3.はじまりの日のわたし~まっくらもりは~
前話加筆修正致しました
5歳の時ユリエルであるわたしは私になった。
リード子爵を継いだ父と母と長女であるわたし達家族三人は多くの使用人とともに、当時ランド侯爵であった祖父が父母が結婚したときに建ててくれたカントリーハウスに住んでいた。四階建てで薔薇庭園のある屋敷は、建物のそこここにもピンクの大理石のタイルが使用されていたことから領民から薔薇のお屋敷と呼ばれていた。
わたしはその夜、三階の子供部屋で木々のざわめきや風が窓を揺らす音に怯えてベッドで小さくなっていた。ベッドサイドの手燭が家具の影をお化けのように見せていた。
両親は隣領との水争いについての話し合いに祖父の名代として遠方に出掛けていた。
どうしても眠れなくて、乳母を呼んでこようとベッドから脱ぎ散らしたスリッパを足で引き寄せおそるおそる廊下に出ると先の角の壁にうつった手燭の明かりが飛んでいくのが見えた。バタバタバタバタと屋敷がざわついている。わたしはざわつきを追って吹き抜けの玄関ホールまで歩いた。
「若と若奥さまが!
「隣領のものが
「橋が流され?
「いや盗賊が
「確認に!
玄関ホールは煌々と灯りがついていて、メインホール入口は開放され武装した騎士や使用人達が慌ただしく走り回っていた。
おかあさまたちまいごになっちゃったの
わたしむかえにいかなきゃ
いつもは乳母に手を引かれて降りる階段を足早に降り開かれたドアの先、外の闇へと向かう。
このさきにおかあさまたちがいる
館を囲む森のなか、街道につながる一本の道を小石に躓きながらも真っ直ぐに歩いていく。足に土と石の感触があれば道を進んでいるから問題ない。
はやく、はやくむかえにいかなきゃ
何度目かの躓きでふと我に返った。
今夜何故眠れなかったのか。まだ街道との境の門が全然見えない。梢や木の葉のざわめきが……
周りを見渡すと真っ暗闇が
ちかくてとおい、まっくらくらいくらい
夜の海の冥さと波の音、一回目の私の人生の終わり。