めっちゃついてる!
「おお!よ、ようやく来たぞ!!あれは……ええと、聖女さま?…聖人さま?うーん、聖なる子ではないのぅ、もしや聖母さま?ちょっとまて、なんじゃこの…言い様のない……ハズレ感?」
「……あんな小汚いのが?ただの無鉄砲な人なんじゃないの?つか、どーすんだよこれ!!!」
なんか、足元で声がする。なんか、私、変な所に、浮いて…、あ、着地した。なにこれ、重力?…まあ、いいや。とりあえず、状況を確認せねば。ねえ、これ夢なんじゃないの?!ほっぺたを抓ると…指先にザリッとした感覚が。くそう、被った泥が乾いてやがる!!!あああああああ!洗い流したいぃぃぃ!
わりとだだっ広い部屋?のど真ん中、時々風が吹いて足元のほこりを巻き上げている……、目の前には、長い帽子をかぶったじいさんと、ありえない蛍光緑の髪の毛の生えてる兄ちゃん、兄ちゃん―――!?!
「ちょ、はい、ハイ?!何ここ、何なの、何したあんたら!!!」
「口わりーな、やっぱただの事故だよ!!こんなぶっ壊しするとかありえねーし、何このキタネーの!!帰そ、帰そ!!大失敗だ!!!」
「待つのじゃ!今返したら、完全に大赤字……、いやしかしこんなに汚い聖なる使いなど…聞いた事が……ううむ……。」
なにこいつら。初対面なのにすごく失礼じゃない?……めちゃめちゃ腹立つんですけど!人に接する時は誠意をもってと習わんかったんかい!!!
キッと蛍光色頭を睨み付け…あたりをぐるりと、見渡してみる!!!
どこじゃい!!この不躾極まりない奴のいる、この場所は!!!奥の方に石の階段があって、壁は全部白っぽいタイル?床はやけに荒廃した…がれきがいっぱい転がってるな。……どうみても日本じゃない!
これはいわゆる…今時流行りの、異世界転生違った異世界転移だな!?なんという安易!適当!ご都合主義!無計画!なぜ私を選んだ!こんな健康だけが取り柄の、平凡な一般人をををををを!
「こ、ここはとある国のとある教会ですじゃ。この国では、危機を迎えた時に天井に穴が開き、そこから聖なるお方が降臨されるという言い伝えがございましてなぁ。」
「通常だったら、音も無く静かにご降臨されるはずなんだ。光に包まれた聖女様が、慈しみをお与え下さって、奇跡を起こし世界を救う…、ところがお前ときたら…ものすごい爆音撒き散らして、天井突き破ってだな!!見ろ、この床の大惨事を!!!どうすんだ!!もうじき雨季が来るんだぞ?!」
「そんなん知るかっ!!!私は水たまりに飛び込んだだけで!!!」
……あたしゃ知らん世界を救うつもりはないんですけど!!!
あっちの世界にはね!まだ巡り逢えてない運命の相手が!まだ当たってない宝くじの当選金が!まだ生まれていないかわいい子供たちが!人が羨むような幸せな毎日が!待っているんですよ?!あたしにはね、もとの世界にすぐさま戻って、二連休を堪能し、いつか巡り合う幸せの数々を待ち構えるという使命があるんだからさあ!!!
どうにかして、もとの世界に帰らねば!帰るためのヒントを探さねば!うう、なんかないか、なんか、なんか……。
…だだっぴろい広間の真ん中に、でっかい水たまりがある。……?なんか、違和感が…、なにこれ、水が石畳の上に浮いてるじゃん!!どうなってんの!!
見れば見るほどおかしな部屋だな……、なんで天井がないんだろ、違和感だらけの…うわ!!天井に私がジャンピング着地しようとした水たまりがある!!!ごていねいに空に虹がかかってるのが見える!!!誰かが跨いでいくのが見える!!ああ、あのおばちゃん、イチゴ柄のパンツはいてる!!あのおじさん足の裏に五百円玉が挟まってるぅううウウウウ!!!
「も~、とにかくこの突き破った天井直してよ!!聖女?だったら魔法で軽くちゃちゃっと直せるはずだから!!」
天井突き破った?!そんな感じ全くしなかったんですけど!!!魔法?!何言ってんのこいつ!
「ちゃちゃっと?!馬鹿じゃないの、そんなんできるわけないじゃん!!魔法なんか一回も使ったことないわ!!」
「はあ?!人であれば誰もが使える魔法を、使えないとおっしゃるのか!!松果体の動かし方ぐらい、生まれたての赤子でも知っておりますぞ!?」
「はあ?!お前ふざけんなよ、天井作るのにいくらかかると思ってんだ!」
ショウカタイって何!!!全然知らない常識が……ココにはある!!!…明らかに場違いな所に来てしまった感!!!
一刻も早く帰らねば!!!魔法が使えないなら天井弁償しろとか言われる可能性!!今私の財布の中には…23円しか入っていない!!!絶対に、むーり―!!!何やらこそこそと話をしているド派手頭と爺さん…ちょっと待って、まさかと思うけど逮捕?とかされないでしょうね?!……ヤバイ、監禁なんかされたらますます帰れなくなるパターン!!
「ちょっと他の人にも聞いた方がいいな、こんな奴でも使えるかも知れない。一応、世界を渡ってきたみたいだし。汚いけど。」
「わしは王様にお伺いしてみるか……、お前さん、ここでちいと待っておれ。」
兄ちゃんと爺さんが出て行ってしまったので、私はだだっ広い部屋の中に一人取り残されてしまった……。
……これって、チャンスじゃない?!今のうちにこのあほみたいな世界から抜け出す手段を何としても探さねば!!!!
私のスペシャルこってりどんぶりが食べられなくなるとかトンでもないし、電気代の支払いも明日までだったはず、AMEZONの荷物も明日届くんだよ、今夜は毎週見てる「火曜日から早起き」もやるしさ、明日は燃えるゴミの日だから溜まってる生ごみ絶対捨てたいでしょ、冷蔵庫の中には昨日が賞味期限ではあるけれど、もともとはかなりお高い極上プリンが残ってるんだよ!!……何が何でも帰らなければ!!!帰ってやる!!!!
…あの天井から落っこちてきたんだとすれば、再び天井に突入したら帰れるんじゃない?
見えてる風景もそのままだしさ……っていうか、たぶん、まだ穴開いたまんまなんだよね……。
……めっちゃ危なくない?
みんな一応よけてるけどさあ、チビッ子とか長靴はいて突撃とかしそうだし、危ないじゃん!!
……あんな穴は塞ぐべきだな。
私が通った後、きっちりコンクリートでも張って塞いでおかねばなるまい。もう二度とこんなおかしな世界に誰かがこないようにな!!!
問題はあの高さまでどうやって上るかなんだよ。
ぱっと見高さ三メートルってとこか、うーん、会社の事務所にあるような270の脚立だったら、届くかも?どっかに脚立みたいなの置いてないかな…あ、あのがれきの山の向こうに見えるのは!!
私は、部屋の隅っこに置いてあった脚立を見つけ、さっそく持ってきて、セッティングをし、天井に浮かぶ水たまりの中に手を伸ばし…あれ、届かない。
「ちょ、何これ?!いつの間に?!」
「お待ち下され、聖女様?!」
ヤバイ、じじいと兄ちゃんが戻ってきた!!!げえ!駆け寄って来る!!捕まるわけには…いかん!!!
ホントはやっちゃいけないんだけど、脚立の天板の上に立って、手を伸ばし…ああもう、あとちょっとなのに!!ジャンプしたら、届くかな?!……ええい、ままよ!!
お願い、元の世界に届いて―!!!
ジャーンプ!
「ちょ!!!あんためっちゃ、魔法、つ か ぇ て る ……!!!」
「聖女様見捨て な い で ぇ ……!!!」
バッチャ――――――ン!!!!!!!!
私は勢い良く、水たまりの上に着地……あれ。
ここ、轍になってたはずなのに……なんか、コンクリート張りに、なってる??
ぽつ、ぽつ…ぽつぽつ……。
……うん?晴れてるのに、雨が。
ぼつぼつぼつぼつぼつぼつ……!!!!
ヤバイ!!!ものすごい勢いで、黒い雲が!!!ゲ、ゲリラが、来る!!!
ザザ、ザ――――――――――――!!!
ドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
天気の急変に巻き込まれた、私、私イイイイイいい!!!
……ゲリラ豪雨サマサマってね。
泥んこ、一気に落ちたわ。
全身、奇麗に洗われたわ。
なんか、いっそすがすがしいんですけど。
どこもかしこも、びっちゃびちゃ。
もうね、ポッケの中も、びっちゃびちゃ。
スゴイな、プールに浸かった時よりもびっちゃびちゃだよ。
スマホ充電器に忘れてきてよかった……。
びったびたのカギをポケットから取り出して、ドアを開け、玄関で濡れた服を脱ぎ捨て、ギュウと絞って洗濯機の中へポイ。
すっぽんぽんの私は、暖かいシャワーを浴びて、乾燥機の中でほこほこに乾いている家着を出しまして…、髪を乾かす。
いやあ…怒涛の展開だったな。
何はともあれ、無事帰ってこれてよかった、よかった……って、なんか、忘れているような。
ぐぐ、ぐぅううううう~!!!
ああ、もう…12:00か、おなかが空くわけだ……って!!!
ああああアアア!!!
パン!!パン置いてきた――――――!!!
私の、昼ごはん!!!あんパン卵サンドメロンパンにカレーパン甘食サラダパンにフランクロールー!
焼きたてホヤホヤのふくふくのさくさくのうふんうふんがあああああああ!
くっそう、なんてこった、絶対食べたかったやつなのに!泥んこかぶったのに無傷だったから食べれるって安心してたのに!
あいつら絶対勝手に食ってるよなあ、ああ、私のパン、パン、パン、パン、パン、パン、パン……。
おのれ……ゆ る さ ん !
あんな世界…滅亡しろ!!!
イライラしながら、スペシャルこってりどんぶりを食い散らした訳なんですけれども。
思いっきり雨に打たれて、禊?ができたって事なのかどうかはわからないけれども。
おかしな出来事に巻き込まれて以降、今までの不遇な生活が嘘のようにすっごくついてるようになった、私。
あの後、わりと急に、運命の出会いをして。
かわいい子供が三人生まれ。
宝くじも当たって。
人が羨むような幸せな毎日を過ごしていたりする。
「おかあさーん!ながぐつでみずたまりはいってもいーい?」
「みずたー!」
「だー!!」
「水たまりはね、そーっと、入るんだよ?」
「はーい!」
「あーい!」
「だー!」
ちゃぷ、ちゃぷ・・・・・
「おおー、みんなで水たまり遊びかい?お父さんも、入れて!」
「あ、おとうさんおかえり!いいよー!」
「よー!」
「だー!」
「もう!お父さんは革靴なんだから水たまり入っちゃダメ!!!」
私も落ち着いたお母さんになっちゃったからね。この先…水たまりに入ることは、ないかな?
もしもとか考えるのも、ごめんって感じ!
異世界転移なんて、もう二度としないんだからね!