1.最期の日の貴方と私~さようなら、またね~
しゅるり、しゅるりという音とともに初夏の朝の柔らかい日差しが、私の顔をあたためて目が覚めた。本当は使用人が行う朝のカーテンや窓を開けるという作業を、夫は「君の少しまぶしそうに目を開ける仕草が好きだから」という理由で誰よりも先にしてしまう。
「おはよう、今日の気分はどうかな」
逆光で微笑んでいるであろう顔が良く見えないのが、残念。出会ったときの紅顔の美少年は年を経てもクオリティ保ったまま美中年になった。優しくて、血統もよく、美しい入り婿の旦那様、社交界では妬み嫉みで面倒が沢山起こったものだ。一昨年前に病で倒れてから色艶がみるみる間に失われていった自分の手を見てため息をつく。多分この生はもう長くはない。
「わるくは、ない」なんとか痛む喉からひび割れた声を絞り出す。前世、先進国日本の医療だったら軽く治る病気だったのかもしれないとも思った。初期症状は風邪みたいなものだったし。まあでもこちらの世界の平均寿命分は生きたんじゃないかとも思う。
(領主として仕事も頑張ったし子供達も自立し
たし。ああでも領主じゃなかったら旅行した
かったなぁ、つぎの生ではしたいなぁ人間無
理だったらクラゲもいいな)
「私が死んだら……「すぐに後を追うから」
別の人と結婚してもいいけど、領地と子供達をくれぐれも頼むといおうとして、食い気味に言葉を被せられる。胸の上に歳を経てプラチナからシルバーに変わった髪が散らばり、彼の頭の重みがかかる。
「ねえ、死んだりしては嫌だ。
きっと治る、治してみせるから
私より先に逝かないで
君のいない世界は私には無理だ」
がんぜない子供のようにすがられる。
もし君が逝くというなら一緒に。そして生まれ変わっても、見付ける。
伏せた彼の顔は見えなくて、せめて頭を撫でようと思うもゆびもだるくて動かせない。
「つかれた」
あああごめん、もうすこしねるかい?食べられるようなら朝食をもってくるから、それまで
「お休み、エル」
ランド女侯爵ユリエルは第七王子アーサーと結婚、三人の息子をもうけた。アーサーは国政を、ユリエルは領地経営に力を発揮し、双頭竜と呼ばれた。享年67歳、穏やかな晩年であった。