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薔薇竜―ドルンロスヒェン―


「あ、ヤッホー。アイリス一人?」

「あら、シスターと……」

「げぇ」


 師匠に連れられて訪れた西洋造りの古城。そこにいた先約は以前ウチにやってきた小さな竜学者だった。


「なによ、その顔。文句でもあるわけ?」

「そうじゃないけど」


 あの子、なんというか……うん。師匠とよく似ているのだけど、師匠との唯一の違いがめちゃくちゃ人使いが荒いという点なのが恐ろしいのだ。


「シスター達も薔薇竜ドルンロスヒェンの調査に?」

「うん。そろそろいい感じに花が咲いている頃だからね」

「ぷしゅ」

「シルキィちゃんも、おひさ」


 アイリスの腕に抱かれた白いぬいぐるみのような小さな竜、蚕竜のシルキィの額をぷにと優しく突く師匠を見て、俺の頭上のガルが小さく鳴いた。


「ヤキモチ妬いてる?」

「がるる」


 違うらしい。


「さってと、じゃあ早速薔薇竜探しを始めるとしましょうか」

「薔薇竜ってどこにいるんですか?」

「アンタ、そんなことも知らないわけ」

「つっかかってくるなぁ……」

「じゃあ、私が教えてあげる」


 おや? 馬鹿にされると思ったがそう言うわけではないらしい。


「薔薇竜のように蔓性の植物が元になっている竜は自身を支えられる物の近くに住むの」

「そうなんだ」


 初めて知った。


「だけど、大型の竜は自然の樹なんかに巻き付いちゃうと折ってしまうかもしれないでしょう? だから、こういう人の近づかなくなった古い建物の柱や壁に巻きつくの」

「さっすがアイリス。100点の正解」


 師匠に頭を撫でられてご満悦と言った感じのアイリスをじっと見ていると、俺の視線に気づいたらしい。顔を赤らめてそっぽを向いた。


「がる?」

「別に、妬いてないよ。全然」


 俺は師匠を取られて妬くほど子供ではない。




 しかし、いかんせんこの古城はデカい。外壁は緑色に苔むしているがその見た目は遊園地で見るようなファンタジーのお城そのままだ。

 というわけで、それぞれ分かれて薔薇竜を探すことになった。


「いい感じの柱や壁があって日当たりのいい場所……かぁ」


 樹竜、つまり元が植物なので、日当たりの良い場所は薔薇竜の生息地としては必須条件なのだという。


「薔薇、かぁ……火竜って怖がられたりしないかな」

「がる」


 植物と炎の相性が良い。というイメージは全く湧かなかった。


「虫も同じか」


 蚕が食べるのは桑の葉っぱだけらしいので薔薇を食べることはないんだろうけれど。


「しかし、大きいお城だよなぁ……住むとは言わないけど、観光地とかになっても良さそうなのに」


 しかし現実は人の気配も手入れされている様子もない。

 よく見れば石壁にはいくつものヒビがあり、その割れ目から植物のツタが伸びている。おそらく成長の過程で石を貫いたのだろう。


「廃墟のお城に住んでる竜かぁ。どんなのだろう?」


 シチュエーションだけなら完全にファンタジーだ。


「……ん」

「がる?」


 当てもなく周囲をぐるぐる見て歩いていると俺の目の前にハラハラと赤い一片の花弁がおりてきた。

 不規則な軌道を描きながら地面に落ちたそれを拾い上げる。


「薔薇の花びら……ってことは」


 俺はその持ち主を探して空を見上げ、城の見張り塔だろうか。細い三角屋根のに10m以上はありそうな体を巻きつけた薔薇竜と目があった。


「綺麗だな……」


 細い瞳孔の大きな瞳。鱗は一部が不規則に鋭く伸びて外を向いている。手足、と言うよりはヒレに近いだろうか、鱗の棘に混じって一際太い突起が四つ見える。そしてその長い体躯の表面に赤、白、桃、黄。鮮やかな一色の薔薇。二色のグラデーションの可憐な薔薇。薔薇、薔薇、薔薇薔薇薔薇。


「ヘビっぽい見た目だな」


 全体のシルエットはかなり蛇に似ている。手足も退化(竜が進化や退化するとは思えないが一応)しているようだ。


 俺はカメラをバッグから取り出し、写真に収めようとする。が、薔薇竜はスルスルと三角屋根に巻きつけた体を滑らせて城の上を通って離れていってしまった。


「あっ! ちょっと待って!」


 せっかく見つけたのだ、逃すわけにはいかない。できればもっと近づきたい。

 俺はなんとか薔薇竜を見逃さないように視線を上に向けたまま走り出した。


「城の入り口ってどこだ……」


 しかし相手は地上十数メートル上。近づくにはもう城の中に入るしかない。


「ガル、俺が後を追うから師匠呼んできて」

「がる!」


 俺の頭を蹴ってガルは飛ぶ。

 さあ、師匠が来るまで追いかけっこの始まりだ。


 城の屋根をスルスルと進む薔薇竜と雑草の伸びる地面を駆ける俺の追いかけっこは至難を極めた。


「また、行き止まり!」


 なにせ城の壁に道を遮られればその度に大きく迂回しなければならないのだから、それでもなお見失わない理由は簡単だ。


「また……待ってやがる……」


 そろそろ息も上がってきた俺をじっと見つめてくる薔薇竜、そしてある一定の距離よりより近づくと――。


「逃げた……」


 間違いない、これは遊ばれている。薔薇竜は本当に追いかけっこ感覚で、目の届く範囲内の俺から逃げ、俺が離れ過ぎれば止まって待つを繰り返していた


「うおぉ!」

「ちょっとアンタ! 上向いては走るなんて危ないじゃないの!」


 と、そんなことを繰り返していると曲がり角でアイリスとあわやぶつかるという状況だった。


「まあいいわ。こっちから城の中に入れるわ。それと、シスターからの伝言。「ゴールは一番上!」だって」

「一番上……」


 そして俺達は二人揃って上を見る。マンションだと十階建てくらいの高さがあある。エレベーターは……ないよね。

 だが、どうも薔薇竜はその最上部の屋根でとぐろを巻いて俺達を見つめている。


「じゃあ、やってやるか!」


 気合を入れて一発頬を叩き、俺達は城の階段をダッシュで駆け上がった。


「い……意外と体力あるのね」

「お互い……さま……」


 そして、道中アイリス共々死にそうな顔になりながら塔の最上階にたどり着いた。


「つ、ついたー!」

「弟子くんとアイリス、私の想像より早かったね」


 だが、最上階にあった大広間にはすでに師匠がおり、割れた石壁の大穴から体を滑り込ませている薔薇竜を撫でていた。


「シスター……早すぎ」


 全くだ。


 その広間は屋根がところどころ崩れて穴が開き、太陽の光が柱のように降り注いでいた。

 その光を背の花々に当てるように薔薇竜はトグロを巻いている。


「あんた、スケッチ下手ねぇ」

「うるさいな……練習中なんだ」


 俺たちもまた、ひだまりの中に腰掛けて、薔薇竜のスケッチをしていた。

 ちなみにアイリスは結構うまい。ムカつく。


「ぷしゅ、ぷしゅ」

「がるぅ? ががっ!」


 一方で小さな竜達は友情を深めていた。

 まあ、ガルに竜の友達ができるのは良いことだから、アイリスと会うのもまあ……悪くないか。



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