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雷竜―雷降鳳―


 師匠の弟子になってから色々な乗り物に初めて乗る機会が増えた。気球、ヨット、飛行機や二階建てバスも初めてだった。

 ただ、その結果俺はどうもあらゆる乗り物に弱いらしいことを学んだ

 そしてそれは馬車でも変わりないらしい。


「うっぷ……」


 吐きそう。

 ガタガタと揺れる荷台の中で口を押さえていると師匠に水筒を差し出される。


「あと三時間くらいかかるけど大丈夫」

「三時間」


 水を軽く口に入れて清涼感を得ようとしたが……ダメだった。


「無理そうです……」

「わかった、止めてもらうから吐くのは我慢してね!」

「がんばります……」



 草木の無い荒地で屈んで体調の回復を待っていると鞄の中に隠れていたガルが顔を出した。


「がる?」

「心配してくれるのはありがたいけど、あんまり顔を出すなよ。馬主さんに見られたら大変だから」

「がるる」


 そういうとガルはすぐにカバンの中に首を引っ込めた。


「10分後に再出発だってさ」


 そこに馬主と話をしていた師匠が戻ってくる。


「すいません……」

「弟子くん、竜に乗ってる時は酔わないのにね」


 アレはなんていうか……速かったり荒すぎたりで酔う暇すらないだけだ。


「ま、気にしなくて大丈夫だよ。今回は余裕のある旅だし……半分くらいは遊びだから」

「遊び……ですか?」




 そして再度馬車に揺らされ絶不調のまま三時間が経ち、目的地らしい集落に着いた。


「星の飾り……ですか?」


 そこでは家々の軒先に黄色と紫の金属光沢のある飾りが吊るされていた。


「んー、半分正解、半分は不正解」


 と師匠は勿体ぶって集落の奥に見える黒煙を拭く火山を指さす。


「火山雷って知ってる?」

「火山の近くは乾燥してるから雷になりやすい。ってやつですか?」

「そそ。それそれ」


 つまり、あの飾りは雷ってことか?


「……本来の火山雷は、ね」


 と師匠はいたずらっぽく笑う。


「ただ、あの山で起きてるのはそれが原因じゃなくてね……竜同士の縄張り争いのせいなの」


 竜の縄張り争い。と聞いて保護区でたまに師匠が仲裁する竜の喧嘩を思い出すが、どうやら違うらしい。


「こっからもうひと歩き……頑張ろうか」


 師匠はそう言って、火山の麓を指さした。


 麓では集落と違って色々な国籍の人が見たこともない冷蔵庫みたいな機械を操作していた。


「あ、先生お久しぶりです」


 と師匠はその人達の中心で支持を出している小柄な老人に言う


「ほう、その子が噂のお前の弟子か」

「……どうも」


 師匠の先生ってことは……この人も竜研究者ということだろうか。と


「どうです? 今年の降星祭の感じは」


「まだ雷降鳳《レイジャンフォン》は来ておらんが、『フラムロード』はピリピリしておる……もうすぐじゃろうな」

「無事間に合ってよかったです」

「毎年ギリギリに来おって……準備も手伝わんか」


 フラムロード……それは確かガルと同じ火竜の事だ。

 ではレイジャンフォンというのは……


「雷竜の事だよ。言ったでしょここは火山雷が有名だって」


 師匠が俺の表情から疑問を汲み取って答え、火口近くを指差す。

 そこには一匹の竜がいる。

 黒い石炭のようなゴツゴツした鱗を纏い、四つ足と細くしなやかな長い首と尾。そしてその全身に釣り合うほどの巨大な翼を持つ姿。

 それはガルと同じで、だけど鞄に収まるニワトリサイズのガルの何十倍もある10m超えの巨体。

 間違いない、アレは火竜の成体だ。


「お、お前も来たか」


 師匠を見つけて声をかけてきたのは白人の男性。


「ゴルベフじゃんおひさー。今年のオッズはどうよ?」

「ばかっ、お前! 先生の前で言うんじゃねぇ」

「お主ら……懲りずにまだ星降祭で賭場を開いておるのか! 全く嘆かわしい……」


 つまり……火竜と雷竜の縄張り争いの勝ち負けを賭けの対象にしていたと。


「師匠、流石にそれは俺もどうかと思います」

「あぁん! 弟子くんに冷めた目で見られたぁ! ゴルベフ! 今年は賭けなし! 全額ウォッカにして!」

「全く……別種の竜が関わるなど希少な研究の場だと言うのにお前達はスポーツの試合と勘違いしておる」


 老人はやれやれと頭を抱えている。


「あの……縄張り争いって、やっぱり戦うんですか?」

「ああ、動物の縄張り争いよりも激しく、荒々しい戦いが毎年この山で繰り広げられる。業火と落雷を伴うので現地人は星が落ちてきたと言うほどのな」


 だから、降星祭か。


「壮観だよぉ。アレを見るともうアクション映画じゃ満足できないね」


 と師匠が言う。


「物見遊山気分も大概にせぇ」

「いたっ! 暴力反対ですよ先生」

「ほれ、お主も一般人に見つからないようにドローンの調整を手伝え」

「はぁーい……弟子くんはガルちゃんと適当なところに座って待ってて」


 師匠はそう言って老人に連れて行かれた。


「ガル、もう出てきていいよ」

「がる!」


 鞄から飛び出したガルを頭に乗せて、ゴルベフさんに案内されたテントの影に座って待つ。


「あの火竜はお前の家族……じゃ無い?」

「がるる」


 違うらしい。


「……がるるる」

「どうかした?」


 突然ガルが上空を見上げて喉を震わせた。

 そして、ソレは突然来た。


 紫色の雷撃が黒い雲から空を割って火竜に向かって降り注いだ。

 空間を切り裂くような雷鳴、眩い一条の稲光が天から火竜の脳天を貫く。


「来た!」


 その場にいた誰かが叫び、テントがにわかに騒がしくなる。


「ガルルルゥ……」


 落雷の直撃を受けたにも関わらず、火竜の四肢の力は緩むことなく天空を睨みつけている。

 それに応えるように、再度ピシャン!と鋭く甲高い音が雷雲から響く。

 それはおよそ数十メートルは離れている俺の耳が痛くなるほどにけたたましい雷鳴。

 そして、ごうっと吹き上がった突風がその雲を動かして、雷竜が姿を見せた。

 前腕に飛膜を持ち、その指先の爪は顔に匹敵するほど大きく鋭い。


 プテラノドンのような翼竜に酷似しつつも、その前身は黄色と紫の鱗に覆われているのが大きな違い。

 およその目測で翼幅は15mはゆうにありそうだ。


「ピシャァア!」

「ガルァア!」


 二体の竜の咆哮がぶつかり合い、俺の腕に抱かれたガルの体がびくりと震える。


「大丈夫……大丈夫だから」


 だが、きっと同じ竜であるガルは俺以上にこれから始まる戦いの凄まじさを肌で感じていたのだろうと、すぐに理解した。


 先に動いたのは雷竜だった。両翼にある爪の間でバチバチと紫電が往復し火花が散らしている。スタンガンをイメージすればわかりやすいだろう。

 おそらく爪が雷竜が体内で作る電気を放電する器官。

 そして、その蓄えられた電気は羽ばたきの挙動に合わせて翼の先から地面に向けて放たれていった。

 一発、五発、十発と雨のように絶え間なく落雷が火竜に降り注ぐ。


「あ……」


 思わず声が漏れる。それほどまでに火竜は防戦一方だ

 何せ制空権を有しているのは雷竜。

 火竜が攻撃に転じるにはこちらもまた羽ばたき空を飛ぶ他ないが、こんなにも絶え間ない攻撃を受けてはそれもままならない。

 俺には一方的にも見えたその戦いだが、いつのまにかテントにいた老人がポツリとつぶやく。


「やはり火竜が一枚上手か」

「え?」


 俺にはその言葉の意味がさっぱり理解できなかった。優勢なのは雷竜ではなく火竜と言われてもとてもそうには見えない。


「よう見てみい、火竜は頭と尾を地に伏せて電流を体表から地面に流しておる」


 避雷針とアースのようなことをしている、ということだろうか。


「まともに食らったのは最初の一撃だけじゃ。そして、根比べが続けば飛びながら放電する雷竜が先にバテるじゃろう」


 なるほど……そういうことか。


 しかし、状況はさらに動いた。

 雷撃を放ちながらも徐々に距離を詰めていた雷竜が急降下するように火竜に襲いかかったのだ。


「ガルゥゥ!」


 その巨大な爪が火竜の背中に食い込み、地に伏せていた首が痛みに耐えきれずに持ち上がった。

 そして、ゼロ距離で再び雷竜の爪から電流が流し込まれた。


 それは爆発のように凄まじい音だった。

 超高電圧のゼロ距離放電を受けた火竜の外皮は一部が弾け飛び、黒ずんだ石炭のような鱗がパラパラと地面に転がった。

 だが、それでも火竜の戦意は消えておらずその体に張り付く雷竜の長い尾に嚙みついた。

 身を捻り、雷竜を振り回して引き剥がそうとする火竜。


「ガルゥアア!!」

「キシャァ!」


 両翼の爪を火竜の背により深く突き立てて振り解かれまいと食らいつく雷降鳳。

 二体の竜は岩を蹴り飛ばし、地面に亀裂を生み、火山から吹き散る火花とマグマの飛沫を浴びながら絡み合い、暴れ続けた。


 それは命懸けの凄惨な戦い

 そのはずなのに、俺はその光景をずっと見ていたいと思ってしまう。

 いや、きっとここにいる誰もが二体の竜の戦いに魅入られている老人も師匠すらも。


 それはきっと生命の神秘だとか研究者の心とかそういう高尚な理由なんかでは決してなくて、小さい頃に見た怪獣映画を思い出すような


 そんな子供じみた感覚で、誰もが目をキラキラさせていた。


 火竜が火を吐き、遂に雷竜を引き剥がした時に誰かが「よしっ!」とガッツポーズをした。


 雷竜が突進してきた火竜の横っ面を尻尾でカウンター気味に払った時に、誰かが息を呑む音が聞こえた。


 正面から二体の竜が組み合った時、俺は思わず……笑っていた。


 そして、火竜が雷竜を組み伏せようとしたその瞬間に、雷が地面から空へと駆け上がった。

 それが雷竜の全身から放たれたものだと気づいた時には、火竜はふらつき、渋々と言った雰囲気で羽ばたき、暗雲の上に消えていった。


「今年は雷竜が勝ったかぁ」


 テントの片付けを手伝っているとそんなふうに感想を言いながら師匠が赤ら顔で寄ってきた。


「逃げた火竜を追ったりはしないんですね」

「縄張り争いだからねぇー。去る者は追わず……なのか、あの子達なりのルールがあるのか、先生はそう言うの調べてるらしいけど……ひっく」

「師匠、飲みましたね」


 お酒弱いくせに……。


「一杯だけだよぉ」

「その一杯で酔い潰れるでしょう……」

「あんなカッコいいの見てたらテンション上がっちゃって……えへへ……」

「子どもじゃ無いんですから」


 まあ……たしかに、カッコよかったなぁ……と思う俺も結構子供だ。


 というか、竜なんてものにいつまでも心奪われる俺達竜研究者はみんな子供みたいなものなのかもしれないなぁ。と今まで会ってきた人達を見て思い出す。


「……っていうか、師匠。宿とかどうするんですか?」

「ぁあー……大丈夫集落にホテルあるから……うっぷ。気持ち悪い」

「吐かないでくださいよ」


 なんというか、「子供らしい事」と「大人らしくない事」は一致しないんだなぁ。

 と酔いつぶれて青い顔に変わり始めた師匠を介抱しながらそう思った。



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