式だけだよ。お前が国のために尽くしてくれてるのは、誰もが知ってるんだ。俺たちの結婚に反対するものなんていない」
そうかな。聖女の仕事はしてきたけど、カルの伴侶としては何もしてない。国益といえば、ニコ兄にサフランの輸入を勧めたくらいだ。
そういえば、ニコ兄、この国滞在中に遊びに来いって言ってたな。
「カル、ニコ…ライ様なんだけど、あれからなんか言ってた?」
「……俺たち、晩餐に招待されてるんだ」
「カルも一緒なら行くわ。色々と教えてもらいたいことがあるの」
「帝国のことか?珍しいな、シアが他国に興味を持つなんて」
「そう?カルの妃になるなら、各国情報に疎いのはダメでしょ。反省したのよ、今まで勉強不足だったって」
私がそう言うと、カルはさらに強く私を抱きしめた。
「ごめんな。これから苦労が増えると思う」
「カルこそ。私のせいで危ない目に合ってるじゃない! そういうの嫌なの。世界情勢を知れば、もっとうまく立ち回れるかなって」
「シアには、そんな心配させたくなかったのに」
苦渋を滲ませたカルの顔を見て、ニコ兄が言ったことが本当だったと分かった。
私に気づかれないように、カルはすべての困難に一人で立ち向かってきたんだろう。
「カルは私に甘すぎよ。これで王室に入ったら、温室育ちの純粋培養って笑われちゃうわ。それでなくても、聖職者なんて視野が狭すぎるんだもの」
実際、私は学園での成績もイマイチ。博識じゃないし、世情にも疎い。むしろ、前世のほうが勤勉だった。
「夏季休暇に入る前に、ニコライ皇帝を訪ねたいんだ。未来の義弟として礼を尽くしておきたいし、シアの伴侶として認めてもらいたいから」
「そんなこと言って、いいように丸め込まれないでね。お兄様は欲深いんだから」
「ははは。シアにかかったら、大国の皇帝もかたなしだな」
夏季休暇には、カルと地方を回ることになっている。表向きは視察と巡業だけど、婚前旅行みたいなものだ。思いっきりイチャイチャしたいし、ニコ兄の件はその前に片付けておきたい。
結局、ニコ兄との晩餐は夏季休暇スタート前夜に決定した。
休暇まで、カルは生徒会の仕事で忙殺されていて、ろくに話す時間も取れなかったし、学園で見かけると、いつもサラちゃんと一緒だった。
全く気にならないと言えば嘘になる。それでも、以前とは比べものにならないくらいに平静でいられた。
私は乙女ゲームの呪縛から、やっと抜け出したんだ。もう、婚約破棄の心配をする必要はない。
誰にも気兼ねすることなく、カルを愛していいという事実は、私をとても安心させた。
「アリシア、少し太ったんじゃないか?」
会った瞬間から、ニコ兄は失礼極まりない。創立祭から十日も経ってないのに、見た目に出るほど体重が増えるか!
「お兄様は、少しも変わりませんね。そんなんじゃ、女性にモテないでしょう?」
「ああ、言い方が悪かったね。女性らしく丸みのある体になったってことだよ。胸と腰が大きくなった」
なんですと?どこを見て言ってるんだ。いやらしいにも程がある!
「お兄様のお好みには、程遠いと思いますけど? この国でお召しになった女性は、ダイナマイト・ボディばかりなんでしょう?」
「攻撃する相手が違うぞ?女を熟すのは男の技だ。この国の女性の体がいいのは、男が閨で熱心に尽くすからだろう。カルロス、君だって、それなりに身に覚えがあるだろう?」
急に話を振られたカルのほうを見ると、返事もできずに固まっていた。こちらを見ずに、気まずそうに目を泳がせてる。
どういうことよ。これまでに、そんなに多くの女を開発してきたってこと?まだ18歳なのに!
「男はケダモノですわね。女には理解できませんわ」
「アリシア、女だって本能に忠実でいいんだよ。カルロスに抱かれて、お前は更に魅力的になった。女としての価値が上がったんだから、もっといい男を狙うべきだ」
なるほど。どの国も宮廷は乱れた性の宝庫だと聞いたけど、ロシアもか。
そういうば、エカテリーナ二世も愛人の子供を産んでたな。フランスだけじゃないんだな、そういうのは。
「皇帝陛下。お言葉ですが、アリシアにとって私が最良の相手になるよう、生涯をかけて努力を惜しまないつもりです」
カルはそう言って、私の手をそっと握った。
ありがたい申し出だけど、そんなに頑張らなくてもいいと思うよ。だって、どう考えてもカル以上の人なんていないから。
「お兄様。私はカルロス様に愛されて幸せですわ。彼以外は考えられないですし、彼以上の人がいるとは思いません」
「それは、カルロスしか男を知らないからだろう。知らなければ、比較しようもない。カルロスを選ぶのは、他の男を知ってからでもいい」
はい?他の男と寝てみろってこと?冗談でしょ。ありえない!
それにね、前世ではそれなりに男性経験あるんだから、別にカルしか知らないってわけでもないんです!もちろん、そんなことは言えないけど。
「女は男みたいに単純じゃないんです。誰とでも寝るなんてできません!」
「ああ、それはそうだね。相手は選ばないと。それに相手を知るには、別に寝なくてもいいんだよ。ただ、手っ取り早いのはベッドの中だというだけで」
ニコ兄にはついていけないわ。こんな話をしに来たんじゃないのに! 下ネタばかりなら、聞く価値もないし、もう帰ろうかな。
「今夜はもっと有意義なお話をしていただきたいんです。そうじゃないなら、すぐに失礼させていただきます」
晩餐は始まったばかりで、まだ食前酒しか出ていないけれど。
「アリシア、今夜は国の郷土料理を用意したんだよ。ビートルートのスープは好物だったろう。水餃子も。それに、そんなに簡単には帰れないよ」
「……どういう意味ですの?」
ニコ兄の合図で、執事が書簡をお盆に乗せて持ってきた。え、何なの?いやな予感しか、しないんだけど。
「アリシア、夏季休暇中は私の各国への表敬訪問に同行してもらう。これは皇帝命令であり、この国の王の勅命だ」
ニコ兄が持っていた書簡には、しっかりと国王陛下の署名がされている。臣下としては逆らえない。
カルを振り返ると、力なく首を振った。まさか、知らなかったのは私だけ?
謀られたと気がついたときは、時すでに遅しだった。つまり、婚前旅行休暇はキャンセルで、夏中ニコ兄のお供で外交業務。ブラックすぎる!
好きだったペリメニと呼ばれるロシア風の水餃子を目の前にしても、私の食欲は戻ってこなかった。
カルの裏切り者。こうなったら、浮気してやる!ひと夏のアバンチュールだよ。後悔しても知らないんだからねっ!
もちろん、そんなことする気ないけど、そう思うことで少しだけ溜飲が下がった。避けようがないなら、この機会を有効利用する!
そして、カルと両思いになってから初めての夏を、私はなぜかニコ兄と過ごすことになったのだった。




