30. 幸せな時間
うそみたい!すごく楽しい。こんなの初めて。なんでなんで?
創立祭最終日の夜会はダンスパーティー。後夜祭と言うのかな。日本でもほら、文化祭とか体育祭の最後にはフォークダンスがあったじゃない?あの感覚。
もちろん、好きな人に告白してパートナーになったら永遠にラブラブとか、そういう根拠のないジンクスもある。
そんなこと言ってキャーキャーしてるのは女子だけってところも、全く同じ。
だから、当然、乙女ゲームでもダンスパーティーはフラグ!ここでカルはヒロインとばっちり恋に落ちるはずだった。そういう設定になっていた。
実際は、そのフラグは折れるどころか立つこともなくて、知らない間に消滅していたらしい。
うーん。ゲーム的に言えば、攻略対象ルートが違うのかもしれないけど。
カルはダンスは好きじゃないと思ってた。今まで舞踏会に出ても、どうしても踊らなくちゃいけないときだけ、本当に一曲か二曲を主催者の夫人と踊るだけだったのに。
「カル、なんで今まで踊らなかったの?すごく上手なのに!」
「シアがダンス好きって知らなかったんだよ。いつも踊らなかっただろ?」
「それは、カルが踊らなかったからだよ。カル以外の人と踊りたくないもん」
そう言うと、カルが私の腰をぐっと引き寄せた。うーん、ワルツにはちょっとこの距離は近いかな。でも、カルがとても楽しそうなので、まあいいか。
私の婚約者はハイスペック王子様。眉目秀麗、頭脳明晰。もちろん、どのスポーツもプロ並で、高度魔法も使える。
それで、えーと、夜もいいとか、乙女ゲーム、設定盛りすぎじゃない? カルこそチートをガッツリ受けたヒーローだよね。
なんてね。本当は知ってるの。カルは昔から負けず嫌いで、頑張り屋だった。生来の能力はあったと思うけど、たぶん全ては努力の賜物。
でも、女の抱き方に関しては、努力してまでレベルアップして欲しくはなかったな。
「シア、これからは、二人でもっと色んなことをしような。ダンスも」
「そうね。おばあちゃんになってもだよね。でも、ミニスカは無理だよ!」
「は?なに、そのミニスカって」
あ、やば。前世で昔に流行ってた歌を思い出しちゃった。若い子には負けるわって、おばさんの歌ね。この世界は制服だって膝下だし、ミニスカートなんてないよ。
「なんでもないの。激しい運動は無理かな、若いうちだけよね」
「ああ。じゃあ、若いうちにいっぱいしとこうか、激しい運動は」
ちょっと、耳元で囁かないでよっ!なんか、変な意味に聞こえちゃうじゃない。
もうっ。人が見ているんだから、そういう誤解を招くような言動は慎んでほしい。
「カル、ちょっと近いよ。みんな見てるのに、恥ずかしいよ」
「みんな期待してるんだから、一種のサービスだろ」
き、期待って、なんの話?あんまり知りたくないけど。まさか、あのニコ兄のせいで言っちゃったこと、あれがなんか関係してるんじゃないよね?だったら、死ぬ……。
しかも、元凶となったニコ兄は、創立祭でナンパ……じゃなくて、意気投合した令嬢と、どっかに行ってしまって、このパーティーには不在。殺す……。
「あのね、ニコ…ライ様から聞いたんだけど、色々とあるの?」
「色々って?」
「だから、その、王政に反対するグループとか」
「シア、その話は後で」
あ、もしかして、あまり触れちゃいけない話題だったのかな?
曲が終わったタイミングで、私たちは拍手喝采の中を縫って、会場のテラスから庭に出た。
主催者が会場を抜けると言うのに、会場からは特に何も言われなかった。今夜は無礼講なのかもしれない。
学園の庭も、今夜はランプでライトアップされて、幻想的な雰囲気に包まれていた。
こんなところに出てくるのはカップルだけ。みんなお互いのパートナーにしか興味がない。おけげで、私たちに注目するような人はいなかった。
これは私たちには珍しい状況だけど、普通のことなんだよね。
「さっきの質問だけど」
テラスから少し離れた噴水広場まで出たところで、カルがそう切り出した。
割と開けた場所なので、むしろ誰もいない。カップルは人目につきたくないものだからね。
誰かが見ているとしたら、セバスチャンとカルの護衛かな。忍者みたいに隠れているけど、たぶんどっかにいるはず。あの襲撃の後から、そういう忍びみたいな警護が増えている。
「うん。ニコ……ライ様の国だけじゃなくて、その、この国も?」
「そういうグループは、どの国にも多少はいるんだよ。だから、過度に心配する必要はないんだ。それに、この国にはお前がいるし」
「え、なんで私?」
「気がついてないと思うけど、お前の人気は絶大だぞ。まさに敵なし状態だ」
「よく分からないけど、じゃあ、カルも大丈夫なのね?」
「そうだといいんだけどな。まあ、無理だろうな」
「どういうこと?私に敵がいないなら、婚約者のカルの盾になれてるんだよね?」
前世でも、妃殿下というのは王室の人気を左右してたよ?
皇太子の浮気のために離婚して、その後に事故死してしまった元妃の後釜さんは不人気だけど、その次の世代の庶民的な妃は大人気。結婚前は彼女の着ていた手頃な価格のワンピースが、街のチェーン店から消えたものだ。
その理論から言えば、私が好まれているなら、その結婚相手であるカルと王室の人気もあがるはずなんだけどな。
もしかして、やっぱり、私の努力が足りなかった?
「シアは世界の至宝だからな。俺が独り占めしてたら、そりゃ敵も増えるだろ」
はあ?至宝って何よ。人間国宝ってこと?ないないない。私にはそんな価値ないよ。
そりゃ、異世界転生のお約束チートで大聖女になってしまったけど、本来なら悪役令嬢だったんだし。
解せないなあと思っていたとき、会場から聞き慣れた曲が流れてきた。これは、この国の伝統舞踊の定番!タブラオでカルと踊った曲だ。
「カル、この曲!」
「うん。踊ろうか。お姫様、お手をどうぞ」
そう言って、カルが微笑みながら手を差し出してくれた。
この人は、なんでこんなに素敵なんだろう。乙女ゲームの攻略対象だからかもしれないけど、カルを好きにならない人なんていないと思う。私だって、世界中の女を敵に回しているよ。
カルの巧みなリードでクルクルとターンを決めながら、私は本当に幸せだと思った。
前世では、それなりに男性と付き合ったけど、こんなに好きになった人はいなかった。
たぶん、こういうのを運命の相手って言うんだ。この人の手を離したら、一生後悔する。
「カル、あのね、聞いてほしいことがあるんだけど」
「何?改まって」
「うん。その、私、明日から王宮で暮らしてもいいよ。学園も辞めて」
カルは、以前そう言ってプロポーズしてくれた。婚約者にプロポーズっていうのは変だけど、カルは真剣だった。
あのときはその気持ちに応えたら、カルが追い込まれてしまうと思った。でも、ヒロインとの恋が消えた今なら、私の本当の気持ちを伝えてもいいよね。
「シア、それって」
「えーと、カルとすぐに結婚したいなって思って」
恥ずかしくて顔を逸らした瞬間、体がフワッと浮き上がった。カルが私の腰を両手で持ち上げたので、私は不安定な体勢をかばってカルの肩を掴む手に力を入れた。カルはそのまま、クルクルとその場で回転した。
え、何これ、ダンス?曲のフィナーレに合わせてる?
「シア!本当に? 本当に俺と結婚してくれるの?」
曲が終わって、カルは私を下ろしてから、嬉しそうにそう言った。こんな笑顔が見られるんだったら、もっと早くに言えばよかった。私は永遠に、心から貴方の妻になりますって。
「うん。婚約者なんだから、結婚はするつもりだったよ?卒業して、カルの気持ちが変わらなかったら。でもね、本当は私、ずっとカルを独り占めしたかったの。結婚っていう契約で縛ってしまいたいって、そう思ってたの」
「すっげえ嬉しい。シアも俺と同じ気持ちなんだな? お前を俺だけのものにしたい。俺はずっとそう思ってきたんだ」
「うん。ごめんね、返事が遅くなってしまって。私は生涯、カルだけのものだよ。一生、カルだけを愛し続けるよ」
「俺もだ。何があっても、俺はお前だけのものだ。一生な」
カルはその場に片膝をついて、私の手を取った。
あ、これは西洋時代劇、コスチューム・ドラマというんだけど、それでよくみる光景だ。「Will you marry me?」っていう決まり文句が来るやつ。すごいわ! 本当にドラマみたい。
「アリシア、俺と結婚してください」
「はい」
感極まって、私は目がうるうるしてしまった。好きな人から結婚を申し込まれて、それを承諾した!
婚約は慣例でしたけれど、政略結婚だった。それが今、恋愛結婚に変わるんだ。
カルは私の手の甲にキスをすると、そのまま私を優しく抱きしめた。心臓の鼓動が早い。きっと、緊張してたんだ。ごめんね。今まで「待て!」ばかりの返事で。
「シア、必ず幸せにするから。だから、何があっても俺を信じてほしい」
「うん、末永くよろしくね!」
このときは幸せすぎて、カルの言葉を深く考えずに、そのまま受け取ってしまった。
よく考えれば、何があっても……なんて、何かあることを前提にしているのは、おかしかったのに。
それでも、その夜は私たちにとって、忘れられない記憶となった。この記憶があれば、この先二人に何があっても耐えられる。生きていける。
そう信じられるくらいに、本当に幸せな時間だった。




