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23. 悪魔の魅惑

 もう限界。さすがのカルも、私の様子を不審に思うだろう。これじゃまるで、躁鬱病だ。


 カルは何も悪くない。ただ優しいだけ。私を心配して、喜ばせようとしてくれる。それが分かるから尚更、応えられないのが辛い。


 でも、もし私が彼との未来を望んだら、私を捨てることになったとき、カルが苦しむことになる。

 早く。早く、カルがヒロインと恋に落ちてほしい。私が自制できるうちに。今ならまだ、別れられる。


 次のイベントは夏休み前の創立祭。最終日の夜に、パーティー会場の外にある噴水の前で、二人はダンスを踊る。恋の始まりだ。


「ごめんね。私、ちょっとおかしいの。気鬱の病かも。学園を休学して、外国にあるサナトリウムに入りたい」


 この世界では、精神病だけは医師の魔法でも聖女の癒しでも治せない。どんな力であっても、他人の心を操ることは禁忌。精神の領域だけは、本人しか触れられないのだ。


 高山に囲まれた高原の国。スイスをイメージした永世中立国には、その爽やかな気候と澄んだ空気で、多くの療養所がある。

 そこへ行けば、カルとも自動的にお別れだ。精神に支障がある人間は、王室に入ることは出来ないから。もちろん婚約は解消になる。


「シアは疲れてるだけだ。今はとにかく、よく休め。大丈夫、俺が付いているから」


 私を抱きしめたまま、カルはそう言って頭を撫でてくれた。たぶん、サナトリウムも却下だ。行かせてくれるわけがない。


 どうやったら、この優しい人と離れられるんだろう。


 それとも、私が離れたらヒロインとの恋の進展に、何か支障が出るんだろうか。

 だから、こうやってゲームの強制力が働いている?カルが優しいのは、私のシナリオ外の行動のせい?


 もしそうなら、私が離れようとすればするほど、カルの執着が増して、私を引き止めてしまうような設定なのかもしれない。追えば逃げて、逃げれば追う?


 つまり、カルから離れるには、逆に近づけばいい? そっか、そうすればカルは安心して、ヒロインのところに行ける!

 私って天才かも。独占欲の強い婚約者にうんざりする王子!驚きの王道展開だ。


「分かった。じゃあ、まずお風呂に入りたい」

「そうか。今、用意させる」

「ダメよ。私のお世話は、全部カルがするのっ!だってカルのせいで、こんな目にあったのよ。当然でしょ!」


 よしっ、決まった!悪役令嬢っぽく、弱みや負い目を利用して、わがまま三昧で婚約者を振り回さなくちゃ。

 そして、精神的に疲弊した王子様はヒロインに安らぎを見出す。これで、ゲームは元のシナリオ通りだ。


 さあっ!どうだ、カルよ!参ったか?


 あ……れ?なんでそんなに嬉しそうなの?私の期待に反して、カルは満面の笑みだ。

 えーと、これだけじゃ、まだまだ我儘が足りないのかな。悪役令嬢っぽく振る舞うって、なかなか難しいなあ。


「じゃあ、一緒に入るぞ。お前が寝てた三日は俺もロクに休んでないから、ちょうどいい。お湯につかってリラックスしよう」

「えっ。私、三日も寝てたの?やだ、知らなかった。汚いから離れてよっ」


 どうしよう。そんなに洗ってないなんて、髪とか臭いかも。そう思って、カルを押しのけた。こんな密着してる場合じゃないよ!私って、ばか!


「シアが汚いわけないだろ?それに、清浄魔法で体は清めてあるよ。目が覚めたときに、不快にならないように」


 は? なんという気遣い!えーと、我儘言うまでもなく、ものすごい至れり尽くせりなサービスなんだけど。

 これ以上に色々してもらうって、何がある?お、思いつかない。もしかして、この『悪役令嬢作戦』はズレてた?


 悩む私をよそに、カルはちゃきちゃきと入浴の準備をして、私をお風呂に入れてくれた。

 詳しくは省くけれど、お風呂ではもうしないと誓ったカルの約束は見事に反故となり、それはもう好き放題された。


 うー、カルの変態っ! 馬鹿っ! 悪魔っ!


「ちゃんと食べろよ。ずっと食べてないんだから」


 お風呂の後は軽食タイムだった。いつものように、カルは私にたくさん食べさせようとする。

 入浴でリラックスどころか、カルのせいでヘトヘト。こんなに疲れさせられたら食べられなくなるって、どうして思わないわけ?


 私の体調を慮って、食事は部屋で食べることになっていた。すでにすべての準備が整っていて、お風呂から出てちょうどいいタイミングでテーブルについた。

 さすがに離宮も、王宮並にサービスがすごくいい。数日前に来たときは、衛兵くらいしか人がいなかったのに、いつのまにか使用人が増えている。

 カルが手配したらしく、給仕が終わるとみなサッサと部屋から出て行った。うん? 避けられてる?


 いつもはあまり入らないけれど、三日も食べてないからお腹は空いている。今なら食べられるはず。

 とは言え、がっつくのもなんだし、疲れて動きたくもない。


 ここは例の『悪役令嬢作戦』に当てるべきだ。継続は力なり!頑張れ私!


「カルが食べさせてくれたら、いっぱい食べるよ。あーん?」


 そう言って、口をあけてみた。


 ふふふ、なんという甘ったれな悪役令嬢風。よいね、よいね。カルも寝てないって言ってるのに、これは絶対に疲れるはず!


「いいよ。向かい合わせだとやりにくいから、こっちにおいで」


 う? え? は?なんでこうなる?


 カルの膝に上で、私はカルにスプーンでスープを飲ませてもらった。お腹が空いているので、カルが口に運んでくれるものをパクパクと食べた。それを見たカルは、すごく嬉しそうだ。

 もちろん、デザートのプリンは口移しだった。何コレ、カルの逆襲?


 どうしよう、何かが完全に間違っている気がする!


「ね、添い寝して。でも、私が眠るまで起きててね。あと、えっちは厳禁。触っちゃダメ」


 軽食の後は仮眠を取ることになった。カルはあまり寝ていないようだから、きっとすごく眠いと思う。心配かけてしまって申し訳なく思う。

 本当はすぐに寝かせてあげたいし、なんなら、よく眠れるようにマッサージとかで癒してあげたいけど、それは今の私のスタンスには合わない。


 なので、頑張ってみた!『必殺!蛇の生殺人作戦』と呼ぼう。散々我儘を言っておいて、体は許さない。これ基本でしょう!

 カルだって男だし、そんな要求にはイラつくよね?


「なんで?」

「なんでって、妊娠するのは困るから」

「お前、赤ん坊好きだろ?いつも産院慰問で、抱きっぱなしじゃないか」

「それとこれとは、話が別!私、自分の家族とかいらないの!」


 どーだ!子作りを放棄する気満々の婚約者!後継者ができないのは、王家には痛恨だ。そんな女は早々に見限って、多産系のヒロインにいくのよ!


 そういえば、痩せギスな私とちがって、サラちゃんは胸だけじゃなくて、腰も豊かだ。安産型だから、きっとたくさん産めるはず。


 子沢山なカルとサラちゃんを想像して、私はめちゃめちゃ落ち込んだ。

 やっぱり、カルが他の人と愛し合って子を成すというのは、全然受け付けられないな。死にたい。


「シアは家族ほしいだろ。絶対にそばから離れない赤ん坊なんか、お前が一番望むもんだろが」


 な、なんで。なんでそんなこと、カルが。私、そんなこと、言ったことないよ?

 赤ちゃんがほしいとか、そういう話なんて、婚約破棄される相手にするわけない!


 でも、本当は家族が欲しい。婚約破棄になっても、赤ちゃんは私が引き取れるかな。

 それとも、王族の庶子は王家に引き取られてしまうのかな。取り上げられちゃう?

 じゃあ、妊娠の事実を知られなければ?修道院なら、未婚で身籠った女性を保護してくれる。

 そこでひっそり出産して、母子二人で暮らす。きっと可能だ。


 私が黙ってしまったので、カルはそれを肯定と受け取ったらしい。そのまま私を抱き上げて、寝室へと運んでくれた。


 そして、よく眠れるからという理由で、きっちりとすることもした。それって、経験からのアドバイスだよね。許せんっ!

 しかも、病み上がりだから優しくするって言ったのに……!


 うー、カルの嘘つきっ! スケベ! ケダモノっ!


 それでも、熟睡するカルの腕の中でウトウトとまどろむと、私はとても幸せな夢が見れた。


 簡素な平民服を着た私は、その腕に黒髪に黒い目の赤ちゃんを抱いている。そうかと思えば、お座りができるようになったその子と、ブラケットの上でボールで遊んでいる。

 一緒に眠って、一緒に御飯を食べて。夜は本を読んであげて、窓から見える星の数を数える。その子の小さな手を握って、森に黒毛の馬に会いにいく。


 そっか、カルはいつも正しいな。私が望む人生は、たぶん、こういうことなんだ。


 誰かが言っていた。無償なのは、母の愛ではなくて、子からの愛だって。赤ちゃんは生まれた瞬間から、母親を自分を愛して守ってくれる存在だと認識する。そして、本能で母親を愛すって。


 私もママが大好きだった。動けなくても、話せなくても、ママのやさしい香りや、柔らかい手が好きだった。サラサラした髪や、長いまつげが好きだった。

 そして、思い出せないくらい昔に、私は確かにママの匂いに包まれて、その手で頭を撫でてもらった。記憶にはなくても、心でそれは覚えている。


 私の子も、そうやって私を愛してくれるんだろうか。カルから得られない愛を、その子からもらうことができるなら。その子が大人になるまで、ずっと一緒にいられるのなら。


 その考えは、悪魔の誘惑のように魅力的で、私を簡単に魅了したのだった。

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