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イラストレーターは触りたい

「いやー急に呼び出してすいません、センセー」


 とある喫茶店、俺はそこに蒼空から呼び出されていた。

 片手を頭の後ろに当てながらあははと笑う蒼空を見て、ため息をついた。

 

「本当にな」


 この邪気のない笑顔を見ていると、文句を言ってやろうという気概が失せてしまう。

 

「で、なんの用だ? というかお前もテスト週間のはずだろう」


「あんなもん赤点取らなきゃいい話じゃないですか。センセーだってそんな熱心にベンキョーするタイプじゃないでしょ」


「確かにそうだが、今家に客が来てるんだよ。神奈がいるとはいえ、家主の俺が客人をほっぽりだしてほっつき歩いてるわけにもいかんだろ」


「そーゆーとこ、センセー真面目っすよねー」


「いいから早く要件を言え」


 連絡の内容だと、どうも創作の悩みらしいが。

 絵のことに関して言われても俺にはなにも分からないんだがな……どうしても俺の力が必要だというもんで、わざわざこうして喫茶店にまで出向いてきたのに、もったいぶられては時間の無駄だからな。


「そっすね。ではセンセー」


「なんだ?」


 こいつにしてはえらく真面目な顔をするな。

 俺は密かにたたずまいを直した。


「――センセーの胸を揉ませてもらえないっすか?」


「お会計お願いしまぁーす」


 どうやら聞く必要のない戯れ言だったようだ。

 時間を無駄にした。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待つっす! どうしてそんなこと言うんすか!?」


「それは俺のセリフだたわけ! どうして胸を揉ませろなんて言われないといけないんだ!? 男の、俺が! 女の、お前から!」


「ちゃんとワケも話すっすから! どうか席に着いてください!」


 チッ、腕も摑まれてるし、仕方ないな。

 俺は浮かせた腰を静かに下ろした。


「……実は、今描いてるイラストなんすけど……男のキャラなんすよ」


「おう」


「それで、どうしても男性の身体について知る必要があるといいますか、質感とか実際に知ってるのとそうじゃないのとじゃ完成した時に差があるんすよ」


「おう」


「だからセンセーの胸を揉ませてほしいっす!」


「おう、分かった。……お会計お願いしまぁーす!」


「だからなんでっすか!? ちゃんと理由も説明したのに!」


 そりゃいくらイラストのために頼まれてることとはいえ、胸を揉ませろなんて言われて、はいそうですかなんて言うわけがないだろ!


「お願いしますよセンセー! なんでもしますから!」


「ええいうるさい離せ! お前のなんでもはことあるごとに言われすぎて軽いんだよ!」


「じゃあ一生のお願いっす!」


「じゃあでもない! ちなみにその一生ってのも何回か聞いた覚えがあるぞ! 他の奴に頼め!」


「ダメなんすよー! 描いてるキャラに一番近い理想の体型がセンセーぐらいなんですよ!」


 くっ……! こいつ小柄なくせして意外な握力を……!

 

「お金なら払いますし、なんなら等価交換であたしの胸も触っていいですから!」


「待て落ち着け! 今一度自分がなにを口走ったのかをよく考えてみろ? 今ので周りの客の俺に対する視線が少し冷たくなって気がするんだが!」


「客……あはっ」


 なんだ、こいつ……なにを笑って……?


「お願いしますー! お金ならいくらでも渡しますし、あたしの身体を好きにしてもいいっすからどうか捨てないでくださいー! 他に好きな人が出来たなんて言わないでくださいー!」


「蒼空、貴様ァ! なんてことを叫びやがる!」


 なんてことだ! これで完全にカップルの痴話ゲンカだと思われてしまったじゃないか! 俺が悪人みたいに見られてやがる! 


「くそッ……分かったから一旦座るぞ……このまま立った状態だと目立って仕方がない」


「ひゃっほー! さっすがセンセーは話が分かる! ささっ、なんでも好きなものを頼んでください! ここはあたしが奢るんで!」


「……それは当然のことだろうが」


 腹に据えかねるが、こいつに対して有効になる報復が思いつかないし、ここは一番高いパフェを頼んでやることにしよう。

 それか紬にでも頼んで、締め切りを早めてやろうか。


「しかし、さすがに揉ませるのはどうも抵抗があるな……」


「大丈夫っす。センセーは飲み物でも飲んでてください。その間にでも終わらせちゃうんで」


「せめて飲み物飲んでない時にしろよ……」


 こそばゆくて飲み物吐き出してしまったらどうするつもりだ。

 まさか俺の人生で女から胸を揉ませろと逆セクハラかまされることがあるなんてな……。


「というか俺はまだ承諾したつもりはないぞ」


「そんな!? あたしの胸とお金のどこに不満があるんすか!?」


 割と全部が不満なんだが……お前そんな自信持って差し出せるほど胸あるわけじゃないだろ。金もいらんし。


「俺がそんな条件を本当にのむ男に見えるか?」


「見えないっすけど! 現役JKの女体を好きに出来るんですよ!?」


「女体て」


 現役JKの口から出てきたとは思えない単語だな。

 

「とにかく! 揉むのが無理ならワンタッチでもいいっすから!」


「……はあ。ま、そのぐらいならいい」


「え? いいんすか?」


「どうせ触らせるまでお前が逃がしてくれそうにないしな。ほらとっととしろ」


 大きくため息をついてから、胸を突き出すようにして張った。


「そ、それじゃ……いくっすよ?」


 蒼空が俺の胸元に手を伸ばしてきて、引っ込めた。

 なにやってるんだ、こいつ。


「どうした?」


「い、いやー……なんか、いざ触るってなったら緊張しちゃって……冷静になってみると、今自分がなにかとんでもないことをしようとしてるんじゃないかーって」


「しようとしてるだろ。店の中で、男に胸を揉ませろと言い始め、実際に触ろうとしてるんだから」


「う、ううー……!」


「ほら、早くしろよ。こんなこと早く終わらせた方がお互いのためだろ」


 さっきまでは急に言われたせいで戸惑ったが、いざこうして覚悟を決めるとなんでもないことだな。

 触られても減るもんじゃないし。


「う、うにゃー! やっぱいいです!」


 顔を真っ赤にした蒼空が、ぴょんっと飛び跳ねて座り直すと同時に手を引っ込めた。


「す、すみません……あたし、ちょっとどうかしてました」


「……そんなんでよく自分の胸を触らせようとしたな、おい」


「創作のことしか頭になかったんすよー! 忘れてください!」


 まあ別に触られないならそれでいいんだが……どうにも釈然としないな。


「イラストはどうするんだ?」


「想像でやるしかないっすね……まあなんとかします。あたしちょっとお手洗い行ってきますね」


 席から立ち上がった蒼空が、俺とすれ違うようにしてトイレがある方に行こうとして、


「――わっ!?」


 綺麗に躓いた。


「おっと」


 咄嗟に身体を伸ばして受け止めると、軽い衝撃と蒼空の香りが強く香る。

 

「わわわっ……! す、すみません!」


「気を付けろよ。……ともあれ、これで目的は達成か?」


「へ?」


「へ、じゃない。これで俺の胸を触るという目的は達成だろうが」


 受け止めた際、蒼空の片手が俺の胸あたりに当たっていた。

 まあ意図してじゃないだろうがな。


「あ、はは……そーですね。で、ではあたしはお手洗いに……失礼しますっ!」


 びゅーっと風のように駆け抜けていく蒼空を見送り、椅子に座り直した。

 

「あいつ、あんなに異性との接触が苦手でよくイラストのためだけに胸を揉ませろなんて言ってきたもんだな」


 呆れながら呟くのと、先に頼んでいたコーヒーが俺の席に届けられたのは同時だった。

 まだ湯気が立っているコーヒーの中に、シュガーポットから角砂糖を二つ取り出して、ポチャリと沈める。


 その後、少しだけコーヒーが温くなってからようやく蒼空が戻ってきた。

 赤かった顔はすっかり元通りになり、いつものように脳天気な人懐っこい笑顔を、蒼空は浮かべていた。


 ……なんかどっと疲れたな。

 俺は改めて店員を呼び、パフェを頼んだ。

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