12. 初めてのデート
ここのところ、カルの様子がおかしい。すごく怪しい行動を取っている。
同居してからというもの、一日中ベッタリと張り付いて私を監視していたのに、最近は夜に出かけることが多くなった。
具体的には、私と夕食をとった後、ラフな格好をして外出するのだ。生徒会のトラブルだとか、非常に嘘くさい言い訳をして。
カルとは、もう十年以上の付き合い。そんな嘘で騙せると思ったら大間違いだ。
シアちゃんをなめんなよ。かぶっている猫もグレるぞ!
もちろん、帰宅は深夜をずいぶん過ぎて。おまけに、少し酔っている。カルは既に18歳で成人してるので、別に飲酒は問題ないけど。
「それ、浮気じゃないの? 女に会いに行ってるんだよ」
「浮気って……。うーん、そうなのかな」
「そうだよ! 同棲してる彼女がヤらせてくれないなら、外で処理するしかないじゃん」
ニナ、あんた本当に貴族令嬢? もしかして、あんたも前世の記憶持ち? 今の言葉、まんまJKでは?
「それってアレかなあ、娼館とか? でも、王族はああいうところは行かないんだよ。こっそり後宮に呼び出してるはず」
「何、その冷静な意見。シア、あんた気にならないの?」
「ならないとは言えないけど、カルは娼婦を相手にする必要はないよ。どんな相手でも、望めば簡単に落ちると思う」
「はー、そうね、あんた以外はね! で、どうなの? なんかそれらしいとこある?」
ある……と言えば、あるかも。
カルは毎晩、疲れているのか、帰ってきてすぐに寝てしまう。まあ、それはいいのだけど、上半身脱いだだけで、ベッドに倒れ込むように眠ってしまうのだ。
うん、それも別にいいのだけれど、問題があるとすれば、私のベッドにもぐりこんでくること!
これだけはすごく困る。私がドキドキし過ぎて、眠れなくなってしまう。だって、一緒のベッドで寝るのなんて、子供の頃以来だし。
私が寝入っていると思っているのか、後ろからぎゅうっと抱きしめたと思うと、すぐに寝息を立てる。
外でシャワーを浴びてきたのか、石鹸やシャンプーのいい匂いがする。
はい、完璧に黒。これは典型的な浮気男の行動。急に私にベタベタするのも、なんか後ろめたいから?
ありえる。わかり易すぎる!
「ある気がする。でも相手は分かんないや」
ヒロイン? いやいや、サラちゃんは寮生だし、門限は厳しい。連日の外出許可を取るのは不可能だ。
それに、サラちゃんとカルが結ばれるのは、月夜の王宮のはず。カルのあの格好は、後宮だとしても王宮にはラフ過ぎる。
私たちは図書館の隅っこの閲覧スペースで、宿題をしながらこそこそ話していた。
学園は、学期途中にある2週間のハーフターム休暇に入っている。帰省する生徒が多いので、もうあまり人は残っていない。
それでも、カルがいないときは、いつも彼の側近のおじいちゃん……と私が呼んでいるセバスチャンが、護衛兼見張り役で張り付いている。がっちり結界も張られてるし、話し声も外に漏れない。
自分は外で好き勝手してるくせに、私は変わらず軟禁状態。カルは抜かりないのだ。
「もうっ!シアはなんでそんなにのんびりなの?殿下、誰かに取られちゃうよ」
「あ、うん、そうだね。婚約解消かな、そうなったら」
「何なのそれ!なんでそうなるのよ!諦め良さすぎでしょ」
「だって、しょうがないじゃない。カルが他の人を好きっていうなら……」
「はー。あんたのそういうとこ、ある意味で小悪魔だね。殿下が気の毒だよ」
「なんで?かわいそうなのは、ボロ雑巾みたいに捨てられる私でしょ?ニナの殿下贔屓ひどい!」
私がプリプリ怒ると、ニナはさらに大きなため息をついた。ひどい親友だと思う。
だって気の毒なのは私でしょう?好きな人のそばで、彼の心が離れる日を、今日か明日かと怖がりながら暮らしているんだから!
でも、それもあと一年弱。長くても卒業パーティーですべてが決まる。私の生きる方向性が見いだせる。
もちろん、生きてたらの話だけど。断罪処刑だったら、どーしよう。
ニナと別れて、今夜は一人ご飯かなと思いながら部屋に戻ると、カルが私を待っていた。
「シア、今夜は出かけないか」
「え、私と? だって、生徒会のトラブルは?」
「ああ、うん。やっと片付いたから。ハーフタームで学園も休みだし、景気づけにパーッと遊びたいんだ。付き合ってくれよ」
ふーん。景気づけねえ。ここのところ毎晩、散々遊んでたのに、なんで今日は私と?
でも、うん、いいか。カルと仕事以外で出かけるなんて、何年ぶりだろう。
「いいわよ。じゃあ、着替えてくるね」
「待って、今夜はお忍びだ。色を変えるよ」
カルが手をかざすと、私のストレートの銀髪は、ちょっとウェーブのかかった黒髪に、青い目は漆黒に変わった。肌の色も健康的な褐色だ。魔法ってすごい!
「すごいわ!私じゃないみたい」
鏡の中の自分に驚く。いや、これ私だよね。見覚えあるわ。
なんと言っても前世は日本人。黒髪黒目ってだけで、なんか落ち着く! その他大勢になった感じ。協調性バンザイ! 目立たないのっていい!
「今日は、王子と聖女じゃなくて、ただの学生だ。たまにはいいだろ」
「うん。楽しそう! 嬉しいっ。カルありがとう! 大好きっ」
私は思わず、カルに抱きついてしまった。あんまり嬉しくて、体が勝手に動いてしまった感じ。興奮で頬が上気するのが分かる。
「シア、お前って本当に……」
うん? カルも、変身が楽しいのかな? 私と同じくカルも頬が赤い。
ふふふ。お忍びってちょっとした冒険だもんね。カルも意外と少年っぽいとこあるんだな。可愛い。母性本能がくすぐられちゃう!
私はすぐにカルから離れて、クローゼットに向かった。
さて、何着てこう。あ、あれがいいな。黒のドレス。大ぶりの赤い花柄プリントで、いかにもスペイン・テイスト!
フラメンコ衣装じゃないけれど、ちょっとマーメイドドレスっぽい舞踊風のデザインも好き。
ただ、色的に銀髪と碧眼には合わなくて、タンスの肥やしになってたんだよね。
髪を緩く一本の三つ編みして、片側に垂らせば、何となくジプシーっぽいぞ!オ・レ!
「へー、髪と目の色違うと、随分と雰囲気変わるな。なんか悪い女に見える」
出来上がった『新生シアちゃん』を見て、カルが感心したような声をあげた。
うふふ。イメージはカルメンよ! 男をたぶらかす悪女! うわっー、聖女とは真逆だ。面白い!
「それ、褒め言葉だよね? カルも、オールバックだと不良に見えるよ」
髪をワックスで後ろに撫でつけて、黒のスラックスに、白いシャツだけを合わせたカルは、イタリアン・マフィアっぽい。
サングラスかけたらズバリだけど、夜にサングラスかけるバカは日本にしかいない。
「褒めてるよな、それ。じゃ、今日は不良学生って設定な。せっかくだから、デートしよう」
デート! カルとデートできるの? 本当に? 嬉しいっ!
「うわぁー。なんかドキドキする。どこ行くの? 私たちだって、バレないかな」
明らかにウキウキしてはしゃぐ私を、カルは嬉しそうに見ていた。
優しい人。今日が婚約五年目の記念日だって、きっとカルは覚えてくれてたんだ。
いいよね。今日だけはいいよね。カルと一緒に楽しんでもいいよね。
だって、今日は私は不良少女だから!子供の積み木だって、足でぐちゃぐちゃ崩しちゃうよっ!
私たちは手を繋いで、こっそりと学園を抜け出した。親に内緒で夜遊びをする子供みたいに、悪いことをしているような気分になる。
通りで辻馬車を拾って乗り込むと、走ってきたせいで息が切れていた。こんなに走ったの、いつぶりだろう。
「カル、あのね、なんだか大冒険してるみたい。すごく楽しいの! 誘ってくれてありがとう」
「夜はまだ始まったばかりだぞ。これからもっと楽しくなるから! 今夜はハメを外そうな」
そう言って、カルは私にウィンクをした。
ああ、好きだな。カルが好き。できれば、カルと結ばれるヒロインに転生したかった。ずっと一緒にいたかったよ。
「今夜は、私はカルの彼女って設定でいい? 私たち彼カノ。婚約者じゃなくて」
「いいよ。何の違いがあるのか分かんないけど、今日はシアが主役だ。シアが好きなことしようと思ってるから」
私の好きなこと。なんだろう。カルは、私が何を好きだと思っているんだろう。
馬車が到着したのは、いかにも地元の人だけが来るような、小さなレストランだった。
あれ? 絶壁の正面に塗り込められた白い壁と、トンネルにドアがついたような丸い入口。
これは……前世でみたことがある!
そうだ、グラナダの洞窟タブラオ! この世界にも、タブラオがあったんだ!
タブラオには、フラメンコのステージがある! もしかして、ここでもフラメンコに似たショーが見られるのかもしれない!
私は期待に胸をふくらませて、カルの腕にぎゅっと抱きついた。いや、別にタブラオに豊胸効果があったわけじゃないけど。
それでも、腕にあたる私の胸に、カルの別の期待がふくらんでしまったことには、私は全く気がついていなかった。