28. 愛の証
ニコ兄……ではなく、ニコライ様は、伯父様と一緒に、ときどき母を見舞いに来てくれた。
ニコライ様は見事な金髪で、まるで女の子みたいな美少年だった。近い年頃の男の子を他に知らなかったとはいえ、幼い私が仄かな恋心を抱いてもおかしくないくらいに。
「アリシアが好きそうなの、見つけたから」
この五つ年上の従兄と、一緒に遊んだことはなかった。それでも、大使公邸に来るときには、いつもプレゼントを持ってきてくれた。
それを渡してくれるときに、ニコ兄がちょっと照れくさそうにしながらも、頭を撫でてくれるのが嬉しかった。私に触れてくれる人なんて、他には誰もいなかったから。ニコ兄の温かい手が好きだった。
思えばあれが、私の初恋だったのかもしれない。
ニコ兄が持ってきてくれたのは、普通のポーセリン人形だったり、チョコレートだったりもしたけれど、いかにもいかにも……なものもあった。
まずは木製の入り子人形……どう見ても、マトリョーシカだと思う。だるまみたいな女の子を真ん中でパカッと開けると、その中にちょっと小さいだるま女の子がはいっているやつ。
前世でも友達の家の箪笥の上の飾り棚に、いかにもいらないという感じでしまい込んであったのを見たことがある。それは黄色かったけど、私がもらったのは赤だった。
それから、なぜだかキラキラと光り物でデコってある、ゆで卵カップ……というと語弊があるのかな、インペリアル・イースター・エッグと呼ぶ……もあったな。
たしか、小学生になっちゃった高校生探偵の漫画にも、お宝として登場していた。うん、うん、ロマノフ朝最盛期の宝物だ。それを模倣したものだったんだろう。
あと、これが一番好きだったんだけど、昆虫が入った琥珀!ほら、映画でさ、琥珀に入っていた蚊からDNAを取り出して、恐竜を復活させちゃったのあったよね?あれだよ、あれ!まさにずばり!
なんでも、世界きっての琥珀産出国らしい。琥珀といえばハンガリーが有名だと思っていたけど、東欧への物流が盛んなのかな?
お土産にキャビアがなかったのは残念だった!子ども向けじゃないと外されるのは当たり前だったけれど、一度食べてみたかった。
実は、前世では高級食材キャビアを食べたことがなかったのだ。でも、イクラ嫌いの私には、たぶんチョウザメでも魚の卵はダメだったと思う。いや、たらこは好きだよ。特に焼いたのは。きっと粒の大きさが問題なんだと思う。
はい。つまり、私の母の祖国である北の大国とは、ずばりロシアをイメージした国だ。
このゲーム、世界観がヨーロッパそのまま。手抜きをしたとしか思えない。
まあ、そうでなくても、この見た目はロシア人だとは思っていたけど。どうみても、ラテン民族ではない。
遺伝的には父方の濃い色に引きずられるはずなのに。ここはさすがにゲームの世界!ご都合主義ばりばりだ。
「即位は、たしか来年の夏だと聞いていますが」
「ああ、うん。色々とね。反乱とかクーデターの後処置が残っているから」
「でしたら、そんな危険な国に、アリシアをお返しするわけにはいきませんね。陛下が即位されて、国政が落ち着いたころにでも」
「いやいや、それでは遅いだろう。君たちが結婚してしまっては、アリシアは戻ってこない。この国の宗教上、離婚は不可能だ。まあ、君の狙いはそれだと思うけれど」
「恐れ入ります」
「ほう、認めるのか。どうやら噂は本当らしいな。たいしたご執心のようだ。だが、アリシアは我が国の皇位継承権を持つ皇女だ。嫁がせるからには、それ相応の見返りがなければな」
「では、その件に関しては、交渉次第ということですね」
「さすが、話が早いね。しかし、アリシアには、あちこちからいい縁談が来ていてね。義叔父上がこの国から出したくないと渋ってはいるが、結婚というのはつまり契約だからね。すべては条件次第だ」
「アリシア様のお父上には、すでに私との結婚の承諾を得ています。婚約の破棄は承知できませんね」
「慰謝料ならいくらでも出そう。アリシアの価値は金には替えられないからな。血筋と美貌、そして、聖女としての力もある。簡単にはくれてやれないよ」
「心得ております」
ちょっと、なんなの、この会話。私を物品みたいに取引の道具にするなんて、ニコ兄ってこんな人だった?私の気持ちは全くの無視って。お母様が亡くなってから十年、親交も途絶えていたというのに!
カルだけに応戦させるのは申し訳ないわ!私も一言、ガツンと言ってやらなくちゃ!
「ニコ……ライお兄様、私はもう他家に嫁げるような体ではありませんの。どうか傷物としてお捨て置きください」
カルとニコ兄の話を固唾を呑んで見守っていた周囲から、ひゅうっという感じの息が漏れた。
どうだ!まいったか!私はもうカルのものなんだからね!他の男に嫁ぐなんて、冗談じゃないわ。
得意になって、ちょっと鼻息荒く、勝利宣言をしたつもりだったのに、ニコ兄は特に驚いた風もなかった。なによ、つまらないー。
「カルロスは、手が早いなあ。まあ、我が国の正教は離婚を認めているし、他国でも後妻という手もあるよ。ちょうど島国の王が、四人目の王妃を探しているところだったな」
ぎゃー!それって、六人の妻をもった英国王の話? どういう時代背景なんだ! ないないないない!そんなとこに行って処刑されるなんて、まっぴら!
とにかく、カル以外のところに嫁ぐなら、皇籍離脱する!それには、やっぱり神殿に駆け込むしかない?
門の中に向かって、簪を投げる……って、そりゃ、鎌倉の縁切寺だ。カルと離縁してどーするよ。本末転倒だよ。
とにかく、落ち着いて、私。もう私はカルのものなんだから、そこで押すしかない!
私はいかにも殊勝なフリをして目を伏せ、わざと温めるような仕草でお腹に両手を置いた。ここは女優にならなくちゃ! 頑張れ、私!
「お兄様。私はすでに、カルロス様の子種をいただいていますの。御子を授かっていたら、すでにこの身は王家の身内。いくら皇帝でも、王族を誘拐できませんわ」
「ははは。誘拐とは面白いな。その御子とやらを人質にすれば、この国は我が属国だ」
「お兄様!」
「冗談だよ。で、御子は本当にいるのかい?」
「そ、それはまだ……」
月のものはまだ来ていないけど、妊娠しているという確証もない。切り札としては、弱すぎる。でも、やることしてるし、若いんだし!
答えに窮している私の肩を、カルがそっと抱き寄せた。見上げると、あらら、顔が真っ赤ですけど。
ん? そういえば、みんなに注目されているね、私たち。
「アリシアは疲れています。もう休ませたいのですが。お話はまた明日にでも」
「ああ、そうだね。アリシア、明日は創立祭を案内してくれるだろう?」
「はい」
「うん、じゃあ、今日はもう引き上げたほうがいいね。カルロス、今夜はほどほどにしてくれ。明日、アリシアが起きられないようでは、私がつまらないから」
「承知いたしました」
は、はい?それはどういう牽制で、どういう返答?さっきまでしてたのに、カルはまた今夜もする気なの?
それに、これじゃ「私たち今夜します」って、みんなの前で宣言したようなものじゃないの!それで、翌日はニコ兄と学園祭を回るって、どんな羞恥プレイ!
「カル、あの、私は今夜も、ニナのところに泊まるから。昨夜、夜通し列に並んで寝てないんでしょう?」
「それはダメ。部屋に戻るぞ。二徹くらいなんでもないから、気にしなくていい」
いや、いやいやいや!徹夜でするとか、全然ほどほどじゃないじゃん!無理無理無理無理。無理だから! あんなのをこれ以上したら、私が死んじゃうっ!
そんな私たちの会話を、会場中が、なんならニコ兄まで、生暖かく見守っている。は、恥ずかしい。
私は真っ赤になったまま、ニコ兄に挨拶をした。そして、カルに肩を抱かれたまま、会場の出口に向かった。
会場のみなさんの反応は様々で、目をキラキラさせている後輩女子とか、口をあけたままでうっとりしているクラスメイトとか、何か想像しちゃって真っ赤になってる男子とか、全力で聞かなかったことにして目をそらす先生とか。
わーん、私のばかばか!いくらテンパっていたとはいえ、言い過ぎた!ニコ兄、恨む。呪いの力を遠隔注入してやるから、覚えておけよぅ!
会場を出てから、私はカルにそっと耳打ちした。
「カル、ごめん。なんか、余計なこと言っちゃったね。穴があったら入りたいよ」
「は?俺はお前がすっげえ可愛くて萌えた。マジで悶絶死するかと思ったよ」
「え、どこ?どこらへんが?」
「子種をいただいています……なんて宣言されたら、会場中がそのことで頭がいっぱいになったろうな。お前、ほんっとにエロい」
うぎゃー。もうそれ以上は言わないで!
羞恥でそれこそ悶絶して、塩をかけたナメクジのように、しおしおになった私とは反対に、なぜかカルは嬉々としていた。とほほ。




