4.一回目の私の記憶
間接的ですが痛い描写があります。
くらい、暗い、冥い、何も見えない。ざわざわと梢と葉が擦れる音が引いては返す波と砂のよう。
一回目の私は大学2年の夏、冥い海でその生を終えた。
高2の春、両親から学費の面から国公立大学でなければ進学させられないと宣言された。それからはもう、がむしゃらに勉強した。青春を投げ捨てた努力が実り念願だった水産学部のある大学への入学がかなった。
オリの日、生徒番号の近い子と意気投合、彼女が「興味ある」と言った釣りサークルに一緒に入り、かわいい1年女子、だと一生のなかでもなかなかないほどチヤホヤされた一年を過ごした。
そして、二年になり新一年女子が下に入ってきた。夏、初めての合宿、つり宿で夜半過ぎから座敷で飲み会が始まった。サークルの飲み会はいつも暗黙の了解で男女に分かれそれぞれ輪が出来ていた。
同期のなかに好きだな、この合宿中に機会があれば告白してみようと思っていた男子がいた。清潔感があって明るく場を盛り上げるタイプ、高校時代には近付かなかったタイプだ。
女子の輪のあけすけなガールズトークを聞き流しながら、つい耳は彼の声を拾い、横目で彼の顔を確認してしまう。そして、私はこの恋が始まる前に終わってしまったことを知った。彼は他大しかも私立お嬢様女子大の一年と付き合ってるという話を照れながらしていた。
ああ聞くんじゃなかった。
そこからは記憶が曖昧だけれども、いつもは自制心が働くのに随分と勧められるまま飲んでしまったと思う。ふいに外に出て海風に当たりたくなって、冗談めかして「お花摘みに行ってきます」と皆に声をかけて座敷をあとにした。
夜の海が見たくて防波堤に上がった。イカ釣り漁の船団か遠くに漁り火がゆらゆらしているのがとても綺麗だった。生ぬるい潮風をほおに受け、自分独りだけという寂しさと楽しさに愉快になりながら千鳥足で歩いた。
5、6歩ほど進んだときふらついた拍子に携帯がポケットから滑り落ちた。
「あっ」あわてて手を伸ばした勢いで片足が堤防から落ちた。
下はテトラポッド、それからはザリザリ、ゴンゴンゴンという音と痛み苦しさと暗闇と。
一回目の私を思い出したわたしは三日間の発熱昏睡のあと二回目の両親との思い出を失った。
テトラポッドの上を歩くのはとても危ないので気を付けましょう。