蜂竜―ドゥルケレギーナ―
「弟子くんってさ、甘いもの好き?」
「そうですね、人並みには」
「それ、どっちかわからないんだけど…」
特別甘いものが好きと言うわけでもないし、甘いものが苦手、と言うわけでもないだけなのだが、あまり回答としてはよろしくなかったらしい。
「じゃあ、ちょっとだけ好きです」
「なるほどね、オッケー」
そう言うと、師匠はいつものように楽しそうな顔を浮かべて、出かける準備を始めた。
今回は、電車を乗り継ぎの国内の旅。電車は長時間乗っていてもあまり酔わないので、結構好きだ。
「駅弁♪駅弁♪」
師匠はご機嫌そうに牛肉寿司の高級駅弁の包みを開けている。
「師匠は好きなんですか?」
「ん? 何が?」
「甘いもの」
「大好きだよ」
師匠は即答した。
「嫌いな食べ物って、ありましたっけ?」
「無いよ」
また即答。最近思うけれど、師匠みたいなシンプルな答えって、聞いてて清々しい。
多分、俺が師匠から見習わなきゃいけない事の一つだろう。
「ところで、その甘いものが好きかどうか、って竜と関係があるんですか?」
「半分くらいあるような…感じかな? ま、突いてからのお楽しみだよ」
追記、師匠のはぐらかす答えは、聞いててモヤモヤするから、マネしないでおこう。
山間部の無人駅で電車を降り、そこから徒歩で整備されていない登山道を進む。まあ、この辺は国内で竜を探す時のよくある流れだ。
だが、今回は珍しく急な山肌ではなく、平坦な道でどちらかと言うと林道に近かった。
「さって、と。この辺で一旦準備しようかな」
師匠はそう言って、リュックを降ろしいつもより丸く膨らんだそこから、取り出したのは。
「えっと、麦わら帽子…と網?」
「養蜂帽子って言うらしいよ」
「養蜂……え? 蜂ですか?」
「うん、そ。蜂竜」
そんな網で……本当に竜から身を守れるのだろか……。
「大丈夫、大丈夫。お姉さんに任せなさいな」
「まあ……師匠は信頼してますけど」
気持ちの問題と言うのは頭では納得しきれないことが多々あるのだ。
とかなんとか言いながらも、養蜂帽子なるテレビでたまに見る防護網付きの帽子をかぶる。
元々山道を歩くと言う事で長袖長ズボンなので、後はそこに厚手の手袋を付ければ肌を晒す部分は綺麗に無くなった。代わりにメチャクチャ暑いけど。
「師匠、似合いますね」
なんとなくベテランの養蜂家の人に見えなくもない。
「弟子くんは似合わないね」
と師匠は笑う。
自分でも麦わら帽子そのものが似合わないタイプなのは良く自覚しています。
そして、装備を整えて道を進む。
「虫の羽音、結構聞こえますね」
「そうだね……あ、アレ見て見て」
と師匠は脇道の樹の上部を指さす。そこには白い小さな花がしな垂れるように咲いていた。
「藤……じゃないですよね」
藤の花に形は似ているけど、藤ならばもう少し紫かかった花なイメージがある。
「ニセアカシア、和名がハリエンジュ……だったかな」
ニセと言われても本物のアカシアの木とやらを見たことないので似ているのかどうかはさっぱり分からない。だが、師匠が見せたかったのは花自体ではないとすぐにわかった。
その小さな花の周りを五、六匹ほどの蜜蜂が滞空したり、花に止まったりしていたのだ。
「弟子くん、あの蜂の後を追うよ」
「了解です」
蜜蜂の巣の近くに蜂竜がいる、と言う事だろうか。
そんな疑問を抱きながら、師匠と共に後ろ脚に大きな花粉球を作った蜜蜂の後を追い、森を抜けた。
そこは、一面紫のスミレ草の花道。そして、そんな紫の絨毯で眠るように体を丸めた黄色と黒の縞模様の姿があった。
結論から言うと「蜂の巣の近くに竜がいる」と言う俺の予想は外れた。
最初は太い後ろ脚に見えたが、近づくほどに違うことが分かった、光沢のある鱗肌とは違う泥の塊。
それが蜂竜の後ろ脚に纏わりついているのだ、ちょうど形だけなら蜜蜂の花粉球によく似ている。その丸い泥に蜜蜂達が次々と飲み込まれて行き、理解した。
アレがあの蜜蜂達の巣なのだと。
「蜂の巣を体に付けているんですか?」
「そうなの。泥をあんな風に足に付けてね」
頬から横牙が生えたシャープな顔、肉がほとんどついていない骨ばった手足と、引き締まった腰。そして、ヒョウモントカゲモドキのような付け根から一度太くなってまた細くなる特徴的な尻尾とその先端にある黒光りする針。
茶色い皮膜を持つ羽といい、外見自体は蜜蜂と言うよりはスズメバチに近い。
「でも、なんであんな巣を持ってるんですか?」
「それは、あの子のご飯が蜂蜜だからだね」
「え? 蜂蜜ってことは」
俺の脳裏によぎったのは蜜蜂の巣の板をプレス機に入れて蜂蜜を人間が絞りだす光景。とりあえず、竜がマネできる気はしないので、順当に考えるなら。
「蜂の巣ごと食べるんですか?」
「うん。そうなるね」
それこそ、不思議な話だ。巣を破壊して貯めた蜜を奪う存在の足に自分から巣を作るなんて。
「というか、巣ごと食べたら、幼虫とか蜜蜂自身も食べられるんじゃないですか?」
「そこは大丈夫みたいだよ、最近知ったんだけど蜜蜂の巣って上が蜜を貯める場所で下が蜂達の住む場所ってキッチリ分かれてるんだって。ほら、人間の養蜂家さんも蜜だけ入ってる板を絞ってるじゃない?」
「あれって、そう言う仕組みだったんですね」
不思議には思っていたが、まさかこんな形で知るとは思わなかった。
「でも、蜜蜂達もただ食べられるってわけじゃない。彼らにもメリットがあるよね、外敵から守られたり、花がある場所に常に移動出来たり」
「竜の体ですもんね」
季節を問わず、生活に適した環境に連れて行ってくれるなら、確かに蜂にもメリットはあるのだろう。だが、今度は逆に気になるのは
「でも、蜜だけで生きてるんですか?」
「竜の食事は本当に神秘だよねぇ」
というか、竜は燃費が良すぎるのだ。
ゾウより大きな巨体の竜達の一年の食事の総量がおよそ100kgと言うレベルなのだからもうおかしい。体の熱量とかそういう理屈が崩壊している。
「まあ、あの巣を食べるのはまだまだ先だろうけどね」
「……ところで師匠」
「何かな?」
「まさか、あの蜂蜜を持って帰る。とか言いませんよね」
「流石にそんな命知らずなことは言わないよ」
と師匠は俺の背中をパンパンと叩く。
「……じゃあ、なんで今朝、甘いもの好きって聞いてきたんですか?」
「この山のふもとの道の駅に美味しい蜂蜜が売ってるからだけど?」
それって、ほとんど竜と関係なくないか?