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7.めざめた日の私と爺~ここはどこ~

 目を覚まして一番に思ったのは(布団、重っ)だった。張り付いたような喉が不快感を訴えていて頭に浮かんだ`サイドテーブルにあるベルを鳴らして使用人を呼ぶ´という動作をしようにも布団が重くてなかなか上体が起こせない。

 やっとこさ這い出して緞帳のような分厚い`紗幕´を開けるとそこはわたしの記憶にある子供部屋ではなかった。わたしのおうちである薔薇のお屋敷は女主人であった母の好みでどの部屋にも奥まで採光できるよう大きな窓があり柔らかな生成りの地に植物のモチーフが目に優しい壁紙が用いられていた。私が寝かされていたのは剥き出しの石壁に小さな窓の薄暗い部屋で薔薇館で探検して見て回ったどの部屋とも異なっていた。

 

「まあまあまあお目覚めされました?

 ご気分は?

 痛いところはないですか?

 おのどが乾いておりますよね」


`乳母のマーサ´子爵のめかけだったひとでみぼうじん、2歳上のめのこのマリーがいてわたしと同い年の子供をしざんしてわたしの面倒をみてくれるようになったひと、という言葉が頭に浮かんだ。マーサは赤茶色の髪、若草色の目、豊満なからだを持っていて、マリーはマーサのクローン幼体と言われてもおかしくないほどそっくりだった。


 大きな声をあげ、私を抱きしめ安堵の涙を流していたその人は、ここを祖父侯爵の城だと言った。薔薇のお屋敷の子供部屋に行ったらいなくなっていて心配したこと、道で倒れているのを騎士が見付けたこと、3日間熱を出して寝ていたこと、両親が行方不明であること、熱で倒れた私を祖父の命令で何の説明もなく無理矢理、荷物を纏める猶予も与えられず粗末な馬車に詰め込み、伴として強行的にこの城に連れて来られたことを矢継ぎ早に口角泡を飛ばす勢いで説明された。

 中のひとにスレた大学生が混じった私には最後に憤りを込めて言われた《何の説明もなく無理矢理荷物を纏める猶予も与えられず~》が、彼女の最も聞いて欲しかった、不満のように思えた。


 マーサの肩ごしに剣を佩いた体格の良い成人男性が二人姿勢良く立っていた。初めて会う人たちだ。黒髪灰目の細面がガウィン、赤髪緑目の顎が割れがショーンと名乗った。祖父の部下らしい。

マーサに向かって威丈高に

「起きられましたら、呼ぶようにと侯爵がおっし

 ゃっておられました。早く用意をしていただけ

 ますかな」と命じた。



「お嬢様は淑女ですよ、熱も出て本調子でないで

 しょうし、身支度も時間がかかるものです。

 侯爵は何を考えておいでなのか!

 お嬢様が可愛くないのでしょうか!」


 平時ならばマーサ以上に根っからの貴族である祖父なら配慮するだろう、平時ならば。粗末な馬車、強行的で平時でないのに気付け。

 喉痛いのに、とか声出るか?とか思いつつ

「行けます。で水、一杯だけ頂けます?

 あと祖父に面会するのにおかしくない服も」

とようよう言う。


「お嬢様!」という悲鳴のような声が端から上がるが無視だ。大変申し訳ないがここのトップは祖父だ。半年に1回会うか会わないかで今は記憶回復のショックか顔も覚えていないが。


 服を着替えるために衣装部屋にマーサとこもり姿見の前に立つ。血色の悪い白い肌、長い金髪、水色の目、金の長いまつげ、高い鼻、細長い手足に、小さな掌。指のかたちも前のものとは異なって違和感ばかりだ。歩く感覚が掴めなくてよろめくも、起きたばかりの不調とみられているのが都合がいいのか悪いのか。服を渡され部屋にマーサとマリーに支えられ入るまでの一挙手一投足、ガウィンとショーンに観察されているのがわかってひどく居心地が悪かった。

 



 支度ができ、部屋から出ると前と後ろをガウィンとショーンに固められマーサに支えられながら

祖父の部屋に案内された。


「エル、久しいな。」

「お久しぶりでございます、お祖父様」

 

 祖父の部屋もまた薄暗く、部屋の主人と相まって威圧感に溢れていた。ガウィンとショーンは祖父の背後に護るように移動した。

 何で孫娘に会うために座っているのにサーベルに顎を乗せているのか。短く整えられた白髪のなか、額から頭頂部までの古い刀傷が露わになっており、頑固そうな口元、痩けた頬、鋭い眼光、深くてドスの効いた声から、一回目の人生では関わりたくない、やのつく職種の人に見えた。

 部屋中央に置かれた三人がけソファの真ん中に座っていた祖父は左脇をぽんぽんと叩く。座れ、ということらしい。マーサに引き摺られるように連れて行かれた。


「体は大事ないか」

「お嬢様は熱を出され、また子爵様ご夫妻が行方

 不明とのことでショックを受けていらっしゃい

 ます」

マーサがすかさず言うが、聞こえなかったように

「エル、お祖父様によく顔を見せてご覧」

と顎を持ち上げられた。


「ああ、お前はお前の父にそっくりだな、金の髪、空

 の色の瞳」


と金色がばさりと首の横に落ちるのが目端に見え、チリッとした痛みが右耳に走った。


 あああ、おぐしが!とマーサの悲鳴が聞こえた。

 マーサといったか、と祖父が初めて目を向ける。少し笑いを含んだその声は私の頭に幻の警告音を鳴らしだす。


「今までエルの世話、大儀であった。慣れぬこの

 城ではお前もお前の娘も苦労するだろう」

そこでだ、とゆっくりと慈悲深い声音で続ける

「相応の礼を用意するゆえ、慣れた薔薇の屋敷に

 戻らんか。あちらも手が足らぬと言う。馬車も

 こちらで用意しよう」

「金貨5枚とドレスを好きなものをとのこと」

と続けてショーンが囁く。

 まあ礼など、なんなりとお申し付け下さいな、と露骨に浮いた声に

「それで一つ頼まれてほしいのだがお前の娘にこれ

を。」

とティーテーブルに置いてあった箱から金色の鬘を取り出しマーサになげて渡した。

「被らして帰ってくれるか」





 

 

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