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空への不時着

 駄目だ。


 瞬間の衝撃で、一藤左衛門は意識を失った。次に目を覚ましたのは、青草の地上だった。だが、横目には、同じ高さを雲が流れていく。


「大丈夫ですか?」


 水夫の一人が、心配と言うにはあまりにも無表情に訊いた。まるで心配はしていないが、念のために言葉にしたと滲んでいた。


「平気だ」


 少し、足取りがおぼつかない。だが立てそうだ。一藤左衛門は上体を起こした。立とうとして、倒れかけた。たたらを踏み、耐えた。情けない姿を見せることはできない。


 睨むように走った視線が捉えたのは、船大工だけでなく、まともに動ける者が総出で、修理をしている最中の飛び船だ。


 酷い有り様であった。


 船体は無残に割れ、使い物にならなくなった帆柱を応急で、帆を張れるだけの代物に誤魔化している。もし水上船であれば、子供でもわかるほど、浮かんでいられる船ではないことが明白なオンボロ船がそこに転がった。


 浮き島を埋め込んでいるからこそ、飛び船でいられるのだ。誤魔化しを隠しもしない姿だ。あるいは、隠せるほど傷が浅くはない。


「修理の時間は?」

「飛ばすには飛ばせます。飛んでくれることでしょう。折れた帆柱を立てられるようにして、船体がバラバラにならないよう、楔を打ちこんでおります。もう一働きくらいなら、なんとか」


 それでも、だ。


 前後の楼閣は完全に倒壊していた。浮き島への着地に耐えられなかったのだろう。あるいは、木材に壊したか、両方かだ。


 随分とスッキリした形になってしまった。


 まあそれはいい、と一藤左衛門は切り替えた。


「それと一つ、新しい情報が」


 なんだ、と一藤左衛門は促した。


 案内されたのは、半分死んだ人間の前だ。日本人ではない。ほぼ死んでいるが、それは別の人間だ。履き物から僅かに、乳の匂いがする。小僧と同じ雰囲気であるから、あるいは同じ種族であるのかもしれない。


「船を襲撃してきた連中の生存者です。残りは死にました」


 そうか、と、一藤左衛門は、このほぼ死んだ捕虜に耳を寄せた。


「倭寇どもが」


 捕虜は、日本語を話した。訛りが酷い。だが、極めて好都合だ。小僧では話ができなかった。


「言え。何が目的で俺たちを襲ってきた。小僧を取り戻しか」


 捕虜はゴホゴホと咳き込んだ。呼吸の音がおかしい。一藤左衛門は、捕虜の服の下を見た。皮の上に傷はなかった。だが、皮の下では酷い傷を負っていた。胸の中にある、肺や心臓、胃を囲う骨ごと潰されていた。


 何かに押し潰されたようだ。


 内出血で異様な青黒さを胸に広げていた。


 長くはない。


「価値を知らない蛮族だ。あれは、失われた世界だ」


 小僧が、炊事係と一緒に飯を作っていた。火を起こしている。上手く火を(とも)せたようには見えない。(くすぶ)る煙に(いぶ)され、ゲホゴホと咳き込んでいる。一藤左衛門の知らない言葉で、なんらかを吐いていた。


 失われた世界。


 その意味することはなかったわからない。


「……お宝であることは間違いないか」


 小僧は、狙われている。それだけはハッキリとした。今まではただの予測、しかし今からは確定のことだ。多くの死傷者だけでなく、飛び船も喪おうとしている。


 大赤字だ。


 だが、と一藤左衛門は考えた。


 冒険だ。


 唾棄すべき冒険、危険性、それを前にして、ワクワクと心臓が高鳴った。この程度のことで逃げ出すのなら、空なんて飛んではいないのだ。


 焦っても仕方があるまい。


 どさり、草原に腰を落とした。無理を押せば、飛び船は今も飛ばせると聞いた。だが、もう少し確実は欲しい。修理に時間を割いた。励め、と。


 一藤左衛門も暇を余しているわけではない。動かないなりに、頭の中では考えることが多い。何も考えていない肉食獣はその実、狂うほどの悩みと考えを渦巻いて住まわせているものだ。


 落ちてしまったものは仕方があるまい。


「他に何か話したいことは?」


 呪詛じみた悪態しか捕虜は話さない。聞くだけ無駄だろう。ガレオン船の謎や、中に乗っている人間が南蛮人ではないこと。明国か金国で生産されたものだろうか。


 明と日本連合は、対金戦争で共闘していた。でなければ、大陸深くまで大名が侵入してはいない。金を挟撃する為と、乗り気の大名連中が追い立てている。明国は、大名を上手く利用して自国の猟犬にしていると考えているのが透けて見えるが……実際は、それでも乗っていると知らないわけでも無いらしいのが大名だ。


 大陸系の浮き島を獲得して、空飛ぶ軍船をあちこちでこしらえているとも、一藤左衛門は聞き及んでいた。


 かつては宝船で、西の果てまで大船団を送り込んだ明は斜陽の国だ。海を渡る海図も失われたらしい。国家を転覆させる金を浪費すると、文官が焼いたのだそうだ。


 明は、大陸に縮こまった。


 日本も他人事ではない。


 もし、大離陸が無ければ、大名は土地を追って海を渡るということをしなかったであろう。徳川幕府は成立して、海外への情熱は急速に失われて、日本という国の中だけで完結した社会となっていた筈だ。


「周辺探索をしていない」


 皆、船の修理に掛り切りだ。一藤左衛門はそのことに気がついた。


「周囲への捜索は?」


 振り落とされた人間、上陸した敵、現在地の確認。やるべきことは何も、飛び船の修理だけではない。一藤左衛門は訊いた。だが、手隙は首を横に振るのみであり、まさしく全員が飛び船の修復に、不用心に掛り切りだったのだ。


 責めるときではなかった。


 捜索の当てには、負傷者が多過ぎる。頼れる人間も歩ける状態ではない。


 一藤左衛門が直々に数名を率いて、捜索に歩くしかないだろう。待てはできても、何が起こるかわからない状態で、信用して預けることのできる部下は、今は使える状態ではない。


「小僧!」


 ボロボロの飛び船から、こっそり顔を出して小僧が、一藤左衛門を見た。


 周囲への冒険に、小僧を連れて行く。万が一の保険だ。いよいよ危なくなったら、小僧を置き土産に逃走する。そういう一藤左衛門の腹づもりであった。


 呼べた部下は2人だけだ。


 座礁した浮き島は、小島が丸ごと浮かび上がったような巨大だ。森が豊かに育っていたが、いくつかの池らしいものは干上がり底が見えていた。


 大離陸で浮かんだとき、全て流れ落ちたのだろう。だが、土の中には水が豊富に含まれている。川や池は蒸発し干上がったが、水分は充分なようだ。


 何故だろうか?


 一藤左衛門は疑問に思ったが、答えらしきものはすぐにわかった。


 森が、雲を食べている。


 正確には、浮き島と同じだけの高さにある雲が時折、この土地の雨になっているのだ。雨といっても、深い霧のような感じだ。


 成る程、と一藤左衛門は妙に感心した。浮き島は、そうなっても土地が生き続けている。動物や植物が暮らすことも不可能ではないのだろう。


「散歩には、少し高すぎる感じですか」


 水夫が、崖から下を覗き込む。


 遥か地上は、分厚い雲のせいで見えない。大離陸の時に、浮き島が割れた跡だ。迂闊な穴に落ちようものなら、卵を叩きつけたような最後になるだろう。足元の見えないほど鬱蒼とした草地も、緑で隠されているだけで、底がない穴がいくつも開いていた。迂闊に歩けば即死だ。


「走りまわるな。謙虚に進むのだ」


 一歩を確かめながら歩いた。


 小僧も同じだ。一列に、先頭が確保した道だけを歩く。


 今の所は、先住民の痕跡はない。動物は虫か鳥くらいだ。一藤左衛門らが、浮き島で最大の動物だ。


「ただの杞憂であったか」


 あの、追跡してきたガレオン船の陸戦隊が、必ずしもこの浮き島に当たりをつけているとは限らない。もしかすれば、見失ったのであろうか。であれば、振り切れる。


「浮き島もただの島、に見えます」

「馬鹿者。油断するな」


 気を抜き始めた水夫に、一藤左衛門は喝を入れた。


「これを見ろ」


 緩んだ気を引き締める為、一藤左衛門は、手頃な木の枝を折って、地面をかいた。浮き島に小石や岩の類いは存在しない。


 落ち穂や土を剥がした中にあったのは、巨大な岩石ではない。小さな、握り拳ほどの石が固く結束したものだ。叩いて、蹴っても、早々に抜けないほど、まるで鋼のように互いに繋がっている。


「これが浮き島の正体だ。こんな小さな石の集合で、確かに硬い。だがもし、ひとたびこれが外れることがあれば、俺達はすぐさま真っ逆さま仏様だ。お前ら、空を飛べるか?」


 小僧以外の全員が、激しく首を横に振った。


「この島がもう少し小さかったりしたら、浮き船の不時着で浮き島が飛び散っていたかもな」


 恐ろしい可能性だ。


 もしそうであったのならば、全員が空中に放り出され、草原の赤い染みとなっていたことであろう。


「これを使っている飛び船も同じだ。いつ、空の上でバラバラになるのかわからない。飛び船乗りが、船乗りよりも遥かに命知らずだと言われている所以くらいは、知っておいたほうが良いだろう」

「き、気をつけます……」


 軽く脅しつけたが、言葉の通じない小僧は、相変わらず何もわかってはいない。言葉が通じないのであるから、当然のことだ。


 だからこそ、一藤左衛門は異民族の小僧から目を離さない。手の届く範囲か、一歩跳ぶだけで掴める位置にいるよう努めさせた。


 突然、地上まで落っこちられても困るからだ。


「気をつけるのだぞ!」


 小僧に直接、一藤左衛門は言った。だが、小僧はやはり、なにかを言われていることを理解はできても、なにを言われているのかまでは理解ができないようだ。


「……」


 モヤモヤした気持ちだが、言うだけ無駄と、一藤左衛門は諦めた。


 浮き島の森の探索は続いた。


 しかし見つかるのは、逞しく生きる、新しい支配者の鳥どもだけだ。鳥どもも何世代か経てば、南の果てにいる怪鳥のように、翼で飛ぶのではなく、蜥蜴のように脚で走るかもしれない。樹の上に巣が作られていた。近くを通る人間を威嚇するように、親鳥がイヤに鳴いた。


「?」

「どうした?」

「……」


 小僧の足が止まった。周囲を気にしたかと思えば、耳に手を当てて、何かを探っている。「円陣」それだけで全員に意図が伝わる。小僧を中央に隠し、短筒と打ち刀が抜かれた。


 狙われていた。


 姿は見えない。


 しかし、何かが、いる。


 鬱蒼とした森林に身を隠した獣だ。荒い息遣い、腐った吐息はまだ届いてはいない。


「どっちだと思う?」

「どっち、てーと?」

「俺達を驚かせて船の居場所を探りに来たか、俺達を皆殺しに来たかだ」

「前のが生き残れそうだから、前」

「なら全力で走れ」


 一藤左衛門は小僧を脇に抱えた。


「走れ!」


 草履が草を引っ掛けて浮いた。親指の付け根への食い込みが擦れた。


 小僧はおとなしい。最近は静かだ。だが、一藤左衛門にそれを気にかける余裕はなかった。走る一藤左衛門らを、草が擦れる音が追う。


「ジェヴォーダンの獣の気分だ。フランスの竜騎兵がヘマをしたと通訳から聞いたが、果たしてどっちがベートだ?」


 いや、それはいつの新聞の文字を見た?


 火打ち石が打たれた音を耳にした。「伏せろ!」発砲。咄嗟に伏せたおかげで当たった人間はいない。土に倒れ伏した泥塗れに顔が、すぐさま立ち上がって走り出す。

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