29. 悪徳商法
今日は創立祭の二日目。本来なら今夜のダンスパーティーで、私は婚約者に心変わりをされるはずだった。ヒロインが彼を選んで、ゲームがゲームのシナリオのままだったら。
実際は、私がヒロインの母親を救った時点でフラグが折れていたっぽい。カルは最初から、サラちゃんの攻略対象リストから消えていた。なぜってカルは、彼女曰く、恩人である私の婚約者だから!
善意とかじゃなくて、婚約破棄後に神殿に拾ってもらおうと、がっつり私利私欲で頑張った聖女のお仕事が、なぜが逆の方向に働いたってことだ。事実は小説より奇なり!
そして、私は何と失恋予定直前で、愛する婚約者と両思いになった。すごいラッキー! 人生大逆転!
それはいい。とても良かった。幸せ。このまま行けば、普通にラブラブでゴールイン。すごいね、私。
なのに、なんで邪魔が入るんだろう。もしかしたら、これがゲームの強制力ってやつ?
どこまで行っても、微妙に婚約破棄というキーワードが付きまとう。どうしても消えてくれない。
「これは美味しいなあ。なんていう食べ物?」
ニコ兄……じゃなくて、ニコライ皇帝陛下は、屋台で買い食い中。毒味もしないで、大丈夫なの、この人。本当に皇帝?
「これは、パエージャという郷土料理です」
「そうか。甘くない米を初めて食べたよ」
それはカルチャーショックでしょうね。私は逆に、コンデンス・ミルクで煮込んだ甘いお粥は、今でもすごく苦手。それはライス・プディングと言って、デザートの一つなんだけど。
いや、米でも、もち米だったら、甘いのに慣れてるよ?おはぎとか、粒のままのもち米だしね。でもさ、うるち米はちょっとね。炊きたてご飯を、カスタードで食べるとか無理。
「お気に召したのなら、レシピを差し上げますわ。このきれいな黄色はサフランでつけるんですよ。お国の気候では育たないでしょうから、こちらから輸入されてはいかがかしら」
「そうだね、考えておくよ」
サフランはめしべを乾燥させた天然の着色料。かなり高級品で、庶民にはちと手が出しにくい。
でも、輸出を機に消費が増えれば、栽培農家も増やせて、国が潤うかも。さすが私、未来の王妃。国益のために売り込むわよ!
サフランはめしべだけに花粉っぽく、ちょっと香りが強い。苦手な人はいるかもしれない。それでも、パエージャはやっぱりこの色と風味が重要なの!
日本では魚介類が人気だったけど、ここは山間部でちょっと港から遠い。暑い国だし輸送が困難なので、鶏肉とか鴨肉とか兎肉と地元の野菜で炊き込まれている。猟師風というのだろうか。さすがに、カタツムリは入ってないけど。
お米はちょっと芯がある場合が多い。アルデンテというらしいけれど、元日本人としては芯がないほうが好き。
やっぱり日本で食べる世界の料理が、世界で一番美味しいと思う。日本人の舌に合う!その美味しさへの探究心と努力は並々ではない!
はー。前世に未練はないけれど、食べ物は日本だったなー。食いしん坊国民バンザイ!
私にとっては「もうちょっと工夫あってもいいんじゃない?」と思う本場のパエージャだけど、ニコ兄は美味しそうに食べている。
うんうん。お口に合ってよかった。ついでにサフラン、高額で輸入してね!
この学園には、外国人はあまりいない。この国は日本のような単一民族ではないけれど、髪と目の色は濃い。黒か焦げ茶だ。肌も程よく日焼けてる。
そんな中、金髪銀髪で紺碧眼の、色素が薄い外国人が二人って、もう見世物の域。目立つにも程がある。カルに魔法で、色を変えてもらうべきだったかもしれない。
うーん、でもそれだと、私が例の踊り子だとバレる危険性が!あれだけみなを騒がせて実は……なんて、今更言えない。この秘密は、墓場まで持って行こう!
「で、昨夜の首尾はどうだったんだ。カルロスにたっぷり可愛がってもらったんだろう」
私は飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。いきなり不意打ち!心の準備時間をすっとばして、そんな話題を振らないでほしい。
「お兄様には関係ないでしょう。お答えする義務はありません」
「おやおや、アリシアはたくさん子種をもらって、大事な御子を授かるんだろう?」
「意味が分かりません。昨夜は婚約を破棄するなんて言っておいて。何か企んでますのね?」
「うーん。まあね。アリシアはガリガリで色気がないから、ああいう濃い男の情熱で開花するのは悪くないよ。とにかく胸と腰が豊満じゃないと、女としてはイマイチだからね」
「それはお兄様の好みでしょう?でも、お兄様の婚約者のゾフィー様は、そんなにバッ・キュッ・ボンじゃなかったようにと思いますけど」
母方の家は、皇帝になりえた血筋なだけに、国でもそこそこ高位の貴族。大陸は地続きなので、近隣国のこれもやっぱりちょっと王家に近い感じの貴族の令嬢との縁談が整いやすい。
ゾフィー様はこの大陸の中心にある大国の貴族令嬢。イメージとしては、オーストリアとかプロイセンとか、まあドイツ系の家柄だ。
「ああ、うん。ゾフィーとの婚約は解消というか、破棄になったんだよ」
「ええっ! お兄様、何しでかしたんですか?」
「うーん、ちょっとした……浮気?」
ニコ兄、あなたって人は。そうか、なるほど。つまり、ニコ兄はこの婚約破棄で、あの国の後援を失ってしまったんですね。
「お兄様の狙いは、この国のお金ですか?」
「どうかな。世の中には、お金より大切なものがあると思うけれど」
何をぬけぬけと!私を商品として売ろうとした業突く張りのくせに。つまり、強請りたかり当たり屋みたいなものじゃないの。
「見損ないましたわ、お兄様。自分の愚行の尻拭いを、従妹の私にさせようなんて!国には帰りませんよ。昨夜もカルロス様にたくさん愛していただいたので、きっとすぐに御子も授かります。私は未来の国母ですわ。他国へなど行きません」
さすがに二徹はさせてないよ。私がノリノリでおねだりしたとか、そういうわけでもない!
そこだけは、誤解されては困るのだけど、この際、そんなことはどうでもいい。
「アリシア、初めての男に溺れて恋に盲目になっていいのは、普通の女の子だけだ。お前は貴族であり聖女であり、しかも皇妹だ。いずれは王妃だ国母だと言っているなら、もっと広い視野を持つことだね」
「それはどういう……」
「ノブレス・オブリージュという言葉を知っているだろう。特権階級に生まれたものには、その立場に見合った社会的な責任を負う義務がある。その地位を支えているのは国民だ。国を安定させて、彼らの生活を守る必要がある。お前にはその自覚が足りない」
う。痛いところを突かれたと思う。
確かに、聖女としての仕事はきちんとやっていたけれど、それは高潔な精神の元にとかじゃなかった。
ただ、将来の食い扶持がなくならないように、ヨコシマな思惑を持って経験と実績を積んでいただけ。
ここのところは、カルと恋愛関係が進んで、なんというか浮かれていたと思う。つまり、それが溺れていると言わしめた所以だ。
「刺さりましたわ。私が勉強不足でした」
私はバカじゃない。ここはきちんと反省しよう。
そう思って神妙にニコ兄を見上げると、優しく笑って頭を撫でてくれた。
ああ、あの温かい手だ。昔の私は、ニコ兄のこの手とこの優しい笑顔が大好きだった。
「カルロスが好きなら、彼と同じ立場で物事を考えてみるんだな。我が国でクーデターが起こったんだ。この国にだって不穏な動きがあるはずだ。お前は少し前に、事件に巻き込まれたろう?毒殺未遂と聞いたが」
闘牛……じゃなくて、闘竜競技のときだ。そうだ、あのときはカルが狙われたんだ。それだけじゃない。公にはなっていないけど、離宮の森でも誘拐未遂があった。
「全世界的に、そういう動きがあるということですか?」
「どうだろうな。こういうことは連鎖で起こる。我が国が私たちの血筋を死守しようとするのも、旧体制の維持に象徴が必要だからだ」
「象徴ですか。では、お兄様は実権は握らないと?」
「さあ。だが、ゾフィーにも見限られた。その程度の権威だろう」
なんだろう。すごく嫌な予感がする。ニコ兄は大丈夫なのだろうか。もし本当に革命になったら、最後には銃殺とかギロチンとか、そういうもので終わるんだよ。もしそんなことになったら……。
「お兄様、もう少し詳しく、お話を聞かせてください」
「そうだね。私はしばらく大使公邸に逗留するから、遊びにおいで。日中は外交の仕事があるが、夜なら空いている」
「はい」
私は乙女ゲームもしてたけど、実は結構な歴女。前世では世界史で学年一・二位を争った。ちなみに当時ライバルの上田君は史学部に進んだらしい。世界を見るなら英語でしょ……って、英文科に進んだ私を、きっと裏切り者だと思ったろう。
成績順位表の名前でしか知らないので、面識無いんだけどね、上田くんとは。当然、恋にも発展しなかったわ。
とにかく、昔とった杵柄!カルのために、前世の知識をここで使わずしてどうする!恋する女は強いんだ。チートは有効利用だ!
私だってカルの役に立つ人間になりたい。カルにふさわしい妻になりたい。カルの子どもたちの良い母親になりたい! それには、もっと知りたい。学びたい!
そんな私の気持ちを、ニコ兄は見透かしたらしい。
世渡りテクを教えてもらえるという誘い水で、私はあっさりニコ兄の術中に落ちてしまった。
このときは気が付かなかったけれど、これは完璧な罠だったのだ。




