19. 禁じられた遊び
こんなことは、もうしないって決めたのに。私の決意は脆すぎる。豆腐……いや、プリン・メンタル。
でも、どうしようもない。カルが好きな気持ちが、暴走するのを止められないの。
「やることやったら、できるだろ。可能性の問題だ」
そんなことは分かってる。だから絶対にダメだったのに。
捨てられるのが、私だけならいい。それは私がカルに横恋慕した罰だ。ヒロインとの未来を知ってるのに、色仕掛けでカルを誘惑した。
婚約破棄では、きっとそこを断罪されるだろう。聖女として不適切な行動だったと。それはそうだ。聖職者なのだから、神殿の戒律に反する行為だし。
でも、子どもに罪はない。私と一緒に国外追放になったら、命の保証はない。そんなのは絶対にダメ。かと言って、引き離されるのもいや。他人に預けるなんてできやしない。
「精神の自由のことだよ!負の感情から解き放たれる、悟りの境地だよ!」
前世では、「学び」とか「癒し」が流行っていた。苦しみを手放すとかなんとか、精神論的な「救済」というのかな?
忙しい時代に心を病む人が多いから、そういうのが重要だったんだと思う。
カルには呆れられたけど、私に必要なのは、本当にその悟りだと思う。煩悩を捨てること。
本来なら聖職者になった時点で、そうなるべきなのに。私、本当にダメ。堕落してる。
でも、カルを愛さないなんて、鋼メンタルでも無理だと思うの。
「とにかく、体は資本だ。ほら、これなら食べられるか?」
カルの合図で給仕が持ってきたのは、前に私が食べたいと言ったプリンだった。
「お前の創作菓子。プリン……だったか?似たようなものを職人に作らせたんだ。たくさんあるから、いっぱい食べろよ」
プルプルを揺れるプリンをスプーンで掬って、そっと口に入れると、昔食べた懐かしい味がした。
カルは私のために、これをわざわざ作ってくれたんだ!
泣きそうだった。どれだけ私を甘やかせば気が済むんだろうと。こんなに大切にされて、好きになるなってほうが無理だ。
泣いたりしないように、私はプリンを食べることに集中した。黙々とプリンを食べる私を、カルは本当に嬉しそうに見ていてくれた。
私がたくさん食べると、カルはとても喜んでくれる。いつも私の健康を心配して、たまにこっそりと魔力を分けてくれる。
巡業の後、王宮でよく眠れるのは、たぶんそのせいだった。自分も疲れているのに、私のために無理をしてくれているんだ。
「そんなに美味しい?俺にもちょうだい」
ニコニコと嬉しそうな彼の様子を見たら、自分を抑えられなかった。
彼を誘惑しようという明確な意図を持って、私はその膝に座って、口移しでプリンを食べさせた。
それを何度か繰り返すうちに、カルは私の思惑通りに誘惑されてくれた。息のつけないような長いキスが、彼の答えだった。
「カル、もうお腹いっぱい」
「じゃ、少し動こうか。お腹がこなれるように」
私は聖女なんかじゃない。肉欲に溺れてカルを誘惑する悪女。
でも、ヒロインと結ばれるまでカルが女を必要なら、遊びで誰かを抱きたいなら、それが私でもいいはずだ。そう遊びなら。
うん。これは言い訳。本当の理由は嫉妬。カルに抱かれた、たくさんの女性たちが妬ましかった。単なるヤキモチ。それが正直な気持ち。
そうして、もう一度だけカルを独占できた日の翌朝、私はなぜか誰かに呼ばれたような気がして、夜明け前に起きてしまった。
カルを起こさないように、ベッドから抜け出して、とりあえず着るものを探した。
思った通り、クローゼットには女性用の服があったので、目立たない濃紺のドレスを着た。
いつも一人で泊まるっていうのは、本当?それなら、女物がこんなにあるなんておかしい。
やっぱり、あれは支配人の気遣い?あっぱれ仕事人……だけど、遊び人カルは許すまじ!
それでも、ぐっすり眠っている彼を起こすのは、忍びないと思った。これは惚れた弱みってやつか。でも、好きなんだからしょうがない。
私はそっと居間のほうへ移動して、カーテンを開けてみた。そして、目の前の絶景に、悩んでいたことなんて、すべて忘れ去ってしまった。
どこまでも広がる大平原。もうすぐ夜明けなのか、地平線が黄金に光っている。その光が徐々に強まって、空に色のグラデーションを作っていく。そして、すぐに地平線上にオレンジの光の帯が重なった。
この世のものとは思えない光景に、おもわず息を飲んだ。まるで、船の上から朝焼けを見ているような。
どうしよう。あれ、やりたいかも。
私は急いでテラスに移動して、柵によじ登った。
地平線には楕円形の真っ赤な太陽が出て、朝焼けで本当に空が燃えているようだった。
それなのに、大地にはまだ日が当たっていないので、まるで夜の大海原だ。
うーん、こんな早朝に叫ぶのはダメだよね。でも、あれ、言ってみたい!
小さな声だったら、いいかな。叫ぶのはダメだけどさ。ここは言っちゃうところだよね!
「I’m the king of the world!」
「それを言うなら、queenだろ?」
後ろから腰をガッと掴まれて、カルに耳元でそう囁かれた。彼の気配に全く気が付かなかったので、驚いた私は「ひぃっ」と変な声を出してしまった。
「や、やだ、カル。起きてたの?」
「ああ。こんなところに登ると危ないぞ」
「え、へへ。ちょっと景色に夢中になっちゃって」
は、恥ずかしいな、これは。でも、せっかくカルがいるんだったら、やっぱりあれだよね。あれ!
あれをやっておかなくちゃ。ここまでしたなら、最後までやり通す!
「ね、カル。ちょっとだけ、支えてもらっていい?」
「いいけど、変なことするなよ」
私はカルに腰をささえてもらったまま、羽を伸ばすようなイメージで両手を広げた。
太陽が登るにつれて、地平線からこちらに向けて、すこしずつ大地も薄オレンジに色づいていく。まるで、光の波が寄せるようだ。吹き抜ける風が心地いい。
「I‘m flying!」
やったあ!言ったあ!あのセリフ! あの映画、前世で大好きだったんだ。特にこのシーンが!
処女航海の豪華客船が氷河に当たって沈んでしまう話。パニック映画という人が多いけど、あれは絶対に恋愛ものだと思う。何十回も観たから、英語のセリフもある程度は丸暗記してるのよ!
すごく感動したけど、作り物の世界くらい、ハッピーエンドがいいなと思ったのも事実。だって、現実には辛い恋がいっぱいあるんだもの。
だから、この乙女ゲームは最後はハッピーエンド。ヒロインが幸せになって終了。
それが女の子の夢だから。その夢を、私が壊しちゃいけないんだ。
「ありがと、カル。すごくいい経験ができた。この景色、一生忘れないよ」
「大げさだな。この大地はお前のだよ。やがては俺たちが二人で守る国の一部だ。これから、何度でも見ることになるんだから」
「うん……そうだね」
次に、カルとこの景色を見るのはヒロインだ。私じゃない。それでも、この景色が、この大地が守れるのなら、それでいい。
何もかも、それだけでいいんだ。
私は広げた両手から、大地へ祝福と癒やしの力を流した。この地が永遠の豊穣と幸福に包まれるようにと祈りを込めて。
「シア、ひまわりが……」
太陽を向いて咲くはずのひまわりが、太陽とは反対のこちら側に向けて、一斉に首をもたげた。
ああ、よかった。花たちも喜んでいるんだ。どうか、ずっとカルを見守ってね。大地が大切なあなたを、永久に祝福するように。
「カル、愛してるわ」
思わず本音が口をついて出てしまった。でも、これ以外に言葉が思いつかなかったから。
こんな美しい自然の中で、嘘をつける人間なんていない。
カルは、後ろから私をギュッと抱きしめてくれた。
ああ、そうか。カルもきっと、この景色に酔っているんだ。今だけ、私はヒロインの代役をしていいんだ。
映画のようには、その後にキスは続かなかった。キスじゃなくて、もうちょっと濃厚なふれあいになってしまったのは、私のプリン・メンタルのせいだ。
それでも、カルと愛し合う時間は、今の私には一番の宝物だった。
これでいいのかもしれない。カルが望んでくれるうちは、図々しく側にいても。
私はカルを抱きよせて、そのまま目を閉じた。このひとときの夢が、少しでも長く消えないでいてくれるようにと願いながら。




